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第27話(囮)

「いやあ、いい買い物したわ!」

「護衛、頑張ってね」

「おう! 任せとけ!」


 豪快に笑い、筋肉逞しいお兄さんが大剣片手に店を出て行く。いやはや、片手であの剣を担ぐだなんて、僕にはとてもじゃないけど真似できない。

 周囲の人たちもちょっと驚いたように、上機嫌っぽいお兄さんを見て道を空けていく。

 そんな彼の姿が見えなくなったところで、店の札をひっくり返して『準備中』にしておく。


「さて、と。店仕舞い店仕舞い」


 日が落ちてもしばらく客足が途絶えず、結局夕飯時になるまで店を開いてたり。

 肩を回しながら店内に戻ると、陳列棚の半分ほどが空という異常空間が広がっています。


「こんなに売れて満足満足、ってなれないのが悲しい」


 店を見回して嬉しいと喜ぶより、不安に襲われる。

 街外れにある、開店したての武器屋。そんな場所が連日、こんな状態になってるだなんて、誰も思わないだろう。


「フリギアが言う、深刻な状態ってやつなんだろうけど…」


 一先ず寒々しい店内はそのままに、カウンター奥へ、その先にある扉を押し開く。


「本日もご苦労だ。評判も上々ではないか、店主殿」

「相変わらず、フリギアっていつの間にかここにいるよね」

「お前が来る時間を見計らっているからな。さて、今日の売り上げは如何ほどだ?」


 店主の部屋と思しき場所で待っていたのはフリギア。無骨な椅子に腰掛けて、のんびりと分厚い紙に目を通している。

 でもって目の前にあるテーブルには、香ばしい匂いがする夕食が。


「………」

「どうした?」

「ううん、なんでもないよ。いつも買出し、有難う」

「気にすることはない」


 …ここ最近思うことだけど、フリギアはどうして店を畳む時間が分かるんだろう?

 毎日、店仕舞いする時間、違うはずなんだけどなあ、と心中で首を傾げつつ、フリギアの対面に座る。

 まあいいか。一つ頷いて、用意された夕食を引き寄せる。


「売り上げだよね? 昨日も今日も、連日怖いぐらい売れてるよ」

「品切れするほど、か」


 紙に書かれたモノを追ってるはずなのに、僕の会話までこなしちゃうフリギア、高性能。


「それが、どこからか武器を調達してくれてるマンドラさんのお陰で、在庫切れにはならないんだよね」


 人が良さそうな貴婦人の顔を思い浮かべていると、フリギアはゆっくり頷く。


「ならば良い」

「一体マンドラさん、どっから武器持ってきてるんだろうね。少なくともこの街じゃないんだろうけど…」

「知りたいか?」


 ちら、と紙から目を向けるフリギア。その眼差しを見て、僕の経験と勘が危険を訴え始める。


「い、いい! 単なる疑問だから! 知らなくていいです!」

「そうか、残念だな」


 首を振りすぎて目眩してきた。フリギアは目で笑い、また紙面へ顔を落とす。


「…フリギアが最近僕をからかって遊んでる気がするけど大丈夫。なんだって銀鉱石、君がいるから」

「まだお前のものではないぞ」

「絶対に、君を手に入れてみせるんだから」


 決意と共に、真鍮色の鉱石を思い浮かべる。

 結晶で採掘されることは稀だっていうけど、沢山用意してるって言ってるし、もしかして…むふふふ。


「目的が変わっているぞシアム」

「え? そう?」

「毎度言わねばならぬのか…今回、我らの目的は拉致された鍛冶たちの解放と、首謀者の徹底的な炙り出しだ」

「……? そういや、そうだっけ」

「そうだ。賊の方はマンドラ様が既に目星をつけていたお陰で、監視がしやすかった。奴等、そろそろ動き出すぞ」

「うん? そ、そう…」


 なんか引っかかる言い方だけど、何が引っかかるのか分からない。

 眉を寄せながらも、未だに温かい夕飯を食べ続ける。どうやらフリギアは美食家らしく、毎日美味しい食事にありつけている。

 食事を確保してきたフリギアは、紙面を読み終えたらしく顔を上げる。


「簡単な流れを説明するか。この店は何故だか裏口の鍵が壊れていてな」


 知ってるだろう? と問われ、頷く。


「そうなんだよね。僕も驚いたよ」

「賊はそれを調べ上げており、夜半暢気に眠りこけている店主を拉致する。気がつけば哀れ店主殿は見知らぬ場所に、ということだ」

「どうして…」


 どうして、フリギアは賊が裏口を調べていたことを知ってるのさ。

 と聞きたいところだけど、また余計なことを知りそうだったから、全力で口を閉じる。

 …なんかもう、胸と頭の中が疑問だらけで大変なことになってるんだけど。


「…むぅ」

「何か疑問でもあるのか?」


 フリギアの声に意識を戻し、慌てて質問を考える。


「ええと、そう! あのさ、僕、寝たフリしてればいいの? それとも本当に寝ていいの?」

「お前が狸寝入りしたところで何も起きん。だから暢気に寝ていればよい。実によい体験ができるぞ?」

「いいよ、そんな体験…」


 一生したくない体験だよ。憂鬱すぎてため息をつく僕を前に、毒舌なフリギアは笑う。


「冗談だ。寝た振りではそれが知れた時、叩きのめされる可能性がある。身の安全を考えるならば大人しく、素直に拉致されておけ」

「分かった。大人しく、素直に、ね!」

「ああ、そうだ。簡単なことだろう?」

「うんそうだね!」


 痛い目には遭いたくないから、全力で寝よう!

 全身全霊をかけて寝よう!


「それから…そうだな。シアムよ、お前通常の鍛冶は出来るのか?」

「つうじょうの鍛冶? 通常?」


 言われた意味が分からなかったから聞き返すと、フリギアも良く分かってないような表情を、自分の腰に下げている、青い柄へと向ける。


「どう説明すれば良いのか。お前のだな、その謎の技術を使ったやり方ではなく…」

「謎の技術…分かった、そういうこと。もちろん僕は鍛冶だから、通常の方法でもそれなりの武器を作る自信はあるよ」

「本当か?」

「本当だよ」


 僕の返答に、フリギアは驚いたように目を見張る。

 まるで、僕が鍛冶じゃないみたいな態度なんだけど。


「ならば、何故あの方法をとるのだ?」

「そんなの、良い物作れるからだよ。不純物とか混ざらないんだよ、あの方法。だから好きなように強度を調整できてそれに…」

「分かった。ならば賊に脅され、嫌々鍛冶でもしていろ」


 折角説明したかったのに、遮られた。それはもう、露骨に遮られた。


「ふんだ。嫌々剣を作ってればいいんでしょ?」

「ああ、それで構わん。後は我らがお前を救助するだけだ。マンドラ様も私兵を連れて突入する」

「えっ? マンドラさん…貴族様が直々に?」


 貴族様なんて、後ろでふんぞり返ってるだけかと思ってたけど、意外。

 ……でも、あの血塗れの鉄扇を使ってるマンドラさんなら、違和感はないよ、うん。

 マンドラさんといえば。あの鉄扇、かなり年代モノの宝玉使ってたよなあ……ミノアの杖と同じぐらいか、それ以上か……あんなのゴロゴロ転がってるものなのかな…

 なんてまた横道に逸れてると、フリギアの声に引き戻される。


「シアム、このグリスでは貴族は自ら先立って力を使い、権威を示す必要があるのだ」

「…はっ。け、権威? そ、そう。なんか大変そうだね」

「ああ、大変だ」


 良かった、気付かれてない。そこで簡単な確認作業は終わり、ということでほっと一息。

 要するに、僕は寝て、脅されればいいってことだ。うん、実に分かりやすい。

 だけど、フリギアは余談だが、と会話を続ける。


 …いつものフリギアである。嬉々として僕を険しい道へと引っ張っていく、いつものフリギアである。


「さて、先日のことだ。賊子飼いの魔物と遭遇するかもしれんと言ったな」


 先日っていつのことかと訊ねる前に、グサグサ酷いことを言われた思い出が浮かび上がってくる。

 這い蹲って命乞いした方がお似合いだ、とか言われた気がする。


「…確か言ってたね。でも、それ冗談でしょ?」


 目をフリギアに戻すと、若干真剣みを帯びた表情とぶつかる。

 あんれぇ? 嫌な予感がするのデスガ?


「俺も冗談のつもりだったがな。片手間に探ったのだが、どうやら賊は魔物を飼い馴らしているようでな」

「ちょっと待ったぁぁあっ! なにそれっ? 駄目でしょソレ! 僕、聞いてないよ!」


 やっぱりいつものフリギアだよ! 災厄もって来るのはどっちだよ!

 なのに、当人は悪びれた様子もなく、逆に僕へ疑いの視線を向けてくるし。


「ドラゴンゾンビのことがある。お前は十分注意しろ。くれぐれも、くれぐれも余計なモノを引き連れてくるなよ」

「あのさ、前回はまだしも、今回は僕、全然関係ないじゃん! 完全な被害者じゃないか!」

「どうなのやら」


 全く信じてない声色だけど、真剣な眼差しが僕を射抜く。

 ホント、フリギアのこういうところが苦手です。人を無理矢理真剣にさせるっていうか…

 少し後ずさるけど、だからってフリギアの凶悪な眼差しから逃げられるわけもない。


「シアム、お前は戦えないのだろう? 我々も出来る限りお前たちを守るが、そうもいかん可能性もある」

「それさ、約束と違わない?」

「かもしれん。が、我々は、お前が期待するほど強くはないのだ。理解しろ」


 確かにそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 けどさ。


「なんか納得できないんだけど。ドラゴンゾンビの尾っぽを断ち切ったフリギアの言葉とは思えないんだけど」


 前回のことを指摘してみれば、当然だというように頷かれる。


「あの時は、あの時。一対多数なればこそ、だ。だが、今回は複数対複数、それも人間と魔物の混合。そう簡単にはいかん」

「でもなあ」

「ふっ…せめて、頑強な盾でもあれば別だがな」


 自分勝手なことを言って、フリギアはちら、と僕を見てくる。期待のマナザシってやつだよね?


「僕は武器しか作れないの。盾とか鎧とか、知らない」

「知らない、か。頑固なやつめ」

「頑固じゃないよ。作れないだけだし」


 仕方がない奴だ、と苦笑してフリギアは立ち上がる。憤慨する僕に背を向けて、どうやら窓から外を見てるようだけど。


「何か見えるの?」

「ああ、まあな」


 何かを確認したフリギアは、頭だけ動かし僕を見下ろす。


「そろそろ賊の活動時間だ。シアムよ、分かっているな?」

「はいはい。寝て、脅されればいいんでしょ」

「そういうことだ。さすがに理解したな」

「理解したよ! でも、今日そんなことが起きるかは、分からないじゃん」

「そうだな」

「………」


 ではな、と黙る僕へと軽く挨拶をするフリギア。

 一応見送りに、と付いて行けば鍵が壊れて、実は開けっ放しになってる裏口から出て行く。

 堂々と、出て行く。


「……うん、もう寝よ」


 ということで、店の奥、倉庫となっている場所から武器を取り出して売り場へ並べ、続いて売上金の計算と、在庫数の確認。

 それを一通りこなしたら各部屋の明かりを落とし、戸締りの確認をして、裏口は……放置で。


「これ、直してもらった方がいいのかな?」


 壊れた扉を前に悩む。今は囮だ何だのだからいいとしても、このままにしておくのはちょっと…

 悩み、頭を振る。


「まいっか。さてと、疲れたし今日はもう寝よう!」


 決意して、部屋へと戻り、簡素な寝台にゴロンと横たわる。


「フリギアめ…急にあんなこと言わないでよ」


 ため息をついて目を閉じれば、ここ数日あったことが頭に浮かんでは消えていく。

 悪の手先であるフリギアに指示されたミノアに殺されかけ、いつの間にか棺桶に入れられ。

 おっそろしい武器を持ってる貴族様に会って、その貴族様がわざとらしく、半強制的に僕へ療養を勧め、果てには囮にされる始末。


「でも、今の今で拉致とか…ないよね…うん……」


 思い出すのは嫌なことばかりなのに、すぐに意識が落ちていった。

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