激突
「俺を倒せる奴はいるか!」
腹から血を噴きながら地面に倒れた健児を見下ろしつつ、金色に光るゾンビ、もとい御堂明が声高に叫んだ。ジョージ以下生存者はその姿を戦々恐々といった体で見つめていたが、ギャレン達は平静を保ったままその二人を見ていた。ケイトは口から吐き出した鉄塊から変化した細剣を手に持っていたが、それを握って突撃する事はしなかった。
「どうだ。これが俺の新しい力だ。恐れをなして動けないか? 腰抜け共め」
明はその面々を見つめながら、勝ち誇ったように言ってのけた。彼は全く動かない面々を前にして、自分に恐怖して身動き出来ずにいるのだろうと判断していた。
それは半分当たっていた。もう半分、ギャレン達が動かずにいたのは恐怖からではなかった。彼らの視線は明ではなく、その横で倒れていた健児に向けられていた。
そのギャレン達の視線を受けながら、健児がおもむろに上体を起こした。明はその自分の真横で起きた出来事について、しかしギャレンとジョージのグループに意識を向けていたためにそれに気づいていなかった。やがてジョージ達もそれに気づき、そして誰からともなく「あっ」と驚きの声を上げた。
健児が明の持つ剣に手を伸ばしたのはその直後だった。
「えっ」
一瞬腕を強く引っ張られるような感覚を味わい、明が素っ頓狂な声を上げる。そこで初めて自分の横で何が起きていたのかを悟った。
気づいた時には手遅れだった。
「遅いんだよ」
明は軽く腹を小突かれたような、鈍い衝撃を感じた。そして視線を下げると、そこには自分の推測通り、自分の剣が自分の腹を貫通していた。
「何が最強だこの野郎」
その剣の柄から手を離しながら、健児が勝ち誇ったように言ってのける。呆然と自分の腹に刺さった剣を見つめていた明は、その言葉を聞いて視線を上げ、健児の方を見た。そして段々とその顔に怒りを湛え、やがて悪鬼のような形相へと変わっていった。
「どうした? 来いよ」
健児はそれを見、怒りの理由を知った上で、さらに彼を挑発した。中腰になって後退しながら両手で手招きし、わざとらしく軽薄な笑みを浮かべて明を呼び寄せる。
「ほら、さっさとしろ最強野郎。強いんだろ? ほらほら、来なって」
「貴様……」
効果覿面だった。元から険しかった明の顔がさらに凶悪になっていく。彼は剣を引き抜き、腹の傷が急速に塞がり痛みが引いていくのを感じながら、その回復と反比例するように怒りのボルテージを上げていった。
健児はそこに更に油を注ぐことにした。
「雅にいいとこ見せたいんだろ? それに邪魔な俺を消すいいチャンスだ。それとほら、こっちは丸腰だ。丸腰の相手に怖じ気付くのか? 臆病者め」
「貴様ァ!」
明が怒りを爆発させる。健児だけに意識を向け、怒りのままに駆け出していく。
迂闊であった。この時の明は健児しか見えていなかった。だから後ろから何かが自分以上に速いスピードで近づいていく事に全く気づかなかった。
「阿呆が」
明がその存在に気づいたのは、すぐ後ろにまで来ていたその存在が自分の耳元でそう囁いて来た時だった。そして少し遅れた後、明は治癒したばかりの自分の腹から再び鈍い衝撃と熱い痛みが広がっていく事を自覚した。
立ち止まり、視線を降ろす。銀の細剣が後ろから腹を貫いていた。
「なんで?」
「お前が間抜けだからだ」
呆然と呟く明に向けてケイトが吐き捨てる。そしてケイトは素早く細剣を引き抜き、明の背中を強く蹴り飛ばす。突然の事に明は対応できず、受け身も取れずにうつ伏せに地面に激突した。
「片づいた?」
「どうだろうな」
そこに健児が近づく。健児の言葉にケイトが肩を落として答える。ギャレン達も「ようやく終わったか」と言葉を交わしながら、ゆっくりとした足取りで彼らに向かって歩き出す。雅もその中に混じって近づく。ジョージ達は怯えきったままその場に動かなかった。
「それにしても案外簡単に片づきましたね。今回の奴は結構危険なブツだと聞いていたのですが」
「扱ってたのがド素人だったのが原因だろうな。どれだけ強力な神器でも、持ち主がちゃんと能力を理解してなきゃ話にならん」
「無知って怖いわね」
「まったくだな」
そんな事を話しながら、やがて倒れた明の傍に全員が揃った。そして全員でうつ伏せの明を見下ろし、最初にギャレンが口を開いた。
「で、これからどうしようか」
「まずは神器を回収しましょう。アーサーなんとか言う奴だっけ?」
「アーサーハートですね。確かに危険すぎるので回収しておきましょう」
そのギャレンの言葉に志帆が反応し、幸子が補足を加える。雅はその輪の中に入りながら固唾を飲んで見守り、そして全員を代表して健児が腰を下ろし、明の体に手を伸ばした。
健児が明に触れる。その直後、明の体がびくりと震えた。
「え」
健児が反射的に手を引っ込める。次の瞬間、明が雄叫びと共に勢いよく立ち上がった。
「貴様だけでも死ね!」
明が健児の喉に手を伸ばす。しかしその手が実際に健児の喉を掴む前に、ギャレンがその後頭部を強かに殴りつけた。
「お前が死ね!」
「死ねこの野郎!」
「くたばれ!」
さらに志帆とケイトが便乗するように明を殴り、蹴りつける。私刑と見られても不思議のない程の、全く容赦のない攻撃であった。
明は三方向からの殴打を同時に受け、抵抗も出来ずに再び地面に倒れ伏した。そして明が再度うつ伏せになった後、ギャレンが相手の動きを抑えるように背中を踏みつけ、同時に幸子が呪文を唱えて自身の両手を光らせた。次の瞬間、明の両手足首に複雑な文様で出来た光の輪が出現し、それを見たギャレンは足を退かせた。
「拘束完了か」
「とりあえず強いのかけておきました」
「どれくらい保つ?」
「どうでしょう。相手の根性にもよりますが、最低でも一ヶ月は壊れないかと」
ギャレンと幸子が言葉を交わす。その一方で明は背中の重りが外れた事に気づき、起き上がろうと筋肉を動かした。しかしなぜか手足がそこから動かず、いくら力を込めても立ち上がることは出来なかった。
「クソ、クソ!」
それでも明は何とか立ち上がろうと全身に力を込めた。しかし彼が力を込めれば込める程、それに反応して手足に填められた光の輪もその輝きを強めていった。明は起きあがろうとするのに必死で、自分の身に何が起きていたのかまだわからずにいた。
そんな無駄な努力を続ける明を見ながら、健児が呆れたように口を開いた。
「何がしたかったんだこいつ」
「自分の置かれた状況に気づいてなかったんだろうな」
「健児のことしか眼中に無いみたいね」
それにケイトと志帆が答える。すると輪の中にいた雅が唐突に口を開いた。
「それで、この後どうするんですか? どうやって回収するんです?」
「それは簡単ですよ」
その問いには幸子がそう答えた。それから幸子は右手だけを光らせ、その光る手で軽く円を描いた。すると明の体が浮き上がり、その場で仰向けにひっくり返った。それから幸子がゆっくりと右手を下げると、それに反応して明の体も仰向けのまま地面へ降りていった。露わになった明の顔は憤怒に満ちていたが、健児達はそれを見ても全く恐れたりはしなかった。
「さて、取りましょうか」
右手を握りしめて手中の光を消しながら幸子が言い放つ。雅は明の胸に埋め込まれていた紫色の球体を見ながら「引っこ抜くんですか?」と躊躇いがちに尋ね、それに対してケイトが「そうだ」と即答した。
「それ以外に取り出す方法が無いだろう」
「でもそんなことしたら、この人死ぬんじゃ?」
「その時はその時だ。まあ死ぬんじゃないか? でもこういうのって結局自己責任だからな」
ケイトはどこまでも軽い調子で答えた。健児達も特にそれを咎めたりはしなかった。雅はほんの少し驚いたが、ケイトを諫めたり制止しようとまではしなかった。別に今の明にそこまで感情移入していた訳では無かったからだ。
「健児、頼むぞ」
ギャレンが健児に声をかける。健児は頷いて明の近くで腰を下ろし、「悪く思うなよ」と言いながら明の胸元へ手を伸ばす。
しかし健児の指がそれに触れようとした次の瞬間、その球体は独りでに明の胸元から垂直に飛び出した。
「え?」
突然の事に健児が呆気に取られた声を放つ。ギャレン達も同様だった。明ですら、自分の身に何が起きたのかわからずにいた。
その中で、紫に輝く小柄な球体は何も言わずにその場に浮遊していた。そしてそれはまるで何かを探すかのように緩やかな回転を始め、その動きが更に周囲の注目を集めた。
彼らの見つめる先で、やがて球体が動きを止める。回転を止め、お目当ての存在に狙いを付ける。
高遠雅の額にその球体が激突したのはその直後だった。
「え」
頭に鈍い衝撃が走る。全員が一斉に雅を見る。雅の目には、その動きは何もかもがスローモーションに見えた。
視界が持ち上がり、太陽と青空が見える。そしてそれを「眩しい」と知覚する前に、雅の視界は意識ごと暗転した。
一瞬の事だった。




