狂気の果実
シロが連れ去られた同日の夜。敵の足取りを追っていた乙部からの報告を受けるべく、一同は再度大会議室へと集まっていた。
ほどなくして小さく音を立てて開いた扉に全員の視線が集まる。入ってきた乙部の顔には、若干の落胆の色が見え、それを全員がなんとなく悟った。翔馬が落ち着いた様子で言う。
「めぼしい情報はなし、か」
「途中までは目撃情報があるのですが、ある地点で目視できなくなったと報告がありその先は……。 翔馬くんのお目付け役だったという方は光の術師でしたね?」
「ああ。 ミセルならある程度距離の空いた相手から自分たちを見づらくするくらいできると思う」
「手がかりは例の名刺のみ、ですか。 ……、調べてはみたのですが、あの名刺に書かれていた場所は数年前既に廃棄されて廃墟になっているようです」
打ち捨てられた廃墟。罠である可能性が増した様にも思えるが、こちらが下調べすることなどわかりきっているからこそやはり不可解だ。再び皆が渋い顔になる中、翔馬は真剣な表情で口を開いた。
「罠だと思うのも無理はない……、けど、俺は行ってみたい。 たぶんあれは橘の指示じゃなくて、ミセルが個人的な意思でやったことだと思う。 根拠はないけど……」
「よくわからねえがあの女に何かしら思い入れがあんのか?」
「俺もよくわからないよ。 ただ……、もう一度会いたいと思ってるのは確かだろうな」
凛の問いに対し、複雑そうな顔で普段よりも力ない声で返す彼に、少し考え込んだ後乙部が判断を下す。
「罠だった場合一網打尽にされかねないので、しっかりと対策をしてから向かうことにしましょう。 そして万が一戦闘になった場合は無理せず退くこと。 あくまで敵が拠点として使用しているのかの確認に留めてください。 本格的な奪還計画は再度しっかりと計画を立てて行います。 それが約束できるのであれば行くことを許可しましょう」
「乙部さん……、ありがとう」
「凰児くんについて来てもらうといいでしょう。 無人の罠は彼には無意味でしょうからね」
乙部に提案され、翔馬は珍しく、少し申し訳なさそうに凰児の方を見た。
「すげー個人的な感情だけど付き合ってくれるか……?」
「何を今更。 君に振り回されるのは慣れてるよ」
「悪い……、ありがとな」
ふたりの話がまとまりかけたところで、急にカットインが入る。
「オイオイ待てヨ、流石に話聞いてる限り二人じゃ厳しいだろ? 凰児が行くなら俺も一肌脱いでやるさ」
「北上……、いいのかお前。 確か明後日には帰還命令が出てるんだし、任務外で勝手に動いたらまずいんじゃ」
「ha!! そもそもこの話自体本部に話し通してすらいねえ独断先行だってのになにいってんのヨ。 違反が一つだろうと二つだろうと同じことよ、明日中に全部終わらせちまおうze!!」
閃人の言葉に、更にもうひとり続く。
「俺も行くぞ。 シロがそこにいる可能性が少しでもあるならじっとしてなんてられないからな」
「浪もありがとう。 乙部さん、このメンバーで大丈夫か?」
とりあえず五連星の三人に浪を加えた四人が名乗りを上げ、翔馬が許可を取る。
「ファクター無効化能力者が気掛かりですが、とりあえずもしもの時に退却する事はできるでしょうし問題ないでしょう。 くれぐれも無理はしないようにお願いします」
「わかってる。 じゃあ明日の朝一で出発だ、みんなそれでいいか?」
翔馬の提案に全員が頷き、その場は一時解散となった。
翌日気温もだいぶ上がり日差しが照りつける中、乙部含む五人は朝早くSEMMへ集合し場所の確認などを手早く済ませると早速出発しようと表へ出た。そこにちょうど、この暑い中全身黒い服に身を包んだ暑苦しい身なりの男が現れる。ヨミである。
流石にジャケットは脱いでいるが中の長袖シャツも無地の黒だ。ヨミはぶっきらぼうな態度で翔馬のほうを向いて口を開く。
「どこに行くつもりか知らんが俺も連れて行ってもらうぞ」
「罠かもしれねーしシロも橘もいる確証ないけどいいのか?」
「俺自身で得られる情報がない以上お前たちを当てにする他ないのでな。 それにお前たちだけでは奴らに勝てん」
「ま、手伝ってくれるんならありがたいけどさ」
「お前たちは俺に情報を寄越し俺が力を貸す、それだけだ」
翔馬の礼に対し素直に返さず目をそらすヨミに、一同やれやれと少々呆れ気味に笑った。
その後翔馬の車に乗り込み向かったのは、SEMMのある国道をひたすらまっすぐ走り続けた先の山道。
どうやら第二研究所跡地はここからそう離れていないようだ。岐阜県に入って少し行ったところである。
30分ほど走り続け墓地がある辺りをさらに数km行くとだんだんと景色に緑が多くなり、そこをさらに行くことで岐阜県方面へと入って行くのだ。
山道を進み、途中で脇道にそれて木々の中を走ると、白い建物が見えてきた。建物壁面には蔦が伸び、周辺にも草が伸びてしまっているので、打ち捨てられてからかなりの年月が経っているとみられる。
「相当ボロボロだね。 乙部さんの話じゃ社長が変わった時に移転したらしいからもう3、4年前から出入りがないってことになるのかな」
「入口も草で埋もれてるし期待はできないかもしれないっすね」
雑草をかき分けながら凰児と浪がそんなことを話していたが、入口前についたところで閃人が珍しく考え込むような表情をしたあと真剣な声で話す。
「ココをよく見てみな。 ドアの開くところの蔦が切れてるだろ?」
そう言って閃人が指さしたところを凰児が近づいて見る。
「本当だ……!! じゃあまさか」
「割と最近人の出入りがあったってことだ、しかもその痕跡を隠してな。 何もないことはないぜこりゃヨ。 慎重に行くぜ」
ヨミ以外の三人が真剣な表情で頷き、凰児を先頭にして全員で扉をくぐる。入り口付近はやはり薄汚れていて人のいた気配を感じさせない。
白を基調とした建物内は真ん中に大きな通路があり、左右に等間隔で真四角の部屋が並んでいる。
五人は慎重に各部屋を調べていったが、どこもごく普通の医薬品の研究をしていたような気配しかない。
「やっぱり……、騙されたのかな俺」
「まだわからないよ。 何か見落としてるかもしれないしもっと探してみよう」
「でももうこれ以上探すところもなさそうだし……」
やはりミセルに時間稼ぎでデタラメの情報を与えられたのかと意気消沈している翔馬に浪がおずおずと声をかける。
「あのさ、よくよく考えたら普通に例の研究のこと何も知らない社員もたくさんいるんだろうし堂々と研究所の一室でやってるわけないと思うんだよ。 それで月並みで悪いんだけどさ、例えば地下室とかあったりしねーかなって」
「そっか、そうだよな……!! 地下室、か。 ありがちなのは隠し扉とか本棚ずらしたら階段あったりとかか?」
「一室ずつ探していくのは大変そうだな……。 なにかいい方法ないかな」
浪がキョロキョロと辺りを見回しながら言うのを聞いて、閃人は何か閃いたようにニヤリと笑みを浮かべる。
「ah-、ヨミの兄さんヨ、そこでちょっと強めに足踏みして音立ててみてくんねーかい」
「……? よくわからんがいいだろう」
閃人のよくわからない指示に疑問符を浮かべながらも、考えあってのことだろうとヨミは素直に従った。
体格はわりかし良いにしろ、見た目は普通の人間と変わらないヨミ。しかしそこはアニマ実験体だ。彼が力んで足踏みをすれば、地面が砕けんばかりの衝撃とともに耳を裂くような音が鳴り響いた。閃人以外の三人は思わず耳をふさいでしまったが、閃人は轟音にひるまず耳を澄ませている。少しして、小さく頷くと口を開いた。
「この部屋でビンゴだ、地下に音が反響する空間がある。 そこの壁側周辺ってとこか」
「オイオイマジかよ、そんな事までわかんのか」
「サウンドマスター北上閃人、舐めてもらっちゃ困るze服部君?」
「その取ってつけたような二つ名初めて聞いたんだが……。 とりあえずこの辺調べてみようか」
どうやら閃人はヨミの足踏みの音からソナーで海中を探るようにして地下空間を探し当てたようだ。驚きつつもとりあえず部屋中を探し始める翔馬達をよそに、ヨミは閃人の示した部屋の奥側の壁沿いまで来ると魔力を練り始めた。
彼の行動の意図を察し、翔馬の顔が若干ひきつる。
「おまっ、まさか……」
「こうした方が手っ取り早い……っ!!」
ヨミが言うと同時に部屋全体の重力が急激に緩和されふわっと体が浮くような感覚を皆が感じた。ヨミはそのまま軽やかに4m近くある天井まで跳び上がると、一気に重力を強め落下の衝撃で地面を砕いた。
そして崩れ落ちるガレキの下には閃人の言う通り、地下へと続く階段が見えた。
「無茶苦茶しやがるな……。 まあでもこれで道は開けたな、じゃあ」
「待て」
早速先へ進もうと先陣を切って歩き出す翔馬をヨミが真剣なトーンで呼び止めた。怪訝そうな顔で振り返る彼を含めた他三人に向かい、口を開く。
「先に進む前に言っておくが。 この先にあるものはおそらくお前たちが考えているよりもずっとおぞましいものだ。 ……、お前たちが救おうとしている人間がどんな環境に置かれていたのか否が応でも知る事になる。 何を見てもいいよう覚悟しておけ」
彼らが実験によりひどい環境にいたことは聞いているが、改めて念を押され少し怖気付いてしまう。
しかしここで立ち止まるわけにも行かないだろう。四人は真剣な表情で小さく頷くと再びその歩みを進めた。
階段を降りると短い通路の先に、地上階の研究室より三倍ほどの広さの空間が広がっていた。その両脇には青緑の液体が満たされた大きなポッドが八つ並び、奥の壁際には人間がスッポリ入るカプセル状の何かが六つ、その手前に手術台のような設備がある。
ポッドの中に何かが入っているのに気づき目を凝らす四人。近づいて見に行った翔馬が突如口を押さえてえづいた。
「うっ……、えぇっ……。 何なんだよ、これ」
「アニマ、か? いや、違う」
耐性があるのか、凰児は直視してもわりかし平気なようだ。それでも若干顔色が悪いが。
手前左のポッドに入ったモノは肌色で手足がある、足元から胸元まで見れば人間そのもの。しかし、鎖骨の辺りから半分ゲル化し始め、頭部は触手のようにばらけている。
右側は頭部が分裂して増殖し、未熟な頭が四つついている。片足が退化してしまっているようだ。
他のポッドに入っているモノも、翔馬や浪には直視できないほどいびつな『何か』だ。
凰児が少し青い顔でヨミに問いかけた。
「あれは……、人間なのか?」
「今はもう違う」
「実験に失敗した変異体がいると言っていたね? つまりあれが……?」
「そうだ。 アニマの細胞を埋め込まれ、その拒絶反応で化物になり暴れだしたやつを俺自身何度も始末させられた。 誰もが、いつああなるかわからないまま好き勝手に体を弄り回され、頭がおかしくなりそうな中いつか必ずここから逃げようと誓い、必死に生きながらえてきた」
改めて彼の置かれていた状況の異常さ、壮絶さを目の当たりにして全員言葉を失った。そこでふとある疑問を感じた浪がヨミに尋ねる。
「あんたぐらい強い奴がなんで言われるがまま従ってたんだ? 他の人もそんな環境で大人しく実験台になる必要なんて……」
「奴らの中に、他人に暗示をかけ行動制限をかけるホルダーがいた。 実験体は皆、『まだ人間であるうち』に暗示をかけられ、抵抗ができなくなるのだ。 ……、俺たちはイオの提案で変異体が暴走したさい、処理を命じられなかった者が横槍を入れて暗示能力者に標的が向くよう仕向けて始末した。 そしてそのまま脱走計画を実行したのだ。 だが、暗示が解ければどうとでもなると考えていたのが甘かった。 当時の俺は今よりも弱く、裏についていたアルカディアの幹部どもによって仲間はほとんど始末された。 残った者も散り散りになり、イオとフタバについては未だに少しの情報すら掴めん」
研究所からの脱走の経緯を聞いて、浪はまたしても言葉に詰まる。
気まずい空気が流れる中、突如なにかの気配を察知した翔馬が階段の方へと振り返ると同時に風の衝撃波を放った。それは階段との中間地点あたりで、向こうから飛んできた何かとぶつかり合って爆ぜる。
「やるねえお嬢。 気付かないかと思ったんだけどなあ」
「ミセル……!! やっぱり罠だったのかよ……っ」
ミセルの両脇に実験体の女ともうひとり、目の下に隈のある八重歯の鋭い眠たげな目をした男が立っているのを見て、翔馬はやはり袋小路で自分たちを叩くための罠だったのだと確信した。女は前回同様フードつきのマントで顔が隠れている。彼らの立つ階段が唯一の脱出口である状態に危機感を覚え考えを巡らせる凰児や浪をよそに、ヨミは半ば呆然としたような様子で声を絞り出した。
「橘……、彰っ!!」
「やあやあ、久しぶりだねヨミ、我が最高傑作よ。 ミセル君が一人で出かけようとしていたからついつい後をつけてしまったんだ。 久しぶりに君に会えるんじゃないかと思ってね」
橘の言葉を聞いて、翔馬が少しホッとしたような顔を見せた。橘が勝手についてきただけであって、ミセルはやはり一人で会いに来ようとしていたと分かったからだろうか。彼が視線を向けると、ミセルはふいっと目をそらした。
目の前に立つ、ストライプ柄のワイシャツに雑な縛り方のネクタイをつけた男、橘をめったに見せないような歪みのある笑みで睨みつけると、ヨミは指を鳴らす。
「聞いていた情報に対してひとり護衛が足らんようだが?」
「資金がもう火の車でねえ、確かにハートレスさんがいれば君以外は何とでもなるが、彼を動かすには結構なお金がかかるのさ」
「なんのつもりか知らんがのこのこと俺の目の前に現れたのが運の尽きだったな……。 ここが貴様の墓場だッ!!」
自分の周囲のみの重力を軽減させ一気に憎き仇敵へと突進する。それを阻むようにしてフードの女が立ちはだかる。人の領域を超えた者たちの全力のぶつかり合い、その衝撃で女のマントが吹き飛ばされた。
初めてあらわになった女の風貌は、ピンクの少し天然パーマ気味の髪に太めの眉。おっとりとしていそうな見た目ながら、ヨミと張り合えるだけの身体能力を持つ。
その顔を見た瞬間にヨミの顔が固まり、隙だらけのボディに重い拳の一撃を叩き込まれ吹き飛ばされてしまった。
ダメージはそこまででもなさそうであるが、立ち上がったヨミは顔面蒼白だ。信じられないといった様子の彼の口から、呻くような声がこぼれ落ちた。
「どうして……、なんでお前がそこにいるんだ……。 イオ……っ!!」
「……? あなたのことは博士から聞いてますけど、馴れ馴れしく呼ばないで欲しいです」
「何を……、言ってる? 俺のことがわからない? まさか……!!」
疑問符を浮かべるような顔のイオに、ヨミはすべてを察し愕然とした表情で、壊れたように笑い声を上げた。
「はは、はははは。 そうか、そうだ。 言うことを聞かないのならもう一度リセットすればいいのだ、それもそうだ。 ミナもイオも俺のことなど覚えていない……、ならば俺は何のために」
ほかの四人も事情を理解したようではあるが、とてもかける言葉など思いつかない。
ただすべきこと、討つべき敵は皆が理解していた。許してはおけない。その非道、理不尽を。
皆の先頭に立ち、翔馬が橘を睨みつける。
「……、ヨミの奴は正直気に入らねーこともある、が。 テメエだけは許せねえ……。 これ以上、他人の体を、心を弄ぶような真似はさせねえ」
「悲しいことだが、仕方ないことなのだよ。 人類は今一度、ホモ・サピエンスから進化せねばならないんだ。 ……、ミセル君、イオ。 少し遊んでやりなさい」
護衛のふたりをけしかける橘は何やら意味深な言葉を吐いたが、四人は狂人の世迷言と気にも留めない様子だ。薄暗い地下室が、緊張感に包まれる。
とりあえず中ボス登場までです。
各々の強さは、ヨミとイオとミセルがほぼ横並び、そこに五連星三人が続き、一番下に浪といった感じでしょうか。主人公ですがこのメンツではまだまだ未熟者です。
では、ありがとうございました。




