繰り返す環、最後の一巡
駒木山公園にて激戦が繰り広げられる中、愛知市部長乙部栄一郎は難しい顔で執務室のパソコンのキーボードを叩いている。しばらくモニターを睨んだ後、大きくため息をついて疲れたような表情で背もたれにもたれかかった。
「はあー……。 やはり11番に関する資料はほとんど無いか……。 シロちゃんの記憶を消したというホルダー……、その人物が手引きしたのか……」
乙部がつぶやき考え込んでいると、執務室の扉が叩かれる。続いてすみません、と女性の声がした。入るよう促すと、女性は苦い顔で扉を開いた。
「悪いね支部長……。 一人でいるとどうにも落ち着かなくてさ」
「緋砂さん。 お気になさらず……。 私でよければお話し相手になりますよ」
「ああ、特に話したいことがあるわけでもないんだ。 ただ、あの子らが心配で……」
「そうでしょうね……。 予知が正しければ大事に至らず終わるはずですし、シロちゃんの出現以降にレミアが読んだ未来が変わるはずはないのですが……、それが揺らいだ以上心配なのは分かりますよ。 翔馬くんがあっち側へ付いたというのも完全に予想外でしたしね」
「あなたもいろいろ大変だね。 本当はあの子達の味方になってあげたいだろう」
「どう、でしょうね……」
緋砂の言葉に乙部はうつむきポツリとこぼす。しばしの静寂が流れる中突然、執務室のドアを叩く音が響き、なにか叫んだあと返事を待たずに男性隊員が入ってきた。
「何事ですか? そんなに慌てて」
「それが、また魔力反応が出たようで……、前回の反応より大きめの」
「なんですって……!? とりあえず場所は前と変わらないのですか?」
「はい。 駒木山北西の……」
男が状況を説明している最中、次は大きくサイレンが鳴り響いた。その場にいる三人が眉をひそめ、乙部がつぶやく。
「一体何ですか次から次へと……。 このタイミングでアニマ反応とは……」
間が悪い、と面倒そうにため息をつく乙部はサイレンの後に続いた言葉に耳を疑うこととなる。
『春日ヶ丘市楠木周辺にて強大な外敵反応、特殊緊急事態宣言の発令許可のため、乙部支部長並びに幹部役員は大会議室へと願います!! 繰り返します……』
突然のアナウンスに、青ざめた顔の乙部は搾り出すように声を発した。
「特殊緊急事態……、危険度SSランクのアニマ……!? いや、彼女以外にありえない……。 しかしまだ貴女の出番ではないはずでしょう……、『灼鉄の機神』……!!」
意味ありげにつぶやいた彼に、男性隊員は訳が分からずぽかんと、緋砂は訝しげに視線を送った。
次々と引き起こされる不測事態、その全ては今壮絶な戦いの繰り広げられる場所へと収束していく。
その戦場では今、五連星が一人服部翔馬が因縁ある宿敵との決着を付けようとしている。
対するはSACSの隊員を幾度となく屠ってきた能力犯罪者カレイド=フォーゼス。一度喰らえば勝敗の決しかねない彼の力に、翔馬はいつになく慎重であった。
「焦りは禁物だ……、ジリジリと詰める……!!」
軽く息を吐くと、目にも止まらぬ速さで距離を詰める。対しカレイドが放射状に毒煙を発生させると翔馬は煙が届かぬ程度に跳び上がり、上空より衝撃波を四発飛ばし斬りかかった。カレイドは槍の真ん中あたりを持ってひねるようにして一発ずつ受け流し、毒の魔力で作った槍を翔馬めがけて次々投げつける。
そのまま上空で手に魔力を集め槍を弾くと、翔馬はくるくると回りながら華麗に着地した。しかしその刹那、着地地点から毒煙が上がる。
「はっ……!! あのタイミングでも避けるか……。 やるじゃねェか、なあァッ!!」
手応えがないのがわかるのか、カレイドが言いながら身を翻し槍を振るうと、回避後後ろから回って攻撃を加えてきた翔馬のナイフと打ち合いになる。槍とナイフ、そして体格差もあることから翔馬は大きく弾き飛ばされ、体のバネを使ってストン、と着地した。
「速さ自体は追えるもんじゃねェにしろ、軌道自体は直線的で読みやすいもんだなァ」
「なかなか隙を見せてくれねーな……。 もっと攻めるしかないか……、ふう。 喜べよ、ここまでマジでやるのはなかなか珍しいんだぜ」
そう言ってぱしんっと手を叩くと、魔力を練り始める。とはいえカレイドがみすみすそれを見逃すはずもなく、すぐさま彼の足元から毒煙を吹き上げると、翔馬は一気にカレイド向けてダッシュし回避した。さらに毒の槍で追撃をかけると、翔馬は足に魔力を集中させさらに速度を上げる。一気にカレイドを追い越したかと思うと、その脇腹に小さく傷を刻んでいた。
「ちっ、あの程度か……!! 油断してたと思ったんだが……」
「危ねェ危ねェ……、今までスピード落としてやがったなァ……?」
「だが見切れてねーなら別にいいか、もういっぺんいや、何度でもかますまでだ!!」
そう言って再度姿を消すと、カレイドの右後方より斬りかかる。これを槍で受けたカレイドだったが、次の瞬間すぐさま左上方よりの斬撃を受け顔をかばった腕を浅く裂かれる。さらに右後方、左前方……、一秒に三発ほどの猛スピードで続けざまに繰り出される攻撃に全身を切り刻まれる。
しかし彼はなぜか、まともに防御してはいなかった。翔馬の攻撃が威嚇のような意味合いのものだと分かっていたからだ。いくつものフェイントに織り交ぜられる必殺の一撃、その一瞬こそが最大の隙になる。だからこそ彼は、耐えながらその一瞬を待っていた。
「これで、終わりだ……。 これでっ……!!」
翔馬が意を決しついに勝負の決まる一瞬が訪れる。左後方からの攻撃、接近するさなかカレイドの口元が僅かに緩んだ。
金属音が響き、翔馬が振り返り槍を振ったカレイドの後方へと着地する。
「クハハ……、食らっちまったぜ、痛ェ痛ェ」
「……、っ!? くっそ……!!」
カレイドの胸から脇にかけては、そこそこに大きな傷が刻まれている。しかし彼は余裕の表情で笑みを浮かべ、一方の翔馬は冷や汗を垂らし焦っているような様子だ。
「手応えがあったぜェ……。 槍にも毒を仕込んである、些細な傷だろうと侵食はあっという間だァ」
翔馬が左前腕部を抑える手を離すと、僅かに血が滴っている。その瞬間、翔馬は強烈なめまいに襲われるようにふらつき、地に手を付いた。
「ちく、しょう……。 俺は、負けるわけには……、行かねーんだよっ!!」
再び接近し斬りかかる翔馬を、カレイドは余裕の表情で受け流す。さらに毒霧を発生させ距離を取らせると、意地の悪そうな笑みを浮かべて言う。
「クハっ、こうなった以上逆転はねェ。 なァ、今どんな気分だァ? 憎い仇に負けて、みすみすヤられる気分はよォ?」
「許さないっ、お前だけは俺が……。 はあっ、はあっ……。 絶対にみんなの仇をっ……!!」
そう言いながら立とうとするが、膝がガクガクと震えままならない。その様子を見てカレイドは残念そうに小さくため息をついた。
「夢の時間はあっという間だァ。 楽しかったぜ、服部翔馬」
「くそっ……!! 畜生、動け……!! 動けよっ!!」
涙を浮かべ必死にもがく翔馬に、カレイドは無慈悲に歩み寄る。ついに突っ伏したままほとんど動けなくなった彼に槍を向けると、
「さよなら、だ」
そう言って槍を振り上げた。カレイドは、翔馬の口が僅かににやけているのに気付くことができなかった。ふわりと風が吹いたと思ったその瞬間、翔馬は一瞬で立ち上がりカレイドの脇腹を切りつけそのまま背後へと抜けた。その一撃は先程よりもさらに深い傷を刻み、誰の目にも明らかに勝敗を決する。
信じられない、といった様子で傷口を押さえ振り返るカレイドに、翔馬はついに我慢できずに大爆笑しながら煽りまくった。
「だははははは!! ねえ今どんな気持ち? 勝ち確ひっくり返されてどんな気持ちよ!? ああ、これあれだわ、今年の主演男優賞は俺に決定だな!! 見たっしょあの演技力、マジうける」
とても腹の立つ顔でこちらを指さしながら腹を抱えて大爆笑する翔馬に、カレイドは若干イラっとしながらも説明を求める。
「どうなってやがる……!? 確かにあの時手応えが……」
「コモンファクターで固形化した魔力で受けて当たったと錯覚させたんだよ。 傷はあらかじめ自分でつけといた。 ……、お前は俺より強いよ。 だからこそ、俺がまともな方法で戦わない可能性を考えておくべきだったな」
すました顔でピッとナイフを向ける翔馬にうつむいてふう、とため息をつくとカレイドは一転、真剣な表情になって口を開いた。
「心理的戦術も実力のうち、油断した時点で俺の負けだったってわけだ。 ……、この傷じゃほっといても失血死、仇は討てるだろう……。 だから、最後に一ついいか」
「……、わかってるよ。 このまま時間稼ぐような真似はしねえ。 この手できっちり幕を引いてやる。 それが俺の義務だ」
「クハハ……。 そうかい」
そう言ったあとしばらくにらみ合い、張り詰めた空気が流れる。そして翔馬が足に力を込めた瞬間、カレイドが槍を構えた。
勝負は一瞬、翔馬が距離を詰めカレイドも大きく踏み込んで槍を振るう。大きく金属音が響きいたあと、そのまますれ違うような形になり背を向けて立つ二人。
翔馬の右腕から血しぶきが上がり、翔馬とカレイドが互いにニヤリと微笑んだ。
「冥土の土産には、なったか?」
「ハッ……、最期を飾るにふさわしい、いい一撃、だったぜ」
翔馬がナイフを収めると、カレイドの体から大きく血しぶきが上がり、崩れ落ちたまま動かなくなった。
「あー、もう動けねー……。 俺の仕事はここまでだ。 ……、シロを頼むぜ」
大の字になって倒れ込んだ翔馬は、眠るように目を閉じた。
そしてほかの面々が激闘ほ繰り広げていたさなか、未来予知のために一方的になるのではと予想される重要な三人の戦いも、意外なことに白熱を極めていた。
浪の雷剣を同じく剣によって迎え撃つレミア。激しい打ち合いのさなか背後からの気配を感じバックステップして浪から距離をとり、殴りかかってきたシロのジャブを剣で流す。しかし彼女の腕力に大きくよろけ、その隙を浪がさらに襲う。レミアは剣を地面に突き立て体を支えると的確に浪の剣を握る拳を蹴り上げ、直ぐに剣を抜いて彼に向かって振り抜く。体を反らしてなんとか浅く胸を裂かれるのみに抑えた浪はそのまま距離をとり、シロがコモンファクターを前方広範囲に放つ。レミアはすぐさまシロの方へ駆け出しており、彼女の後ろへ回って攻撃を避けた。そのまま回転するように剣を振ると、シロの振った拳と激突し弾き飛ばされた。
「くっ……。 なぜ上手く行かないっ……!?」
「焦ってるな。 俺たちがどう動くかわかっていたとして、それをどうにかできるかは結局お前の動き次第だ。 そんなコンディションじゃ分かっていても防げないんだろ」
「心配ご無用、最後は私の勝ちで終わりです……!!」
そう言うとレミアは、距離を詰めるシロを再び迎撃する。重いワンツーを剣の根元あたりで受け、体を引いて威力を殺しながらなんとか凌ぎ、剣を地面に突き刺すとシロのストレートを右前腕部で受け流し喉元にフックを叩き込む。
急所への一撃によろけて咳き込むシロに、レミアはすぐさま突き立ててあった剣を抜き斬りかかる。入れ替わるように浪がシロの肩を引き前に出て庇うと雷剣で受け、レミアの剣を大きく弾く。そして浪は、まるで剣道の試合のようにまっすぐ敵を見据え構えた。
「アニマ相手してるより、案外この型が通用する人間相手の方が得意だったりしてな」
「貴方の腕に関しては高く評価しています。 しかしそれはあくまで読み合いが通用する勝負の範疇での話。 私相手に正面から正々堂々というのは悪手ですよ……ッ!!」
ジリジリと距離を詰める浪に話していたレミアはある程度まで来たところで一気に踏み込んだ。その全く同じ瞬間に浪も踏み込み互いの剣が交わり合う。面を打つように振った浪の剣を顔の前あたりで横に構え受けたレミア。さらに左、右と横から二発の斬撃を繰り出す浪の剣を受けたあと、バックステップしながら剣を投げつけた。突然の予想外な行動に焦りながらもそれを的確に弾き落とす浪だったが、レミアはすぐさま距離を詰めて浪の懐へと入り込んでいた。そのまま掌底が顎へと叩き込まれる。しゃがんだような状態から全身の力を載せ一気に放たれたそれは、二人の体格差を考えても十分な威力だ。
浪はつい飛びそうになる意識を必死に保ちなんとか踏みとどまる。しかしレミアは更に彼に向かって廻し蹴りを繰り出す。まだ体勢を立て直していない浪は避けることができないだろう。
そこにすぐさまシロが割って入り、腕をクロスさせ受け止める。その後腕を大きく振ってレミアの足を弾くとそのまま体勢を崩した彼女へ向かって魔力を放った。
一瞬だったためあまり大きな威力は出せなかったのか、レミアは腕で体をかばったのみであったが、大きなダメージはない様子であった。
「もう、行動予測もうまくできないんでしょ。 呼吸も乱れてる」
「私の勝利は決まっている……!! 変わるはずがないんです……。 変えることが出来るのは未来を知る者のみ……!!」
ふらつきながらレミアの言葉を聞いていた浪の様子が、一拍置いたあと急に変わった。はっとした様子で何かを思い出す。そう、今まで未来を変えるため力を尽くしてくれた仲間たちの言葉を。
《話を聞いてる感じ、時間線とやらの上で起こる事柄は基本的に毎回同じなんだと思うわ。 未来を知っている誰かが干渉しない限りは》
《エキドナん時シロが未来を思い出したらしいな。 龍崎たちの助けが間に合わずにあたしが相打ちで死ぬって。 その記憶があるってことはつまり、そこでシロが思い出さなきゃ死んでたってことだ》
頭をよぎったのは、アンリと、そして凛の言葉。なにか重要なことに気付いた浪は搾り出すように声を漏らした。
「そう、そうだ……、あったじゃねーか……。 レミア以外の人間の手で変わった未来が……。 それにクレアさんとレミア、未来予知なんて力を持った規格外のホルダーが二人もいるなら……。 なんでそんな単純なことに気づかなかったんだ……っ!? それなら全部つじつまが合う……、未来を変えて翔馬があの時来たことも……!!」
浪の言葉に訝しげな表情を作ると、レミアは彼の言葉の真意を確かめる。
「どういう、ことですか? あの時予知を覆し彼が現れた理由が分かると?」
「あいつはなんて言ってた? なんであそこに来たか聞いてたろ」
「確か魔力反応の調査任務に向かう途中だったと……」
二人の会話を、シロが不思議そうな顔で聞いている。
「そうだ。 そして、お前も知ってるはずだ。 黒峰はシロが転移をしてきたことで助かった。 だからあいつが運命の子に入ってないんだろ? もともと既に死んでるはずだったから……」
「そうですね。 母のファクターはあくまで目的を達成するためのもの。 それが最も正しい選択であるかは別です。 いたほうがいいのでしょうが、彼女がいなくても魔王を倒すことはできた、ということでしょう。 それが何か?」
「まだわからねーか? 時間転移能力者がこの世界に現れたとき未来が変わる、そして翔馬はシロの時と似たような魔力反応を調査しに行く途中であそこを通った……」
「っ……!? まさか!?」
浪が最後の答えを言う前に、レミアはその答えを悟っていた。
「そう、もうひとりいるんだ。 時間転移能力者が。 そしてそいつがあの時この世界に現れたからこそ、未来が変わった」
衝撃の内容に、レミアもシロも言葉を失っている。彼の言うことが正しいかどうかなど、レミア自身が一番良く理解している。しかし浪にはそれよりも重要な話があった。
「そこでお前に聞きたい。 俺はどうしてもシロが力を使うなんて思えない。 その破滅は、本当にシロの手で起こるものなのか?」
「……、そのもうひとりが来る前から、彼女の手による破滅は決まっていました。 使ってしまう理由もわかっています。 だからこそ、避けられないということも……」
「そんな……」
絶望的な表情で肩を落とす浪だったがしかし、レミアは小さく首を振って話し続ける。
「しかし、未来が変わった以上改めて視ておく必要があるのかもしれません。 人一人の命を左右するというのに、自分の命を削るのが惜しいなどとは言えません」
「レミア、お前……」
「変わっていると、希望を持たないでください。 あくまで確認に過ぎないのですから……。 では」
言うとレミアは両手を前にかざし魔力を集中させる。魔力は彼女の左目へと収束し、紋章が浮かび上がる。左目を媒体とし発動するファクターなのだろう。
「未来を演算……、現在のあらゆる要素より『新堂ハクが生存した場合』及び『死亡した場合』の未来を計算……、一致率100パーセント……、っ!?」
突如レミアの魔力が霧散したかと思うと、よろけるように後ろへ下がった。冷や汗を垂らしその顔は真っ青だ。彼女の想定外の結果となったならば喜ぶべきなのかもしれないが、浪はただならぬ彼女の様子に不安な表情で恐る恐る尋ねた。
「一体どうしたってんだ……? 未来が変わったのか?」
「嘘……、うそだ……。 彼女が死んだ場合……、明日、この世界が消える……」
頭を抱え震えながら絞り出した彼女の言葉に、浪とシロは驚愕のあまり固まってわけのわからないといった様子で愕然としている。しかしその理由を聞く間もなく異変が起こる。レミアの周囲には、いつの間にやらふわふわと何か、黒い羽のようなものが舞っていた。彼女がそれに気づき顔を向けた瞬間、それは小さな爆発を起こし彼女の左目を奪った。
「っうあっ!? 何がっ!?」
左目を抑えよろけるレミアを見て状況を把握したシロは猛ダッシュで駆け寄り彼女を抱いてその場を離脱させた。その瞬間、舞っていた無数の羽が突如爆発を起こした。その魔力を察してか、エルが叫ぶ。
『浪、あそこだ!!あの木の陰!!』
「ちっ、よくわかんねーが……っ!!」
以前状況は飲み込めないままだが、浪はとりあえず言われるがまま十数m先の木の陰に向けて雷を落とした。するとその瞬間、何か黒いものが高速で移動するのが見えた。それはそのまま浪の方へと突っ込んできて、剣で受けた彼をはじき飛ばすと浪とシロの位置と三角形になるような位置取りで停止し、その姿を現す。
布切れをまとい仮面を付け正体は分からないが、人間、それも体つきからして大人の女性のようだ。しかしその背中には大きな、黒い翼を持っている。彼女が大きく翼を広げると、とてつもない衝撃が円周状に発生し、三人は飛ばされないよう立っているのがやっとの状態だ。
そして女性が手をかざすと、空に紋章が浮かび黒い光の柱が何本も周囲に発生する。範囲はどうやら浪を中心とされているようだ。彼は咄嗟に光の柱からできるだけ離れた位置へと走った。翼の女性がかざした手を握ると、上空より強大な魔力波が降り注ぎ、柱の立っていた場所で次々と大爆発を起こした。その規模はまるで凛の全力と同じくらいであったが、彼女は凛のように時間をかけて魔力を練っていた訳でもない。
「化物かよ……。 勝てるわけねーぞこんな奴……っ!!」
焦る浪であったが、頭の中のエルの様子がおかしい。魔力が乱れ始めているようで、浪もそれを感じ取った。
『馬鹿な……。 今の魔力は……、どうしてあの子が……!?』
「エル……?」
『あの女……、天使サキエルのアマデウスだよ!! こんな状態で戦っていい相手じゃない……っ!!』
エルの言葉は色々と予想外であった。そもそも自分以外にアマデウスがいたのかということに、更にそれが敵に回っているということ。
「どういうことだよ!? お前の一族は俺らの味方じゃないのか!?」
『わからない……。 でもとにかく、あいつはサキエルの力を余裕で90パーセント以上引き出してる!! 一人二人で相手するなんて自殺行為だ!!』
「だからって逃がしてもくれなさそうだぜ……。 みんなも……、戦えそうには」
そうこうしていると、戦いの後意識のあった雪菜と凛が駆け寄ってきた。
「ちょっと、一体何がどうなってんの!?」
「知らねーよ、急に新しい敵ができた……。 行けるか……?」
「それは……」
雪菜も凛も格上の相手に満身創痍で勝利をもぎ取った為、もうすっかり力が残っていない。しかし敵は無慈悲にも魔力を高め始める。
先ほどの一撃からどうあがいても防げないのは分かっている。しかし何もしないわけにも行かず、浪は決死の覚悟で前に出た。しかしその時、どこからともなく聞いたことのあるような叫び声が聞こえてきた。
「邪魔よ、下がってなさい!!」
その声の主がわからぬうちに敵が無数のレーザーを発する。それはまっすぐ浪たちの方へ放たれたが、その間に突如円形の魔法陣が展開され進路を塞いだ。魔法陣がレーザーを受け止めた際、そこからは強烈な熱気が放たれ一同は思わず顔を覆った。
そして次の瞬間、敵の頭上に魔力が集まり、直径10m程の、超高熱の炎柱が上がった。先程よりもさらに強く吹きつける熱気に、クラクラとめまいさえしてくる。しかし熱気の中心より現れた敵は羽で体を覆い、魔力に守られノーダメージだ。
「次から次へと一体何だってんだ!? 今の炎のファクター……、あの黒いやつの魔力よりさらに強かったぞ……!?」
もはや次元の違う魔力のぶつかり合いに焦りと驚きを隠せない様子の凛だったが、ほか三人の様子がおかしいことに気づき前を見た。浪と雪菜、シロの目線の先。敵との間には、見覚えのある少女の背中がひとつ。
浪が信じられない、といった様子でその名をつぶやく。
「井上、お前……、なんで……!?」
「……」
今までの戦いを密かにサポートしてくれていた隣のクラスの転校生。無能力であると話していたはずの彼女は、強大な魔力と灼熱の炎をまとい、彼の言葉には答えず小さく、そして疲れてうんざりしたように息を吐いた。
逃亡編これにて終了です。回収された伏線の補足等はおいおいしていきます。
未来がかわったのが時間転移能力者が転移してきた時のみ、ということに気づいて頂ければあとはまあわざとらしい魔力反応なんかがあったので。
レミアは誰かが時間転移してこない限り絶対予知で展開が縛られたり矛盾だらけになるので退場はやむなしです。
ここから第二章、といったところでしょうか。お付き合いいただければ幸いです。
では、ありがとうございました。




