意地と意地
チャイムの音が響いてから待つこと数十秒、一向にアンリが姿を見せる様子はない。彼女は今日流石に学校には来ていなかったようであるが、家にいるのは間違いないであろう。彼女が今いるであろう部屋の電気が、そこだけついているからだ。その部屋は、あの日彼女が引きこもっていたパソコン部屋だった。
凛が呆れた声でつぶやく。
「絶対ヘッドホンしてて聞こえてねえぞ。 新堂、携帯鳴らせ」
「そのほうが早いか……」
浪がスマホを手にコールをしていると、出るわけでもなく階段を駆け下りる音が聞こえてくる。そしてしばらく後、立て付けの悪いドアが二回ぐらい引っかかりながら開いた。
若干恥ずかしそうに顔を赤らめて、全身ジャージ姿のアンリが結んでもいないボサボサの髪で一同を出向えた。呆れ顔の浪はなんとなく察していたのかため息混じりに話す。
「……、そっちは演技じゃなくガチなのな。 あんな会話の後に一日中ゲーム三昧とは……」
「……、一日中じゃないわ。 寝落ちしてたもの。 電話で起きたわ」
「もっとひでえわ」
緊張感のない会話の後、二階に上がってしばらくアンリを待つ。流石にずぼらな彼女でもあの格好のままは恥ずかしいのか。彼女の裏の姿を知らなかった翔馬はぽかんとして若干呆れ気味である。
「史上最強のアニマ、その生活がこれ……、ニートじゃねーか」
「ブーメラン刺さってんぞギャンブル中毒男」
「お、俺はちゃんと働いてるっつの!!」
瞬時に飛んできた浪のツッコミに翔馬は若干たじろいで自信なさげに返した。
そんな会話をしていると、ボサボサの髪をとりあえずまとめて適当に選んだジーンズとパーカー姿のアンリが姿を現した。緊張感のない雰囲気だが彼女は早速、本題を切り出した。
「さて……、ここにその子を連れてきたということはつまり、覚悟ができたものだと捉えていいのかしら」
「いい訳無いだろ。 今日はお前を……、説得しに来たんだ」
真面目な顔で話す浪に、アンリはまたしても面倒そうな様子でため息をついた。
「時間の無駄だってなんでわからないのかしら。 それにあなたたちより私といたほうが彼女も安全よ。 何の問題があるって言うの?」
「シロは俺の妹だ。 ……、いや正確には……。 まあいいや。 とにかくそれを他人に任せっきりになんてできない」
「下らない意地ってわけね」
「お前だってそうだろ。 俺たちだって、イヤ、俺は邪魔になるかもしれないけど、翔馬や龍崎先輩だったら力になれるかも知れないだろ。 なんでそうも頑なに一緒に戦うのを拒むんだよ」
「死なれると困るって言ったはずよ」
アンリの反論に、浪はなおも食い下がる。
「でも、あいつら二人を一気に相手にしたらお前でもやばいんじゃないのか? お前がやられたらそれこそ俺らだけで魔王討伐なんてできっこない。 魔王はお前より強いんだろ?」
「……、いらないところで頭が回るのね。 そんなにその子と一緒にいることが大切?」
「……、シロのことは、正直お前と一緒にいたほうが安全だっていうのも少しわかる。 ……、でも」
浪の一言に、アンリもほかのメンツも意外そうな顔をした。
「だったらそれでいいじゃない。 何が不満なのよ」
「俺はもう一度……、あのアマデウスの女と一緒にいたやつと会って話がしたい。 あいつが何を考えているのか」
「……? どういうこと?」
「あいつは俺の……、よく知ってる奴なんだ」
唐突な一言に、一同が驚いた顔で浪を見た。雪菜が一同の気持ちを代弁し、浪に尋ねる。
「浪の知り合い……? あたしたち以外に友達いた事あったっけ?」
「お前な……。 友達、だなんてとても言えないよ。 あいつは……、憂だ。 相良憂」
雪菜もその名を忘れることはできなかったのか、驚愕のあまり言葉を失った。浪はとりあえず、わけのわからない様子のアンリと凛に軽く説明をした。翔馬も名前だけ聞いただけではわからないはずであるのだが、何故だか初めから分かっていたように、冷静な様子でそれを聞いている。
「聞いたことはあったが……、奴があの事件の……」
「なるほどね。 時間線消滅を利用して世間に復讐でもするつもりかしら」
とりあえず納得した様子の二人。雪菜はようやく落ち着いた様子で疑問をぶつけた。
「あの子、今までどうしていたんだろう……? 何で今になってこんなこと……。 それに時間線をどうにかって言うならシロちゃんに頼らなくても自分でやればよくない?」
「あいつが今まで何を、ってのは俺から説明するよ」
雪菜の問いかけに答えたのは、なぜか翔馬であった。全員が彼の方へと視線を向ける中、ゆっくりと口を開く。
「あいつは禁術、空間魔術の使い手で、あれだけのことを起こした為に今まで幽閉されていたんだ。 能力による事件は少年法は適用外だ。 あの暴走はいわば不可抗力でもあったけど、禁術はそれほどまでに危険視されていた。 空間魔術は異界との穴を広げかねないしな。 東京能犯者収容所の11番独房の奴がかなりやばいって話はSACSじゃ有名で誰でも知ってる」
「その話じゃ、相当厳重に管理されてたんじゃないのか? どうやって逃げたんだよ」
「乙部さんの予想では記憶操作のファクターで看守やら関係書の記憶を改ざんしたんだろうってさ。 あいつの記録はSACSのデータからほとんど完全に消されてるらしい」
浪の質問に翔馬は淡々と答える。翔馬が話し終えると浪は悔しそうに、そして若干悲しみの混じった表情でうつむき唇を噛んだ。
「この八年間、あいつはずっと一人で……」
「悪いのは……、誰なんだろうな。 ……、俺が説明できるのはここまでだ。 何でシロを狙ってるのかはわからない」
しばしの静寂のあと、アンリは厳しい顔で口を開いた。
「そういうことなら尚更、あなたたちには任せておけないわね。 敵に情けをかけかねないわ」
「そんなことはしない!! あいつを止めることが俺の役目だ……!!」
「言葉には責任が伴い、責任を果たすにはそれ相応の力が要る。 ……、あなたにそれがあるの?」
「今はないのかもしれない……。 それでもっ……!!」
「話にならないわね。 まあいいわ。 SEMMの上層部に交渉すればその子を私のもとに置くことも許可してもらえると思うし。 あなたたちがどう思っていようと私には関係ない」
「待てよ!! そんな勝手な……」
一方的に話を切り上げ立ち上がるアンリに、浪は食ってかかろうとするが……、
「昨日も言ったわ。 私を納得させたいのならそれだけのものを見せることよ。 そうね……、全員がかりでも、私に膝を付かせられたなら認めてあげる」
冷たい眼差しで言い放つアンリだが、翔馬が肩を軽く小突いてきたあと目で訴えるのを見て、浪は引くことなく強く頷いて言い返した。
「いいぜ……、やってやろうじゃねーか」
「ちょ、浪!? なに言ってんの!?」
雪菜が突然の発言にテンパっている。しかし彼女以外はシロも凛も、冷静だ。否、むしろ全員が冷静でいられなくなったと言えるだろうか。
「……、私があなたたちを傷つけられない、と思っているならやめたほうがいいわ」
「手加減されて勝っても意味なんかないだろ」
「……、わかったわ。 一度その身を持って思い知らなきゃわからないようね。 明後日の昼、落合公園大広場で待っているわ。 ……、せいぜい後悔しないことね」
圧倒的な威圧感を秘めた瞳で言い放つアンリに、雪菜以外の一同は冷静そうに見える様子で強く視線を返した。
説得に失敗した一同はそのまま自転車で彼女の家を後にすると、龍崎兄妹に連絡を取り支部にて落ち合うことに。顔を合わせるなり、空良の猛烈なマシンガントークが襲いかかった。
「ああーっ!! ようやく顔を見せましたねー!! みんなして私だけのけ者にして随分ハチャメチャしてくれたみたいですね? もうみなさんがいない時でもアニマは出るわ上級隊員の凰児と翔馬さんとくろりん先輩がいないからそれが全部私に来るわもう散々っていうか忙しくて死ぬかと思ったんですからねー!! 何で補助担当の私が剣振って前衛しなきゃならないんですかー!!」
「あはは、悪かったよ昂月……。 それでちょっと、二人に話があって……」
まだ若干不満な顔の空良と後ろの凰児が、不思議そうな様子で首をかしげた。
その後エントランスの丸テーブルのところで浪が状況を説明すると、凰児も空良も驚いたような様子で返す。
「俺が空良に捕まって怒られてるうちにそんなことになってたのか……」
「で、喧嘩売られてまんまと買っちゃったわけですねー」
空良の言葉に浪は若干肩をすくめている。
「まあそれは仕方ないとして、史上最強のアニマ、ね……。 恥ずかしながら俺はその時気を失ってて……。 翔馬は見た?」
「ああ。 俺はみんなとはちょっと離れたとこで隠れてたけど、正直……。 SEMM最強の折原支部長や本部長並だぞありゃ。 下手したらあの二人よりも……」
「そう、か……」
難しい顔で考え込む凰児。しばらくして、浪がゆっくり話し出す。
「……、あくまでこれは俺が言い出したことだから、先輩や昴月、それに他のみんなにも無理して戦って欲しいとは言わない。 でも……」
浪が言いかけている途中で、凰児と空良が少し呆れたように口を挟んだ。
「絶対予知で勝率ゼロパーセントだったのに比べればね。 あれだけ勝算の無い戦いやっておいてもう怖いものなんてないさ」
「相手は炎、つまりエネルギー系ファクターですよねー? 私無しで勝てるんですかぁ?」
頼もしい二人の言葉に、雪菜と凛も続く。
「こうなっちゃった以上仕方ないよね……。 あの炎じゃシールド役に立たないかもしれないけど、格闘戦の補助とかはできるよ!!」
「全員がかりでいいっつったのは奴だ。 情け容赦なく七人がかりでボコボコにすんぞ」
そして最後に、翔馬とシロが。
「俺はシロにずっと一緒にいるって、守るって約束したばっかだ。 つーかあん時は俺が言えって言ったようなもんだしな」
「ごめん……、また私のせいで……。 でも、すごく嬉しかった。 私もみんなと一緒にいたい。 だから、一緒に闘おう」
僅かに涙を浮かべて微笑むシロに、浪は優しく微笑み返した。
決意と結束を固める一同だがしかし、そこに聞き覚えのある声が響く。
「これはまた、とんでもないことをしようとしているようですね、皆さん」
乙部と三宮、そしてその隣には黒い眼帯で左目を隠したレミアの姿が。浪が彼女を気遣い声をかける。
「レミア!! お前、目は大丈夫なのか?」
「左目はもう見えません。 治癒能力にも限界があります。 欠損や跡の残るような傷は完全には治せない。 ……、左目を媒体にする未来予知ももう使えません」
「そう……、か」
二人の会話が終わったところで、乙部が続ける。
「彼女を相手に勝てると思いますか?」
「っ……。 でも、俺たちはシロを守りたいんです!! 他人に任せっきりなんて……!!」
「……、レミアさんからシロちゃんが何故力を使ってしまうのか、先ほど聞きました。 ……、私はもう、正直どうしたらいいのかわからない」
「どういうことっすか……?」
気を落とした様子の乙部に、浪が怪訝な様子で尋ねるも、答えたのはレミアの方だった。
「それについては私が……。 運命の子についてはもう聞いたのでしょう?」
「ん? ああ」
「彼女が力を使うのは、あなたがその戦いで死亡するからですよ」
突然の宣告に、浪を始め全員が言葉を失った。レミアは淡々と続ける。
「あなただけではない。 何人も仲間を失い、それに耐え切れずに彼女は時を渡ろうとする。 ……、仲間を想うがゆえに使ってしまうんです」
レミアの言葉に、乙部が息をひとつ吐いたあとさらに続ける。
「クレアもそれを知っていたでしょうね。 でも、私たちには知らせずにいた。 ためらってしまうことを知っていたから……。 彼女は世界を救うため、非情に徹していた。 ……、しかしそれを知った以上、私はあなたたちを戦わせることは……」
乙部の弱々しい言葉に対し、しかし浪は強気に返す。後ろに控える仲間たちも同じだ。
「未来はもう分からない。 元々は俺たちがこうして井上と戦うことはなかったはずだし、憂が行動を起こしたのも想定外だったはずだ。 こんな、悪いことばっかじゃないはずだろ……。 俺たちの手で、いい方向に変えることだってできる!! 今度こそっ……!!」
「浪、くん……」
「だからやらせてください!! レミアが運命の子から外れちまった時点で、俺たちは予言通りじゃダメなんだ。 その時までに、俺たちはもっと強くなる!! そのためにまず、ここを乗り越えなきゃならないんです!!」
「……、分かり、ました。 あなた達を信じましょう」
強い意志を秘める眼差しに、乙部は少し呆れたように微笑んで返した。
「そういうことでしたら秀さんの力を借りてはいかがです?」
「……、その人はレミアのそばにいてあげるべきだ。 巻き込むわけにはいかないっす」
浪の言葉に、三宮はハッとしたように驚いたあと、優しく微笑んだ。
「君は、優しいな。 そう……、だな。 君たちの力は私もよく理解している。 必ず勝つと信じているよ」
「私はもう、力になることはできません。 が、あの機神を完全に味方側に引き入れることができれば……。 この先バラバラのまま戦うよりもいい結果につながるはずです。 未来を変えるための第一歩……、信じて待っています」
レミアの言葉に、浪は力強く頷いた。
準備を整え覚悟を決めている間に、約束の日はすぐに訪れる。七人の到着を待つ灼鉄の機神。広大な公園の広場にひとりぽつんと佇む彼女の周りは、既にむせ返るような熱気に包まれていた。
史上最大のアニマとの死闘の時が近い。
乙部支部長ですが、実はそんなすごいキャラではないのはなんとなく感じているかもしれませんが……。頭良い以外はもともと巻き込まれただけのお人よしみたいな感じの人です。ひとつだけ秘密がありますが。
では、ありがとうございました。




