If…
もし、未来が少しだけ見えたら。
貴方は『何』を成しますか?
もし、痛手を伴う失敗をする前にそれを回避できたら。
それは『幸せ』ですか?
アインシュタインの相対性理論によれば、絶対時間は存在せず、それぞれの物体、人物、素粒子が”固有時間”を持っていることになるという。
誰も正確な時計を持っておらず、正確な時計(絶対時間)が存在すれば、それを基準に過去、現在、未来を決めることができる。
しかしアインシュタインは絶対時間を否定した。相対論は、批判にさらされてなお、現在は正しい原理として広く認められている。
これは、その概念を生まれながらに否定する一人の男の物語であるー
日本列島において最南端に位置する金島県。
そのメインストリートである神門町のアーケード街を彼はただ、真っ直ぐに歩く。
それ以外、手を繋ぐカップルにも座り込む不良にも、呼び込みの青年にもティッシュ配りの老人にも。
何もまるで視界に入らないかの様に、ただアーケード街を真っ直ぐに歩いていた。
土曜の午後という事も手伝ってか、人通りは普段の倍はあろうかというこの通り。
誰しもが他人の鞄なり衣服なりに接しながら前進する中、彼はただの一瞬も他人と触れることはなく、早足でスイスイと人混みを掻き分ける事もなく、ただ『歩く』。
一見すると余程に不自然な足の運びかも知れないが、周囲の人間にそれを感じることの出来る者は居ない。
彼の名は鳳 雅人、若干24歳の若者である。
黒の短髪、濃紺のデニムパンツに黒のTシャツ、背はひょろっと高く、耳にはイヤホンを挿れている。
そこにどんな音楽の世界が拡がっているかは定かでないが、その無表情を見るにおよそ楽しんでいる様子ではない。
ある瞬間、雅人はピタリと立ち止まる。
腹の奥が軽く、そして僅かな痛みを感じる。
そう、一般的にいう『空腹』。
雅人は道の端へ向かい、ポケットから出した財布を確認する。
「386円…。」
その声は意外な程に低く、華奢な見た目からは想像出来ないドスの効いたものであった。
ふぅ、と溜め息をつくと雅人の視線はアーケード内のパチンコ屋の看板へと向かった。
「…面倒だな。」
ボソリと呟くとパチンコ屋の入口へと向かう。
自動ドアを潜ると、そこはジャラジャラと玉やメダルの音、そして台の演出が鳴り響く雅人にとっては非常に不愉快な空間であった。
雅人は眉間に皺を寄せ、スロット台のコーナーへと向かう。
流石に土曜の昼ともなると、様々な年齢層の男女がギャンブルに夢中な様子で、真剣にスロット台と睨めっこをしている。
空き台は少ない。
その幾つかを見て回る最中、雅人は一つの台の前で立ち止まる。
そして一瞬両目を閉じると、すぐさまその台に座った。
それをほくそ笑みながら見ていたのが隣の台に座る茶髪の若者であった。
「(その台は出ねえよ、朝から合計で2000回転も回してショボイ当たりが2回だけだ。設定が悪すぎて役も揃わない。このニーチャン、痛い目見るだろうな…)」
茶髪の若者が意地の悪い笑顔を浮かべているとき、雅人はメダルを台に投入する。
そしてレバーを叩く。
『キュインキュインキュイン!!』
「はぁっ!?」
茶髪の若者が目を丸くして驚いている。
ー2回の当たりが約束される演出だ。
案の定見事に当たり、台からはメダルがジャラジャラと排出された。
周囲の人間も貧乏くじだと思っていた台のまさかの大当たりに、ぞろぞろと見物に集まってきていた。
雅人の当たりはもちろん2回では終わらず、計8回程の連続大当たりとなる。
…が、雅人は8回目の当たりが終わった瞬間にメダルを全て箱に入れて立ち上がる。
周囲は一瞬ぽかんとそれを眺めていたが、次の瞬間には台の取り合いが始まった。
『これはまだまだ当たる台だ』
誰もがそう思い、権利を主張する。
喧嘩に発展しそうな雰囲気すら漂う中、席を獲得したのは隣に座っていた茶髪の若者だった。
「ラッキー!負け分全部取り戻してやる!」
意気込む若者の後ろを、換金を終えた雅人が通り過ぎる。
その顔は、台を取られて悔しいとかもっと勝ちたかったとか、そういった負の感情は一切こもっておらず、ただただ無表情で台を一瞥たりともしなかった。
パチンコ屋を出た雅人は、再度財布を確認する。
そこには55,368円入っていた。
その後、雅人の台に意気揚々と座った若者が閉店間際まで粘るも、全く勝てずに虚ろな目で、千鳥足でフラフラと帰る結末になった事を、この時点では雅人以外の誰も知らなかった。
まだまだ完成には程遠い作品ではありますが、温かい目で見守って頂けるとありがたいです。