聖剣エクスカリバー
「エクスカリバーですね」
ギャレン達が地下で牢屋の「解錠」に従事していた頃、地上にある衛兵詰め所の正面ホールでは幸子が周りから好奇の視線を一心に向けられる中でおもむろにそう呟いた。彼女は瞬くたびに色を変える粒子の渦を自分を包み込むように出現させ、自身も地面から僅かに足を離して空中に浮き上がっていた。
そして彼女は自分を取り囲む粒子の渦の中に両手を突っ込み、その中で手を動かしながら、呆然唖然とする周りの面々の事などお構いなしに話を続けた。
「なるほど、なるほど。持ち主に勝利をもたらす剣ですか。随分と強力な神器ですね。でもその分、デメリットも大きいのでしょう?」
「おい、あいつ誰と話してるんだ」
「知らねえよ。本人に聞いてくれよ」
壁沿いに集まってそれを見ていた衛兵達は一様に困惑していた。彼らは互いの顔を見ながら、目の前で唐突に光の粒をまき散らしながら浮き始めた和服の女の行動の意図を探り合っていた。彼女の周りに剣など一振りも無いのに、いったい何を話しているのだろうか。
彼らはあれこれ予想を立て合ったが、的を射た発言は一つも出てこなかった。
「健児、あの人何してるの?」
そして幸子より先に地上に戻っていた健児と雅もまた、彼らと同じように困惑した表情を浮かべて彼女の行動について話し合っていた。もっとも、この時本格的に困惑顔をしていたのは雅だけであり、健児は慣れ親しんだ光景を見るかのように腕を組み、リラックスした姿勢でそれを見つめていた。
「いったい誰と話してるの? あれも魔法の一つなの?」
「まあ、魔法と言っちゃあ、魔法だな。魔法っぽいあれだ」
雅の質問を受けた健児はそう答えた。この時の健児は明言を避けるように言葉を濁しており、それに不満を抱いた雅は「本当は違うの?」と顔を近づけ問いつめた。
「なんていうか、難しいんだよ。俺説明するの苦手だしさ」
「言える範囲でいいから、教えて。あの人は何をしているの?」
雅は諦めなかった。健児は腕を組んだまま暫し渋い顔を浮かべたが、すぐにその表情を解して「わかった」と言った。
「一気に説明は出来ないから、順番に話していくぞ」
それから幸子の方を横目で見て、彼女の「作業」が暫く続くことを察した健児は、今の内に幸子が何をしているのかを説明することにした。
「まず最初に、今の幸子がどういう作りになっているかはマンションで説明したよな?」
「魔物化で魔力がどうたらこうたら言う奴?」
健児から話を切り出された雅が、その時の情景――幸子が扉の形をした幻を酒瓶で殴って物理的に破った出来事を思い出しながら言葉を返す。健児はそれに頷き、彼女の方を見ながら言った。
「そうだ。今の幸子は魔力そのものと化している。人の魂を内包した魔力が、そのまま人の形を取っていると言う感じだな」
「それがどうかしたの?」
「まあ落ち着けって。要するにだな、今の幸子は自分の体質を利用して、この世界に充満している魔力と干渉しているんだよ」
「魔力と干渉? なんのためにそんなことをしているの?」
「神器の名前と使い道を知る為さ」
雅は頭の上に「?」マークを浮かべた。そしてそのまま雅は健児の方を向き、心中にある疑問をそのまま率直に尋ねた。
「そんなこと出来るの?」
「出来るからやってる」
「理屈は?」
「簡単だよ」
雅の問いに答えた後、健児が続けて言った。
「神器がどうやって出来るか知ってるか?」
「知らない」
「そこは少しは考えろよ・・まあいいや。神器ってのはな、人や動物みたいに命の籠もってない物体が魔力に晒されたことで誕生するものなんだ。魔物化現象の無機物版みたいな感じだな」
「つまり、神器の誕生には魔力が関わってるってこと?」
「そうだ。全ての神器は何らかの魔力の影響を受けている。世界に満ちる魔力だけが、その生み出された神器の製造プロセスや付加価値の全てを把握しているんだ。なんたって自分が作った物だからな」
「つまりこの場合の魔力は、その神器の発明家とか、設計者みたいなポジションなのね」
「飲み込みが早くて助かるよ。要はそういうことだ。そして幸子はその魔力に干渉して、そんな神器を生み出した張本人に直接お伺いを立ててるってことさ」
そこまで言って、健児がその視線を幸子に向ける。雅もつられて幸子の方を見る。和服姿の童顔少女は彼らの眼前でなおも浮遊し続け、なおも周囲の好奇の視線に晒されながら、件の「情報収集」を続けていた。
「はい。もう十分です。ありがとうございます」
彼らの眼前で「それ」が終わったのは、全く突然のことだった。まず彼女を包んでいた粒子の渦が、その粒子同士の結合が解けるように回転したまま外へと拡散していく。次いで自らを覆っていた障壁から解放された幸子が、ゆっくりとした動作で地面へ降り立つ。終わりの始まりこそ唐突であったが、そこからの動作は非常に緩慢であった。
「終わったか?」
そうしてゆったりとした動きで降り立った幸子に近づきながら健児が声をかける。雅がワンテンポ遅れて彼らに近づき、幸子はそれまでの作業の疲れを欠片も見せない、いつも通りの穏やかな表情で彼らを見返した。
「はい。なんとか大体のことは聞き出せました」
そして健児に意識を傾けながら幸子が返す。健児は「やったな」と短く、しかし嬉しげに答え、幸子もつられて笑みを浮かべた。
「それで、その神器の説明はいつするんですか?」
その時、不意に雅が幸子に尋ねた。聞かれた幸子は考え込むように頬に拳を当て、さてどうしましょうか、と暢気に声を発した。
しかしそれから数秒も経たない内に、幸子は顔を上げて雅を見た。そして彼女を見たまま、平時と変わらない穏やかな口調で言った。
「ギャレン達を待ってもいいのですが、せっかくですから、あなた達には先に説明しておきましょうか」
「お、そう来たか」
「いいんですかそんなことして?」
幸子の言葉に対して健児がその顔に好奇心の火を灯し、一方で雅が困惑の表情を浮かべる。幸子は雅に注意を向け、彼女を見ながら言った。
「まあ大丈夫ですよ。後であちらに報告すればいいだけですし」
「そういうことだ。俺達が先に知っても、何の問題もない」
健児が続けて言った。それを受けて雅も納得したように、しかしまだ若干躊躇いがちに頷き、幸子はそれを「了承」と受け取った。
「では、お二人に先に話しておきましょうか」
それから幸子は健児と雅に向けて、自分が魔力から受け取った情報を他に先んじて公開することにした。
「聖剣エクスカリバー?」
その後、まず幸子から御堂明の持っていた神器の名前を聞いた健児は、そう驚いたように鸚鵡返しに答えた。雅もまた驚きに口を開き、呆然としていた。
「ここでそんな物の名前を聞くなんて……」
雅は決してゲームやアニメに造詣の深いタイプでは無かった。しかしそんな彼女でも、今耳にした名前と同じアイテムがそうしたゲームやアニメに登場していることくらいは把握していた。
そして実感が湧かなかった。それ――エクスカリバーなどという大仰な名前の武器は、二次元だけに顔を出す「空想の産物」、「中二病の体現」ではないのか。雅はそう考えていた。空想ではない「本物」を現実で目の当たりにすることなど、絶対に無いと思っていたのだ。
そして現在進行形でそう思っていた。
「いくらなんでもそれは無いですよ。エクスカリバーなんて、そんな、アニメじゃないんだから」
「でもあの子達はちゃんと言ってましたよ。あれはエクスカリバーだって。魔力は嘘をつかないんです」
しかしその雅の拒絶の意志の籠もった言葉を、幸子はさらにやんわりながら否定した。雅はさらに困ったように顔を曇らせたが、そこで健児が二人の間に割って入った。
「はいはい。そこまで。今はとにかく、そいつの能力を知るのが先だ。幸子、そのエクスカリバーっていう武器は、どういう力を持ってるんだ?」
その健児の仲裁は効果覿面だった。雅と幸子は言い合いを止め、そして幸子が一歩下がって二人を見ながら説明を始めた。
「わかりました。ではまず能力ですが、これは簡単に言えば、持ち主に勝利をもたらすことです」
「つまり、どういうことだ?」
「そのままの意味ですよ。持ち主に勝利をもたらす剣。勝利と栄光の剣。それがあのエクスカリバーなんです」
健児と雅はいまいち要領を得ない顔をした。そしてその表情のまま健児が尋ねた。
「それはつまり、持ち主を無敵にさせるのか? 肉体強化とかそういう感じなのか?」
「その側面も持っています。エクスカリバーは持ち主の身体能力を大きく向上させる力を持っているのです」
「側面?」
幸子の歯切れの悪い言い方を前にして、健児は片眉を吊り上げた。そしてその顔のまま、健児が幸子に己の疑念をぶつけた。
「それだけじゃないってか? いや、それがメインじゃないってことなのか?」
「その通りです。肉体強化はあくまでサブ、おまけのようなものです。そもそもこのエクスカリバーは、ただ単純に持ち主に最強の力を授けるような代物ではないのです。確かに強化はされますが、それでも負ける時は普通に負けるんです」
「でもさっき、この剣は勝利をもたらすって言ってましたよね」
雅が問いかける。幸子は頷き、自身の顎に指を当てながら言った。
「そうです。エクスカリバーは勝利を与える剣。持ち主に絶対勝利をもたらす剣です」
「でも負ける時は負ける。それ矛盾してないか」
「最終的に勝てばいいんですよ」
幸子の返答はまたもすぐには理解の出来ない代物だった。困惑と熟考で表情を険しくする健児と雅に、幸子は「こう言い直した方がいいかもしれませんね」と言ってから続けた。
「勝利するまで諦めない剣。それがエクスカリバーなんです」
「諦めない?」
「剣が諦めないってことか?」
「そうです。勝つまで同じ相手に挑み続け、勝つまで戦い続ける。エクスカリバーは非常に諦めの悪い剣なんです。例え途中で百敗しようとも、最後に一勝できればそれでいい。勝利をもたらすことが出来たんですからね。そしてそこに、持ち主の意志が介入する余地は無い」
最後の部分で嫌な予感を覚えた。そう考えた健児に、幸子は「さすが、察しが良いですね」と言ってから続けた。
「健児の予想通りです。エクスカリバーは自身の持ち主を勝利に導く。例え途中で負け、死んでしまったとしても、勝つまで持ち主を導き続ける。エクスカリバーが強制的に肉体と意識を蘇生させ、動かし続ける」
「剣が持ち主の意識を乗っ取るってことか」
「いいえ、エクスカリバーが支配するのは肉体だけです。持ち主の意識はちゃんと残り、五感もそのままです。もちろん痛覚もそのままです。性格が変異することもありません。剣の持ち主はそれまでの感性を保ったまま、今自分が何をしているのかをはっきりと自覚し、認識することが出来るんです。そしてその中で受けた痛みも、そのまま味わうことになる」
「でも体は言うことを聞かない?」
「そうです。肉体は完全にエクスカリバーが支配します。持ち主は自分が何をやっているのか理解しつつ、それでもそれを自分の意志で止めることは出来ないのです。例え死ぬほどの激痛を味わったとしても、自分の意志でその行脚を止めることはできない」
「ひどい」
雅が呟く。そこまで幸子の説明を聞いた雅は、顔からすっかり血の気を引かせていた。
対して幸子も「まったく酷い剣です」と答え、そのまま続けて言った。
「エクスカリバーを持ち、戦いに望んだら最後、その持ち主は勝つまでエクスカリバーの奴隷と化すのです。逃げることも、死ぬことも許されない。勝つことでしか解放されない。エクスカリバーが本懐を果たすまで、止まることは許されない」
「持ち主に勝利をもたらすまで?」
「それが持ち主の望まない勝利であったとしてもです」
健児の問いに幸子が答える。健児は腰に手を当てて顔をしかめ、雅も沈痛な面持ちで俯く。
「なんで御堂はそんなブツを手に入れたんだ?」
その時、不意に健児が呟く。雅ははっとして健児の方を向き、幸子もまたそれに反応して「入手経路も判明しています」と言った。
「どこから手に入れたんだ?」
「ネットオークションで競り落としたようです。魔力はその一部始終を見ていたと言っています。なぜ彼がこの剣を購入しようとしたのかまでは、さすがにわかりませんが」
幸子の返答を受け、健児が「そこは本人に聞くしかないな」と言った。雅は幸子の台詞の「魔力が見ていた」という部分に反応し、僅かに肩を震わせた。世界に充満している魔力とコンタクトを取れるなんて、もはやプライバシーもクソも無いではないか。
「今頃ギャレン達がそれについて問いつめてるんじゃないでしょうか。どっちにしても皆を待つ必要がありそうですね」
その一方で、説明を終えた幸子は健児達に向けてそう言った。健児もそれに頷き、幸子の方を見ながら言った。
「また厄介なもんに遭遇したな」
「厄介じゃない神器がありましたか?」
「それもそうだな」
幸子の発言に、健児がおどけた調子で同意する。雅はそれを見て、「逞しいなあ」と素直に思った。
地下から轟音が聞こえてきたのは、まさにその時だった。




