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吸血鬼と精神病の彼女  作者: 飛鳥
吸血鬼と少女は出会う
3/7

吸血鬼と精神病患者

消えていくのは私の心。増えていくのは憎たらしい笑み。体と心をすり減らすような毎日の中で、少しだけ輝いたと思った希望の光。


 ああ、あそこにいけば、きっと悪夢の夜が明けるんだ。


 薄暗い廊下の中を、よろよろと歩いて、ドアノブに手をかけた――――――






「……」


 瞼が鉛の様に重い。体のあちこちが動くことを拒むように軋む。


 また、あの悪夢を見たんだ……私が人を信じなくなったあの頃の夢を、いや悪夢を。


「はぁ……」


 長く深いため息を付くと、強張っていた肩の力が抜けていく。それと同時に息を吸い込むことで、頭にサラサラとした血液が送られる。この引きこもり生活の中で、呼吸がいかに大事かという事を、私は実感していた。


「そういえば、"彼"は今日も来るのかしら」


 人の様に見えて、なんだか人とは違うような空気を背負った、まるで霧か何かの様な彼。ボランティアに来てる……たしか日陰野景春とかいう不思議な存在。


 なぜだろうか? 人をめっきり信じなくなっていた私が、手を焼いてくれたおばあちゃんですら信じない私が、なぜか奇妙な信頼感を持ってしまったのだ。


「病気みたいに白い肌と、真っ白な髪。ひょろっと伸びた身長と、幸の薄そうな顔つき……」


 ハーフか何かだろうか? 今までだってあんなに白い髪は見たことがない。


 けどまぁ、いっか。


 なんだか、新しく、心地のいい風が吹いてきたみたいで……


「早く、来ないかな……」





 ――――――与えられた責務を果たす。それは人間にとって当然の事。そして約束を守ることも、たとえ出会って一日しかたってない友達でも、人間にとっては当然の事。


「血液よし、弁当よし、時間もまだ余裕」


 フローリングの床に置いたリュックの中に、外出用の荷物を口に出して確認する。


 そんな時、血液を見た両目が疼いた。


「っ! またか……」


 生き血を飲まなければ吸血鬼らしい能力は使えなくなるが、どういうわけか、一つだけ吸血鬼としての力を拭い去ることが出来ない。


 それは、『魅了する瞳』とでも表せばいいのだろうか。具体的には、目を合わせた相手の意思を変える…、というより、意思の力の方向を、若干変えるといったものだろうか。


 例えるなら、右と左の道のどちらに進むかを迷っている人に対して、左に進ませることが簡単になるというだけのものだ。


 そんな些細な能力だが、俺にとっては人間らしくない象徴なので、普段は押さえているのだが、血液を見ると、たまに瞳が疼くのだ……力を使わせろと。


「そうかんたんには使わないからな」


 そう自分に言い聞かせ、支度を進める。





「それじゃ、行くかな」


 今日は白いワイシャツにジーパンというラフな格好にすることにした。それはボランティア内容からそう判断したのだ。


 因みに、なぜ鉄分豊富な弁当を持っていくのかというと、どうしても血液を飲めない時に一時しのぎくらいにはなるからだ。


 とはいっても、今から向かう場所ですることは、そんなに体力は使わない。強いて言えば相手の正体を探ることくらいが、少し気を使うくらいだろうか。


 とにかく、ボランティアで向かうことになった須藤梅さんと光の家でやることは三つである。


 一つは梅さんの生活の手助けをする事。これはたいして重要にはならなさそうになったが、やるからには全力である。


 それよりも、恐らく二つ目と三つ目のほうが、個人的にも、梅さんからしても、重要になってくる。それは、梅さんの孫である光と半日以上過ごし、ここからは個人的な理由だが、正体が自分と同じ吸血鬼でないかと探る事だ。


「気合入れていこう……行ってくるよ、母さん」


 冷蔵庫の上の写真に手を振り、吸血鬼の大嫌いな太陽の下へと歩いて行った。






 相変わらずこの家は妙な貫禄がある。黒々とした大きなドアからは、今も重たい雰囲気が漂ってくるが、構わずベルを鳴らした。


「はい」


 少し遅れて梅さんの声が聞こえてきて、重々しいドアが開かれる。


「あらあら、ごきげんよう」


 しわくちゃの顔をほころばせて、梅さんが笑いかけてくる。


「こんにちわ、いい天気ですね」


 実際、今日は雲一つない快晴だ。普通の人間ならいい天気と言うだろうと思って口にしたが、内心では肌が荒れてしまうからこんな天気は好きじゃない。


 とりあえず上がらせてもらうと、長年使われてきたであろう木製の下駄箱の上に、買い物袋らしいトートバックが置いてあった。


「買い物ですか? 俺が行きますよ!」


 まだ中身は入ってないようなので、きっと俺を待っていたのだろう。それならば期待に応えなくてはと、世のため人のため精神が燃え上がる。が


「いやいいのいいの、昨日も言ったけどボケ防止みたいなものだから……それより」


 あっさり断られてガクッときていると、梅さんは顔を伏せて小さな声で伏せるように言った。


「あの子の事、お願いね」


 聞きようによっては、孫をもらってくださいとも聞こえなくもないが、実際は違う。そうとも、俺だってなんやかんやでそのために来たのだから。


「はい、心配なさらずとも結構ですよ」


 そう言い、廊下の先の部屋を見据える。


「きっといい友達になれますよ」


 その言葉に、梅さんはあり得ないといった表情をするが、こちらは自信満々の顔で返した。


 というより、梅さんの表情からは、純粋に孫を心配する感情が伝わってきた。いくら不気味でも、血のつながった家族なのだから、心配するのは当たり前か。


「ですので、どうか怪我のないよう買い物に行ってきてください……ああ! 一応これが携帯の番号です! 何かあったら連絡を!」


 携帯番号の書かれた紙切れを渡し、心配そうな顔の梅さんを見送ると、光がいるであろう部屋へと向かう。


「今日は、ちゃんとノックしよう」







 入った部屋の中央には、まるで俺が来ることを見越して置いてあるかのように、黒い木製の椅子が置いてあった。


 とりあえずはそこに腰かける。何を話したらいいものかと悩んでいると、光がこちらを見ずに、窓の外に広がる快晴の空だけを見ていることに気づいた。


 雲一つない空の下にあるというのに、この部屋はどこか湿っていて暗い雰囲気が漂っているからだろうか?


「今日はいい天気だね」


 先ほども梅さんに話したような内容を語りかけるが、光はこの部屋に入ってからというもの、こちらも見ずに何か考え込んでいるようで、なかなかこちらの話に集中してくれない。


「そう、ね……」


 ボヤっとした表情で、ベットの横にある窓から空を見上げる光は、太陽を憂う吸血鬼の様にも見える。だとしたら光は俺と似たような吸血鬼だろうか?


 まだ確信は持てないにしろ、やはり長年同族を見つけられなかった身としては、期待せざるを得ない。そんな時


「灰色の空に……灰色の雪」


 光が小さくつぶやいた。それは、どこか悲しみに満ちていて、暗く沈んでいる声だった。


「……大丈夫か?」


 言っている意味がよくわからないので少々間が開いてしまったが、なんとか言葉を口に出す。


 それに対し、光は窓の外を向いたまま答える。


「ごめんなさいね……私、何かしらの精神病にかかっているみたいで、気分の浮き沈みが激しいの」


 そう言う声も、抑揚のない、昨日とは違った、沈んだ声だった。


「本当はどこかの病院に何か月か入院して、正確な病名を知らなければならないのだけれど、私はここしかいることが出来なくて……」


 引きこもり、それはきっと、その精神病とやらが関連しているのだろう。そんな風に一人で考えていても、光はうわ言とも独り言とも取れない話を続ける。


「だからかしらね……私にとって、世界は"灰色"に包まれて見えるの」


 窓に手をやり、開けると、空に向けて細い腕を伸ばした。


「あの太陽はいつも沈んでいるわ。そして空からは灰色の雪が降ってきて、町は灰色に包まれている……」


 伸ばした手は何もつかまずに、七月の熱っぽい風だけが吹きのけていく。


「そんなことは、ない」


 ずっと黙っていたが、光の言葉には、反論しなくてはならないような気がした。


 他人の価値観に干渉するのは主義ではないが、今のこの悲しい言葉をそのままには出来ないのだ。


「世界には、確かに悲しい事や暗い事はたくさんある……けど」


 脳裏に浮かぶのは、幼いころの暗い記憶だ。きっと今の光の様に世界を見ていたであろう自分の過去だ。だから、俺は分かる。暗い現実の先にも、希望はあるという事を。


「いつまでも世界は暗くない! いつか、絶対にいつか夜明けはやってくる! 例え、どんなに苦しい悪夢でも!」


 気づいたら声を大きくして、座っていた椅子から立ち上がっていた。それを聞いて、光はこちらに振り向く。


「……不思議ね、いつもなら頭ごなしに否定されると、誰とも口を利きたくなくなるのに、あなたは違う」


 昨日の様にゆらっと立ち上がり、こちらに近づいてきて、俺の手を取った。


「今朝も、昨日も感じたの……あなたはほかの誰とも大きく違うってことを」


 手を強く握られて、感情がこもっているんだかこもっていないんだかわからない瞳で見つめてくる。


「あなたは、私にとって……」


「!」


 そこまで言うと、不意に顔をそむけられた。こちらとしても、今はっきりと分かった事とあいまいに感じたことがあるので、頭を整理したいから、都合が良い。


「……ごめんなさい、なんでもないわ」


 そう言う光の顔は、どこか昨日の雰囲気が戻っている気がした。


「今日の事は気にせず、明日も、その……来てくれる?」


 俺は今、落胆したい出来事と、同時にやってきた新しい感情にも戸惑っているのだが、できるだけ平静を保って答えた。


「ああ、また明日も明後日も来るよ」


 その言葉に、光は少し微笑んだかのような表情を見せると、またベットに腰かけた。


「なんだか、たくさん話したから疲れちゃった」


 そのままベットにグテッと寝転がる。


「だったら、お茶でも入れてくるよ」


 そう言い残し、部屋を後にする。後ろからは何か声が聞こえた気がしたが、後で聞けばいいだろう……それよりも


「吸血鬼じゃ、なかったな」


 先ほど手を握られて見つめられたとき、ふと口元に目が行ってしまい、確認してしまった。


 光に、"牙"は無い。


 それと吸血鬼特有の鉄分の香りも全くしない。となると、光は人間なのだろう。


 これが、落胆したい出来事。もう一つの新しい感情は……


「……光、可愛かったな」


 とても近くで見つめられては、嫌でも相手の顔はよくわかる。目鼻立ちがしっかりしており、肌も白い。とにかく、整っている顔立ちなのだ。


「恋とかじゃ、ないよな」

 

 恋はしないと決めている。それは、恋の先には自分の正体を明かす必要が出てくることと、それを乗り越えた先にも、自分と同じような"子供"を残してしまうから……。


 だから、実はあまり人間関係には深入りしたくなかったのだが


「話も合う、興味もある……可愛い」


 いくら吸血鬼だとしても、俺の父がそうだったように、人間に恋心は持ってしまう。


「ふぅ……後で考えよう」


 とにかく今は、光と俺の分のお茶を、入れることが大事である。

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