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メビウスリング  作者: さいてす
第二章 運命の輪の中で
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我儘な王と怠惰な死神~後編~

 同じような無機質で青白い金属質の素材で作られた建物が並ぶメタリガイア。H地区と呼ばれる居住区には、この国で一番大きな通りがある。

 機械魔の国は住民も無機質で娯楽に興味がない者たちと思われがちであるが、実際はクレズネのように気さくなものもいる。そのため、大通りにも生活に必要な品をそろえた商店のほか、生きていくことに必要のないいわゆる趣味やファッションの為の店が存在する。

 しかしそんな住民でにぎわう大通りも今は所々で火の手が上がり、青白い町並みが赤く染め上げられてしまっている。


 侵入者を探すため上空よりH居住区を探っていたマキナは、あたり一面炎の海の中一か所だけ炎が避けているかのような異様な場所を捉え、降り立った。

 赤と青のコントラストの中耳を澄ますと、澄んだ美しい歌声が聞こえてくる。

 歌声を頼りに少しだけ歩くと積みあがった瓦礫の上で、赤と黒を基調としたゴシック調のドレスを纏う金髪碧眼の人形のような少女が胸の前で手を合わせて心地よさそうに歌っていた。


「君ハ……、おトなしくしテさえいれば本当に美しいね」


 マキナに声をかけられた少女は歌声を止めると、


「ふふふ、そう褒めるな。 そういう貴様は相も変わらず、口を開こうが黙ろうが醜いな」


 自然な屈託のない笑顔を作り見た目にそぐわぬ威厳ある口調で、そんなことを言った。


「本当ニね。 どうせなラばもっと格好よく作っテもらいたかっタものだよ」


「ふん、やはり貴様を煽ったところで面白くもないな」


「ずいぶん嫌われテいるようだね」


 ふてくされたように鼻を鳴らした少女、ルシフェルはマキナの言葉を聞くと再びさわやかな笑みを浮かべる。


「そうでもないぞ。 貴様のことはベルに次ぐくらいには愛しておるよ」


「それは意外ダね。 君にとって僕の存在ハ邪魔で仕方ないモのだろう?」


「なぜなら貴様は妾にとって……、天が与えてくれた『壊れない玩具』なのだから」


 そう言ったルシフェルの笑顔がわずかに邪気を帯びて歪む。

 魔力が爆発的に上昇するのを感じて、マキナはとっさに右腕を振り上げローブの裾から刃物状にとがらせたケーブルを飛ばした。ルシフェルがひょいと避けてケーブルを掴むと、すさまじい熱気でそれは一瞬でドロドロに溶け地面に零れ落ちる。

 そしてルシフェルが地面に手のひらを当てると青白い円柱が吹き上がり、その炎をまとった彼女の体が変化していく。皮膚が硬化して鱗をまとい、瞳は紅く染まってその背には翼が。半人半竜の獣人のような形態をとった。


「本来の姿に戻ラず戦うつモりか」


「これで十分であろう? 本気で相手されると思っていたとはなんと傲慢なことよ」


「……、君にコの世界を任せるわけニはいかない。 こちらは本気デやらせてもラうよ」


 しかしそう言ってアニマ態へと姿を変えようとするマキナをルシフェルがみすみす見逃すことはなかった。翼を大きく広げ前傾姿勢をとると、まるで時が飛んだような速さで距離を詰めその速度を乗せた拳でマキナの右胸を貫いた。

 そしてとっさにマキナが自らの左腕を引きちぎり大きく放り投げた瞬間、彼の体はルシフェルが手首あたりから吹き上げた巨大な炎であっという間に焼き尽くされてしまった。その火力はラーの力を解放させたメジェドを遥かに凌ぐほど。

 だが彼がこの程度で死にはしないということはルシフェルも百も承知である。

 放り投げられた左腕が地面に落ちるよりも前に、マキナはそこから全身を修復させた。


「残ったのが頭でなくとも体が生えてくるとは本当に生物であることを捨てておるな。 気味の悪いやつよ」


「第一柱のオモチャがこの程度で壊れるワけにはいかナいからね」


 気味が悪いと言いつつも上機嫌なルシフェルに、マキナは冗談で返した。


「くくく、感情がないくせにユーモアがわかる奴め。 焦りが見えぬのもただ感情がないからかもしくは……、奥の手でもあるのか」


「アニマ態に戻らせずに戦うつモりならば確かにソの姿のほうが都合がいいね。 それホど手を抜かれテいるわけではなさそうだ。 しかしコの国の中デその判断をしタのは間違いだったね」


「なんだと?」


 マキナの余裕を見せた態度にルシフェルが訝しげにつぶやいた瞬間、彼女は上空後方から何かの気配を感じとっさにその場を大きく飛びのいた。その直後、体の太さと同径ほどのレーザーが飛来し音を立てて地面を焼いた。続けて同じ攻撃が上空の別の方角からさらに二発。注意を払えば避けること自体はたやすいが、マキナの相手をしながらとなると話は別だ。

 ルシフェルはとりあえずマキナに向かい巨大な火球を撃ち放つが、遠距離からの攻撃ならばマキナの方も容易く防ぐことが出来る。盾のように変化させた腕で炎をしのいだ。


「メタリガイア地下市街は天井部分に全域を射程に収めたレーザー兵器を備えテいるのさ。 生き埋め覚悟で国を沈めるカい? 侵入するタめに一部を崩すだけでも苦労しただろうケれどね」


「領内で妾の相手をすることまで想定済みとは用意周到なことだ」


「これで君はアニマ態の僕とソの姿のまま戦わなくてはナらない。 形勢逆転だ、予定と違うけレどここで終わりにしテあげよう!!」


 二発のレーザーがルシフェルを襲い、躱した彼女が顔を向けるとマキナはすでにかなりのサイズまで巨大化していた。

 ルシフェルは被弾覚悟で魔力を溜め極大の火球を放つが、マキナの体はすでに10m近い直径の火球の直撃を受けても半分以上体が残る大きさに達している。このサイズになられてしまうと、もはや第一柱の力をもってしても止めることはできない。隙を作ったルシフェルは上空からのレーザーに撃ち払われて大きく吹き飛ばされ、顔を上げた時にはマキナは20mを超えるほどの要塞と化していた。

 スフィンクス像のような出で立ちの体は金属の装甲で覆われ、顔部分の両脇に大きな砲門を持つ。尾は九本のケーブルからなり、それぞれの先端が武具に変化したり、小型レーザーの砲門に変化したりする。

 瞬時に再生可能な巨大固定砲塔といった様相だが、マキナの本体は自在に変形可能でこれが本来の姿と決まっているわけではない。


「もはやソの姿では僕を一撃で消し飛ばすこともできナいね」


「よもやこの程度で勝った気でいるのか?」


「それが傲慢か余裕の表れか見定めテあげよう」


 ついに十柱第四位、デウスエクスマキナがその力のすべてを発揮する。

 四本の尾が砲門に変化すると、角度をずらしながらルシフェルへと細めのレーザーを撃ち放つ。縦横無尽に空をかける彼女を追い詰めるように次々とレーザーが放たれるが、ルシフェルは目にもとまらぬ速度で華麗にそれをよけ続ける。


「遅い遅い、かすりもせぬぞ!!」


「やはり一筋縄ではいかナいね、しかし」


 そうつぶやいたマキナに向かってルシフェルが特攻をかけた瞬間、彼女を上空からのレーザーが襲った。大きなダメージにはならないが、マキナがすかさず二本の尾でひるんだルシフェルをぐるぐる巻きに拘束し、強引に自身の正面へと連れてくる。マキナの両肩の巨大砲門が光を帯びるのを見て、ルシフェルの頬に初めて焦りの汗が伝った。

 そして、マキナが放った極大のレーザーと拘束されたままルシフェルが口から放った業火がぶつかり合う。少しの競り合いになった後、レーザーが炎を押し込んでルシフェルの全身を貫いた。


「ふん、さすがにこの姿では正面突破できぬか……」


「さすがノ魔力耐性だね、隙を与えず倒すのは骨ガ折れそうだ」


 レーザーで拘束していた尾が崩壊した瞬間に強引に横へ逃れたルシフェルに、マキナはさらなる追撃を加える。アニマ態に戻る隙を与えてしまえば簡単に逆転されかねないからだ。

 被弾により少し動きの落ちているルシフェルはマキナの放つレーザーにかすりながらもマキナの真上へと回り、両拳に炎をまとい弾丸状にして発射する。それは一瞬の間で練り上げた魔力とは思えない規模でマキナの頭部と下部を大きく消し飛ばしたものの、やはり一瞬にして再生し元通りに回復された。

 すかさず再度拘束すべくマキナが尾を飛ばしてきたのを感じルシフェルが身をかわすが、羽にかすって弾き飛ばされた。

 ルシフェルは少し安定を失いながらもくるりと身を回転させて狙いをすますと、次はマキナの左後方、右後方へと火球を打ち出した。その結果はやはり先ほどと同じだ。

 さすがに優勢なマキナも違和感に気付く。


「これは……、攻撃していタのではなく地面に魔力を打ち込んで術式を仕込んデいたのか」


「気づくのが遅いわ!! 燃え盛れッ!!」


 ルシフェルがビシッと指を立てるとマキナの四方、地面の魔術が撃ち込まれた四つの点が赤い線で結ばれる。動くことが出来ない形をとったマキナに避けるすべはない。巨大な彼の姿をもすべて隠すほどのとてつもない火柱が50m近くの高さまで吹き上がった。しかし、ルシフェルに油断の色はない。


「まだ魔力が消えていないな。 本当にしぶとい」


 ルシフェルのつぶやきの通り、マキナは炎を逃れた一本の尾の先っぽから体を再生させ人間態の状態で地面に降り立った。


「振出しに戻ってしまっタね」


「細胞の一つでも残れば再生可能なのか? 妾以外に貴様を消滅させることが出来るものなどおらぬだろうに、なぜ第四柱の称号に甘んじておる」


「買いかぶリすぎさ、僕にそこまデの力はない。 しかし……、こうなると決着をつけルのも難しいね」


 マキナの言葉に、ルシフェルはおかしそうに笑いだした。


「気づいておらぬのか? 今回の我々の目的は貴様らの隠し持つ兵器及びその製造元、そしてクレズネだ。 妾がここで貴様の相手をしているうちに、ベルはあっという間に目的を果たすぞ。 最初から貴様らは詰んでいるのだ」


「まあ僕ガ命令を下したクレズネはもう破壊されてしまっテいるだろうね」


「何を悠長な……、いや、やけに妙な言い方をするな?」


「僕たちは君たちヲ甘く見ていた。 しかし、それは君たちモ同じだ。 不死を相手にスるというのがどういうコとか、教えてあげよう」


「何……?」


 マキナの自信に満ちた不穏な言葉にルシフェルが訝しげな表情で構えた瞬間、けたたましいサイレンが国中に響き渡る。


『D地区、H地区住民の避難完了を確認、境界を封鎖します。 最終防衛システム『サウザンドサンズ・システム』発動準備完了、住民の皆さんは決して境界付近に近づかないでください』


「こ、これはまさか……!?」


 ルシフェルがマキナへと目をやると彼はみるみるうちに丸く変化していき、いかなる攻撃も弾けるよう堅牢な球体の防御形態へと姿を変えごとりと地面へ落ちた。そして、あたり一面の地面がすべて淡い青色に光りだす。




 一方、遥か格上のベルフェゴールを相手にしていたクレズネは、その予備機体をすでに40近く破壊され、さらに次のボディを呼び出すところであった。時間にして、一体当たり二分も持っていない。


「ったく、どんだけ予備がありやがるんだか……。 いい加減飽きてきたぞ」


「半分は結構前に切ってしまったっすね。 まさかこんなに早く削られるなんて……」


「そうか、じゃあ後20分も持たねえな。 ルーシェがマキナに後れを取るとも思えねえ、詰みだなお嬢さん」


 そう言ってベルフェゴールが瓦礫の上にいるクレズネへと魔力の刃を飛ばすと、クレズネは正面にワープホールを作り出し魔力波を吸い込んだ。それを見たベルフェゴールは目を閉じ神経を研ぎ澄ますと、クレズネが自分へ向かって魔力波を返してきた方角に向かってさらに一回り大きい魔力波を放つ。

 クレズネがしまったと思うのもつかの間、強烈な刃は返された魔力波を砕いてワープホールを潜り抜けクレズネの体を打ち砕いた。

 音を頼りに瓦礫の裏に潜んでいた彼女のもとへ降り立つ。


「ま、見に来るまでもなかったか」


 つぶやきながらまた破壊したはずの少女の気配を感じ若干うんざりしながら視線をやる。しかし、そこに立っていたのは先ほどまでと同じ姿の者ではなかった。


「髪の色が違うな……、本体のお出ましか?」


「残念ながら、これは予備の予備、下位機体っす」


「そうか。 いよいよ終わりってわけだ」


「そうっすね」


 黒髪のクレズネはベルフェゴールの言葉を肯定しながらも、焦りの色は一切見えない。その瞬間、警告音が響き渡る。


『D地区、H地区住民の避難完了を確認、境界を封鎖します。 最終防衛システム『サウザンドサンズ・システム』発動準備完了、住民の皆さんは決して境界付近に近づかないでください』


 一瞬天を見上げすべてを察したベルフェゴールはバッとクレズネのほうに向きなおる。その瞬間、空間接続で殴り掛かってきたクレズネの拳がベルフェゴールの額に直撃し、仮面を砕いた。

 彼の素顔は短めの黒髪に切れ長の目を持つ整った顔の青年であった。


「あっはっは!! 油断したっすね!!」


「てんめぇ……っ」


「数秒稼げばいいだけならこの体で十分っすからね。 ではごきげんよう」


 そういって、クレズネは魂が抜けたように崩れ落ちて動かなくなった。辺りの地面がすべて淡く光りだしたその直後。

 赤く燃える町がまばゆい光に沈んだ。




「く、くく。 この妾であろうと、自らの所有物を切り捨てる時には少しはためらうというのに。 貴様の人でなし具合は妾の比ではないな」


「まだ動けるとは……。 やはり同格などトはとんでもない、ここまでの手を使っテようやく互角だ。 さすがは第一柱」


 ぼろぼろの体で虚勢を張るように堂々と立つルシフェルに、マキナは素直な賞賛の言葉を贈った。


「悔しいが今日はここまでか……。 先ほどの言い方からしてクレズネも生き残っているのだろうが」


「素直に負けヲ認めるのかい?」


「安い挑発には乗らぬ。 太陽の一族を呼んでおるのだろう、状況も読めぬほど愚かではないわ」


「ふむ、僕の力デは君を追うのは難しイか」


「ずいぶんと悠長なことだ。 今が貴様たちに与えられた最後のチャンスになるかもしれぬぞ」


 マキナの余裕に少し不機嫌そうに言うルシフェルに、マキナはさらにあおるように言う。


「運命はもう決まっテいるそうだからね。 信頼する者たちに任せヨう」


「本気で、妾が人間たちに敗れると思っているのか……。 ふん、その傲慢さを後悔することになるぞ」


 そう言ってすさまじいスピードで飛び去るルシフェルの背は一瞬で見えなくなった。




 脅威が去ってしばらく後、防御形態を解き人間態に戻ったマキナのもとへクレズネが空間転移で合流してくる。下位機体の黒髪の姿だ。


「すみませんマキナ様、上位機体が残っていたらベルフェゴールに追撃できたんすけど……。 さすがに本体出すのはリスキーなんでそのまま逃がしちゃいました」


「問題ないさ、サウザンドサンズ・システムにヨるダメージは回復に時間がかかる。 しばラくは出てこれないはずだ」


「我々は当たっても問題ない分、えげつない術式になってますもんね、アレ。 と、そういえばなんすけど、私ってベルフェゴールと会ったことないっすよね?」


「何を素っ頓狂なコとを。 君がシステムの届かナい国の外で奴と出会っていたなラすでに生きてはいないダろう」


「まあそうなんすけど、なーんかどっかであった気がするんすよねー……。 まあいっか」


 しばらく記憶を探った後、思い当たることもないのでクレズネは考えるのをやめた。


「さテ……」


 マキナは破られた結界のほうを見あげると、


「しばらくルシフェルが動けなくナったとなると……、セブンスシンをこちラに差し向ける意味もなくなる。 彼らは乗り切れるダろうか」


 感情のない声でつぶやいた。

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