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メビウスリング  作者: さいてす
第二章 運命の輪の中で
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侵食するコンタミネント

 毒々しさと禍々しさをまとう一体のアニマと向かい合うふたりの戦士は、市のシンボルとも言える大きな鉄塔が見守る下でそれぞれ息を呑み構えを取る。

 先程は凛がつい独断で先行してしまったものの、気を取り直して一歩下がりアンリに守られるような形をとった。


「マキナ様から僕たちの大まかな情報は行っていると聞いてる。 ということは、君たち二人が僕の守りを突破しうる攻撃能力を持つと判断して送られてきたのかな」


「そういうことになるわね。 持久戦が得意と聞いているけど、こっちは長々と付き合ってあげるつもりは毛頭ないわ」


「随分強気だね……、いいだろう。 さあ、始めようか!!」


 そう叫ぶと、セルケトは後方で魔力を高めている凛へと狙いを定める。殺気が向けられるのを感じた彼女は手のひらを向かい合わせて魔力を高めながらも咄嗟にステップするように飛び退き、直後に上空から打ち付けるしなやかな毒のムチが彼女のいた場所の地面を叩く。

 危なげなくよけられてはいるが、アンリも彼女がより集中できるよう、セルケトの狙いを外させるためジェットの勢いを載せて一気に殴りかかる。

 重い一撃は腕をクロスさせて受けたセルケトとぶつかった瞬間大きな音を響かせ小さく吹き飛ばすが、全くダメージは見られない。しかしこの程度でダメージが通らないのはアンリも想定していたこと。すぐさま手のひらに魔力を込めて炎を集めると再度接近し高温のエネルギー体をゼロ距離で叩きつけるように放った。

 セルケトの立つ場所を激しい爆風と熱波が飲み込む中、爆煙より四つほどの毒々しい塊がアンリへと向かってくる。彼女は咄嗟に腕を振るようにして発生させた炎で二つを焼き払うも、残りの二つをモロに体へと食らってしまった。場所にすると左胸と右腰あたりか。しかし彼女は焦る様子も見せない。


「やっぱり機械魔の私にはあなたの攻撃はほとんど効果がないようね」


「マキナ様はともかく、生身部分の多い君ならと思ったけどどうやらダメみたいだね。 でも君の攻撃も僕には通らない」


「こっちは二人いることを忘れてないかしら? まだまだ余裕ぶっているようだけれど……、きっと考えが変わるわ」


 軽い雰囲気でヘラヘラとしているセルケトに、アンリは不敵に笑いかける。

 彼女の言葉にもセルケトは間に受けることなく余裕を崩さなかった。しかし、その後ろで魔力を高めていた凛がそれを放出し始めると、とたんに顔色が変わっていくのがわかった。アンリが口にしたとおり彼の表情から余裕が消えていったのだ。

 凛が発動したのはいつもとは一風違う魔術、エネルギー波でも黒い雷でもなく、力を圧縮した1.5m程の長さの一本の槍。今までも剣をかたどる事はあったが、その際は何本かに分けて作り出すことがほとんどであった。


「いつもなら範囲やら操作性に振ってるぶんの魔力……、『命中させるため』の部分を削って火力のみにすべて集約した一撃だ……。 当たるかどうかはお前次第だからな、井上……」


「わかってるわよ、そっちこそそれでダメージ通らなかったらどうしようもないんだから集中乱さないでよね」


 魔術が発動しかける寸前、かすかに焦りを見せるセルケトは大きく息を吸い込み大量の毒ガスを放射した。またたく間に広がるそれはアンリもろとも凛まで飲み込む勢いであったが、アンリはふっ、っと大きく息を吐くと前方めがけて炎を撒き散らし、ガスはそれに引火して爆発を起こし消え去った。


「けほっけほっ……、ちいっ……!!」


「食らいなあッ!!」


 咳き込みながら悪態をつくセルケトめがけて黒いオーラをまとう槍が天から一直線に降り注ぐ。当然ながらそれを回避するため反応を見せたセルケトであるが、アンリがそれを阻もうとするのもまた当然のはずだ。

 凛の魔術はほぼ操作が効かないようで大きく動かれれば当てることは難しいだろう。しかしアンリは体勢を低くし両腕を翼のように後方で上げたような体勢のまま動かない。


「妨害にこない……? どういうつもりか知らないけどとりあえず避けるしか……」


 セルケトはちらりと彼女の方に視線をやったが、動こうとしないその意図をはかることはできずとりあえず迫る槍の一撃を回避すべく跳躍してその場を後方へと離れる。と、その瞬間アンリが動きを見せた。

 ジェット噴射の勢いを載せ一気にセルケトの横へ、さらにもう一度発射し後方へ回る。


「邪魔するなんて面倒よ、叩き込んでやればいいんでしょ?」


「しまっ……」


 そして放たれた強烈な爆撃を伴う右フックはセルケトを見事に凛の攻撃の射程内へと叩き込んだ。

 アスファルトを砕く轟音が響き土煙が舞い上がる中、それを凝視する二人の表情が僅かに曇る。土煙の中から何かが飛んでくるのを見て、凛は咄嗟に飛びのき地面を転がるようにして着地した。後方で街路樹に突き刺さったそれを見てポツリとこぼす。


「毒針、か? ……、ダメージはあるようだがどうやら……、やる気にさせちまったみてえだな」


「ふくくくく……、あはははは!! やるじゃないか人間!! そうこれだよこれ、はるばるこんな世界まで来たかいがあるってもんだねェ!!」


「随分豹変してんな……、つーか毒使いってのはどいつもこいつも戦闘狂ばっかだな」


 緊張したように無理した笑顔で頭をかく凛の視線の先には、ほのかに緑色をしたゲル状の物をまとい四つん這いになるような体勢を取ったセルケトの姿。外殻がところどころ大きく欠けており、左腹部には大きく貫かれた跡がある。

 人間であれば行動不能になりうる程の重症であるが、アンリ同様やはりアニマである以上耐久力は人間の常識の外であるようだ。

 弾力のあるゲルは所々で外殻と同じ材質らしきものを骨のように組み込んで大蠍のような形状を模している。


「ここまでやるのはメジェド様がマキナ様に喧嘩売った時以来だよ……。 さあ、存分に楽しませてもらおうか!!」


 さらに頭を低くするようにして尻尾をもたげると、セルケトはその先端から銃弾のように毒を何発も射出した。しかしそれはなぜか先程手痛い攻撃を仕掛けてきた凛ではなくアンリへと向けられていた。

 毒の効き目の薄いアンリは腕で体を庇うようにしてしのごうとするも、それはとても迂闊な行動であった。そもそも毒が効かないなどということはセルケトも承知の上での行動である以上、無駄な行動をする意味はない。アンリの腕や体に当たったそれはシュワシュワと小さく泡立ちながら彼女の全身に激痛を与えた。


「ぐっ、あああぁっ!? これは……、強酸!?」


「あははっ、毒だけじゃない、あらゆる汚染物質、化学物質と呼ばれるものが僕の力さ!! 正確には取り込んだ毒などを体内で生成する能力だ。 機械魔一族からは貴重なサンプルをたくさん頂いて感謝しているよ!! あそこは人間界で言う工業地帯みたいなものだからね、僕の望む力をいくらでも垂れ流している……っ!!」


 言いながらセルケトは体を取り囲むゲル一旦脱ぎ捨てて右腕の先へ集約、ムチのように伸ばして激痛に呻くアンリを強烈に打ち据える。

 身動きがとれない彼女を助けるため凛は剣に魔力をまとわせアンリをかばうように立つとムチをことごとく切り払っていった。


「見事な剣さばきだ、だけどこれはかばいきれないだろう!? それとも抱えて逃げるかな!?」


 再びゲルをまとったセルケトは尻尾の部分を少し伸ばして地面に突き刺す。凛は足元が変色しながら泡を立てるのを見て一瞬で判断をする。


「ちっ、女一人ぐらいなんとかなるだろ……、って」


 ふらつくアンリを抱えようとするが、半人半機の彼女は思った以上に重かった。


「重いぞお前!? 普段何食ってんだ!?」


「うるさいわね!! いいから早く……、あなただけでも!!」


「っ……、指図すんな……っ!!」


 凛はすぐにアンリを抱えての回避が不可能だと判断すると彼女を力の限り蹴り飛ばした。大きく吹き飛んだアンリは吹き上がる強酸の柱を完全に逃れられた様子であるが、アンリを蹴ったあと不安定な体勢のままだった凛は避けきれずに右ふくらはぎよりも先を侵食されてしまったようで、その部分が紫色に変色してしまっている。


「あなた、足が……!!」


「んな事言ってる暇あるか!! 痛みは切ってる、気にせず行くぞッ!!」


「くっ……、わかってるわよ……っ!!」


 アンリは酸による傷の痛みをこらえ再びジェット噴射で急接近し殴りかかる。しかしセルケトはゲルを盾状に前方に集め、アンリの攻撃の威力を吸収するように受け止め距離を取らせない。時間稼ぎを主な目的としていたアンリにとってゼロ距離で受け止められたのは思わぬ痛手だ。

 セルケトはすぐさま大きく息を吸い、霧状のものをアンリへと吹きかけた。


「痛っ!! 強酸の……、霧っ!?」


 襲い来る激痛にアンリが距離をとった瞬間に次は凛に狙いをすませると、セルケトは再度蠍型を取って尾先から毒の弾を連射する。痛みを遮断している凛にとってそれを凌ぐことはそう難しくはない。剣で器用に弾き飛ばしていくのだが、痛覚遮断は限界がいつ来るのかを見誤るという危険性も孕んでいた。

 毒弾を弾き飛ばしているさなか、凛は突然右足の感覚が全てなくなりがくん、と体勢を崩してしまった。

 そしてそのまま無数の弾に打ち据えられた凛は全身を蝕まれ立つことすらできなくなってしまった。

 アンリにセルケトの装甲を破る攻撃手段がない以上、凛の再起不能は敗北を意味する。


「勝負アリ……、かな。 大丈夫、君のことは殺さないようメジェド様に言われている。 君は、ね」


 セルケトの言葉は暗に凛の命の保証ができないことを匂わせている。アンリは小さなため息の後、何か腹をくくったように頷き小さな声でつぶやいた。


「……、あなた。 私がどうして弱体化してしまっているのかがわかる?」


 唐突な問いかけに、セルケトは半笑いするように軽い口調で答える。


「何をいまさら。 空間術師に付けられた傷のせいだろう? まあそれがなければこんな結果にならずに済んだのかもしれないけど、今そんなこと言ったところで何の意味も……」


「間違ってはいない、でもそれじゃ正解はあげられないわね」


「……、何?」


 訝しげに少し構えるようにして聞き返すセルケトだが、アンリはそれに答える前に胸の前で右手を握り魔力と熱気を吹き上げた。今の彼女からはありえないその威圧感と力に、セルケトは困惑したように一歩下がる。そしてアンリの口から先程の問いに対する答えが発せられる。


「私の弱体化は『魔力で命をつないでいるから』、よ。 それを止めればどうなると思う……?」


「まさか……!? 馬鹿がっ、ここで死ぬつもりかっ!?」


「もって一分……、いや、四十五秒。 こんな危険な賭けガラじゃないけど……」


「命までは取らないと言っているんだぞ!?」


「そうね。 でもあんたに負けるってのが……、シャクなのよ!!」


 そう言って腕を振ると、黒い魔力で満たされていた部分が消失した。流石に足は立っていられなくなる為そのままだが、それ以外、顔や腹部のえぐられた部分は痛々しい傷跡がそのままになる。しかしそれと引き換えになくなっていた尻尾部分が蘇り、かつて浪たちと戦った時……、十柱第八位を継ぐにふさわしいと認められた彼女本来の力を取り戻す。

 しかしそれも数十秒の間のみの話、のんびりしている暇などない。すぐさま攻撃へとはいる。

 前方に展開した魔法陣を連打するように殴りつけ、無数の火球を飛ばし続ける。それはセルケトを包むゲルをみるみるうちに削り取るようにして蒸発させていった。


「なんて熱量だ……。 だがこの僕とて魔王の右腕、数十秒凌ぐ程度……!!」


 セルケトは少し焦りを見せながらも冷静さを失わない。ゲル部分を失いながらも、アンリの放つ火球は彼の外殻を突破するには至らない。

 そこでアンリは一度手を緩めると、上体を倒して尻尾をあげ、魔力を吸収し始める。一見すると彼女もまた蠍の体をなしているように見える。

 セルケトはその行動の意味を知っているため、素早く魔力を練り上げ強酸の霧をアンリの足元から吹き上げるが、彼女はそれを避けようともしない。


「短期戦と決めた以上、一撃の軽いあんたの攻撃なんか気にもならないわ……!!」


 全身を走るエネルギーラインは限界まで力を溜めてオレンジ色へと変わり、最大の一撃を放つ。右腕へすべてを収束させ、手のひらから超高エネルギーの熱線を発する。

 極太のそれがセルケトを飲み込むが、彼は次々と外殻が崩れて剥がれてゆく中、じわじわとアンリの方へと詰めていき、熱線の中を強引に突破して彼女を腕で思い切り弾き飛ばした。

 腹部に思い切り一撃を浴びたアンリは息も絶え絶えの様子で、それでも膝に手をついて必死に立ち上がる。


「ぜぇ、ぜぇっ……、はあっ」


「あははは、あんなこと言ってもやはり酸の侵食によるダメージは大きいだろう? もう三十秒は経ってる、諦めたほうがいいよ」


「あと十五秒も立っていられるつもり……? 私を、なめ……、るなあっ!!」


 叫ぶとともに突っ込むアンリをセルケトは強酸液を固めて作った剣で迎え撃つ。アンリは腕でそれを弾くたびに襲い来る激痛に耐え、左腕で大きく剣を弾くと同時に素早く右手を伸ばしセルケトの顔面を掴んだ。


「っ!? やっ、止せっ!! 僕の負けを認める!!」


「悪いわね、それじゃスッキリしないのよっ!!」


 そしてそのまま、相手の叫びを無視して手のひらに込めた魔力で爆破した。



 手を離し崩れ落ちた相手がしばらく動かないのを確認した後、アンリは再び傷の部分を魔力で補い深呼吸して息を整えた。


「悪い、けど……。 しばらく動けそうにもないわ……。 帰りはよろしく」


 フラフラと歩道の脇に移動して座り込んだ彼女はそのまま気を失ってしまったようだ。

 気を失う寸前に話しかけられた人物、かろうじて動けるようになった凛は、同じくらいふらついた足取りで彼女の脇に歩み寄るととなりに腰を下ろしてため息混じりに苦笑いでこぼす。


「ったく無茶しやがって、お前を運ぶの重いんだっつの。 ……、この分じゃほかもきついだろうが……、気ィ張れよお前ら……」


 ほかの仲間たちを気遣い、空にポツリとつぶやいた。

 手下其の壱終了です。

 こちらは奥の手を使って無理やり突破、というような形になってしまいましたね。

 次は翔馬とシロですが、こちらも少し波乱がある予定です。


 では、ありがとうございました。

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