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吸血鬼と精神病の彼女  作者: 飛鳥
吸血鬼と少女は出会う
2/7

奇妙な関係

 人間は四足歩行を捨て、二足歩行となったから進化した。なら、足を患った人間はどうなるのか?


 梅さんを取り巻く家の中の環境や設備、それから大雑把な家庭環境を聞き、梅さんが居間でお茶を用意しているとき、ふとそんなことが頭をよぎる。答えは、この先長く付き合っていく梅さんに嫌な印象を与えかねないので、考えないようにした。


 しかし、不憫だという憐みの気持ちは、考えたくなくても頭の中で回転した。


 おじいさんに先立たれ、一人娘は結婚し子供を産んだ後、不倫して姿を消した。残された子を育てるため、夫は男手ひとつで生まれてきた娘を育てたが、一昨年過労で倒れ、もううんざりだと言い、親子の縁を切って、当時十五歳だった娘をこの家に押し付けたという。


(それで、その孫まで引きこもりになってしまったんじゃ、梅さんが報われなさすぎる……)


 目の前で、立体的な座椅子に腰かけながら、お茶をすする梅さんを見て、なんとも言えない気持ちになってしまう。それは、梅さんの境遇だけではなく、依頼してきたボランティアの内容も関わっていた。


「特にしてもらいたいことは無いの。買い物もお掃除も、リハビリとボケ予防だと思えば楽しいもの。……ただ、この家に"あの子"と二人で居るのに耐えられなくて……変なお話だけど、あなたにはこの家に長くいてほしいだけなのよ」


 てっきり生活を助けるのかと思いきや、ただ居るだけでいい……これでは、一層梅さんに負担を掛けてしまっている気がして、世のため人のためが信条の自分にとっては、不服でならない。せめて何か一つでもできることはないかと、考えることにすると、やはりというか、やり玉にあがる人物がいた。


「梅さん、俺は人助けが好きです、大好きです。だから、貴女の事も助けたいと思います」


 渋みの強いお茶を机に置き、真剣なまなざしで梅さんに投げかける。梅さんは口を閉じたままだ。


「ですが、貴女は俺の助けが無くても生活できるご様子……なので」


 そこでいったん言葉を区切り、梅さんの表情を見る。感づいたのか、その顔は困惑していた。しかし、ここは譲りたくない。


「貴女の、お孫さんを助けたいと思います」




 ――――――梅さんはすぐには頷かなかった。あの子に近づけば、俺もこの家を出ていくと言うだろうと言った。結局、かなり強引に話を押し進めて、ようやく折れてくれた程だ。


「あの子は"普通じゃない"。とても考えていることが分からない……だから、とても怖いの……あの子の底なしの様な目で見られて、十七歳とは思えないような事を話しかけてきて……いい? あなたも、嫌になったらすぐにあの子の部屋を出るのよ?」


 説得が済んだあと、忠告として聞かされた言葉が、頭の中で反芻する。いったい、どんな人間なのだろう? いや、もしかしたら"人間じゃない"のかもしれない……。


 黒く甘い予感が頭をよぎる。場所は梅さんの孫、「日野光」が暮らしている部屋の前の廊下。その部屋は、先ほど血を飲んだ空き地の反対側の空き地に面しており、西日が差し込むであろう位置にある。


(高齢の方は、それだけ人生経験が長く、たくさんの人間を見てきた人の事だ。その梅さんが、普通じゃない、と語った実の孫娘……)


 先ほど感じた奇妙な感覚、いったいどんな人間がいるのかとそわそわしたが、ここにきて人間ではなく、"仲間"を見つけたかもしれないという考えに陥った。


(とにかく、何であろうと、今は会ってみるのが先決だ)


 そう思いきり、木で作られたしっかりした扉のドアノブに手をかける。僅かに緊張が走るが、ここまで来て動かないのは愚策でしかない。


 ドアノブを一気に回し、扉を押し開けた。



「なんとなく、ノックしない気はしてた……」


 ベットと机と椅子とタンス、それから机の上のノートパソコンしかない殺風景な部屋で、ベットの上に座りながらこちらを見据えている少女は、開口一番にそういった。


「あなたは、何? 学校の人には見えないし、家庭教師って顔でもない……というより、まるで死人か"何か"が動いているように見える……」


 無礼を指摘するでもなく、引きこもりらしく引っ込むのでもなく、普通の詮索にはない鋭さを持った静かな言葉を、初対面の俺に対してはなっている。


 なるほど、"普通じゃない"。


 歳は聞いていた通り十七歳の様だが、外見はかなり小柄で、長く真っ直ぐな黒髪を腰まで伸ばし、感情が感じられないスッとした顔立ちで、こちらを観察するように見ている。


「俺はボランティアでこの家に派遣されてきたんだ。名前は日陰野景春。歳は十八、わけあって学校には通ってない。趣味は人助け」


 あなたは、何? という質問に対し、吸血鬼であること以外を、出来るだけ多く答えた。


 そうすると、少女……いや、日野光は、長い髪を揺らして、小さく笑った。そして


「たぶんだけど、隠し事が一つか二つね……」


「なっ!?」


 すべてお見通しという様な目でも、ひっかけにかかったな、という目でもない。深淵の闇の様な底なしさを感じさせる瞳で、そう言った。


 そしてそれは、なぜだか心を、冷たい触手か何かで触れられた様な、不快感とも驚きとも取れない感情を引き起こした。


(本当に奇妙な感覚だ……それに、さっきの反応で、隠し事がある事はばれてしまったよな……)


 俺と日野光との距離は、未だに扉を開けた時から変わっていないが、情報という面で、日野光は俺に近づいた。


「……まぁ、人間誰しも、隠し事の一つや二つあるさ」


 そう切り出し、一歩二歩と歩き始め、日野光に近づく。すると、日野光は少し怪訝な顔をした。


「問題はその中身だが、そう簡単に教えられるんなら隠したりなんかしない」


 部屋は俺の一人暮らしの部屋より広く、三歩四歩と近づいても大した違いはない。だが、日野光の表情は、確かに強張ってきている。


「そこでだが、一つ提案がある」


 距離を半分ほど詰めたところで止まり、日野光の顔を伺う。確かに初対面の人間がこうも部屋にずかずかと上り込んで来れば不快に思うだろうが、その顔には不快さのほかに、"恐怖"が感じられる。


「俺と、仲良くなってくれないか?」


 その問いに、日野光は唖然としたような表情を見せた後、考え込むように俯いた。


(この子から感じる"奇妙な感覚"……それはもしかしたら、この子が"吸血鬼"だからかもしれない)


 部屋に入る前から、いや、遡るならこの家に来て奇妙な感覚に襲われてから、もし、この感覚の正体と出会ったらどうするかを考えていた。


 答えはズバリ、仲を深める、である。


(もし、この子が俺と同じ吸血鬼なら、長い間孤独に苛まれてきただろう……昔の俺の様に)


 昔のことを考えると、頭の中がフラッシュバックする様に、様々な情景を移すが、結局最後に移るのは"あの部屋"である。


(孤独を俺は知っている。絶望も知っている。だから、そういうやつがどうされたいかも知っている)


 日野光は、しばらく考え込んだ後、静かに口を開いた。


「……あなたは、嘘をつかない?」


 小さく、だが探る様に聞いてくるのは、過去に嘘がきっかけで何かがあったからだろうか? しかし、答えは決まっている。


「いや、嘘をつく」


 きっぱりとそういう。すると、日野光は少し驚いた後、また小さく笑い出した。


「なら、あなたは人を欺く?」


 クック、と笑いながら、また問いかけてくる。


「いや、俺は人を欺かない」


「……」


 "嘘をつく"と"欺く"は、似ているようで違う。たとえ辞書で同じ項目に書かれていても違う。


 嘘は、時に相手を思いやる心からも生まれるのだ。更に、そういった嘘の類は、不思議とばれにくい。


 しかし、欺くことは、十中八九悪意がこもっている。相手を欺き、悪い方へと陥れる行為……それが欺くという事だろう。


「俺は嘘をつくし"ついている"。だけど、欺くという事をしないという事に関しては、まぎれもなく嘘をついていない」


 この答えに、どうやら納得したようで、日野光はフフッ、と目を細めて笑う。


「あなたは、私が出会ってきた人たちと、決定的に何かが"違う"。でもその違いは、なんだか私に似ているみたいで、不思議と安心できそう」


 そういうと、今までずっと腰かけていたベットから、フラッと立ち上がる。ヨレヨレの真っ白なジャージ姿で立った姿は、長い黒髪と深い瞳のおかげで、随分と滑稽に見えた。


「ちょうど、かなり退屈していたの。仲良く、なんて遠回しな言い方はやめて、友達にならない?」


 言いながら、ヨタヨタフラフラと近づいてくる。その距離が近づくたびに、少しだけ顔に暗い影が差した気がするが、それはこの先聞いて行こう。


 今は、仲間かもしれない奇妙な友達の求めることをしよう。


 スッ、と日野光が手を差し出してくる。こちらも、答えるように手を差し出す。


「握手は、友情の証らしいわ」


「それは初めて聞いたよ」


 日野光は、弱い力で手を握った。それは、まだ信頼しきっていないことを示しているのかもしれないが、こちらは構わず強く握り返した。


「これからボランティアで毎日のように顔を出すから、そのたびにここにきてもいいかな?」


 その問いに、意外そうな顔をして日野光は答える。


「あら、最初にこの部屋に来た時でさえ、ノックもしなかったくせによく言うわね」

 

「返す言葉もないよ」


 もう互いに手を離しているか、距離は先ほどよりかなり狭まった。だからだろうか、声がよく耳に届く。そして、こういうやりとりが、久しぶりで楽しく感じている自分がいた。


「次からはノックしてね、後……呼ぶときはなんて呼べばいいの?」


「気軽に景春で構わないよ。そっちは?」


 日野だろうか、光だろうか、それともちゃん付けだろうか、等と考えていると


「光でいいわ」


 あっさり、呼び捨てで呼べとのことだった。


 かくして、この偶然が重なった奇妙な関係は、始まりを告げたのだった。

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