決するとき
広大な芝生広場はよく整備されており、晴天の下に気持ちいい風が吹き抜け草の匂いが微かに香る。
普段は家族連れで賑わっているのだろう。しかし今そこで行われているのは、世界中の未来を左右しかねない戦いである。しかし、それを知る者は少ない。
カレイドがニヤリと微笑み手を上へかざすと、浪たちの頭上から緑がかった刃が降り注ぐ。雪菜が上部にシールドを展開しそれを防いだその瞬間、翔馬が一気に敵のど真ん中へと単騎で突っ込んでいった。
「いい具合に散ってもらおうか!!」
以前のようにレミアに予測され反撃を貰わないよう、直前で大きく跳び、上空から強大な風圧を地面にいる彼女たちめがけてたたきつけると、アレクと呼ばれていた大男以外はこらえきれず円周上に吹き飛ばされた。間髪入れずに、それぞれが担当する敵の方へと急ぐ。
凛がアレク、雪菜と浪で手品師、翔馬とシロがカレイド、そして凰児がレミアの足を止めるという作戦だ。
しかしどんな作戦であろうと相手には全て筒抜けである。
浪たちが動き出した瞬間、手品師が流動化すると素早く先頭の浪を追い越し、一番足が遅いため後ろに居た雪菜へと飛びかかる。
そして一同がそちらに気を取られた隙に、カレイドは再び魔力を貯め一同の中心あたりで毒煙を爆発させた。まともに食らうものはいなかったが、散り散りになってしまった彼らに敵は間髪入れず襲いかかる。
毒煙が晴れた瞬間気配を感じ飛び退いた凰児の立っていた場所に、アレクの鉄拳が炸裂する。前回と同じカードとなってしまった。
手品師の襲撃を受けた雪菜も同じだが、彼女は一度敗北している以上一対一はまずいだろうと、凛がそちらへ合流しているようだ。
翔馬は因縁ある相手と予定通り当たることができたものの、シロの合流は厳しそうである。
シロとともにレミアと対峙する浪は、予定が狂っているにも関わらず冷静に焦ることなく、しかし少し疲れたようにため息を吐いた。
「やっぱり思い通りには行くわけねーか。 まぁでもわかってたことだ……、やるしかないよな……!!」
「冷静ですね。 淡い希望を持たせてしまったこと、申し訳なく思います。 ですが、一度きりです……!! 次はもうない……!!」
自分へと言い聞かせるようにつぶやく彼女は、まだ冷静にはなりきれていないようだ。
前回最も善戦していた凰児であったが、今回はそうそう上手く行っていない様子であった。広場に一本ポツリと生える木の近くで、体格のいい男同士が殴り合っている。
いや、殴り合いといえるものではないか、状況はかなり一方的だ。腕を構え前腕部でアレクの猛攻を凌ぐ凰児だが、最強クラスの攻撃系肉体強化を持つ相手に対し、彼はほぼ防御能力しかない。大きなダメージはないものの、圧倒的な腕力の差に受けるたび体勢を崩されてしまう。普段の彼であれば別に防御の構えを取る必要などないはずであるが……、
「相変わらず硬いねえ!! それじゃいっちょ、ギアを上げるとするかねえっ!!」
アレクが言って気合を込めると、凰児は彼にさらなる威圧感と危機感を感じた。そのまま踏み込み放たれた一撃は、凰児のガードしている腕を上方へ大きく崩した。さらにアレクが踏み込む。
「しまっ……!?」
気合とともに放たれた右ストレートが凰児の腹部へと直撃し、彼は大きく吹き飛ばされてしまった。さらに、そのダメージもなかなかだ。彼でなかったら即死級の一撃であっただろう。咳き込んだ後、凰児は苦しそうに顔を上げた。
「今まで手を抜いてたのか……っ」
「そういうわけじゃあないさ。 ただ、今まではのんびり凌いでいればよかったけど、今回はそうもいかないってだけさ。 できれば他に手を貸してやりたいからねえ」
「くっ……、このままじゃまずい……。 防御能力に関しては生身同然のようだけど、攻撃できる隙がない……」
「悪いが……、このまま一気に畳み掛けるぜ!!」
そう言って再び距離を詰めるアレクに、凰児はまた防御に回るしかなかった。しかし、こうしていても状況は変わらないのはわかりきっている。ワンツーパンチを弾いたあと次に繰り出されたストレートを横にずれて腕で流し、なんとか懐に入り込むことに成功した。そのまま顎に左アッパーを入れられたアレクは若干よろけるように後ろに三歩下がり、凰児はここぞとばかりに再び距離を詰める。しかしアレクは不敵に微笑むと勢いよく蹴りを繰り出し、凰児は咄嗟にガードしたものの、鈍い音が響き激痛に顔を歪めた。
「今の感触、腕が逝っちまったようだな。 治せるとは聞いてるが、そうすると弱体化するんだろう? 勝負ありだな、兄ちゃん」
「まだだ……、後輩の前でカッコ悪いところ見せてられないんだよ……」
「恥ずかしいことじゃないさ、相性が悪かったと思って諦めな。 接近戦で俺に勝てる奴はそうはいやしねえ」
「いないわけじゃないんだろう……」
「強情だねえ……。 あまりのんびりしてるわけにも行かないんでね……、終わりにしようか!!」
凰児はまだ腕の治療をしていない。あれでは受けることはできないだろう。そう判断したアレクがみぞおちめがけて飛びかかりながらスピードを乗せて一撃を放つ。このままではこれで終わりだろう。凰児が取れる手段は二つ、一つは腕を治癒させ受けること。しかしそうすると基礎防御が下がりジリ貧だ。もう一つは……。
ニヤリと微笑むと、凰児は一歩踏み込みながら迫り来る拳めがけて頭を突き出した。アレクの拳を額にまともに受けながら、しかしダメージを受けたのは凰児の方ではなかった。
「ぐあっ!? なんだ、この硬さはっ!?」
「一度に全魔力をかければこれくらいはっ!!」
防御ブースト、消費魔力に応じてさらなる防御力を得られるそれは、それ以降大きく能力の下がる諸刃の剣。ただでさえ危険な賭けであるが、すべての魔力を一度の防御に全て使い、何があろうと絶対に防げる状況を、絶対の隙を生み出す一瞬を作り出した。拳を砕かれよろけるアレクに一気に踏み込み、渾身の一撃をこめかみめがけて打ち出す。
地面に倒れ込んだアレクは、気を失ったまま立ち上がることはなかった。
「はあっ、はあっ……。 半日はタダの一般人同然だな……。 あとは任せたよ、みんな……っ」
満身創痍でなんとか勝利を得た凰児は、木に寄りかかって座ると、そのまま気を失った。
一方ほかでは依然激戦が続いている。雪菜と凛が挑むは未来予知能力者一行で一番の難敵と思われる相手。
前回雪菜を相手に奥の手を使って一気に攻め落とした手品師だが、今回は二人を相手取っているためか慎重だ。右腕を剣のように変形させ、さながらフェンシングのような剣さばきで攻める手品師に、雪菜は両手に盾を形成して守りに徹している。しばらく打ち合いが続いた後、後ろで魔力を練っていた凛が叫ぶと、魔力を一気に放つ。
「雪菜!! シールドで遮断してこっちに来させんな!! 吹っ飛ばすぜ、うおおおぉぉアッ!!」
雪菜が横6m、高さ3m程のシールドを前方に展開すると、手品師の居た場所に黒い点がジジジッ、と小さな音を立てながら出現し、次の瞬間一気に膨れ上がって大爆発を起こした。シールドが耐えられるかもかなりギリギリな高エネルギーは、敵の魔力を大きく削ぐことができるだろう。しかし爆煙が晴れ始めた瞬間、はるか上空より黒い槍が雪菜に向かって落ちてきた。間一髪で避けると、地面に突き刺さったそれはギュルルっとうねりながら高速回転して雪菜を吹き飛ばし、人の形となった。
人の姿に戻った男は、息ひとつ切らしていない。
「これで何度目でしょうね? フフフ……。 もうそろそろ当てないとそちらの魔力が先に切れてしまいそうですが?」
「ちっ、今のでも当たらねえか……。 流動化するまでも一瞬で、流動化してからのスピードはとても追えるもんじゃねえ……。 どうすりゃ……」
「あたしが突破されない限りはなんとかなるはずだよ。 諦めないんだから!!」
そう言って引き締まった表情になり構える雪菜に不敵に微笑んだ手品師は、右手を鞭のように変形させると彼女へ向かって距離を詰める。再び盾を組んだ雪菜は真後ろの凛に小声で伝える。
「逃げられないように大きめの完全包囲を使って閉じ込める。 ビットが少し足りない気もするけど……、何とかするから」
その言葉に凛が小さく頷くと、雪菜は手品師の振るうムチを盾で受け止める。しかし二、三度受けた時、ふと足へ違和感を感じた。そして、ムチを振るう敵の左腕にも。服の下にあるはずの腕は見当たらず、袖がひらひらと揺れている。違和感の正体に気づいたその瞬間、雪菜は足に激痛を感じた。
「っ痛あっ!? 腕を分離して落としておいたのっ!?」
巻き付き締め上げるそれに、彼女の足からは鈍い音が響いた。がくん、と体勢を崩した彼女に、凶刃が迫る。後ろの凛は咄嗟に、彼女の肩を引っ張ってかばい、前へと出てしまった。打ち据えるムチが彼女の身体を裂く。痛みをこらえ前方の手品師めがけ衝撃波を放ち敵が距離を取ると、雪菜は膝をつく凛の身体を案じ、痛む足にも構わずにその肩を支えた。
「凛ちゃん大丈夫!?」
「なんとか、な……、だがこれじゃあ……」
凛は舌打ちをしながら苦い顔で敵を睨んだ。手品師は彼女の視線に帽子を深くかぶり直し目を隠すと、静かにこぼす。
「もうその状態ではまともに戦えないでしょう。 諦めなさい。 あなたたちがおとなしくしていれば私もこれ以上手を出さない」
「……、気絶させるなりしたほうがいいと思うぜ。 てめえが何もしないってんならありがたく、カレイドかそこらをこっから狙い撃ちさせてもらうわ」
「ふう……。 残念です」
そうポツリとつぶやくとゆらりと揺らめく手品師を見て、凛は最後の賭けに出る。雪菜とともに。
「雪菜、勝つ方法が一個だけある。 いいか……」
「……、は!? そんなことできるの!?」
「魔術研究の理論的には可能らしい。 あたしとお前でできなきゃ誰に出来るんだ。 ……、ぶっつけ本番の一発勝負だ」
「ううっ……、わかったよぅ……」
フラフラになりながらも立ち上がり、なぜか手をつないで魔力を高める二人に手品師が流動化した状態で飛びかかる。腕をナイフのように鋭く変形させ迫り来る彼が目前に迫ったその刹那、二人は繋いだ手を前に突き出し二人一緒に叫んだ。
「行くよ……、シールド!!」
「形成ッ!!」
凛と雪菜が手をかざした瞬間、盾が出現し手品師の体を弾く。しかし現れたソレは、いつもの透き通る氷の盾とは明らかに違った。弾かれた手品師は全身を襲う衝撃と痛み、そして魔力が奪われるのを感じた。
「黒い氷の……、盾!? まさか二人の魔力を混ぜ合わせて……!?」
「雪菜のファクターはお前に当てられる。 あたしのファクターはお前の魔力を削れる。 これなら……っ!!」
手品師を取り囲むようにさらに無数のビットを追加し、攻撃用へと形を変える。
「二人の力を合わせて……!!」
「これで、終わりだあぁァァッ!!」
全方位から嵐のように襲い来る無数のビットをよけられるはずもない。
刃の嵐は音を立てて中心にいる敵へと押し寄せ地面までも削った。
攻撃が終わった後、完全に流動化が解けた手品師は一人立ち尽くし、がくりと片膝をついた。意識はあるようだが、その魔力は完全に尽きていた。
「まさか、あんなことができるホルダーがいるとは……、完全に私の負けですね……。 いやはや、やってくれる……」
「安心しな。 あたしらもすっからかんだ。 あとは、あいつら次第……、か」
ペタン、と地面に座り込んだ雪菜が、祈るような表情でつぶやいた。
「浪、シロちゃん……。 負けないで……!!」
激闘も佳境、残るは因縁の相手と戦う翔馬、そして決められた運命に抗う二人である。




