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吸血鬼と精神病の彼女  作者: 飛鳥
吸血鬼と少女は、かくして苦悩を抱え込む
6/7

吸血鬼の苦悩

起承転結の承がスタートです。

 事実は小説より奇なり、とどこかの人間が言ったらしいが、それはすばらしく的を射ていると思う。考えてみれば、小説なんてものは事実と事実を混ぜ合わせて作り上げたようなものだから、奇抜な小説が増えているという人間社会は、そんな『奇』にあふれているのかもしれない。


「そうじゃなきゃ、ありえないだろ」


 神社のお掃除ボランティアとして、月に何度か顔を出しているお寺で、七月の青々とした落ち葉を、箒で隅によせていきながら、そんなことを考えていた。


 事実、俺の最近の事象は"奇抜"だ。俺という存在が、奇妙な転がり方で二転三転し、ありったけの偶然や運を拾い集め、そこにちょっと自分らしい唯一の物である"吸血鬼の力"を加えることで、あたかも、そうなることが必然であったかのように、とある精神病の少女と出会い、その少女と友達になり、少女が自らの過去によって壊れるという最悪の事態を収束に導いた。


 そしてこの前、精神病の少女と、吸血鬼である俺との、"奇妙な関係"は、かくして、再び始まろうとしていた。


「それじゃおじいさん、暑いですけどお元気で」


 神主さんに掃除が終わった旨を伝えると、上がってスイカでも食ってけと言われてしまう。普段のボランティアなら断るところだが、ここの神主さんは強情なので、いつも断れきれない。結局、今回も比較的新しい大きなお寺の境内で、スイカをかじることになったのである。


 ひんやりした境内では、七月の後半の熱気はあまり感じられない。吸血鬼としても、やはりあの夏日は厳しいものがあるので、一休みにはもってこいだ。


「わけぇのにこんな爺しかいない寺を掃除するなんざ、お前さんも物好きだねぇ」


 ふと顔を見上げると、お経を読むときの無駄に長い衣装に身を包んだ神主さんが、コップを片手に近づいてきていた。


「ほれ、冷やした麦茶だ」


「どうも」


 甘いものはあまり好きではないので、残ったスイカを一気に食べると、味わうことなく、麦茶で流し込んだ。


「ふぅ……それにしても、このお寺新しいですね」


 境内を素人目で見渡してみても、まだ作られて日が浅い事が分かる。


「なんだ、おめぇこの町の奴じゃねぇのか」


「ええ、まぁ……」


 もしこれで『どこ住だい?』なんて聞かれたら、適当な地名を言うしかない。なにせ、それを答える場合、母が戻ってくるであろう家を答えることになるからだ。


 簡単に聞こえるかもしれないが、そこは日本の中でも飛びぬけた金持ちしか住むことのできない住宅街にあるので、今まで善意で行っていたボランティアが、ただの金持ちの道楽と受け止められてしまいかねないからだ。


 それが嫌だから、俺は各地の安アパートを借りて、転々としているのだ。


「ま、どこに住んでいようが構わねェけどよ……今日は、来てねェみたいだな」


 心配が杞憂に住んでよかったと胸を撫で下ろしているとき、神主さんはふとつぶやいた。


「誰かをお探しで?」


 だとしたら、世のため人のため、神主さんのため、その人を探してきましょうと言おうとしたら


「いや、なんでもねぇよ……忘れな」


 なにやらわけありの様で、その含む言いようにも疑問を覚えたが、"あいつ"以外の人間には深入りはしないと、先日決めたのである。


「それでは、スイカも食べ終わったところで、本日のボランティアは終了とします!」


「おう、また暇なときにでも来い」







 ここにくるのも、流石に半月以上通っていれば、なれる物である。始めは威圧感を感じていた黒い扉も、今や当たり前の存在と化していた。


「入りますよ」


 そう言うと、先日もらったこの家の鍵を使い、扉を開ける。この家に住む二人の住人からは、鍵を受け取るだけの信頼を得たようだ。


「梅さんは留守か……」


 この家の主、須藤梅こと梅さんは、ここのところ外出が多い。本人は運動だのボケ防止だの言っているが、あきらかに長い時間外に出過ぎなので、注意しておこう。


 そんなことよりも、今は目の前に広がる、変化した現実に注意を注ぐべきだった。


「あら、ごきげんよう」


 そういう声の主は、黒く長い髪を纏め、無地のエプロンと三角巾という、少し前までなら考えられないような姿でキッチンの方から現れ、なにやらプレートを持って、こちらに近づいてくる。


 とりあえずは浮かんできた疑問を、目の前にいるこの、日野光に聞いてみよう。


「……なにやってんだ?」


 とはいうものの、口から出てくるのはそんなありきたりな言葉だけである。しかし、光は得意げに鼻をフフンと鳴らすと、プレートの上から一枚の良くできたクッキーを取り上げた。


「クッキーを焼いてみたの。どうやら、私には料理の才能もあったみたいね」



 手に取ったクッキーをそのまま頬張り、またも得意げに笑うと、こちらにプレートを差し出してきた。


「あなたのために焼いたようなものだから、好きに食べて頂戴」


 いつぞやの壊れそうで儚い雰囲気はどこへやら。目の前にいる光は、自信に満ち溢れ、高飛車な雰囲気を漂わせている。


 まぁそれも、悪くはないのだが。


「とりあえず、部屋に上がらせてもらうよ」


 ここ数日で光はよく変わったな、とか、本当に浮き沈みが激しいものだなと、何度目かわからないが面食らいつつ、いつもの部屋へと入っていくのであった。





 光の焼いたクッキーを二人で食べながら、話をする。始めた頃はなかなか会話が続かなかったり、光が落ち込んで話自体が持ち越しになったりと、色々あったが、この前光の感情をほとんど受け止めた時から、光自身も少しだが変わり、たくさんの事を話すようになった。


 経済の事、小説の事、それから梅さんや、俺のこと。毎度会うたびに、何かしらの会話のネタがあり、光も落ち込みづらくなったので、今ではこの会話は、ボランティアよりも楽しみにあふれているともいえた。


「どうして俺の為にクッキーを?」


 そして今日もまた、何気ない一言から、二人の時間は始まるのだ。





「そういえば……」


 この家に来てから一時間ほど過ぎた頃、パソコンに向かって小説のネタを考えていた光が、前触れもなく"気になってしまう話"を繰り出してきた。


「吸血鬼って、聞いたことある?」


 思わず咥えていたクッキーを落としそうになる。吸血鬼? なんで突然そんな話を?


「ま、まぁ名前くらいは」


 なんとか平静を保ったつもりだが、光の洞察力には敵わない。ジロッと睨みつけられるが、話を元に戻すことにした。


「ええと、吸血鬼ね……存在するっていう噂だけど、本当かな?」


 まだこちらの反応に納得してないようだったが、別に欺いたりはしてないことが分かったのか、パソコンを持ち上げて、こちらに画面を見せてきた。

 

「それがね、本当に存在するらしいのよ」


 画面には、どこかの国の写真付きの記事が映っていた。そこには、『またも吸血鬼!? 血を抜かれた遺体が山奥から発見される』という、なんともチープな文面が並んでいた。


「いやいや、こんなのオカルトマニアを引き寄せるためのねつ造だって」


 画面を見ながら、そうであってくれと願う。自分も人間なら、おもしろそうだとか、怖いだとか感じるのだろうが、吸血鬼の身としては冷や汗ものだった。


「そうかしら? 事実、似たような事件が世界で頻繁に起こっているそうよ」


 確かに、よく見ると関連記事の中には、血を抜かれた遺体の話がずらっと並んでいた。


 その中のいくつかはただの猟奇殺人の類だろう……だが、これだけあるという事は、世界のどこかに、血に飢えた同族がいるという事を、認めざるを得ない。


「……私も、吸血鬼になれたらな……」


 久しぶりに聞く、光の落ち込んだ声。それはどこか、夢に破れた哀愁ともなんとも取りがたい空気を含んでいる。


「なんで、吸血鬼なんかになりたいんだ?」


 当然の疑問だろう。そして、自分とは真逆な思いに、やるせない胸の息苦しさを感じた。


「別に、深い理由なんてないわ……ただ、吸血鬼になれたなら、この家から出ていけるような気がしてね……」


 そんなことはない……と、言ってやりたいところだが、吸血鬼の話にあまり深入りしすぎると危険な気がして、話題を少し変えた。


「光は、この家から出ていきたいのか?」


 問いかけに対し、深いため息を付きながら光は返した。


「今は分からないわ……自分で自分のやりたいこととか、目標が浮かばないの……だから、いつかは答えると思うけど、それには時間がきっとかかる」


 ふと、横目でパソコンの画面に目をやる光。


「だから、いくら時間がかかってもいいように、不老不死の吸血鬼になりたいのよ」


 そこで光は、小さく「あっ」とつぶやくと、クスクスと笑いながらこちらを見据えた。


「答えを聞いてもらうためには、この考えだとあなたまで吸血鬼にならなくちゃだめね」


「そう、だな」


 なんとも形容しがたい、複雑な気持ちに胸がかき回される中、先送りにしていた問題があったことを、光の言葉で思い出す。


 "不老不死"……それはきっと、いつの時代も吸血鬼たちを苦しめてきた生への鎖だろう。そして俺も、最近その鎖の重さに気づき始めていた。


 体の成長が、二年前からまったく変わっていないのである。おそらく、俺の中の吸血鬼としての細胞が、毎日少し飲んでいる血液に反応し、魅惑する瞳と同様に、俺を人間から遠ざけているのだろう。


「……大丈夫? 顔色悪いわよ?」


 まさか逆に心配される日が来るとは夢にも思ってなかった。とにかく今は、このことは忘れていよう……


「ああ、ちょっと朝ごはん食べてなくてね」


 そう言って、何か食べてくる事にし、リュックを背負って家を後にする。外では、相も変わらずギラギラと照りつける太陽が浮かんでいた。


「まだ、俺は人間に近い存在でありたい」


 リュックから血液入りの水筒と、鉄分豊富な弁当を取り出し、少し迷った後、水筒をしまって、弁当だけを食べることにしたのだった。

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