奪還戦序章
「作戦の決行は今夜、あちこちに手を回し騒動の痕跡を消す準備が出来ました。 しかしチャンスは一度きり、それ以上は力が及ばぬ、とのことです。 辛い戦いになるとは思いますが……」
事情を知らぬ者からすれば、一企業を国家機関が襲撃するという前代未聞の状況。下手をすればSEMM自体が崩壊しかねない危険な橋である。そう何度も渡れぬのも当然だろう。
限られたチャンスに、敵と剣を交え力を知っているものたちは焦りと緊張が隠せない様子だ。
多くのものは 会議室の赤い椅子に前のめり気味に座りそわそわしている。それに加え、更に条件というか、制限があるようだ。
「加えて、もしもの場合を考えてアンリさんの出撃は許可できないと……」
「ハァ!? 何ぼけたこと言ってるのよ、私が捕まって研究材料にでもされるって言いたいの? そもそもファクターを封じてくるようなやつをこの子達に相手させるつもり!? 私なら多少の肉弾戦は……」
「ファクターを封じられた場合、あなたが魔力を使って行っている生命維持に支障が出る可能性が高い」
「っ、それは……」
乙部に正論を突きつけられ、アンリは言い返せず黙ってしまう。相手がファクターを発動させるだけで敗北しかねないのではかえって足を引っ張るだけだ。
「大丈夫、むしろアンリちゃんがこっち残ってくれたらあたしたちも安心して戦ってこられるから」
雪菜の気遣いの言葉にも少しふてくされた様子でため息をつく。
「だったら誰が例の傭兵の相手するのよ。 黒ずくめのあんたはイオって子と戦いたいんでしょ?」
「イオの相手が務まるのは俺だけだ。 どれだけいようと一人呪いにかけられてしまったらそいつをかばって壊滅する」
ヨミはそれらしい理由をスラスラと述べたが、イオの相手を申し出る理由は決してそれだけではないだろう。
とはいえ、そうなればアンリの言った問題は解決しない。ファクターなしで戦うことを強いられるとなれば選ばれるものは限られてくるのだが。
「あたしがやるよ。 他に選択肢もねえだろう」
候補を挙げる前に、凛が自ら名乗りを上げた。彼女自体もちろん候補に入っていたうちの一人ではあるが、何故か他に候補がいないかのような口ぶりだ。普段の発言から決して他を軽視している訳ではないはずだが。
「おいおい、まさかとは思うけど一人でやるつもりかよ!? 俺や浪だったら流石に邪魔にはならないだろ」
翔馬の反論に、凛は少し考えたあと口を開いた。
「お前は、というか基本的にはどいつもファクターに頼った防御や回避に慣れてるからダメだ。 ついこの間まで無能力同然だった新堂は行けるかもしれんが……」
「別に俺は大丈夫だぞ? お前みたいに剣で銃弾はじくような真似は流石に無理だけど」
「あんなもん度胸さえありゃお前もできる。 問題はそこじゃなくてな……。 なんつーかお前の戦い方はあのオヤジとは相性が悪い。 支部長ならあたしの言いたいことがわかるんじゃねえか?」
ニュアンスをなんとか伝えようとする凛だが、うまくいかず乙部に丸投げした。
「浪くんは経験則と武術知識から考えながら戦うタイプ、黒峰さんは直感と反射神経で戦うタイプ、といった違いでしょうかね。 どちらも強みはありますが、浪くんのスタイルの場合……、自らを上回る知識と経験を持つ相手だと相手に動きを読まれたり予想外の動きに対応できない場合は確かにあるかもしれません」
「それに考えなしにひとりでやるって言ってるわけじゃねえからな、任せといてくれないか? 新堂と服部はシロを助けに行け。 家族だろ」
凛の最後の一言に、二人の顔が引き締まる。
「じゃあイオさんがヨミの兄さん、ハートレスは黒いお嬢ちゃん、諸悪の根源を浪と服部君でやるとしてDa、ミセルってのをどうする? あの姉ちゃんも梨華さんと同程度には強いだろうZe?」
翔馬にとってシロはとても大切な存在だというのは間違いないにしろ、ミセルに対しても何か複雑な思いがあるのは確かだろう。複雑な顔で黙り込んでいる翔馬に、雪菜は何か決意したような様子で小さく頷いて声をかけた。
「翔馬さん、そのミセルって人に会いたいんでしょ? 安心してください、シロちゃんはあたしたちで絶対助けるから!!」
「気使わせて悪いな、ありがとう」
翔馬が少し緊張が解けた様子で微笑みながら返すと、乙部が続けて作戦の流れを説明する。
「では改めて……。 皆さんには正面から全員まとまって入っていただきます。 といってもどうせ16階以上に上がるには専用エレベータ以外ないのですがね」
「一網打尽にされかねんぞ。 別にその気になれば局所的に壁を崩して入ることもできるだろう?」
ヨミの問いに乙部が返す。
「建物に入った時点でこちらの戦力も動きもすべて把握されると思っていい。 あちらにとってはいわばホーム戦、こちらは完全にアウェーですからね。 ならば全員で固まって行動し、会敵した際に対応した戦力を当てるスタイルがいいでしょう。 さっき決めたメンバー以外は敵戦力を実際その目で見ている浪くんか翔馬くんに判断を仰いでください。 では、作戦決行まではしばらく待機となるので準備するなり自由にしていてください」
その後、一同は会議室を後にした。乙部はまだ何かやり残したことでもあるのかそそくさと執務室へと戻ったようだ。
「私はちょっと凰児の様子を見てきますねー。 何かあったら医務室いるんで呼んでください」
「わ、私もちょっと緊張してしまっているので外の空気を吸ってきます。 時間前には戻りますので」
そう言って、空良と十和がその場を離れる。
しばらくして、翔馬は目をそらして黙っているヨミに問いかけた。
「なあ、この作戦がうまくいってシロを助け出せたとして、お前はどうするつもりなんだ?」
「……、ミナが記憶を取り戻していなかったとしたら話すつもりはない。 この件が片付いたあとどうするのか、フタバを探し続けるのかも今はもうわからん」
「それでいいのか? イオさんと戦ってどうするつもりだよ。 流石に橘が何やってるか知らないはずがない。 どんなつもりだろうが、それを知ってて手を貸してるんだ。 もうお前の知ってる人とは……」
「イオが何を考えていようが橘を捨て置くことはできん。 そのあと彼女がどうするかは……、もう俺には関わりのないことだ」
淡々とした口調で返された答えに、翔馬は言葉に詰まってしまう。ヨミは目線を合わせないまま続けた。
「お前たちが気にすることではない。 安心しろ、役目はきちんと果たす。 ミナを彼女自身が望む日常に返す、もはやこれだけが俺に残された『理由』だ」
自身に言い聞かせるように呟いたヨミの言葉に返せるものはいなかった。
作戦決行が迫り、改めてメンバーが支部エントランスに集められる。
簡単に作戦概要の再確認を行うと車二台で目的地、シトラス製薬本社へと走り出した。今日は翔馬の車ではなくSEMMの公用車で運転手付きのようだ。
本社は先の廃棄された第二研究室よりもさらに先へと進んだ先、100km近い距離を進んだ先にある。
周囲には他にあまり高い建物がなく、20階ほどの近代的なビルはとても周りの風景に溶け込めるはずもない。都会であればさほど珍しくないそれも摩天楼と言える雰囲気を感じる。
少し離れたところで車を降りその玄関口まで行くと、先頭の浪がビルの頂を見上げた。
「待ってろよシロ、絶対助けてやるからな……」
決意の言葉を口にして自動ドアをくぐる。中は保安灯のみがついている状態で薄暗いが、設備は普通に動いているようだ。あらかじめ調べておいた情報を元に、16階以上へと上がる為のエレベーターへと向かう。
エントランスホールから右の通路へ進んだ先にエレベーターがあったが、そちらは15階までしか上がれないので、一度そこで降りたあと建物の奥の方へと進んでいく。
しばらく進むと、電子ロックのかかった大きな扉に行き当った。
「どうするこれ? ヨミか凛ちゃんあたりがぶち破ったほうが手っ取り早いんじゃね? もしくは浪のファクターで開けられたりしないか?」
翔馬があれこれ提案している中、十和がタッチパネルの部分をいじっていたら突然ピピーっと音が鳴り扉が動き出した。
「十和ちゃん開けれたの!? すごい」
「す、すいません勝手な事して!! 数字押さずに決定ボタンみたいなの押しただけなので最初から開いていたような感じなんですけど……」
驚き混じりで雪菜に詰め寄られ、十和は反射的に謝ってしまう。
彼女の言葉が本当なら、敵側がわざわざ入れるようにしておいたということだ。罠なのか、もしくは来るなら来いという自信の表れなのか。扉の先は今までと違い、電気がついているようで明るい。
慎重に奥へと進むと、ほどなくして例のエレベーターらしきものが目に入った。限られた人間のみのためにしては10人以上は余裕で乗れそうなほどに大きい。
少し大丈夫だろうかと警戒しながらも他に道もないのでとりあえず乗り込む。どうやら15階から16階に行くだけのもののようだ。外から見た限りまだ上に2階層あるはずだが。
何事もなくエレベーターが動き出し16階が近くなったとき、突然ヨミの顔色が変わった。
「お前たち、少し後ろに下がっていろ」
突然そんなことを言ったが、察しのいい者たちはその意味を理解しているようで素直に従う。
エレベーターが停止し扉が開いた瞬間破裂音とともに襲いかかってきた弾丸を、ヨミは右手で払いのけるようにして弾き飛ばした。エレベーターを出た、通路の先の突き当たりに銃を構えた中年の男の姿。
左には橘の姿がありその隣にイオ、逆側にミセルの姿があった。
エレベーターを降りた場所は、開けたホールのような場所。部屋の奥と左右の壁に扉が見え、両脇の扉の方はやけに大きく3m位の四角形だ。
予想外の全員集合での出迎えに、一同は息をのむ。
「よく来たねSEMMの皆さん、歓迎するよ」
「御託はいい、ミナはどこだ」
「せっかちはいけないねヨミ。 なんの抵抗もせず君たち……、SEMMの襲撃を許したのにも理由があってね。 君たちにも知ってもらいたいのさ。 僕が何故こんなことをしているのかねえ」
「くだらんな。 自らの力で既存のホルダーを超える存在を生み出すことが出来るか……。 俺たちは貴様の知識欲を満たすためだけの生贄だろう」
「知識欲がないといえば嘘になるがね。 君は勘違いしているよ」
「勘違いだと……?」
橘のやれやれといった態度にいらだちを見せながらヨミは怪訝な表情で聞き返す。
「僕が今の研究……、人工ホルダー計画AHPを始めたきっかけはアニマ研に討伐されたヨルムンガンドの一部が運び込まれた時だ。 当時、Sランクに当たるあの化物をまともに相手できるのは支部長クラスか現在五連星のトップである六道梨華くらいしかいなかったが、出現地が愛知支部周辺だったためすぐに対応ができず、あの時の被害はこれまでのどのアニマよりも大きかっただろう」
「だからどうした。 昔は知らんが隊員の育成も進んだ今ではSランクアニマ一体程度どうとでもなるだろう」
「まあそう急かさいないでくれたまえよ。 続きは……、この先で話そうか」
橘が話を切り上げると、彼らの後ろの少し大きめの扉があいた。踵を返し歩き出す彼を追おうと反応した瞬間、何か猛獣のような雄叫びが響き渡る。何事かと辺りを見渡すと左右の大きな扉が開く。
そこから緩やかな動きで何かが一体ずつ、計二体姿を現した。コウモリのような翼を背中に持った巨大な毛むくじゃらの何か。翼は微妙に左右対称になっておらず、目や鼻といった器官が見当たらない。一見アニマのようだが、腕の部分だけが人間のような形をしている。
その二体のうち右側が、浪の方に体を向け手をついて前傾姿勢になり口から勢いよく泥のようなものを吐きかけてきた。
ヨミが咄嗟に間に入りそれを払いのける。
「ニャルラトホテプ検体の変異体だ……!! お前たちが泥に触れると動けなくなるぞ!!」
ヨミの言葉に一同の顔がひきつる。あの不気味な生物が元人間だというのか。
こちらに向かってこようとする変異体の動きを察しヨミが重力をかけた瞬間、凛が剣を振り闇の刃で右側の変異体を真っ二つに切り裂いた。
しかし皆が早業に感心するのも束の間、切り口から肉が伸びつながるとあっという間に再生してしまった。
「大した力はないが、内包した魔力が尽きるまで再生し続ける……。 こんなところで無駄に体力を使うわけにも行かんが逃げても追ってくるだろうな。 どうするか決めろ」
変異体の特性を簡単に説明すると、ヨミは浪のほうを向いて指示を仰ぐ。突然振られ、浪は慌てたように返す。
「な、なんで俺に聞くんだよ」
「貴様がリーダーなんじゃないのか。 奴がミナに何をするつもりか知らんが、『これ』を見て悠長にしているヒマがあるか? 奴が何かをする前に終わらせなければ手遅れになるぞ」
「っ……」
ヨミの言葉に、最悪の事態が頭をよぎる。シロもまた、目の前の『何か』と同じ姿になってしまうことも考えられるだろう。
「ここで二人くらい残ってもらって変異体を足止めしてもらうしかない……。 けど、あんたの話が本当なら長期戦になるのは必至だ。 耐久戦ができそうなやつとなると……」
浪は雪菜の方をちらりと見た。彼女もそれに答えて頷く。変異体たちが動きをみせたのに反応し構えるが、そこで変異体に黒い雷が落ちその足を止めた。
浪と雪菜が凛の方を見たが、彼女は自分じゃないと首を振る。そこで、意外な人物が名乗りを上げた。
「ゆきちぃ先輩は先に進んでください。 ここは私が残りますよー」
ほのかに黒い魔力を纏うのは、周囲の魔力を取り込んだ空良だ。
「そ、空良ちゃん!? それ確か負担が大きいんじゃ……」
「コツを掴んできました。 取り込む魔力の量を調整すれば長期戦も十分行けますよー。 魔力切れ起こさない私がここは一番向いてると思います。 だからみなさんは早く先に」
「でももうひとりくらい誰か……」
雪菜が言い終わるよりも前に、もうひとり自ら名乗り出る人物が現れた。普段は自分から意見を出したりはしない人物だ。
「わ、私がお手伝いします。 折原支部長の力で治癒術が使えるので少しでも体力回復ができる私が残るべきだと思います」
十和の珍しい自己主張に一同が目を丸くしていると急かすようにヨミが口を出した。
「決まったのなら先に進むぞ。 明日の朝までに全て終わらせなければいかんからな」
「私たちは大丈夫なんで、シロちゃんをお願いしますねー」
少し迷いながらも浪はふたりを信頼して頷くと、部屋の左サイドを沿うようにして走り出した。そこに続くメンバーがスムーズに脱出できるよう、十和も一度凛と梨華の力のカードを使い攻撃体制に入って変異体を牽制する。
そのまま全員が脱出するのを見送ると、変異体から目を離さないまま口を開く。
「再生し続けるという話ですが……、どうしましょうか」
「無限じゃないんだよねー? じゃあ動かなくなるまで叩くだけですよー……。 楽にしてあげないとね」
不気味な姿の敵に緊張気味であった十和だが、物憂げに呟いた空良の最後の一言にはっとしたような表情を浮かべ、強く頷いた。
先に進む一行は情報を元に17階へと続く階段を見つけ先へ進んでいた。どうやら16階から上へつづく道は階段しかないようだが、それぞれの階をまたぐ階段はわざわざ別の場所に作られているようで一気に最上階までは行けないようだ。
階段を上りきった先の、何やら研究のためらしい器具が配置された大きな部屋で凛が足を止めた。
研究機器のうち一番大きな、サンプルを小さな窓に入れて成分を調査するような機械の下の方でなにかもぞもぞやっているようだ。
「凛ちゃん何してんの?」
「気にすんな。 もういいからさっさと先行くぞ」
「ええぇ……」
自分で足を止めておきながら急かすようなことを言われ雪菜は呆れ気味に不満を漏らした。
そのまま先へ進み二つほど部屋を通り抜けた先、開けたホールのような場所で、凛はまたも急に立ち止まると突然剣を抜いた。その刀身を銃弾がかすめ、金属音が響く。
柱の影から現れたのは、白髪まじりの中年男。
「これを弾くとはやはりなかなかできるようだ。 面白い」
「ヨミっつったか、悪いがあんた一番後ろについてくれるか? あの位置でも跳弾使われたらケツから撃たれる」
ハートレスの言葉に答えず、凛はヨミにしんがりを守るよう依頼した。しかし、敵はそれを聞いて不本意だとでも言わんばかりに小さく鼻を鳴らして言う。
「そのような真似はせんから安心しろ。 橘からはお前をイオに当てるなとしか言われておらん。 それさえ守れば好きにしていいとな。 お前の攻撃能力でヨミと組まれたら厄介だからだろう」
「こっちの戦力や特性まで把握してんのか……。 考えたくはねえが……」
「SEMM内部に内通者でもおるんだろう。 ワシはそんな事に興味はないから真実はしらんがな。 ほら、早く行かなくていいのか」
雪菜は妨害もなくあっさり先に進まされ怪しむようにホールを抜けるが、他の面子はなんとなくハートレスの考えていることが理解できるのかあまり深く考えてはいないようだ。
男女の違いなのであろうが、それを一番理解しているであろう人物は他でもない、彼と退治している凛自身だ。
「一対一の方があたしとしてもありがたいよ。 他人をかばってる余裕もなさそうなんでな。 ただ……、気に入らねえのは確かだがな」
「なんのことだ?」
「とぼけんな。 テメェにあたしと殺し合いする気なんざさらさら無ェ事がだよ。 面白い遊び相手を見つけた、程度だろう」
凛のことを評価してはいるが、自らの命を賭けるつもりがない……、一方的な狩りであるという認識。それを肯定するかのようにニヤリと微笑んだ敵に、凛はいつになく真剣なまなざしを向ける。
「昔のあたしなら負けてるだろうが……、今は違う。 引けないだけの理由があんだ」
そんなことを言いながら、言葉と裏腹に何故か彼女は足を一歩後ろに引いた。




