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吸血鬼と精神病の彼女  作者: 飛鳥
吸血鬼と少女は、かくして苦悩を抱え込む
7/7

過去の光

 最近、学校での清掃ボランティアで、大学の教授である菅原先生から、話しかけられる頻度が増えた気がする。今日もまた、文芸部室近くの廊下で捕まってしまった。


「それで、君はただの善意でボランティアをしているという事で、間違いはないのだね?」


「はぁ……まぁ、そうですけど」


 しかも、話しかけてくる内容は決まって、俺自身の性格だったり物の見方だったりと、少し気味の悪い質問ばかりだった。


「うん、君には"素質"があるね」


 話もあらかた終わったかと思い、掃除に戻ろうとした時、菅原先生はからからと笑いながらそう言った。


「あ、いや、今は気にしなくていいよ。それより、掃除を頑張ることだね」


 言い残し、菅原は薄気味悪い笑顔のまま、廊下を進んでいった。


 鼻に障るやつだとは思っていたが、まさかここまでとは……。菅原先生などと、呼ぶのも憂鬱になる。せめて考えるときくらいは呼び捨てで呼ぶか、などと考えていると、文芸部室の扉がガラッと開き、中から大柄な黒木先生が現れた。


「ふぅ、やっといきましたか」


 夏が来たというのに、出会った当初から変わらない黒いスーツに身を包んで、菅原が去ったことに対して、小さくため息を付いていた。


「どうしたんです?」


 さっきから扉越しに、黒木先生がこちらを見ていることには気づいていたが、やはり、何かしらの用事があるのだろうか?


「いや、ちょっとしたことを小耳にはさんでね……どうだい? ちょっと世間話でも」


 そう言って、蒸し暑い廊下から、空調のきいた文芸部室への誘いを受ける。が


「いえ、まだ掃除するところが残っているので」


 ただでさえ菅原のせいで時間をロスしているのだ。これ以上無駄話につきあう時間はない。


 清掃用具の入ったバケツを手に持ち、踵を返すと、そそくさと歩いていく……はずだった。


「日野光」


 黒木先生の口から放たれた言葉は、鉄塊で頭を殴られたかのような衝撃をもたらした。


  なぜ、彼女の名を先生が……それも、俺に……。



「彼女についての話なんだ……君、日野光の家に通ってるらしいじゃないか」


 ゆっくり、しかし頭は濁流の如く早く回転させ、振り返る。


「少しばかり暗い話になるだろうけど、来てくれるかい?」


 振り返って見た黒木先生の表情は、菅原の笑い顔などとは違い、灯の消えた夜の海の様な、悲しい表情をしていた。


「ええ、構いませんよ」


 緊張で息が詰まりそうになるのを我慢して、文芸部室へと入って行った。








 初めて入る文芸部室は、そこかしこに詩や絵などが飾られており、白い壁にそれらが並ぶ姿は、壁そのものに、文字や絵が浮かんでいる様にも見えた。


 ここは丁度三つある校舎のうちの真ん中にあるため、太陽の光が遮断され、薄暗い空気に満ちている。授業時間なので、当然生徒はいない……というか、机の上に置かれているペンケースや紙束などからは、人が最近使った跡が見当たらない。唯一あるとしたら、部屋の隅に数台置かれているパソコンくらいだろうか。


「まぁ、座って」


 普通の教室に置かれている机を二つ並べて、その上にシートが引いてある。黒木先生はその向かい側にあるこれまた教室に置かれている椅子に座り、俺も声と共に腰かけた。


「……何から話せばいいのか……それより、君は何を知っていて何を知らないのか……とりあえず、君はこの時間、文芸部室の清掃ボランティアをしていた、ということにしよう」


 同時に、深いため息をつく。前から黒木先生は文芸部の顧問だと聞いていたが、この寂びれた教室に、他の誰かが出入りすることはあったのだろうか?


「先生、俺は一応、日野光の一番に近い理解者であると自負しています」


 本当は一番の理解者と言いたかったのだが、それは傲慢な気がして、言葉を濁した。しかし、そんな言葉でも、黒木先生は助かったとでも言わんばかりに表情を明るくし、言葉を続けた。


「彼女と仲良くなれる人は少ない。本来なら疑いたくなる言葉だが、今はその小さな奇跡を信じよう」


 そして、ふぅっ、と息を吐き出すと、こちらをしっかり見据えて、話し出した。


「知っているとは思うが、彼女は今、引きこもってしまっている」


 確認の意味合いも兼ねているのだろうか、一つ一つ丁寧に、光について言葉を紡いでいる。


「原因は……おそらく虐めだ。すまない、私も当時、何とかしようとはしたんだが……虐めは止まることなく、彼女を傷つけ、引きこもりにしてしまった……」


 光が、壊れそうになりながらも話してくれた事を思い出す。どうやら、今の所知っている事は同じなようだ。


「教師一人が動いても、虐めとは無くならないものなんですか?」


 よく聞く虐めの話では、教師が全く動かないケースが多い。しかし、今回は黒木先生が奮闘したというのに、なくならなかった。


 何か、裏があるような、そんな気がする。しかし、深く考え込む前に、返事が投げかけられる。


「すまない……私の力不足だ。しかし、我ながら哀れだ……顧問を務める部活の、部長を守ることが出来ないだなんて」


「光が部長だって!?」


 その返事には、驚かずにはいられない単語が混じっていた。俺は驚きのあまり、身を乗り出して聞き返してしまう。


「あ、ああ彼女は文芸部の部長だった」


 こちらのあまりにも大きな驚きに度肝を抜かれたのか、らしくない声が帰ってくる。


 あの光が文芸部の部長だというのか? それより、あの光が部活動に入っていたこと自体が驚きだ。


「彼女は、この学校で唯一、自作の小説で賞をもらっているからね、部員のみんなからもあこがれの的だったよ」


 そういえば確かに、賞を貰っているとか聞いた覚えがある。だとすると、光は元からあんなに浮き沈みが激しい性格ではなく、時たま見せる、あの高飛車な態度が光の性格なのかもしれない。


「え、えーと、光は部の中ではどんな奴でしたか?」


 さっきはつい勢いで「光」と呼んでしまったので、そのまま話を進めることにした。


「とても、社交性あふれる博識な子だったよ。大人に対してもしっかり意見が出来て、テストの点数もよかったから、将来がとても楽しみな子だったんだけどね……」


 柄にもなく、物寂しい声で語られる過去の光は、まさしく、今の光から気持ちの浮き沈みを無くしたかのような人物像だった。


「詳しく、もっとたくさんの事を聞かせてください」


 今日の清掃ボランティアは、おそらくやる暇がないだろう。なにせ、ここで聞ける話と現実を照らし合わせれば、引きこもりを打開する策が出てくるかもしれないからだ。

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