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メビウスリング  作者: さいてす
第二章 運命の輪の中で
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AHP43番

 SEMM愛知支部玄関ホール入口外側にて、いつものメンツは各々学校などの用事を済ませて翔馬の運転する車が戻ってくるのを待っていた。しかし、そこにはシロの姿がない。

 目標の男を捕えたとの報告を受け集まった面々は、支部のトップ二人を容易く破ったという男との対面に緊張を隠せない様子だ。

 まもなくして、低いエンジン音が聴こえてくる。


「あっ、帰ってきたみたいだよ。 おお、知らない人が乗ってる……。 あの怖そうなピンクの人が例のヨミって人かな?」


「ははは、違いますよ氷室さん。 彼は応援に来てくれた北上閃人さんです。 ……、隣の黒ずくめの男ですね」


 見た目だけで判断すれば味方サイドではないと思うのも仕方ないが、乙部は雪菜の勘違いを苦笑いで訂正した。

 支部の入口前に翔馬が車を横付けすると、閃人とアンリに挟まれるようにしてヨミが車を降りる。驚いたことにもう足が動くようになっている様であるが、なぜか頭に閃人のヘッドホンをつけている。手は拘束されているようで、こちらはまだ治っていないのか、はたまたもう一度切られたのか動かすことはできないようだ。

 拘束されているにも関わらずのんきに音楽を聞いているようにしか見えない男の様子をアンリが説明する。


「ああ、このヘッドホンは変な動きをしたら北上さんのファクターで音に力を乗せて直ぐに制圧できるようにつけてるだけよ。 気にしないで」


「音のファクター、って話だったっけ? ……、って井上お前その腕!!」


「心配してくれるのはありがたいけど気にしないで欲しいわ、すぐ治るから。 とりあえず早く移動しましょう」


 仕方ないとわかっていながらもアンリは何度も同じ心配をされ苦笑いで流す。


「その前に自己紹介くらいしといたほうがいいだろ? 初めまして北上さん、龍崎先輩から話は聞いたことあります。 自分は新堂浪って言います」


 移動する前に、とりあえず初対面の閃人に対して律儀に挨拶をする浪に、閃人は満足げに微笑むと明るく返す。


「堅苦しいのはBadだぜブロウ、こっちも君についてはよく聞いてるさ、凰児の弟分なら俺の弟も同然だ。 気軽に兄貴って呼んでくれて構わねェゼ!!」


「は、はあ……。 よろしくっす」


「Haha、ツレねえなぁ。 さて、道中ほかの子たちにも名前を聞いておこうかね」


 そのままほかのメンツも軽く閃人に自己紹介をしつつ、どこかふてぶてしい表情のヨミを連れて応接室へと向かった。

 奥側の中央の席にヨミを座らせ、その両脇に翔馬と閃人、向かいに乙部、その左に凰児が座った。他は各々適当な場所に腰を下ろす。

 そこでようやく、今まで一言も発することのなかったヨミが口を開いた。


「いい加減これをとってもいいか? ロックンロールは好みではないのだ」


「oh、ロックがわからねえとは悲しい事を言うじゃねえか」


「すまんが何を言っているか全く聞こえん。 外すぞ」


 当たり前のことを言って返すと、ヨミは拘束など何もないかのように、ヘッドホンを外すため頭に手を伸ばす自然な一連の流れの中で手錠を引きちぎった。

 一同が驚愕の表情を浮かべる中、外したヘッドホンとつながっているオーディオを机に置く。若干身構える翔馬と凰児にヨミは呆れたようなトーンで言う。


「この状況になれば流石に力ずくでどうこうできんことぐらいわかる。 五連星が四人に、あちらの黒い女もお前たちとそう変わらん力を持っているだろう。 それに……、何処に『不可視のキース』がいるともわからん」


「SEMMを嫌っていると伺っていますが、随分詳しいんですねえ? 『ベヒーモスの43番』君」


「貴様が愛知支部長の乙部栄一郎か。 それを知っているということは貴様もAHPに一枚かんでいたと取ってもいいんだろうな?」


「まあまあ落ち着いてください。 私もついさっき知ったんですよ。 優秀な部下が隠蔽の手を逃れた極秘資料を見つけてきてくれたので、ね」


 鋭い殺気を向けて睨みつけてきたヨミを乙部はのんきに笑ってなだめる。ほかの面子は乙部の掴んだ情報をまだ聞いていないが、翔馬が聞き覚えのある名前に反応した。


「ベヒーモスってアニマの名前だよな? 俺がSEMMに入るよりも前に梨華さん率いる討伐隊が倒した巨大アニマがそんな名前だったはずだ」


「そうですね。 SEMMの黎明期に出現したSランクアニマ三体のうちの一体、恵まれた巨体による高い戦闘力を持っていたものの魔力が低かったことで早い段階で出現し、SEMMも組織されて間もない頃だったので大きな被害となりニュースにもなったので覚えていても不思議ではないでしょう」


「こいつがそのアニマだってのか? 43番ってのは……?」


「できれば彼自身の口から話していただけると早いんですがね」


 そう言って乙部が視線を送るもヨミは黙ったままだ。


「かつてSEMMには討伐したアニマを持ち込んで調査をする機関がありました。 特殊外敵調査研究室……、アニマ研究所と言われていた場所ですが、ある日実験中に爆発事故を起こし閉鎖となりました。 そこが例の三人が所属していた部署です。 まあでも実のところ資料の抜けが多く、詳しいことまでは分かりません。 あそこは私も折原支部長もあまり関わりを持っていなかったのでね。

 しかし、あなたのケタ外れの身体能力及びファクター、そしてSEMMへの強い嫌悪感……、何よりアニマ検知システムがあなたに反応を示す理由がある仮説によって説明できてしまう。 ……、考えたくはないですが」


 若干かげりのある表情でそう言った乙部に、ヨミは小さくため息をつくとついにその重い口を開いた。


「……、妹はどうしている? あいつもSEMMを憎んでいてもおかしくはないはずだが何故大人しく保護されている」


「妹って?」


 事情を知らない浪が怪訝な顔で聞き返す。報告を受けたのか、ヨミと戦った四人以外にも乙部は既に知っている様子だ。翔馬が少しだけためらったあと、浪の問いに答える。


「こいつがシロの兄貴だって話だ。 ……、まだ完全に信じちゃいないがな」


 今まで緋砂をはじめとする者たちが必死に調べてもヒントすら掴めなかったシロの正体。その家族を名乗る者の出現に室内がどよめく。浪も雪菜も口をパクパクさせ声を出せないでいた。


「妹は名乗っていないのか?」


「力に目をつけられて変な奴に追われててな、記憶を消されてんだ。 駒木の山の公園で見つかった時以前のことはなんも覚えてねえ」


 翔馬の説明に、ヨミは珍しく少し落ち込んだ様子で俯いたが、息を吐くと話題を変え、先ほどの乙部の仮説に対する答えについて話す。


「……、アニマ研は秘密裏に人体実験を行っていた。 研究主任である橘彰の独断で身寄りのないものを集め、回収されてきたアニマを合成し人工的にホルダーを作り出すというものだ」


 ヨミから語られたのは、SEMMの闇とも言える部分。乙部たち創立者すら把握していない禁断の実験だった。シロの兄という発言に対しての驚きも冷めぬうちに畳み掛けるようにそれを明かされ、普段頭の回転の早い凛や浪でさえ理解が追いつかないような顔だ。

 乙部はうつむきがちに息を吐くが、予想通りだったのだろう、落ち着いた様子で口を開く。


「私も折原支部長も魔王の討伐に向け集中できるよう、SEMMの運営等については他に機関を作り任せてしまっています。 ですがまさか我々の知らないところでそんなことまでしていたとは……」


「細かい事情は知らんが、それで納得できるほど俺たちも単純ではない」


「……、ホルダーを作り出すと言いましたが、肉体的にアニマを合成したところで魂の力であるファクターには影響しないのでは?」


 乙部は皮肉じみたヨミの言葉に対しごまかすように話を変えた。とはいえ、それは当然の疑問だった。


「はじめは肉体改造により擬似的に肉体強化能力のようなものを付ける実験だった。 だがある日、実験漬けの日々の中ショックのあまり記憶をなくした奴が出た。 そいつが、それからしばらくして合成されたアニマと似たファクターに目覚めたのだ」


「なんですって……? それじゃあまさか」


「一度リセットされた魂が作り直されていく中でアニマの細胞が人格形成に影響を与えた……、そう考えた研究所の連中は『アニマを合成したあとの被検体の記憶を飛ばす』という実験を始めた。 ……、俺たちには実験以前の記憶がない」


 ヨミの告白を聞いた一同はまた固まってしまった。しかし、浪があることに気付いて青い顔で椅子から立ちかけて言う。


「ま、待ってくれ!! じゃあシロの記憶は……」


「その何者かにかけられた術が消えようと戻ることはない。 『ヨルムンガンドの37番』……、あいつも実験の過程で記憶を飛ばされている」


 わかっていたことだったが、はっきりと告げられたことで浪は絶望した表情で椅子にへたり込んだ。

 皆がショックを受けながらも浪を心配そうに見つめる中、そのまま乙部が質問を続ける。


「アニマ研には誰にも感づかれず人さらいができるような人間はいなかったはずです。 一体どこの誰が?」


「ここでそれを言わせるのか? どうなっても知らんぞ」


「どういう意味ですか……?」


 意味深にニヤリと微笑むヨミに、乙部は怪訝そうに返す。それに答えずヨミはちらりと翔馬に視線を送り、翔馬はなんだか嫌な寒気を感じゾクリと身震いをした。


「犯罪組織とつながっていたのだ。 当時最大勢力を誇っていた能力犯罪組織……、『クラブ・アルカディア』。 馴染みのあるやつがここにもいるだろう」


 組織の名に心当たりがあるわけではないが、犯罪組織とつながっていた人間、と言われれば一人しか思いつかない。誰もがそれに気付いた。

 かつてその環境にあることを嫌い、それでもその庇護下で生きる方法しか知らなかった男。


「俺の親父の組が……、シロをそんな目に……?」


「被検体の数は48人、うち今生きているのは俺たち二人を含め四人だけだ。 過半数は実験途中で変異体になり、ほかは逃げ出すときに始末された。 自ら命を絶った者もいたか」


 ヨミははっきりとは言わなかったが、暗に『お前の親父のせいで44人死んだんだ』と言われたようなものだ。翔馬は呆然とした表情で声ひとつ出せず俯く。

 誰もがかける言葉を思いつかず押し黙ってしまいしばし静寂が流れる。ヨミは息を吐いて少し落ち着いた声で翔馬へと話しかけた。


「ふう……、八つ当たりをしてしまったな、すまん。 お前が親父とは違って『まとも』だということは俺もわかっている。 覚えているか? あの時『貴様には思う所がある』、とはいったが『恨みはない』とも言ったはずだ。 アニマ研での実験に対する憎悪も、お前たちにぶつけるのは筋違いであると頭では理解できるのだ。 それでも、とてもじゃないがこの組織に名前を連ねるつもりにはなれん」


「それでも俺は、親父達がそうやって稼いできた金で育てられていたんだ……」


「お前に償いを求めるわけではないが……、もし親父の尻拭いをしたいと思うなら橘彰を探せ。 奴は必ず今もどこかで実験を続けている。 できることがあるとすれば、俺たちと同じ被害者を増やさないようにすることだけだ」


 ヨミの言葉に、乙部は怪訝な顔で反応した。


「まさか……、橘は事故の責任を取るという名目で既に退職しています。 SEMMの設備なしに個人で実験を続けるなどとても……」


「先ほどやつが人工ホルダーを作る実験をしていたといったが、少し語弊があったな。 正確には、『自らを最強のホルダーとして作り変える』為の実験……、俺たちはそのためのサンプルだ」


 ヨミはアニマ研の主任である橘という男の目的を語る。


「やつは世界一頭のいかれたマッドサイエンティストだ。 悪意なく悪事を働き、探究心のためにすべてを使い捨てる。 くたばるその時まで研究をやめようとはしないはず。 SEMMを抜けたのは身の安全のため研究を諦めたのではなく、SEMMという表の組織で隠れながらできることに限界を感じたからだろう」


 ヨミの言葉に、浪たちは何とも言えない寒気を感じた。

 その後しばらくして、落ち込んでいた浪がポツリと小さな声で尋ねる。


「爆発事故ってのはあんたがやったのか」


「俺と生き残りのうちのひとり、ニャルラトホテプの10番が先頭に立って反旗を翻したのだ。 俺たちはイオと呼んでいたな。 俺たちにとっては姉のような存在で、被検体の中でも俺と並び高い力を持っていた」


 翔馬たちを圧倒するヨミに並ぶほどのものがまだいるという話に驚きつつも、さらに疑問をぶつける。


「あんたはその橘ってやつを探さないのか?」


「そのうち始末するつもりではいるがな。 それよりもまずはぐれた三人、イオとミナ、あとバハムートの28番、フタバを探し合流する方が俺にとっては重要だ。 ……、とはいえあの地獄の日々を忘れられたのなら、ミナは俺に会わないほうが幸せなのかもしれんな。 あんなもの、忘れたままでいられるのならそのほうが幸せに決まっている」


「あんた……」


 ヨミの最後の言葉は消え入るように弱々しく聞こえた。

 彼の心の内を察し、浪が何か言いかけたとき、けたたましいサイレンが鳴り響いた。


『緊急警報、緊急警報!! 支部内に不審者が侵入しました!! SACS隊員及びその他上級隊員で動けるものは直ちに三階共用休憩スペースまで向かってください!!』


 警報を聞いて、浪たち愛知支部組の顔が凍りつく。


「共用休憩スペースって……、緋砂さんに見てもらってシロを待たせてるとこだぞ!?」


「ま、まさか相良君達が空間魔術使って攻めて来たの!?」


 シロの危機に浪と雪菜が慌てふためいて立ち上がる。そのまま飛び出していった二人を追って、翔馬や凰児その他全員、更にヨミが続いた。少し遅れて閃人が立ち上がる。


「侵入者がアニマじゃなく人間だってんならSACS以外に行かせるのはまずいんじゃねえのかい支部長よ?」


「詳しくは話せませんが、そのシロという子については緊急を要するのです……、あなたも協力して頂けませんか?」


「なるほどねえ……、まあ、仕方ねえか。 これも『お仕事』だ」


 乙部に請われ、何故か少し渋い顔をした閃人だったが小さく息を吐くとやれやれといった様子で承諾し部屋を出た。

 とりあえずシロの正体は人工ホルダー実験の被検体というわけです。ミナとヨミは37番、43番の当て字です。ほかの被検体に名前をつけたのはヨミですが、当て字であることから分かるようにあまり思い入れも無いようですので、ヨミも名前を訂正させるつもりはありません。

 ヨルムンガンドというアニマの能力についてはまた追々。ここからしばらく浪、シロ、翔馬メインとなりますかね。


 では、ありがとうございました。

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