約束
「兄ちゃん。」
ノックもせずにカナメの部屋にツキミが入ってきた。
「な、なんだ?ノックぐらいしろよ。」
「アキちゃんも言ってたけどその紐。何なの?」
部屋に入ってきたツキミは非常に不機嫌だった。日ごろ家事をやっている自分に対して隠し事をしていたことがまったくもって許せないというしかめっ面だ。この顔をカナメは何度か見たことがある。誰が一体いつも御飯の支度をしているんだ、誰が洗濯しているんだ、だからこそお互い隠し事なぞして良い訳が無い。そんな、なんとも筋の通っているようで通っていない、しかしどことなく納得できそうな部分でツキミは怒っていた。
「何なの・・・って。まぁ別に隠してたわけでも何でもないんだけどな。聞かれれば話すし、聞かれなかったら話さないってだけのもんだよ。」
「むうううううう!屁理屈ばっかり!んじゃ今教えて!今すぐ教えて!」
「わかった、わかったよ。ツキミ、親父とお袋と一緒に関西の神社行ったの覚えてるだろ?うちのばあちゃんの古いつながりでさ。」
・・・・・・・・・
「にーちゃん!つぎはなにしてあそぶ!?」
「つぎはなにしよっかなー。カンケリしよう!」
「うん!よくわかんないけど!カンケリ!あはははは!カンケリ!カンケリ!」
秋。山奥のどこかの神社。赤く染まった紅葉の絨毯と紅葉の木からできている傘に囲まれた神社でカナメとツキミは遊んでいた。
「おらー!」
「あー!にーちゃんずるーい!それつかうのルールいはんだよ!」
カナメが少し力を入れて蹴った缶ははるか彼方へ飛んで行った。
「ほらー!カンケリってそいうゲームじゃないでしょう!ちょーっときをゆるすとすぐマホウをつかっちゃうんだからー。おとうさんとおかあさんにいいつけるぞー!」
ふくれっ面になったツキミは缶を探しに神社の裏のほうへ入っていった。この頃のカナメはすでに不思議な力をある程度使う事が出来たが、まだ幼かったため、両親からその使用をきつく制限されていた。
「ツキミー、ごめんごめん。オレもいくよー。」
カナメはツキミを追いかけて赤い紅葉の絨毯を進んでいく。しかし、少し進んだところでツキミが立ち止まっていた。
「あれ?ツキミ、どーした?」
「にーちゃん、あの女の子。だーれ?」
神社の裏手にある石段に腰かけたリボンで髪を結んだポニーテールの少女が一人いた。カナメとツキミとそう変わらない年頃、6、7歳位の少女だった。
「わかんないなぁ。ここの女の子かな。」
その少女がカナメとツキミに気が付いて、声をかけた。
「なにしよっと?」
「にーちゃん、なんていったの?」
「わかんない。ヘンなしゃべり方するヤツだなぁ。」
そのカナメの一言を聞いた少女は寂しげな顔を浮かべ、黙って下を向いた。
「にーちゃん、あの子、さみしそうだよ?いっしょにあそばないの?」
「んー・・・。うん、そーだな。おい!おまえ!」
少女はカナメとツキミの方を向いた。
「カンケリしないか!」
「しないか!?」
カナメとツキミの問いかけに、その少女はみるみる笑顔になっていく。
「ウチ、まざっていいと?」
「ウチ?よくわかんないけどいっしょにあそぼう!」
「ねーねー!カンケリしってる?ツキミはしってるよ!」
ポニーテールの少女は二人の誘いに目を輝かせて石段を飛び降りた。
「うん!ウチもまぜて!」
「よし、まずはカンをさがそう!」
「にーちゃんがどっかにけっとばしちゃったの!んふふふふ!」
「カンさがせばいいと?」
「そうそう!にーちゃんがごめいわくをおかけしております。」
ツキミは丁寧に頭を下げた。
「ちょっとホンキになっただけだ!しょーがないだろ!」
「なぁなぁ、あっちの木のほうにカンおちてへん?」
「え?ぜんぜんみえないよー!にーちゃん!」
「オレからもみえない・・・あ、あれかな?あったあった!」
カナメは走って紅葉に埋もれた缶を拾いに行った。
「おお!よくみえるんだねー!えーっと・・・あの、あなたのおなまえは?」
「ウチ?ウチはユリっていうんよ。あなたは・・・ツキミ?」
「そう!あたしはツキミ!にーちゃんはカナメっていうんだよ!よろしくね!」
「カナメとツキミ!ふふふ。よろしくね!」
「あ、にーちゃーん!はやくー!ユリちゃんまってるよー!」
「おーう!いまいくー!」
カナメが戻ったところで、3人は神社の表のほうに行きカンケリを再開させた。3人は日が暮れるまで遊んだ。遊び倒して遊び倒して、ツキミは疲れていつの間にか寝てしまっていた。
「いっぱいあそんだなー!まだまだあそべるけど・・・ツキミが寝ちゃったなぁ。」
ツキミは神社の縁側ですーすーと寝息を立てている。
「カナメ、きょうはありがとぉ。うち、だれかとこんなにあそんだの、はじめてやった。」
「そーなんだ。じゃぁ、またあしたあそぼうぜ!」
「あしたはむりなんよ・・・。ウチ、あしたの朝にはかえらないといけんくて。」
「ふーん。じゃあしょーがないか。ユリ、かならずまたこんどあそぼうぜ!」
「カナメ・・・!ありがとう!約束だよ?」
「約束、ゆびきりしよう!」
「ゆびきりはせーへん!」
「え?なんで?」
「ゆびきりしたってわすれてしまったらいみないやん!なにか約束できるようなモノないかなぁ・・・。あ、そうだ!」
そういうとユリは髪を結んでいた朱色の紐をほどき、カナメに渡した。
「これ、約束のしるしね!なくしたらゆるさへんよ!」
「ん?なにこれ?でも、ありがとう!なくさないよ!じゃあオレも・・・はい!」
カナメは手首につけていたミサンガのように編み込まれた腕飾りをユリに渡した。
「あ、あ、ありがとぉ!キレイ・・・・。」
ユリはその大きな目を輝かせながらお礼を言った。
「それが約束のしるしだからな!」
そうカナメが言った瞬間、ユリはカナメの頬にキスをした。
「わっ、な!ななな!なにすんだよ!」
「ふふふ!ええやん!おれいのしるし!じゃぁ、ウチかえるね!またね!カナメ!」
そういって少女は神社から駆け出していった。
「・・・・・や、やわらかかった・・・。」
カナメの顔は紅葉のように真っ赤に染まっていた。
・・・・・・・・・
「っていう・・・うわ!なんだツキミその顔は・・・。」
「兄ちゃんこれと言って浮いた話がないからどーにも変だよなぁ、と前から思っていたんですよ。健康健全たる、一男子高校生がまーったく色恋沙汰にならないってのがどーにも!でもこれではっきりした!兄ちゃんにはそんな甘酸っぱい思い出があったのね!大事にしてたのね!許せない!なんであたしにその話すぐしないのよ!!兄ちゃん晩飯抜き!あ、もう食べ終わったから明日の晩飯抜き!んふふふふ!あの兄ちゃんが・・・んふふふふふふ!ちょっとお父さんとお母さんに報告してくる!」
そういってツキミはカナメの部屋をでて階段を下り、仏壇にむかって走って行った。するとチーンチ-ンチ-ンと連続で鈴を鳴らす音が聞こえてきた。
「お父さん!お母さん!兄ちゃんが隠し事してました!甘酸っぱい初恋の思い出話をしてました!罰を当ててやってください!んふふふふふふふふ!」
「な、なにやってんだこいつは・・・・。」
追いかけてきたカナメは仏壇にむかってビートを刻むツキミを見て少し引いた。