間違いなく発揮する変人ぶり
毎回毎回読みづらくて、申し訳ございませんが、諦めて下さいませ?
兵士の眼前から消えたイーリャは、現在王宮へ続く城壁を登って居た。
どうやって消えたのかと言うと、イーリャは鉤付の縄を懐に忍ばせていて、それを目にもの止まらぬスピードで取り出し、城壁の上部へ投げ、腕の力だけで瞬時によじ登ったのであった。正に人外の変人と、称される人物である。
城壁をグイグイ登ること十分程度、大きなバルコニーのある部屋が見えて来る。そこから王宮の内部に侵入しようと考えたイーリャであるが、この様に誰でも簡単に侵入出来る杜撰な警備体制に、かなり怒りを覚えていたのだ。
自身が近衛隊に配属された暁には、城壁にもっと工夫を取り入れて、簡単には侵入されない外壁造りを推し進めようと考えていた。
まだまだ自国でやりたい事が有るのに、他国へ行くなど嫌である。その為にも隣国のアジュールに嫁ぐ話は、白紙にして頂かねばならない。
バルコニーに到着すると、素早く窓の鍵が閉まっている箇所を肘で叩き割ると、鍵を開けて王宮内部へ人知れず侵入を果たしたのであった。
「ふむ?謁見の間は何処であったか?急いで居るのに、全く分からんな……」
普段赴かない場所であるため、位置関係が良く分からないイーリャであった。こんなことならば、王宮で開かれる夜会などに出席しておくべきであったと、後悔するのであった。イーリャが年頃になると、毎月のように招待状が送られて来ていたのだが、興味が無かったので、全て断り修業に明け暮れていたのである。
せめてどちらかの、兄上を連れて来るべきであった。
長兄のセルジュは頻繁には夜会に出席しないが、少なくともイーリャよりは、王宮内部に詳しいだろうし、次兄のゴーシェは、ほぼ全ての夜会に出席していた筈である。
イーリャは己の浅はかさに、嫌気が指しつつも誰か居ないのかと、辺りをキョロキョロ見回しながら、不法侵入をして入り込んだとは思えない、堂々とした足取りで歩き始めたのであった。
***
一方その頃のイーリャの父のローゼンバーグ公爵は、自身の兄であり、マブーレ王国の国王ミットラスに謁見していた。
「兄上!我が不詳の娘、イトリィーリャがこの度の隣国、アジュールの王子との結婚を了承致しました!」
「おお、そうであるかっ!めでたき事だな?しかし、イトリィーリャは確か近衛隊に配属希望を出していた筈であったが、それはもう良いのか?途中で諦める性格では無かったと思っておったが?」
「はい、本人に確認致しました所、結婚に肯定的で……寧ろ待ちわびていた様子で御座いました……」
「何っ?本当か?あの修業狂いの変人が…のぅ…。変人でも女と言うことであろうか?お年頃と言うやつであるのか?まぁいずれにせよ、良かったのぅ…ふぅ………」
ミットラス王は、長く蓄えた顎髭を指でいじりながら、感慨深い溜め息をついた。
「兄上、溜め息をつきたくなるお気持ちはお察し致します。ですが、本人立っての至極全うな願いですので、急ぎアジュールの使者に返答を致しませんとなりますまい……」
「おお、そうであるなぁ…。エデルよ、急ぎアジュールの使者にこちらの結婚了承の書簡を届けてまいれっ!」
ミットラス王は後ろに控えていたエデルと呼ばれた青年に、既に用意しておいた二つの書簡の内、了承の旨が書かれた書簡を渡すと、エデルは短く「はいっ!」と元気良く返事をすると、小走りで謁見の間から駆け出して行った。
「これで隣国との友好な絆が出来るのぅ…。シャープナー帝国にキナ臭い動きがあると、報告があったのだ…大国のアジュールとは、結び付きを密にしたかったのだが、本当に良かったのか?」
ミットラス王は申し訳なさそうに、弟を見据えのだが、
「問題ありませぬっ!!」
即答であった。
マブーレ王国はアジュール王国と、シャープナー帝国に挟まれた国である。
アジュール王国との間には国境を挟んで深い谷があり、シャープナー帝国との国境は険しい山脈があって、両国の兵は進軍がままならないため、ここ数百年戦は免れていて、平和が続いていたのだが、三ヶ月前にシャープナー帝国の皇帝が、代替わりした途端にマブーレとは反対の位置にある小国のルミナスに兵を差し向けたのだ。
兵を差し向けた帝国の言い分は、ルミナスが帝国に反乱を企てた為と、されているがミットラス王は確実に帝国がルミナスを手に入れる為の方便だと、考えている。
マブーレ国王としては、帝国を警戒するのも当然である。天然の要塞の山脈があるとはいえ、楽観視は出来ないのである。
そこでもう一方の大国のアジュールとの、結び付きを強化するべく、今回の結婚の話を本格化させたのだ。
アジュールのクルセウス王子が、偶然にもマブーレの公爵家の姫に一目惚れとは、タイミングが良すぎて恐ろしい位である。
それに、別の意味でも恐ろしいのが、変人のイトリィーリャ姫が、アジュールでもその変人ぶりを発揮しないかだが、間違いなく発揮するであろう姿がありありと目に浮かぶのであった。
頭が少し痛くなったが、イトリィーリャ姫本人が結婚には乗り気だというし、大丈夫であろうと楽観視してしまったミットラス王であった。
それが間違いであるのがわかるのは、もう直ぐであった。
ミットラス王のスピーディーな対応が、謁見の間を血で赤く染める事になる………と、不味いですよね?
イーリャには、諦めて貰うしか無いですが…ね。