2.盗賊を退治してみました
見る限り盗賊は三人いる。
ナイフを突きつけている盗賊と、ナイフを持ち、その様子を見てヘラヘラ笑っている盗賊が二人だ。
まだ他にも仲間がいるかもしれないが、この三人を何とかできればとりあえずは状況を打開出来そうだ。
ここで鍵になってくるのが言葉魔法の特性だ。
人や動物を変えることは出来ないので、盗賊を例えばアリとか無力な動物に変えることは出来ない。
それは当然だよな。
だが、裏を返せば、人や動物を直接変えなければいい話なのだ。
それはつまり―――
「武器+(り)で”ブリキ”!」
盗賊の”所有物”であれば自在に変化させることが出来る!
盗賊三人を意識して俺がそう言うと同時に、盗賊の武器はブリキのおもちゃへと変化した!
隠し持っていた武器もあったらしく、盗賊の服からブリキのおもちゃが他にも地面に落ちた。
どうやら意識したもの以外の武器も変化の対象になったようだ。
「な、何が起きている!?」
「お前、何か小細工しやがったな!?」
武器を失った盗賊はなお馬車の主人を恐喝する。
まずい、余計に怒らせてしまったようだ。
次に何をしたらいいのか……
「フッ、武器がないのならこっちのもんよ」
そう言った馬車の主人は一瞬で盗賊の背後に回り込んだ!?
「こっちもこういう状況に慣れているんだ。命が惜しいなら今のうちに逃げておくんだな」
「ひ……ひぃぃぃ!?」
主人のただならぬ雰囲気に恐れを抱いたのか、盗賊達はどこか遠くへ逃げて行ってしまった。
このおっさん、只者じゃねえな……
盗賊達が逃げ去った様子を見届けた主人は俺に話しかけてきた。
「他に盗賊はいなそうだな。これで一安心だ。……で、さっきのってお前がやったのか?」
「そ、そうですね。ちょっとした技ですけど」
「ちょっとどころじゃねえよ。本当に助かった。礼を言わせてくれ」
「いえいえ、お互い様ですから。それより、あそこに止まっている馬車は何でしょう?」
俺は前に止まっている馬車を指差した。
そもそもこの馬車が道を塞いでいたからこんな事になっていたんだよな。
それにしてもどうして急停車する事になったんだ?
普通止まっている馬車がいたらゆっくり減速すれば良い話だろうに。
その事について主人に聞くと、
「ああ、恐らく盗賊がスキル”隠密”を使って馬車を目立たなくしていたんだろうな。だから近付くまで気付けなかったんだ」
ハハハと苦笑いする主人。
どうやら馬車を隠密で隠して道を塞ぎ、他の馬車を急停車させ、その隙に窃盗する手口はよくあることらしい。
分かってはいても対策はなかなか出来ず厄介なのだとか。
「おれはお前さんがいてくれて助かったが、この馬車の主は不憫だな。見たところまだ物を盗まれていないし、最近襲われたように見える」
確かに前に止まっている馬車の荷車を見ると、食料らしきものが山積みにされている。
普通は盗賊は襲ったら荷車にある食料などは盗っていくだろう。
そうされていないという事は、この馬車が襲われて間もなく俺たちがここに来たことになるな。
「このまま放っておいたらこの食料も可哀想だ。食料はおれたちでもらっていくことにしよう」
そう言うと馬車の主人は前に止まっている食料を自分の荷車に積み始めた。
これって人の物を盗るのと変わりないんじゃないかとも思ったが、確かにこのままここに置いておいても腐るのを待つだけか。
この世界ではこういう事が許されるのなら、俺が口出す必要もないだろう。
俺は特に何も言わず、食料の積み込みの手伝いをする事にした。
するとその途中……
「ね、ねぇ……あなた、盗賊じゃないわよね……?」
荷物の中から声がするのだ。
気のせいかな?
気になった俺はそっと声がする方に近づいてみた。
「そこに誰かいるのか?」
「やっぱり、服装が盗賊のものじゃない! もしかしてあなたが盗賊を追い払ってくれたの?」
その声とともにガサリと音がして、目の前には十代後半位の少女が現れた!
「わわっ、びっくりした!?」
「あっ、ごめん!? 驚かせるつもりはなかったんだけど」
「いや、こちらこそごめん。突然の事だったからつい、な。君はこの馬車に隠れていたの?」
「そうなの。町に向かう途中に盗賊に襲われてね。荷車に乗っていた私はここで気付かれないように隠れていたの。見つかるのは時間の問題だと思っていたんだけど、でもその結果あなたが助けてくれたわ! 本当にありがとう!」
ニコッと微笑む少女。
話を聞いていると元気で活発な子なのがよく分かるな。
話をしているこちらも元気になる。
「おーい、何か話をしているようだが、誰かいたのかー?」
馬車の主人が向こうの荷車の方からそう叫んで聞いてきた。
「俺も馬車の中の荷車に乗ってきたんだ。よければ俺と一緒に荷車に乗せてもらわないか?」
「いいの!? 実はこの馬車の主人、盗賊から逃げちゃったみたいで、困っていたんだ。そうしてくれるととても助かるんだよね!」
「まあそれを決めるのは俺じゃないんだけどな。でも何とかして頼んでみるからちょっと待ってろ!」
こうして俺は馬車の主人の元へ行き、事情を説明した。
すると事情を聞いた主人は自ら少女を助けようと言い出した。
どうやら馬車の主人はそのような少女に心当たりがあるらしい。
実際に主人が少女に出会うと、親しげに会話をしていた。
俺が頼み込む必要もなかったようだな。
ちなみに少女が乗っていた馬車は馬を操る人がいないだけで、馬も荷物も無事なようだった。
そして少女は馬を操って馬車を動かす事が出来るようなので、前の馬車は少女が動かすことに。
こうして二台の馬車が並んで道を進んでいくことになった。
馬車で道行く途中、二人と話をしていると、少女の名前はネルシィ、馬車の主人の名前はバーグという事が判明した。
ネルシィは、故郷が魔王軍によって荒らされてしまったので、町を復興する為に頑張っているらしい。
今回王都に出かけていたのも、町を復興させる為に必要な道具を買う為だったのだとか。
「あたしが町に戻ってこれなかったら道具がなくてみんな困っちゃうからね。だから盗賊に襲われたときはどうしようかと思ったよ……」
「そうなのか……。そういえば町はどれ位復興したんだ?」
「そうね、ようやく仮の家ができた位かしら。襲われたのが数日前だから無理もないんだけどね」
ちなみにネルシィの故郷のように、魔王軍に襲われて町が壊滅することは珍しくないらしい。
特に最近は魔王軍の活動が活発で、次々と町が襲われているんだとか。
許せないな、魔王軍……。
でも魔王軍を懲らしめるのは王や勇者の役目だよな。
あの憎たらしい奴らに任せるのも癪だが、俺の能力は戦闘向きではないし、喧嘩を売りに行くのは止めておいた方がいいだろう。
俺の能力って言葉魔法以外は全くとりえがないから、言葉を使い切った瞬間に打つ手がなくなるからな。
さっさと魔王を倒しやがれ、あのチートな勇者どもが。
「どうしたの? 何か怖い顔をしているけど?」
「いや、ちょっと嫌な事を思い出してな。なんでもない」
どうやら顔に出てしまったようだ。
王達が俺にした仕打ちは許せたものではないが、いつまで恨んでいても仕方がない。
その事は置いておいて、これからを生きることにしよう。
「そういえばライクってどこの町から来たの? かなり珍しい格好をしているけど」
やっぱりそう疑問に思いますよねー。
今の俺の服は寝巻きだからな。
世界が違う上に、しかも寝巻きのような格好で歩いている人なんている訳ない。
下手に言いつくろうと面倒だし、そのまま言っちまうか。
「えっと、信じてくれないかもしれないけど、異世界から来た」
「異世界? 違う世界から来たってこと?」
「ああ。王が俺を召喚したみたいだ。そして戦力外扱いされて追放されたんだ」
「なるほどね。だから珍しい格好をしているんだ」
うんうんと納得している様子のネルシィ。
あれ?
不審に思ったりしないんだろうか?
「信じてくれるのか、俺が言ったことを?」
「ええ。別に異世界から来た人は珍しくはないからね。あの王、召喚した人の中で戦力にならない人を全員城から追い出しているのよ。ひどい話よね」
そ、そうなのか。
俺のような扱いを受けた人が他にもいるというのか。
なんてひどい王なんだ。
話を聞けば聞くほど憎たらしくなってくるよな。
「あたし達、実はそういう人を助けて回っているの。そしてその人達に町の復興を助けてもらっているのよ。何て言っても人手が足りないからね」
「なるほどな。確かに特別な能力がない人でも復興でできることはあるもんな」
魔王討伐を目的にする王にとっては、戦闘能力が優れた人にしか用がないのかもしれない。
だがその王に見捨てられた人だからといって、人として劣っている訳ではない。
戦闘能力だけが人の全てではないのだから。
「はは、そこまで話が進んでいるならおれも隠す必要もねえな。ライク、実は俺がお前を連れて行こうとしているのもその町で復興を手伝ってもらいたいからなんだ」
「復興の手伝い? もしかしてバーグもネルシィと同じような活動を?」
「ああ。主に王都周辺でさまよっている人を救い出す役割を担っている」
「そうなのか。でもなんで教えてくれなかったんだ?」
「聞かれなかったからな。別に隠すつもりはなかったんだけどな。悪かった」
確かにそうだけど……
やっぱり隠し事されるのって嫌だよな。
まあこちらも異世界人であることを言ってなかった訳だし、おあいこか。
「ごめんな、ライク。事情を説明しなかったのは悪かったが、今は一人でも人手が必要な時なんだ。手伝ってくれないか?」
「そんな事情を聞いたら尚更断れないですよ。俺にできる事があったら協力します」
「本当か!? ありがとな、ライク!」
「あたしからもお礼を言わせて! 本当にありがとう!」
こうして俺は復興作業を手伝う為、ネルシィの故郷へと向かうことになった。