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第28話(囮)

 グリスの街は温和なハーフェの家を中心に、鷹揚なディーゼ家と実直なベモール家が支えあう形となっている。

 ハーフェが表に立ってはいるが、実質三人の領主が存在する、特殊な街。

 そんな街の外れにある、建物の一つ。


 何の変哲もない武器屋。けれど店主は若いが武器に対する造詣が深く、的確な助言を与えてくれると評判の店。

 武器の価格が釣り上がっている現在のグリスでは、その安さと品質の良さもあり、開店したてにも関わらず繁盛している。

 だが今はその明かりが落ち、完全に静まり返っている。

 武器屋の、その状態を確認し、建物から距離を置いて監視していた複数の影が動き出す。


「……」


 黒い布で目以外を隠した、黒尽くめの四人の男が頷きあう。

 流れるように静まり返った武器屋へと移動し、一人が鍵が壊れている裏口から、音も立てず侵入していく。

 さらに統制された動きでニ人が静かに侵入。残る一人が裏口に張り付き、見張りとなる。


「……」


 数日前、店へと武器を運び入れていた際、黒尽くめの一人が運送業者に紛れ込んでいたため、屋内の間取りは把握済。

 そのため、暗闇に支配された空間であっても彼らは迷う素振りを見せず、店主の部屋へと向かう。

 さほど時間をかけることなく到達したその扉も、音を立てることなく開かれる。


「………」


 中からは、眠りに落ちた店主の、規則正しい寝息が聞こえてくる。


「……」


 三人は頷き、街に来たばかりという店主を取り囲む。

 次の瞬間、一人が店主の口を抑え、残る二人が素早く予め用意していた縄でその身体を拘束する。


「……っ?」


 違和感に気付いたのだろう、目を覚ました店主。

 突如現れた覆面たちが何なのか理解できないまでも、ただならぬことが起きているのは理解し、恐慌で目を見張る。


「んーっ?」

「……」

「んー! んー!」


 慌てて店主は身をよじるが、時既に遅し。その身体は縄できつく拘束された状態にある。

 それでも拘束を解こうと暴れる店主へ、男のうち一人が、その首に素早く両手を伸ばし……締め上げる。


「っ?」


 数秒もなく、首を絞められた店主の意識が落ちる。

 ぐったりと動かなくなった店主を特大の麻袋へいれ、荷物のように担ぎ上げる。


「……」


 次いで周囲を見回し、不審な気配がないことを確認した後、素早く、けれど静かに三人は外へ向かう。

 出口に陣取っていた一人も異常なし、と首を縦に振り、四つの影は一つに纏まると深夜の街を静かに、静かに走り抜ける。


 この間、わずか数分。


 黒尽くめたちに対して監視が無いことは確認済みである。

 が、念を入れ、追跡者がいることを前提に、複雑な軌跡を描きつつ襲撃者たちは目的地へ少しずつ近づいていく。


 人気が全くない、闇に闇を重ねた路地裏。さらに人気を避けるように設けられた、地下へ続く狭い階段。

 最後まで気を抜くことなく、その無骨な扉の前に四人が揃う。


「……」


 黒尽くめの一人が、扉を三回、三回、一回、と叩く。

 数秒後、返事もなく静かに扉が開かれ、四人は暗闇の中へ入っていく。


 通路は暗く、前さえ見えない。が、四人は陽光の下を進むように確固たる足取りで奥へ、地下へと下る。

 進むにつれ光源は増え、同時に通路は枝分かれし、どこからか金属が打ち合う音が響き渡る。


 時折、空気を裂くような音と呻き声が響く。


 異様な空間にも表情を一切変えることなく、襲撃者たちは更に地下を目指す。

 複雑に分岐した道を進んでいけば、地下室に似合わない、豪奢な扉が現れる。

 どこか薄暗い明かりに照らされた扉の前で立ち止まり、一人が扉を軽く叩く。


「入りなさい」

「……は」


 冷たい女性の声と共に扉が開かれ、襲撃者たちは揃って中へ身を滑り込ませる。


「……」


 そこには、地下室とは思えないほど豪華な部屋が広がっていた。

 巨大な絵画が正面に飾られ、その下に使いもしない暖炉と、小物が置かれ、黒々とした艶を見せる机が置かれている。

 足元には金糸で縁取られた赤の絨毯が敷かれ、壁は全て石を埋め込まれ白い。


 開け放たれた扉の左手で控えていたのは、燃えるような赤の長髪を束ねた女性。

 直立した彼女は、招き入れた黒尽くめたちへ視線を寄越すが、その眼差しは青い目と同じく、どこまでも冷たい。

 けれど、襲撃者たちは気に止めることすらなく、正面へと、真の主へと顔を向ける。


「捕らえました」

「ご苦労ご苦労」


 どこか人を小馬鹿にしたような声。主は、立ち上がると爽やかな笑みを浮かべる。

 途端、襲撃者たちは畏まり、袋から物のように取り出した青年を床へ置く。

 意識がない青年の姿を確認すると、主は笑みを深くして黒尽くめたちを見下ろす。


「よくやったね。報酬は後で。下がって」

「はっ」


 静かな声に、四人は部屋の主に背を見せず、音も立てず部屋から出て行く。

 女性が静かに閉められた扉から顔を離し、主へと声をかける。


「ユト…様、これで最後かと思われます」

「そこは断言して欲しいね、レイス」

「申し訳、ありません」


 部屋の主、くすんだ赤色の髪に青色の目を持った青年の言葉。

 咎めるような口調でもないのに、女性は肩を震わせ頭を下げる。ユトと呼ばれた青年はイイヨ、と蒼白い手を振る。


「なんにせよ、これでまた労働力が増えた。助かるよ、レイス」

「いえ…ですが」


 目を伏せ、口ごもる女性へ、ユトは首を軽く傾ける。


「なんだい?」

「……この者は、ディーゼの…」

「ああ、そんなことか」


 ディーゼの名が出てきた瞬間、ユトの目が愉悦に鈍く輝く。

 予想していたのと違う反応に、女性の眉が顰められる。


「前から、ずっと前から邪魔だと思っていたからね。あの女が出てきたら討てばいい」

「なっ?」

「レイス、君も思わなかったかい? ディーゼが邪魔だと」

「そ、そんな…わ、私は…」


 衝撃の言葉に、女性はうろたえる。

 そんな女性の表情を見て、一瞬残忍な笑みを浮かべたユト。 


「まあいいや。じゃあ、お願いね」

「……はい」


 身体を震わせた女性は気を取り直すように首を振り、床に転がされた青年へ手を当て、揺り動かす。


「う、うん……?」


 この状況を楽しむユトと、何かから逃げるような表情を浮かべる女性が見てる前で、青年の閉ざされた瞼が開いていく。

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