カナメ
「・・・・・で起きた照明器具落下事故です。この事故によるけが人は奇跡的に・・・。」
「あらあら、大きい建物ばっかりねぇ。都会ってすごいわぁ。さて、兄ちゃん起こしてくるか!」
テレビのニュースを横目で見ながら、ツキミは兄の部屋へ向かう。
「兄ちゃん!朝だぞー!ごはん出来たぞ!」
カナメの部屋の扉が勢いよく開かれた。
「ん・・・・。おはよう、ツキミ・・・。」
一つ大きく伸びをして、ベットを離れ、寝ぼけ眼をこすりながら階段を下りる。テレビのニュースを半分聞きながらカナメはいつもの自分の席に着いた。
「お、コーンスープか、わかってるなツキミは。」
「あたぼーよぅ。何年兄ちゃんのお世話してると思ってるの?ふふん。」
コーヒーを飲みながら、カナメはテレビに目を向ける。
「ツキミ、このニュース、いつの?」
照明器具落下事故のニュースを見ながら、カナメは焼きたてのパンをかじる。
「ん?あー、昨日だったかなぁ。片手間で聞いてたから・・・。それよりこの建物、おしゃれなのばっかりねぇ!あたしも一回でいいから行ってみたいなぁ・・・。」
「ふーん。そんなにいいもんかねぇ?」
ツキミはすこしムッとしてカナメの向かい側に座る。
「兄ちゃんはわかってないなぁ?あたしだって乙女よ?わかる?こんな感じのオシャレな場所でオシャレなカフェに入ってオシャレな友達とオシャレについてオシャレに語りたいものなのよ。」
「はいはい。」
「あ、なにさ、その態度!まったく、ちょーっと何でもできるからって調子にのって!あたしの立場も考えてみなさいよ!兄ちゃんの妹がこのツキミさんじゃなかったら、普通の女の子だったらその子の心はポッキリ折れてるよ!」
「それは、ありがたいと思ってるよ。よしよし。」
「撫でればいいと思ってる兄ちゃんは、女心をわかってない!あ、それより兄ちゃん、今日洗濯物干していくからアレやっといてくれない?午前中雨降るみたいなのよねぇ。」
「あー。わかった。いいよ。夕方には帰ってくるんだろ?」
「そうそう!だからよろしく!兄ちゃん!じゃあ、あたし先に学校行ってるから、戸締りだけよろしくね!」
そう言うとツキミはウサギのマスコットのキーホルダーが着いた鞄をもって、パタパタと家を出て行った。
「よし、顔洗ったら行くか。」
支度を済ませ、家の外にでた。とこまでも続く田んぼ。田植えが終わって少し経ったくらいの稲。その向こうに松の木が並び、海が見える。空は少し雲がかかっていて、特に西のほうがどんよりと灰色になっている。
「・・・・・・ふう・・・。」
カナメは一つ深呼吸をして手を伸ばし西のほうに向ける。
「このくらいかな・・・。」
そう言ってカナメが手を払った瞬間、西の灰色の雲が砕け一気に散り散りになった。さっきまでの空とは全く別の景色になる。カナメの位置から見える空は雲一つなく青くどこまでも澄んでいた。
その様子を先に出ていたツキミが歩きながら見上げる。
「あらぁ。兄ちゃん気が利くねぇ。ちゃんと夕方、雨が降るように寄せてあげてるし。雨が全く降らなくなったらそれはそれで皆さん困りますから。」
得意げに独り言をしゃべるツキミだったが何処か表情は寂しげだった。
「あ、サクラー!おはよう!あれ?なんで傘持ってるのー??」
・・・・・・・・・・
「それでは、じゃぁこの問題を・・・、人来田・・・うーん、お前に当ててもなぁ・・・。まぁいいか、要、答えてみろ。」
「ハイ。」
カナメは指されると、黒板の前に立ち、すらすらと回答を書いていく。
「これが x についての恒等式となるので、a-b=0,b-2c=0,c=1。これを解いてa=2,b=2,c=1。これはaが0ではないことを満たしています。したがってf(x)=2xの2乗+2x+1となります。」
「正解だ。順番的に要に当てることになってしまったが、みんなここまで大丈夫か?回答書くまでが早すぎてついていけなかったかもしれないから、遠慮せずにわからないことがあったら手を挙げて聞いてくれ。」
先生の話の最中でカナメは席に戻った。
「おい、カナメ!ここがお前の答えと合わないんだけどなんで?」
後ろの席のフミオが話しかけてきた。
「んー・・・?フミ、お前この問題の(1)から間違ってるぞ。ここ、右辺0じゃなくて1だよ。」
「ぬ?ぬあっ!なんだ簡単だった!びっくりさせんなよ!ほんとによぉ!」
「なーに言ってんだか、あんたの凡ミスじゃない。ちゃんと見直ししたの?」
フミオの隣のハナがからかった。
「うるせーよ!勢いなくしちまったらできるものもできないってのがポリシーなんだよ!」
「なーにがポリシーよ!今のだって勢いそのままに崖から飛び降りてるのと一緒じゃない!」
「ぐぎぎぎぎぎぎ。お、おいカナメ。」
「なんだよ。」
「あの女わからせてきて。」
「やだよ。自分でやればいいじゃん。」
「バカねー、あんた。カナメがあんたの言うこと聞くとでも思ってんの?」
「ふぬぬぬぬぬ・・・。隣にはツンツンでイヤミったらしい女、前には暗い暗い深海のように冷たい心を持つ男・・・。はぁ・・・・もっといっぱい女の子に囲まれてラッキースケベ連発のハーレム学園生活を夢見てたのに・・・。あ、なんか泣けてきた。数学の問題間違えただけで、ここまで罵倒されたことに泣けてきた。」
「キモ・・・あんたそんなこと考えてたの?」
遠くをみていたフミオがハナの方を振り向くとそこにはうっすらと涙が浮かんでいた。
「キモ!なんなのよあんた!」
「ハナ・・・。」
「な、なによ・・・。」
「せめてお前が巨乳だったらなぁ・・・・。」
「!?」
「フミオ、おい何言って・・・、おおお、おいハナ、やめ・・・!」
カナメが止めるのも間に合わず、ハナの拳はフミオの顔面を砕いていた。