激闘の後に
激闘を終えた一同は調査に来た隊員に連れられ、そのままSEMM愛知支部へと移動することとなった。
細かい事情は上の人間しか知らされていないため不思議そうな様子で浪たちと、負傷するレミアたちを見る調査隊員の運転する車に乗り、久々、というわけでもないが一同は支部へと到着した。
日にちにすればほんの数日、しかし誰もがそれよりもはるかに長い時間を感じていた。
支部に到着するなり、負傷したものはすぐに医務室へと運ばれ、大きな傷のない浪とシロが先に乙部支部長のもとへと向かった。
静かに執務室のドアをノックすると、返事を待って二人は中へと入った。そこには乙部と、さらに先程まで敵であった手品師風の男の姿があった。
「なっ……!? なんでそいつがここに!?」
「落ち着いてください。 彼はもともと私の仲間です」
「……、またなんか隠してたわけっすか」
不満そうに言う浪だが、話の流れを切ることはしない。浪が要求せずとも自然と、乙部はその続きを話し出す。
「私はSEMMを立ち上げ魔王に対抗する術を、彼はレミアを育て時間消滅に対抗する準備を、それぞれクレアに託されていたのです」
「君たちには苦労をかけてしまったね。 自己紹介しておこう。 私は三宮秀。 レミアの父親であり、クレアの夫だ」
突然のカミングアウトにふたり揃って言葉も出ない様子だ。手品師風の男三宮は、いけないいけないといった様子で浪に説明をした。
「ああ、あの喋り方は仕事で手品をする時にしているものでなんとなく使っていただけなんだ。 いきなり雰囲気変わってしまってすまないね」
「いやいや、そっちじゃないっす!! あんたがレミアの父親!?」
「ああ、名前のことかい? 私が婿養子に入っているからってだけで別におかしくは……」
「違う違う!! なんかズレてんなこの人……」
浪が呆れ顔でそれ以上の追求を諦めると、乙部は最も重要な話題、今のシロに対する処遇について話し出す。
「さて、本題です。 シロちゃんについてのことですが……」
乙部の言葉に浪は緊張した面持ちで息を呑み、シロも不安そうな顔で彼の服の裾を握った。
「秀さんから聞いたところによると彼女が死んだ場合世界消滅が早まるそうですね……。 おそらくもう一人が死んでもらっては困ると思っているからでしょう」
「もう一人のやつがシロが死ぬ前に戻ろうとするからってことっすか?」
「そうです。 おそらくアマデウスの女がシロちゃんの記憶を消した張本人、シロちゃんに何か干渉しようとしているのは間違いないでしょう」
乙部の説明の途中だが、ふと疑問を持った浪は怪訝な顔で尋ねた。
「ファクターは一人ひとつじゃないんすか? 闇属性ホルダーに記憶操作ができるなんて聞いたことないっすけど」
「記憶操作は器の人間のファクター、闇魔術はサキエルの持つファクターなのです。 浪くんはエルと同じ雷魔術なのでひとつのファクターしか使えないように見えますが、あなたも二つの力を持っていてもおかしくはなかった訳です」
説明に納得した様子の浪を見て、乙部は本題についての説明を続ける。
「それでシロちゃんのことですが、しばらく様子見ということになりました。 監視は付けざるを得ないでしょうが……。 シロちゃんが魔術を使ってしまう状況についてはレミアが詳しい事を知っているはずですので、彼女待ちですね。 ……、それよりも問題はシロちゃんを狙う敵の存在ですか」
「あいつら、何者なんすか? あんなホルダーいたらもっと有名になってるはずっすよね」
「アマデウスの女はわかりません。 が、一緒にいた少年をあなたは知っているはずですよ……。 時間まで操れるとは予想外でしたが……、彼の力は『時空間魔術』という括りだったのでしょう」
乙部の言葉に難しい顔で考え込んでいる浪に、乙部がさらに情報を追加する。
「空間魔術を暴走させいくつもの命を巻き込んだ……、他ならぬあなたが覚えていないはずがありません」
「……、っ!? まさかあいつが……、憂……? 相良憂なんすか? 小学校の能力暴走事件の……!!」
浪が責任を感じ半分トラウマにさえなってしまっている事件、それを引き起こした少年。敵の因縁ある正体に信じられない様子で浪はつい額を抑えて軽くよろけてしまった。
しばし誰も口を開けず静寂が支配する中、ノックの音が鳴り響く。乙部が返事をすると、ドアが開きひとりの少女が姿をあらわす。乙部以外の人間が驚きで固まる中、乙部は軽く息を吐いて視線を向けた。
「はじめましてですね、灼鉄の機神殿」
「ふん。 余裕ぶって気に入らないわね」
執務室のソファに浪とシロ、向かいにアンリという形で座り、乙部は自分のデスクに座りその脇に三宮が立つ。そして浪がとりあえず、とエルを顕現させる。机の上に現れたエルは開口一番、嬉しそうな声でしゃべりだした。
「やー、三ちゃんひっさしぶりだねー!! 相変わらず馬鹿強だったね」
「そんなことはないさ。 君は相変わらず元気だな」
緊張した雰囲気をぶち壊す軽いノリに、浪とアンリは若干呆れ気味だ。
「コイツいなくても話進むんじゃない? しまいなさいようるさい」
「出さなきゃよかったか……?」
そんなことを言い出す二人にエルはビクっとすると急におとなしくなった。
とりあえずは、最も気になるところ、アンリが何者であるのか。そこからだ。
「灼鉄の機神やら何のことか説明してもらってもいいか? なんで人間のフリしてたのか……、そもそも空間の穴は一定以上の魔力のアニマは通れないんじゃなかったか?」
「そうなの?」
浪の言葉に不思議そうな顔のシロに対し、浪は簡単に説明した。
「アニマが穴を抜けるたびに広がっていくから、このままじゃそのうちやばいのが来る、とは言われてるけどな。 でも今はせいぜいエキドナ位のレベルまでのはずだ」
「へえ……」
とりあえずシロが納得すると、先ほどの浪の質問にアンリが答える。とりあえずは最後の質問からだ。
「あなたたち多分だけど、なんかイメージでアニマが数千年の時を生きる、みたいなのばっかりだと思ってない?」
「へ? まあそういうイメージはあるけど……」
「でしょうね。 アニマもだいたい二十年くらいで成熟するわよ、寿命は長いけど。 そして私はまだあなたたちと同い年」
「まじか……。 でもそれがなんか関係あんのか?」
「卵の状態でこっち来たのよ。 こっちで成長したの。 とある任務遂行のため、将来大きく成長の見込みのあるものを選別して仕える主に人間界に送り込まれたってわけ」
「お前の他にもいるのか?」
「他は卵が孵らなかったり人間相手に暴れて主に処分されたり……、残りは私だけ。 私の任務は単純よ。 私の主は例の魔王と敵対する勢力のトップなの」
アンリの言葉を全員、たまに驚き混じりで大人しく聞いている。
「私の任務は人間と協力して魔王を倒すこと、私の主はそれで異界の権限の全てを得ようって魂胆。 わかりやすいものでしょ?」
「だからSEMMはお前に手を出さなかったのか……」
「そういうこと。 買い物行く時私を指名したって事はミカエルも知っていたんでしょうね」
腕を組んで言うアンリに、エルは苦笑いでごまかそうとした。
「人間のフリしていたのはその時までおとなしくしていろと言われているから。 これで十分かしら」
「まあ……。 なんとなくわかったよ。 学校来てたのは?」
「やることないから、様子見でアマデウスの監視でも、と思って」
聞きたいことにはとりあえず答えてもらい、一通りの疑問は解消した。あとはどうでもいいことを聞いてみる。
「その、灼鉄のって中二っぽい名前は……」
「う、うっさいわね!! 周りが勝手につけたのよ!!」
「アニマだったら本当の名前があるのか?」
「……、井上でいいわよ」
「いや、なんか気になってさ」
何故かかたくなにアニマ名を名乗らないアンリだったが、横からエルが口を出す。
「拝火教の疫病を振りまく悪神、アンリマンユが彼女の正体だよー」
「拝火教の、アンリ……、そのまんますぎるだろ!? もうちょっとひねれよ……、雪菜並みのネーミングセンスだな」
浪の呆れたような声に、アンリは顔を真っ赤にして反論した。
「違っ、ただの偶然よっ!! 戸籍乗っ取った相手が偶然この名前だっただけよ!!」
「コイツ……、今さらりと恐ろしいこと言ったよな?」
とんでもない暴露に若干引き気味の浪だがアンリはそれ以上突っ込ませないようにか、話題を切り替えた。
「そんなことよりも、今日は伝えることがあるからここに来たのよ。 こんな話はほんのついでだわ」
「伝える、こと?」
アンリは一拍置いたあと、きっぱりと言い放つ。
「その子、シロさんは私が預かるわ。 あなたたちじゃ奴らとはまともに戦えない。 落ち着くまで大人しく引っ込んでなさい」
「なっ……!? 突然何言い出すんだよ!? 一緒に戦うんじゃないのかよ!?」
「それは魔王との話。 あなたたちが予言の子である以上そのうちもっとましにはなるのでしょうけど、今はただの足でまとい。 一緒にいられても邪魔なだけだわ。 しばらく彼女には近づかないで」
しかしアンリのきつい言葉にも、浪は引きさがらない。
「俺らがどうなろうとお前には関係ないだろ……!!」
「あなたたちには魔王出現まで生きていてもらわなきゃ困るの。 どうしてもっていうなら……、私を納得させられるだけのものを見せることね」
立ち上がりそう言いながら威圧的に見下ろすアンリはほのかに熱気と殺気を発し、浪はつい気圧されて軽く身を引いてしまう。そこにすかさず、乙部が仲裁に入った。
「そこまでです。 お互いの利害が一致している以上、ある程度は友好的な関係でいていただきたいものですね」
「はっ……、友好的? 笑わせないで、人間と仲良くするつもりなんかないわ」
乙部の仲裁にもしかし、アンリはやはり刺々しい態度を崩さない。重い雰囲気の執務室だが、さらにそれは収まることを知らない。扉が開く音が聞こえ、一同が目を向けると怪我の治療を済ませた雪菜、凛、翔馬の姿が。
「アンリちゃん……、あたしたちを心配してくれてたのも、助けてくれたことも全部、演技だったの……?」
悲しそうにつぶやく雪菜の言葉に、アンリはため息をついて吐き捨てる。
「当たり前でしょ。 友達だとか仲間だとか、私にはそんなもの必要ない。 私に与えられた任務の役に立つかどうか、興味があるのはそれだけ」
冷たく言い放つアンリに、雪菜は言葉を失う。凛が若干イラつきながら低い声で話す。
「とんだクソ野郎だったわけだ……。 てめえと仲良しこよしなんざこっちから願い下げだぜ」
「ふん……。 好きにすればいいわ。 ……、今日はもう疲れた。 またすぐ会う事になるわ。 それまでに別れを済ませておくことね」
「あん? どういう意味だ」
凛の問いには答えずアンリはそのまま歩き出すと、雪菜たちの横を通り抜けて帰っていった。
とりあえず状況がわからない為翔馬が説明を求め、軽く説明を受けた。浪はあえてか、少年、憂の事は話さないでいた。
「シロから、離れろだと……?」
「俺たちに死んでもらうと困るから、だってよ。 勝手なことばっか言いやがって……」
悔しそうな顔でつぶやく浪。言い返せないだけの力の差があることが誰の目にも明らかであるからこそ、他のメンツも何も言えないでいた。
「とりあえずこの件に関してはすぐにどうこう言うことはできません。 それよりもとりあえず私と秀さんから皆さんに、言わなければいけないことがあります……」
又しても不穏に言い放つ乙部に一同息を呑むが、彼の口から出た言葉は一同の予想するものとはまるで違った。
「本当に……、申し訳ありません。 苦しい思いをさせた結果がこのザマだ。 皆さんが必死の抵抗で時間を稼いでいなかったら、取り返しのつかないことになっていた……」
「私からも謝ろう。 カレイドまで使ってどれだけ辛い目に合わせたか……。 時間消滅を防ぐためと思ってやってきたはずが、何もかも裏目だったようだね……」
深々と頭を下げる二人に、浪は若干焦ったように返す。
「そんなの、結果論すよ。 結果的にいい方向に転んだだけで……。 結局俺たちは何も変えられなかった。 ……、ただ偶然変わっただけなんだ」
言葉を続けるうちにだんだんと弱々しくなっていった彼の声に、その場にいる全員が思わず俯いた。
その空気を変えようとしてか、翔馬が思い出したように言う。
「そういえば、魔王と戦う運命の子ってやつ、まだ教えられないん? なんかもう大体察しはつくんだけど……」
少し考えるような素振りを見せたあと、乙部はゆっくり話し出す。
「そう、ですね。 隠す必要もない。 いや、世界のため戦って欲しいと頼む時点で隠し事などできるはずもない。 まあ大体分かっていると思いますが、天使王ミカエルのアマデウスである浪くん、私が直接戦いを教えている翔馬くん、凰児くん、空良さんは入ります」
「そのメンツに俺が入ってていいのかって思っちまうな……。 あと二人……、か」
なんとなくわかってはいたものの自信なさげな様子の浪。運命の子は六人、と聞いたが、あと一人を凛は既に予測していたようである。
「あとはレミア、だな。 あいつが入らねえはずはない」
「やはりあなたは勘が鋭いですねえ。 そのとおり。 絶対予知の司令塔の元アマデウス率いる五人の戦士が魔王を討つ。 それがクレアの示した道です」
乙部の言葉に一同納得の表情であるが、最後の一人が考えても思い浮かばない。雪菜がない頭をフル回転させて考えている。
「うーん……、最後の一人は誰だろ。 あっ、あれでしょ、これから仲間になる人で翔馬さんみたいに転勤してくるとか!!」
「最後の一人はあなたですよ、氷室さん」
雪菜の言葉をサラッと流し、乙部はいとも軽く明かした。軽くフリーズしたあと、雪菜は困惑しながら詰め寄った。
「えぇっ!? あたっ、あたしですかぁ!? 絶対役に立ちませんよ!?」
「あなたは守りの要なんですよ。 成長すれば凰児くん並みの水準で、さらに複数の離れた場所にいる仲間を同時に守ることができる。 あなたの持つファクターは実はかなりレベルの高いものなんですよ」
「おおっ、あたしって天才だったんだ!!」
すぐさま調子に乗る雪菜を浪と凛は若干呆れて見ていた。
その後、とりあえず日もだいぶ落ちてきたため一度解散することとなり、一同は支部の前でだべっている。ふと、雪菜が思い出したように声を上げた。
「ああっ!! そういえばみんな自転車アンリちゃんのウチに置きっぱなしだ!!」
「マジかよ……。 支部からじゃ歩きで学校行くのは厳しいぞ……。 悪いけど明日は休むわ」
「凛ちゃんいつも支部泊まってるんだっけ。 今日うち泊まりなよ」
「いや、おばさんに会うのハズいからパスしとくわ……」
「今の凛ちゃんがキレッキレなのはお母さんもうとっくに知ってるよ」
「誰がキレッキレだ……。 うーん、じゃあひさびさに邪魔させてもらうか……」
そんな会話をしているうちに、翔馬が車を支部の玄関先まで持ってきた。浪とシロは車の前まで行き、二人に挨拶をする。
「二人共、私のためにいろいろしてくれて、ほんとにありがとう」
「じゃあ、また明日な」
雪菜たちは手を振り返し彼らを見送ると、緋砂を待って帰路に着いた。
次の日、翔馬に送ってもらい学校に着いた一同は教室で礼央の歓迎を受けることとなる。
「おおー、みんな無事だったんだ!! よかったよかった。 僕は部外者だし詳しい話聞けなくて心配してたんだよね。 とりあえず話せないこともあるだろうけど、問題は解決した?」
「それは……」
歯切れの悪い浪の返事に、一同苦笑いだ。礼央もなんとなく空気を察したのか、ひとまず話を切り上げた。
授業を受け、薫にも軽く状況を話したあと、翔馬に迎えに来てもらい自転車を取りに行くことになっているようだ。しかし昨日のこともあり、なんだか全員落ち着かない。
「大丈夫かな? いきなりシロちゃん取られたりしない?」
「取られるってなんだよ……。 わかってもらえるまで粘る。 あいつは俺たちを傷つけるわけには行かないようだし……」
「なんとか、なるよね……。 よし、行こっか……」
そして礼央とひとまず別れると、井上宅へと向かう。駐車場などないので川沿いのガードレール横に停めざるを得ないが、車体が馬鹿でかいのですごく邪魔くさい。駐禁を取られないか心配で仕方ない翔馬をよそに玄関先まで向かうと、先頭の浪は緊張した面持ちでチャイムを鳴らした。
説明回になってしまいましたかね……?
とりあえずはひと段落、次はわからず屋さんのアンリを如何に納得させるかという感じでしょうか。
ちなみに拝火教の悪神が神聖な炎を扱うのに違和感があるかもですが、アニマは実は神話の神々とは全く別ものです。アニマという魔物たちが何者でどうして侵略してくるのかは多分相当先になってしまいます……。
では、ありがとうございました。




