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メビウスリング  作者: さいてす
第二章 運命の輪の中で
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アニマと人間

「本っ当に申し訳ありませんでしたっ!!」


 襲撃者、獣人族の少女はそう言って深々と頭を下げた。ネフティスと並んで彼女の正面で困ったように頭をかいている浪は、少女をなだめるように笑いながら言う。


「まあまあ、結果的に命にかかわる怪我した奴もいないしそんな必死に謝られても困るぜ」


「ワイは兄ちゃんのせいでえらい目にあったけどな」


「え、えーっと……、そうだ、あんたはここの村の住人なのか?」


 浪は話題をそらすようにスカラベの小言を流して獣人の少女に問いかける。彼女は少し落ち込んだ様子でうつむきがちにポツリとこぼした。


「はい……。 私はこの集落の守り手だったのですが……、少し村を離れて戻ってきたら……。 我々は治癒の力に長けた一族で、そこに関してはほかに引けを取らぬと思いますが、戦えるものというと私以外にはおりませんでした……」


「あなたたちのことは知っているわあ。 集落は機械魔一族の傘下にあるはずよねえ? ……、あなたたち自体が戦えなくとも、戦争となったときマキナ様達に協力するであろう敵対勢力の芽として摘んでおいた、といったところかしらねえ」


「ネフティス殿、私はこれからどうすればいいのでしょう……。 そうだ、あなた方『太陽の一族』の同胞として迎え入れてはくれませんか!? そうすれば一族の敵を……!!」


「落ち着きなさい。 私にそれを許す権利はないわあ」


 食いいるような目つきで迫る少女に、ネフティスはさらりと淡白に答えた。しゅんとして顔を伏せた少女をちらりと気まずそうに横目で見たあと、浪はネフティスに尋ねる。


「太陽の一族ってのは?」


「前王ラーが太陽神の称号を持っていたから一部のものたちにそう呼ばれているの。 我々は王の仇たるルシフェルを倒すためなら手段は選ばない。 あなたたちを認めた以上、その目的のためにどこまでも利用してあげるからそのつもりでよろしくねえ……?」


「なんかこえーよ……。 えっと、落ち着いたかな? 取り合えず集落が機械魔一族の傘下だったって言うならマキナさん? に相談してみたらどうだ……? 俺たちも今そっち向かってるんだ」


「っ……、あなたねえ、軽々しくそういうこと口にするものじゃ……」


「な、なんだよ……、まずかったか?」


 浪の提案した内容はさほどおかしい内容でもなかったように思えるが、ネフティスはなぜか呆れたような表情で若干の苛立ちを見せてつぶやいた。その後すがるように視線を送る少女を一瞥した後、諦めたようにため息をつく。


「はあ……。 あなた、名前は? 行動を共にするなら知っておかないと不便だわあ」


「……!! は、はいっ!! 私はアマルティアと申します。 ティアとお呼び下さい。 失礼ですがそちらの方々は? 一族の方ではないようですが」


 ティアと名乗った少女に不思議そうな顔で尋ねられた浪たちは正体を明かすわけにも行かず、咄嗟にいい言葉も出てこないため詰まってしまったが、ネフティスが平然とした顔でスラスラと話し出す。


「同盟国の代表者よ。 マキナ様に一度挨拶させておくべきかと思ってねえ。 それよりも早く向かいましょう、わたくしもあまり長いこと国を空けていたくはないわあ」


「もしかして休憩なしで歩き続けるんですか……?」


 冷や汗を浮かべ恐る恐る尋ねる十和。ネフティスは意地の悪そうな笑みを浮かべて返した。


「わたくしとティアはそれでもいいのだけれど。 あなた以外のお二人も一日くらい休まずとも平気そうに見えるわねえ?」


「うっ……。 やっぱり私、足でまといなんじゃあ……」


「冗談よ、からかいたくなる顔しているんだもの。 ふふふ……」


「ええぇ……」


 呆れたような浪と凛の視線を受けながら、ネフティスは進行方向をまっすぐ見据えて話す。


「ここから少し行った後少し北へと逸れた場所に水晶の森と呼ばれる場所があるわあ。 機械魔一族がたまに魔力を持つ鉱物を探しに来たりもする場所で、月の魔力を蓄える石が点在しているの。 あそこであればわたくしが主様に届くくらいの力が得られるから、安全に休めるはずよ」


「ちょうどあそこに道を記す石碑がありますよ」


 そう言ってティアが指さす先へ目を向けると、確かに何やら文字が掘られた胸ほどまでの高さの黒い石碑が立っている。異界の文字であろう、アルファベットを速記したものに似ているが人間界に存在する文字ではない。不思議そうな顔で石碑を眺めている浪たち三人だったが、しばらくするとその表情に変化が起きてきた。

 驚愕したような顔で石碑に釘付けになっている三人に、ティアが怪訝そうな様子で声をかける。


「み、皆様どうかされましたか……? 水晶の森はそう遠くないようですが」


「い、いや……、何でもないんだ。 先へ進もうか……」


「……? はい、そうですね」


 あからさまに動揺を隠しきれていない浪を訝しむように見ながらも、ティアは一足先に進みだしたネフティスのあとについて歩いて行った。

 三人はティアに声が届かないくらいの距離を保ちながらもしばらく黙って歩いていたが、お互いの反応を見て全員が同じ『違和感』を感じていることを確信していた。ポツリと凛がこぼす。


「お前ら……、あの文字が読めたんじゃねえのか」


「っ!? じゃあ黒峰も……!?」


「実を言えば最初から違和感はあったんだ。 この世界……、妙な既視感がありやがる。 一体何だってんだ……」


 十和は会話にこそ入らなかったものの、凛の一言に対する反応を見る限り驚愕の理由は二人と同じだったのだろう。


「ふう、やはり人間たちはアニマが『何なのか』……、そして何故侵略してくるのかを知らないのねえ……。 でもまあ……、きっとそのほうが幸せなのでしょうねえ……?」


 ティアよりも先にいるネフティスには三人の会話は聞こえていないはずであろうが、彼女は彼らの疑問の答えを知っているかのように呟くと、ちらりと意味ありげな視線を送った。


 浪たち異界組が水晶の森を目指し歩いている頃。人間界に残ったものたちは三人を心配しながらも、思い思い自分の時間を過ごしていた。先日の戦闘の影響もあり学生隊員である雪菜や凰児たちは学校を休んでいるのだが、実際のところはファクターによる治療を受けているので言うほどの影響もない。

 雪菜と空良、シロの三人はSEMMの、京都支部に比べてだいぶ質素な食堂で昼食を済ませてだべっているところだ。雪菜は自分で持ち込んだ紫色のパッケージをした紙パックのジュースを手に、少し顔色の悪い様子で口を開いた。


「浪が帰ってきた時に何かお祝いしてあげたいよね? どうしようか」


「そうですねー、前みたいにパーティーするのもいいですけど、新堂先輩とくろりん先輩が向こう行ってるし料理できるのが私くらいしかいないんですよねー……。 私一人で全員ぶんはきついですよー」


「アンリちゃんができるよ? まあ来てくれるか微妙だけど……」


「そうですねー。 ……、ところでゆきちぃ先輩何でそんな顔色悪いんです? 怪我は治ってますよねー」


「メジェド戦で血を使いすぎて……。 だからこれ、申し訳程度の鉄分入りプルーンヨーグルト……」


「変な属性が追加されちゃいましたねー。 てっきり新堂先輩たちが心配なせいだと思ってたんですけど」


 苦笑いしたあと、雪菜は穏やかな表情で返す。


「心配じゃないって言うと嘘になるけど、今までだってもっと危ない状況はあった。 その度に何とかしてきたんだから、今回も大丈夫だよ。 凛ちゃんと十和ちゃんが一緒だしね。 楽観的だって思うかもしれないけど、大切な人達だからこそ、信じようと思うんだ」


「ま、しばらくしたら頼もしいのが合流してくれるみたいだしな」


 急に横から声をかけられて三人が目を向けると、テーブルの横に翔馬と凰児の姿があった。


「翔馬。 本部からの用事は終わったの?」


「ん、ああ……、まあな。 大した用じゃなかったよ。 そういや乙部さん知らねーか? 昼メシ誘おうと思ってかけてんのにケータイ出ねーのよ」


 シロの問いに答える翔馬は若干ごまかすように言葉を濁して答えた。話題を変えて尋ねた翔馬に雪菜が答える。


「支部長だったらまたアンリちゃんと機械いじりしてましたよ。 夢中になって気づかないんじゃないんですか? ほんと二人共好きだよねえ」


「朝の続きか、行ってみるよ。 サンキュー」


 翔馬は軽く礼をすると、凰児と一緒に食堂を後にした。そのまま雪菜から聞いたとおりに検知システムの設置してある部屋へと向かい扉を開けると、大量の工具が散乱する床に座り込んで乙部とアンリが缶コーヒーを手に休憩していた。


「おや、お二人共タイミングがいいですねえ、ちょうどいま作業が終わって休憩していたところなんですよ」


「もー、乙部さん着信気づいてないだろ? めっちゃならしてたんだぜ」


「あらまあ、それはすみません。 実は私もお二人に話、というかお願いがありまして」


「お願い?」


 何か面倒事でも押し付けられるのではと引き気味の二人を気にもかけず、乙部は自慢げな表情で話し始める。


「検知システムをアップデートしたのです。 今まではアニマ出現時や支部内に未登録の魔力反応があった時に警報を鳴らすのが精一杯でしたが……、何と!! 東海圏プラスアルファの地域に存在するアニマの場所を特定できるようになりました。 これで高レベルのアナライザーが不在の時でも、逃走したアニマ等の追跡がすぐに可能となります。 いやあ、やはりアンリさんの技術は素晴らしい。異界独自の技術はもとより、こちらの世界の技術にも精通しているとは」


「これくらい騒ぐようなことでもないわよ」


 テンション高く説明する乙部にアンリは冷静に答えながらも若干照れているように見える。翔馬は少し呆れ気味に尋ねた。


「で、お願いってなんだよ? 自慢話を聞くことか?」


「あはは、すみませんすみません。 本題に移りますね。 それで早速試運転してみたのですが……、三重県北東部に反応が出てしまったんです」


 話を聞いていた二人の顔に緊張が走る。それはつまり、何らかの原因でSEMMから逃れたアニマが人間界に潜伏しているということであるからだ。

 思い当たることがあった凰児は、落ち着いた様子でコーヒーを飲んでいるアンリに質問した。


「井上さん……、以前機械魔の王が卵の状態でアニマを送り込んだことがあるって言っていたね?」


「その時にも言ったと思うけど、主が送り込んだものは私以外全て死んでるわ。 あなたたちSEMMに倒されたり、主の命にそぐわない行動をした結果血の盟約の制裁によって滅んだり、ね」


「何かしらの方法で生き延びた可能性は?」


「無いわね。 主の話では、五年前には既に連絡つくのは私だけだと言っていたわ。 主からの通信を無視し続ければ盟約が発動するはずだし」


「なるほど、ね……」


 ひとまず凰児が納得したところで、乙部が話を続ける。


「とは言っても、反応の大きさからアニマのランクはそう大きくないと思われます。 まあ毒を扱うセルケトのように魔力の大小で単純に危険度を測ることもできませんので、信頼できる方にお任せしたいというわけです」


「せっかく浪の付き添いを二人に留めて戦力を残したのに、俺らが二人共抜けて大丈夫なのか?」


「実は今の話は朝の時点で既にわかっていたことなのです。 今はちょっと別の作業をしていただけでして。 人数を残したのもあなたたちが抜けることを考えた上でのことですよ。 アンリさんもいますし、他の方々も十分戦える。 それに、あなたたちは既に知っているでしょう? 最悪、緊急事態になってしまった場合でも……、奥の手が残っています。 愛知支部のSSランクを動かす、というね」


「そう……、だったな。 わかった。 でもどうやって探せばいいんだ? 目立つ奴だったらいいけど、大体の位置だけじゃ厳しくないか?」


「そのためにこれを今作っていたんですよ。 近くにいるアニマを探し当てるコンパクト形検知器です。 地図アプリが入っていて、アニマが近くなれば案内してくれます」


「今作ったって……、相変わらず謎の技術力だな」


 半分呆れるように感心しながら、翔馬は丸い開閉型の探知機を受け取った。

 異界組と人間界組でそれぞれ物語が動きます。

 異界組のメインは主人公の浪ですが、人間界組の方のメインは今回は翔馬になるでしょうか。どちらの話もかなり今後に影響するモノになる予定です。特に異界組は『アニマが何なのか』という部分が明かされます。

 では、ありがとうございました。

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