第26話(囮)
「うんうん、今日も朝からいい流れ」
外へ出て曇り空を見上げる。生暖かい風に吹かれて音を立てていた『営業中』の木の板を『休憩中』にひっくり返して店へ戻る。
そのまま椅子に腰掛けてカウンターに突っ伏す。
ああ、至福の一時。
「でもなあ」
店を開いたのはいいし、お客さんが絶えることなく来てくれるのも結構。
だけど一人じゃあ接客が大変すぎです。対応中にさらに質問攻めとか、嬉しいけど勘弁して欲しい。
「やっぱ店を大きくするなら、人手が欲しいよなあ」
「中々いい仕事をしていたではないか、店主殿」
「ん?」
悩んで伏せてた顔を持ち上げると、からかう気マンマンなフリギアが。
相変わらず、いつ目の前までやってきたのか分からない。恐るべし技術である。
「もういいや。この際見た目怖いフリギアでもいいからさ、手伝ってよ。ホントお客さんが多くて、僕一人じゃ切り盛りできないよ」
「あれほど嫌がっていたはずが、これか。やる気があるのは構わんが…」
「で、手伝ってくれるの? くれないの?」
「昼飯だ、買ってきたぞ」
「それは有り難いけど……手伝う気はないんだね」
答えないことを答えにしたフリギア。彼が差し出した昼食を手に取る。
さらに当然だとばかり頷かれ、カウンターを覗き込んでくる。
「して、稼ぎはどれほどだ」
「まあいいけどさ。ちょっと待って…これぐらいだね」
よいしょ、とフリギアの視線の先、金庫代わりにしている金属製の箱を開けて見せる。
中に入っているのは色とりどりの硬貨。それを確認して、フリギアは感嘆の声を上げてくれる。
ふふん、どうだ!
「ここ数日の売り上げにしては、中々ではないか」
「うん、そうだね。それも、マンドラさんが用意してた武器の質がいいからだよ」
思わず弾む僕の言葉に、フリギアは店を見回して小さく首を傾ける。
「つまり単価が高い、か。それにしては、見たところかなり売れているようだが」
「そうなんだよね」
そう。午前中だけでもかなりの武器が売れたから、店の所々で空白が目立つ。
頷きつつ、渡された昼食を食べ始める。うん、労働後のご飯は美味しい!
「でも、それはお客さんの目が肥えてるからだろうね」
「確かにな。ここは中継点でもあるからな…」
「そうそう。自分の身を守るための武器なんだから、良いもの欲しいだろうし。それがたまたま僕の店にあったってことでしょ」
「お前の店、か。まあそれもあるだろう」
だが、とそこで区切られる。
なんだろう、と見上げれば。
「店主殿の人柄も、売り上げに貢献しているのではないか?」
ニヤリと笑うフリギアの視線が待ってた。
「それはないよ」
「嬉しそうだな」
首を振って否定しておく。嬉しそうなのは…店主って呼ばれるのがね、そのね。
頬が緩むのを自覚しつつも、フリギアの疑問に応じる。
「武器屋に来るんだから、見るのは武器だけだよ。フリギアだってそうでしょ? 店員の人柄なんて関係ナイナイ」
「さて、な。ああ、外で聞いてみたが、店主殿の評判は悪くないようだぞ」
「聞いてみたって、いつの間にそんなこと!」
驚いて訊ねてみれば、楽しそうに僕が持った食べかけの昼食を顎で示す。
「ソレを買いに行くついでにな。それとなく店の宣伝もしておいたから、午後から楽しみだな」
「フリギア! そういう、余計なことはしなくていいの!」
「言うが、儲かれば店主殿も嬉しいだろう?」
「ま、まあ、そうだけど……さ」
「ならば良いではないか」
そうかもしれない。食べつつ考える。
この調子で、ゆくゆくは街一番の武器屋になって、新しい店を構えて色んな商品を集めて……むふふふ。
なんていう薔薇色の人生設計を立ててたら、フリギアはなんでか目を細めて、店内に陳列されてる武器を睨みつけてるし。
「ん? フリギア、どうしたの? 武器の配置が気に入らないの?」
「あまり期待はしていなかったが…」
「期待って、何を? まさか僕のこと? 馬鹿にしないでよ。店の一つや二つ、切り盛りできるって」
「このまま行けば、遠くない内に狙われる可能性が高いか?」
謎の言葉を呟き、腕まで組んで真剣なフリギア。
「もしもしフリギア? どうしたの?」
僕の問いかけに、フリギアは険しい表情を改め、猜疑の表情を向けてくる。
それでも、フリギア、顔怖いんだけど。
「まさかシアムよ、お前、忘れたというか?」
「………?」
忘れたって、何を? なにかあったっけ?
在庫の管理? それとも売上金の配分?
「冗談では、なさそうだな」
どれも違うっぽい。
なんていう、僕の思考を正確に読み取ってくれたらしく。
「あれほど嫌がっていただろうが…」
ため息交じりに数日前の出来事について、やたら丁寧に話してくれた。
「…と言う話を、お前の目の前でしたはずなのだが」
「へえ…」
そんな話、あったような? なかったような?
フリギアは、そんな僕の反応がお気に召さなかった様です。
「本当に忘れていたのか? 死にかけたはずなのだが、それすら忘れたと?」
「そんなことない! フリギアのせいで酷い目にあったことだけは覚えてるよ!」
そう! 断言できるぐらい、その部分だけは覚えてる。
可哀想なことに、ミノアがフリギアに脅されて僕へ嫌々魔法を使った。それだけは、はっきりと覚えてる。
言えば、フリギアは半眼で僕を見下ろしてきます。どうして?
「事実を捻じ曲げるな。それは俺のせいではない」
「ミノアを利用したくせに」
「まあ否定はせんが……話がずれている。今はシアム、お前が囮になるという話だ」
「囮ね。僕が忘れるわけないじゃん」
その他のことは、少しずつ思い出してきたし。
…忘れてたわけじゃないし。
フリギアは一生懸命な僕へ向けて、露骨に首を振って肩をすくめてみせる。
「そういうことにしておけんほど、お前の頭が心配だ。頭だけではないか、ほぼ全部か…」
「大丈夫だよフリギア! 今全部思い出したから!」
「そうか」
「囮でしょ、囮!」
「そうだな」
あれれ? フリギアの視線が、冷たいような気がするぞ。
慌てて今までのやり取りを思い出し、頷いてみせる。
「ええと! そ、そう、そうだよ! まだ開いて数日の店を狙うわけないって! ねっ?」
「実はなシアム」
軽い同意を求めたのに、返ってきたのは真剣な眼差し。
思わず身構えて逃げたくなるのは、長年の経験だね、うん。
「な、何?」
「マンドラ様がおっしゃていた拉致事件だがな」
「拉致? うん」
「お前人の話を……まあいい。実はかなり深刻な状態になっている」
「どういうこと?」
良く分からないけど、嫌な予感だけはひしひし感じてマス。
…いつぞや感じた、嫌ぁな、ヨカン。
「軽く調べてみたが、街で評判の鍛冶、その全てが見事なまでに行方不明。残っているのは、駆け出しの鍛冶ばかり」
「へえ、そうなんだ。でもさ、武器の流通量は減ってないとかなんとか、だよね」
「流通量はな。価格はうなぎのぼりだと言う話を…しただろうが」
「ふうん、値段が高く……え? あれ?」
それってもしかして…
顎に手をあて、フリギアは哀れむ目で僕を見下ろす。
「ここに来て適正価格で、品質の良い武器を売り出した鍛冶。賊が食いつかんはずがない」
「あああああっ? やっちゃったぁぁぁっ! だから客が多かったんだぁぁ!」
「それもあるだろうが、店主殿の人柄もあるだろう」
「うううう…」
フリギア、今ソレ聞いても全然嬉しくないからね?
「今更後悔しても遅い。覚悟を決めておけ」
「分かったよ。小市民っぽく、怯えて拉致されたらいいんでしょ」
僕の返答に満足したように頷くフリギア。今までの真剣さを捨て、不敵に笑う。
「そうだ。山賊のときといい、貴重な体験が出来るな」
「あのさ、嫌なこと思い出させないでくれる? それも楽しそうに言わないで欲しいんだけど」
「となれば、今回も意外な魔物と遭遇するかもしれないな。賊子飼いの魔物か…」
「だ、か、らっ! どうしてそういうこと言うのっ? そういうこと言うと、ホントに出てくるんだから!」
「確かにそうかもしれん。なれば護身用に武器でも持っておくか?」
コレなど良いではないか、と人の話を聞いてくれないフリギア、売り物から大振りのナイフを取り出す。
その切っ先を見て、僕は首を振って全力拒否。
「いいよ。僕はそういうガラじゃないし。分かってるでしょ?」
「ああ、そうだったな。喚きながら命乞いをする方が、お前には相応しい」
「その通りだけどさぁ。なんか言い方酷くない?」
「そうか?」
とっても適切なご指摘、アリガトウゴザイマス。
と、ここで昼食を食べ終えたので、空手を振って立ち上がって外へ出る。
「始めるのか」
「うん。やらないといけないことは、やらないとね」
店の扉にかけていた札を『営業中』に戻しておく。
「ならばいい。俺の姿が見えんでも、気にせず拉致されておけ」
「了解でっす。気にせず拉致される僕、哀れ。折角お店もてたのに」
「お前の店ではない。が、マンドラ様は報酬としてお前のために銀鉱石を用意している」
ぽつり、と聞こえた単語に、耳が、頭が、全身が、反応する。
銀、鉱、石。
慌てて振り返り、フリギアへ詰め寄る。
「銀鉱石っ? ほ、ホントにっ? 嘘じゃないよねっ? 一かけらとかじゃないよねっ?」
「そこだけ疑い深いな。心配するな、既に用意してある」
「ホントっ?」
「ああ。鉱石は専門外だが、かなりの大きさだったな」
「うそっ! ど、どれぐらいっ?」
「それは後の楽しみだ」
「銀鉱石……銀鉱石……」
銀鉱石! まさか鉱石くれるなんて! マンドラさん、なんて太っ腹! なんて素敵な人だっ!
気持ちを入れ替え、改めて気を引き締める。
「やはり石一つでこの変化か。さすがと言うべきなのだろうが、何故か納得いかん」
「よし! フリギア、僕に任せて! 店の切り盛りも! 囮も! 任せてね!」
「不安だ…が、客が来たか」
なんか渋い表情のまま姿を消すフリギア。ヘン。
そんなフリギアの後姿が見えなくなったと思えば、すぐさま来店を告げるベルが軽やかに鳴り渡る。
心機一転。どうやら店はもらえない流れだけど、銀鉱石がもらえる!
これは頑張るしかないっ!