ユリ
「ユリちゃん!ほんまキレイやなぁ!よう似合っとるで!」
「サオリちゃん!きとったと?ありがと!」
巫女姿のユリを見てサオリは目を輝かせた。今日、この日はユリの居る神社のお祭りの日。お祭りと言ってもそうそう賑やかなものでは無く、出店もない。むしろこのお祭りは儀式というものに近く、少し厳かな、神秘的なそんな雰囲気で行われていた。
「じゃあ、いってくるね。タエコさん、織物、お願いします。」
「はいユリちゃん、しっかりね。」
ユリはニコッと笑った後一礼して、タエコから色鮮やかな朱色の着物を受け取った。折り畳まれたその着物を胸の前に持ち、すり足で廊下を進み、本殿へと向かう。本殿についたユリは着物を静かに供え、一歩下がり正座をし、深く頭を二度さげると、お祈りを始めた。
「たかあまははらにかむづまります、やおよろずのかみ。もろもろのまがごと、つみ、けがれをあらんをば、はらへたまひ、きよめたまえともうすことを、きこしめせと かしこみかしこみもうす・・・。」
ユリが願い事を述べ終わるとまた深々と一度頭を下げ立ち上がり一歩下がる。そのまま二度礼をすると、ユリは舞を披露し始めた。
「はぁー・・・。ユリちゃんキレイやんなぁ・・・。ケンジ、惚れてまうんとちゃうん?」
「ア、アホ!だれがあんなやつ!」
「ふふっ、そんなこと言ってぇ、ユリちゃん出てきてからずっと見とったくせに!」
「うっさいわ!黙って見とらんかい!アホ!」
「はいはーい。」
村の人が見守る中、ユリは舞を終え、また深く一礼をすると、着物を取り、本殿を後にした。今日の祭りは無事に終わった。
・・・・・・・・・
「ユリちゃん!お疲れさま!はい、麦茶だよ!」
「ありがとー!どうだった?ウチの舞!三回目にもなると板についてきた感じせぇへん?」
「わかるわかる!ケンジも鼻の下伸ばしてガン見しとったもん!きれいやったわぁ!」
「アホ!余計なこと言うな!せっかく誰も応援に来ないだろうって思ってきてやったのに!もう二度と来るか!」
「あらー?ケンジ照れてんの?ま、ウチのために来てくれるんは、サオリちゃんとケンジだけだからさ。感謝しとうよ。ありがとう。」
「お、おう。」
「気にせんといて!あたしは見たくてきてるんだから!」
その後少しばかり、ユリはケンジとサオリと自分の部屋で談笑した。
「じゃあ、ユリちゃん明日、学校でね!」
「じゃあな。」
「うん!二人ともほんとありがとぉ!気をつけて帰ってや!」
そう言って手を振り、ユリは二人を見送った。すると後ろからタエコがユリに声をかけた。
「ユリちゃん。ちょっと、奥様からお話があるそうよ。」
「タエコさん・・・。はい。」
タエコの話をすべて聞く前に、ユリの表情は硬くなった。そのまま、ユリは家の奥へと向かっていった。
・・・・・・・・・
「おばあちゃん。ユリです。」
「おお、ユリか、入りなさい。」
襖を丁寧に開けてユリは部屋に入った。
「ユリや、先のお祭りでの舞、見事でしたね。」
「ありがとう。おばあちゃん。」
「うんうん。さて、ユリよ。八百万の神の話は十分理解しておりますね?」
「・・・はい。」
「この神社で祀っている神様も理解していますね?」
「・・・はい。」
「いいでしょう。ユリや。あなたに行ってもらわなければならない場所ができそうです。まだ、その者がいる場所では顕著に力が示されているわけではありませんが、この家に伝わる話の通りになるとすれば、事は急を要します。」
その話を聞いたユリの表情は一層厳しくなり、手は膝の上で強く握り締められていた、
「・・・はい。おばあちゃん。それはどこなの?」
「それはね・・・・・・。」
・・・・・・・・・
翌朝、ユリの枕元のスマートフォンのアラームがなる。
「うーん・・・。もうこんな時間・・・。あんまり眠れなかったなぁ・・・。」
ユリは起き上がると鏡の前に行き、髪をとかしはじめた。着替えて身支度を済ませ、居間に向かった。
「おばあちゃん、タエコさん、おはよう。」
「あら、ユリちゃん、おはよう。お味噌汁飲む?」
「ありがとう、タエコさん。」
「ユリ、おはよう。眠れなかったって顔してるわね。」
ユリの表情をみて神主のミチエは少し心配そうに伺った。
「うん、そりゃ急にあんな話、聞かされちゃったからね。あはは。でも、もう大丈夫。おばあちゃんにはここまで育ててくれたお礼もしなくちゃいけないし、ウチで役に立てる事があるなら、大丈夫。」
「まだ、時間はあります。急を要するとは言ったもののそれは本当の話であればです。今、情報を集めていますから。それまでに気持ちの整理はしておいて下さいね。」
ユリは話を聞きながら、味噌汁をすすった。しかし、あまり箸は進む様子ではない。
「タエコさん、ごめんなさい。ウチ、もう学校行ってくる。」
「あら、残念ねぇ。食欲がないなら仕方ないわ、はい、お弁当。」
タエコはそう言いながらユリに弁当を持たせた。
「ありがとう、タエコさん。じゃあ行ってきます。」
と、振り向いて家を出ようと玄関に向かったところでタエコが声をかけた。
「あら、ユリちゃん、お守り今日はつけていかないの?」
「あ、いけない、忘れよった。とってくる!」
そう言うと駆け足でユリは自分の部屋に戻り、机の上おいてあった、ミサンガのように編み込んだ腕飾りを手首に巻いた。
「よし。大丈夫。」
ユリは駆け足で家を出た。外は山に囲まれ、谷の合間に家が点々としている。ユリの家、神社は村の中でも高いところにあり、村の景色が一望できる。木々の緑が見る者の目に優しくうつり、空は雲が点々としているものの、よく晴れている。ユリはゆっくりと山道を下り、学校へと向かう。
「行かなきゃ・・・ウチが行かなきゃ・・・やらなきゃ・・・とめなきゃだめなんよ・・・。」
しかし、ユリの表情は暗かった。それに呼応するかのように今さっきまで晴れていた空に灰色の雲がかかってきた。
「いけない。いけない。強くあれ強くあれ強くあれ・・・いけない・・・。だめだ・・・お母さん・・・ごめんなさい。」
ユリがそう呟き頬から涙がつたっていた。
あたりはいつの間にか雨にさらされていた。