異世界に潜入せよ!!
「ということで、だ。 貴公らには異界へ潜入、敵勢力に見つからぬようマキナと接触しミカエルを蘇らせて欲しい」
戦闘終了後しばらくして全員が動ける程度に回復した後、揃って状況説明を受けた。流石にSEMM支部内にメジェドを入れる訳にもいかないからか、支部を少し離れ人目につかない公園の隅へと移動したようだ。
「潜入して、つってもどうやってだよ。 人間があっちに渡るなんて聞いたことねえぞ」
凛のもっともな疑問に、メジェドはひと呼吸おいて答える。
「未だ結界が生きていることから、あれの管理はミカエル以外の天使がしているということになるだろう。 そいつに接触し、一時的に結界を解かせ、異界の穴から侵入するのだ。 そしてその後再度結界を施す」
「帰りはどうするんですかー?」
「アンリマンユをこちらに残し、作戦が終わり次第マキナに連絡を取らせる。 戻る準備が整いしだい再び結界を一時解除するのだ。 元はといえば我々の意地が起こした事態……、あちらでできる限りの協力はしよう。 ネフティスは魔力を探る能力に長けている。 彼女と戦ったものをあちらに連れて行けばすぐ見つけられるだろう。 あちらでは彼女の案内に従い機械魔の国を目指してくれ」
急な展開に一同落ち着かない様子であるが、浪は一人うつむきがちになり落ち込んでいるように見える。
「浪、元気出して。 大丈夫、きっとうまくいくから」
「雪菜……。 気使わせてゴメンな」
「ううん、生まれた時から一緒にいるんだから心配になって当然だよ。 一緒に頑張ろう」
一同が見守る中、浪は微笑みを浮かべ無言で頷いた。
「我がこちらに留まると悪影響があるから先に戻るが、できるだけ急いだほうがいい。 とりあえず異界へと渡ってしまえばこれ以上は悪化しないからな。 あとはアンリマンユにマキナとやり取りさせて決行の日取りを決めてくれ。 問題は結界を管理している天使に接触するところだが……、ガブリエルに聞けば恐らくわかるはずだ」
ひとしきり手順を説明した後、とりあえずはメジェドを異界の穴で見送ることに。部下の下級アニマをこちらへ渡らせることで逆流効果を起こし帰るようだ。
「すまぬが、後は任せた。 ……、この先会う機会があるかは分からぬが、ルシフェルとの戦いの際には邪魔だてが入らん様こちらでも出来る限りの牽制をする。 ああ、あと悪いが我と入れ替わりで来る奴はあちらに渡る際に一緒に連れてきてやってくれ」
「わかった。 あっと、そういえば……。 感づかれないようにって言ってたけど、アニマに見つかったらすぐに騒ぎになるんじゃ? 異界にどれくらいアニマがいるのか知らないけど、全く姿を見られるなっていうのはさすがに……」
不安がる浪に、メジェドはそんなことか、と軽い様子で答えた。
「上級アニマは人間態の方が便利だという理由でむしろ本来の姿でないのが一般的だ。 人間態になれぬ下級だと思われるような人間を連れてこなければ問題ない。 まああの戦いに参加した者であれば誰でも平気だろう……、が、時間転移の少女は逆の意味でまずいから連れてこないほうがいい。 魔力量だけで言えばルシフェル以上だからな」
「そっか、わかった。 じゃあネフティス? ってのによろしくな」
「うむ、詳細が決まったら部下に連絡を入れさせてくれ。 ではな」
メジェドが異界の穴があると思われる位置へと手を伸ばすとその先の景色がゆらめき、光のようになった彼を飲み混んだかと思うと引換にしてサッカーボール大くらいの何かを吐き出す。何やら見覚えある輪郭だ。
「あああああぁ〜っ!! 部下ってあんたの事お!? やだああ!!」
「そんな拒絶されるとショックやなあ。 改めて、ワイはスカラベ言うねん、短い間やけどまたよろしくな」
「チェンジで!!」
忘れたい過去の姿を思い出させる存在に激しく拒絶反応を示した雪菜に、一同苦笑いであった。
取りあえず翔馬の持ってきた大きなカバンにスカラベを押し込むと、一旦SEMMへと帰還し支部長執務室にて乙部を交えて作戦会議を行う。あらかじめ設定をいじっておいたのか、アニマ侵入警報などが鳴ったりはしないようだ。
「まさか異界に人間が行く事になるとは……、思いもしませんでしたよ。 しかしエルがそこまで無理をするとは……」
「結界を管理してる天使……、師匠は知ってるんすか?」
「結界の管理はガブリエルがしていますよ。 折原支部長との連絡は私が取りましょう」
結界の管理者は案外あっさり判明したようだ。京都支部長折原怜士が宿す天使ガブリエル、浪も昇格試験でその力を見たことがあった。残る大きな問題は一つだ。
「後は誰があちらへ渡るのか、というところですか。 あまりこちらを手薄にしすぎるのも問題ですからね」
「一応見つかっちゃダメって前提だし必要最低限でもいい気がしますけどねー。 もしも何かあっても十柱レベルでもなきゃ三人くらいでなんとかなるんじゃないですかー? 新堂先輩が戦えないといっても逃げるくらいは出来ると思いますしー」
空良の意見に頷き、翔馬が続ける。
「ネフティスも合流してくれるらしいしな。 実際戦って殺されかけた俺からすると微妙な気分だが……、聞いた話じゃあの一族は主の言いつけを破るようなこともしなさそうだしな。 三人とすると浪は絶対として、後はネフティスと戦った三人の誰かを含む二人か。 シロとアンリちゃんはダメなんだっけか」
「すみませんが翔馬くんには残って頂きたいですね。 SACSのSランク隊員がこの支部には他にいないので……」
「じゃあ一人は決まりか」
全員の視線を受けて、十和はつい身じろぎしてしまう。
「わ、私が異界に行くんですか!? お、お役に立てるかわかりませんが……」
「無理にとは言わないよ、これはあくまで俺の事情だし」
気をつかって優しく言う浪に、十和はブンブンと首を振って焦ったように、しかし真剣な眼差しで答える。
「そ、そんな嫌だなんてことはないです!! 私なんかでよければ是非っ!! で、でもそれならもう一人はどうされるんですか?」
「俺が戦えないからな……。 御剣自身は防御能力も充分高いみたいだし、それなら雪菜や昂月みたいな補助タイプよりアタッカー連れて行ったほうが良いのかもな。 そうなると……、黒峰、頼んでもいいか?」
浪に若干申し訳ないような眼差しを向けられ、凛は鼻で笑うように答える。
「アニマの世界に殴り込みなんて、数ヶ月前のあたしなら楽しみで寝付けなかったろうな」
「あ、あんまし目立つことするなよ……?」
「冗談だよ。 お前がこのままじゃあたしとしても困るからな、パッと済ませんぞ」
快く引き受けた凛に浪が礼を返したところで、雪菜がポツリとこぼす。
「そういえばエルの魔力を失ってる今の浪じゃ人間だってバレるんじゃ……?」
言われてみればその通りだ。メジェドは本来の浪自身の魔力の低さを知らないからこそ気に留めなかったのだろうが。しかしそんな雪菜の不安をアンリは笑い飛ばす。
「そもそも異界に人間がいるなんて考える奴はいないからそうそうバレやしないわよ。 あなたたちだって私がアニマだった可能性なんて考えもしていなかったようだけど、今考えたらそれらしい要素はあったでしょ? アニマが人間のフリしてるなんて思いもしなかったから気付かなかっただけなのよ。 それにネフティスはそれなりの上級アニマだし、奴が一緒なら怪しまれることはないわ」
「あまり時間経つと悪化するって話だから、二人共今日中に準備して明日出発でいいか? 井上、悪いがスカラベも連れて今から異界の穴で主に連絡頼めるか?」
そのまま作戦概要をマキナへと伝えると、取り合えずその日は解散となり各自準備を整える。とはいえ、特に持っていくものなどもないのだが。
そして次の日の朝。乙部は早くから忙しそうに検知システムの部屋でアンリとなにか作業をしていたようだったが、皆が集まる少し前に折原支部長へと連絡を済ませてエントランスへと向かった。ちょうどそこに、今回異界へと向かう三人を先頭にして全員が入ってきた。
「おはようございます師匠、井上も。 早いっすね」
「システムを万全にしておくとともにちょっとした改良をしていたんです。 いやあ、異界の機械技術もすごいものですよ。 どんなところかわかりませんが、意外と技術の発達した世界かもしれませんね」
乙部の言葉に、アンリは腰に手を当てて軽く異界について説明した。
「技術的なものを持っているのは私たちの一族だけよ。 基本はだだっ広くて手の入っていない……、昔のファンタジーゲームの世界みたいな所だわ。 様々な形の国にそれぞれの種族が暮らし、平和に過ごしている。 けど、一部の戦争好きな奴らや侵略主義の連中のせいで荒れているのよ。 問題なのは、その一部の野蛮な連中のうちの一人が今の異界の最大勢力のトップであるということ」
「どこの世界も似たようなもんなんだな……。 じゃあ、そろそろ行くか。 翔馬、悪いけど異界の穴まで頼めるか?」
疲れたようなため息の後、浪は翔馬に声をかけ車へと向かった。異界へ向かう三人と運転手の翔馬、折原とマキナへの連絡役の乙部及びアンリ以外はSEMMで見送りだ。心配そうな表情でシロは車に乗り込んだ浪たちに声をかける。
「ちゃんと帰ってきて。 ご馳走待ってるから。 浪がいないとコンビニのお弁当なの」
「そろそろお前らどっちか料理覚えろよ……。 ま、帰ってきたらまたみんな集めてパーティーにしようか」
「……!! やった……」
パーティーの一言を聞いて、シロの瞳が輝いた。食べることに対しては人一倍貪欲である。
その後皆に見送られ異界の穴へと向かうと、結界解除の前にアンリがマキナへ、カバンから出てきたスカラベがメジェドへとそれぞれ連絡を取り合う。作戦の詳細と今から向かう旨を伝え終えると、いよいよだ。
折原と連絡をとっていた乙部は一度電話を持った手を下ろすと、真剣な表情で一同へと目をやる。
「皆さん準備はいいですか?」
「いつでもいけます……!!」
各々短く返事を返すと、乙部はゆっくりと頷き折原へと結界解除の依頼をする。そして京都支部の闘技場を閉め切り折原が手をかざして天使、ガブリエルを具現化し始めしばらくたった後、異界に穴にも異変が見え始めた。
景色が揺らめき、数色の絵の具をまだら模様に浮かべた水面のように光り出す。短い時間とはいえ、局部的に結界が無効化されている以上もたもたしてはいられない。
「では皆さん……、お気をつけて」
乙部の真剣な表情での見送りに緊張した様子の一同を見て、翔馬がからかうように言う。
「いってらっしゃーい、お土産待ってるからなー」
「遠足じゃねーんだから……。 そっちも気をつけてな。 このタイミングで憂たちが何かしてこないとも限らない……、シロのこと頼むぞ。 ……、あと」
「ん? まだ何かあるん?」
「生活費使い込むなよ……? 龍崎先輩に監視頼んであるから」
「増やせばいーのよ増やせば」
「やめい!!」
冗談か本気かわからない翔馬の返しに浪は割と真面目に突っ込む。
そしていよいよ、心配そうに見つめる見送り三人に見つまられながら、浪は息を呑み先陣を切って異界の穴へと飛び込んだ。そのあとに凛、十和の順で続く。三人の姿が消えた後乙部が折原にそれを伝え、異界の穴は少しして元通り、何事もなかったように普段の景色を取り戻した。
「どうかみなさん、ご無事で……」
乙部の他、先程まで飄々としていた翔馬も普段冷静なアンリも心配そうな表情でしばし三人の抜けた穴を見つめていた。
異界の穴を通る三人はその後、しばらく世界をつなぐパイプとでも言うのか、不可思議な空間を落下するような感覚の後、突然芝生の広がる広野の4m程の高さの場所に放り出された。
「うわわわわ!? 落ちっ!?」
「ちっ……、世話が焼けるぜ……っ!!」
力を失っている浪と、鎧をまとわないと肉体強化の発動しない十和をかばうため、凛は肉体強化をかけた状態でとっさに二人を抱えて着地した。
「悪い黒峰、助かった」
「ちょっとあっち行ってろ、早速まずいことになってやがるぞ」
「へっ……? って……!?」
礼を言った浪が凛の言葉に不思議そうな顔で彼女の見ている方へと視線を移す、そこには巨大な緑がかった体をしたタコのようなアニマが。
転移後直ぐにこれでは見つからないようにというのも無理な話である。前途多難な異界の旅はまだまだ始まったばかりだ。
異世界転移編です。異界はド○クエ的RPGのイメージで、人間態になれるアニマや知能の高いアニマが人間、知能が低く動物的なアニマがエンカウントするモンスター達みたいな感じでしょうか。
それぞれが独自の文化を持ち、自分たちの国で助け合って生きているのが基本です。
ここから機械魔の国を目指します。最初は雪菜も入れようかと迷いましたが、メジェド戦でのダメージが一番大きい彼女をすぐ戦わせるのも不自然なので置いてきました。
では、ありがとうございました。




