●第25話(囮)
「ほう。これは」
「嫌だって言ったのに、誰も聞いてくれない」
「壮観だな」
「皆して、酷いよ…」
数の暴力を行使され、僕は囮になることが決定。逃げようにもあの面子じゃ無理です。
その日は厳重な警備を敷いているというマンドラさんの屋敷に泊まらせてもらい、翌日、憂鬱な気分のままフリギアと一緒に『街外れの鍛冶屋』へ。
ちなみに、ドゥールとミノアは本当にお菓子巡りへ向かいました。
それはもう、僕のことなんてどうでもいいといわんばかりに、嬉しそうでした。楽しそうでした。
折角だから僕もそっちに参加しようとしたら、フリギアの笑顔が待ってました。泣きそうでした。
「鍛冶屋、というよりは武器屋か。商品の武器までそのままだな」
「そうみたいだね」
確かに、フリギアの言う通り、街外れの鍛冶屋は武器屋だった。
店の正面にカウンター。そのカウンターから入り口にかけて多数の武器が所狭しと置かれている。
剣が多いけど槍や弓、ナックル、斧、メイス、杖まであって。一応奥には工房もあったけど、鍛冶をやるためのものじゃない。
「なかなか良い物が揃っているな」
「そうみたいだね」
これを『療養所』と言ってのけたマンドラさん、さすがです。
ため息交じりの返事が気に入らなかったようで、フリギアは僕を見下ろしてくる。
「興味がなさそうだな」
「あのさ、囮にされる人間に興味持てって言う? フリギア鬼だよ…」
「シアムよ。この程度でお前は鬼と言うのか」
「ええと……なんでもないよ、空耳だよ」
口元を吊り上げたフリギアから目を逸らして、今の言葉を記憶から抹殺。
陳列された武器の数々を見回し、フリギアへ顔を向ける。不敵な笑みを浮かべてみせた彼へ、僕は回れ右をしたいと目で訴え。
「さて、不届き者は何日で食いついてくるのだろうな。楽しみだな」
「僕は楽しくない」
全然分かってくれないフリギア。武器屋に来ただけなのに疲れた。
適当に休める場所は、と…カウンターにあった椅子を引っ張り出して腰を下ろす。
普段なら興味も沸くけど、状況が状況だけに、沸いてくるのはため息だけ。
「どうして僕がこんな目に…」
「命までとられんからな。それにお前は変に肝が据わっているからな、適任だろう」
「…フリギア、代わってよ」
「お前がいるのに、何故代わる必要がある?」
「……」
即座に答えてくれたフリギアは店の端に置かれた巨大な壷へと向かう。
「練習用か」
無数の柄が飛び出している壷、その中に入れられた剣を手に取っては戻す、という動作を繰り返す。
飽きずに刃こぼれが激しい剣を眺めているフリギアを睨み上げる。
「僕の平和な暮らし、返してよ」
「何を言っているのだ、十分平和的だろう。お前の安全は保証されている」
飄々と、けれど力強く断言するフリギア。視線は壷に固定されてるけど。
でも、その頼もしい声に……安心できるわけがないし!
囮にされる身に、本当になって欲しい。昨日の永眠一歩手前事件から、僕の扱いが酷い。何度も言うけど、酷い。
「あのさ、僕にとっては命がけなんだよ? 小市民を囮にしないでくれる?」
「ははっ、お前が小市民だと? 面白い冗談だな!」
「本当のことだよ! もう!」
どうもマンドラさん、最初から囮作戦を考えていたに違いない。
この店に置かれた武器の数と品揃えといい、すぐにでも使用できる状態にある道具の数々といい。
「まったくもう…」
多分、最初は他の誰かを囮にする予定だったのだろう。
けど、そこに都合良く『本職の』鍛冶を引き連れたフリギアたちが現れたから、ここぞとばかり僕に押し付けたのだ。
…見た目は貴婦人なのに、やることは容赦ない。
「はあ…」
何度目か分からないため息に、フリギアはようやく壷から視線を外して僕を見てくる。
「どうだ? 今日中には店を開けそうか?」
但し、その口から出たのは謝罪ではなく、囮作戦についてだけど。
容赦ないフリギアに、ため息をさらに追加で。
「今日って…あのさ、フリギア。本当に、本当に僕、生きて帰れるんだよね?」
「当然だ。マンドラ様の言うことに間違いはない」
「なんか嘘くさいんだけど」
「シアムよ。いい加減、腹を括れ」
そういうフリギアは、台詞だけ聞けば怒ってるようだけど、実際は満面の笑みで言ってくれました。
…絶対に、楽しんでる……いいよ、分かったよ!
膝を叩いて、笑うフリギアへ喰いつく。
「分かったよ! 僕はあくまでも売るだけ! いいね!」
「ああ、構わん。恐らくそれだけでお前は賊に拉致されるだろう」
「嬉しそうに言わない!」
「すまんな。では、後は任せたぞ」
ほとんどやけくそ気味だったのに、フリギアは気にもせず満足そうに頷くだけ。
でもって言うだけ言ったフリギアは、カウンター奥にある部屋の一つへと姿を消す。
なんでも、非常時以外は姿を見せないんだとさ……賊の警戒心を無くすために。
「ホントもう、看板だってそのままだなんて」
フリギアの後姿を睨みつけ、頭を振って持ち直す。
決めたなら、やるのが僕! 頑張れ僕! 目指せ街一番の武器屋!
ちなみに、マンドラさんが買い取った店の名前は『ノーゼンハレン』。
一応意味はあるようだけど、教えてくれなかった。でも、マンドラさんは実に意味深長な笑みを、あの鉄扇で隠してました。
でもって、もしも、と前置きして。
「まだ内装に手を加えていないから、武器が残っているようでしたら好きになさい。値段は…そうねえ、シアム坊が決めて良いわよ」
私、武器の値段なんて分からないから、と言うマンドラさんの嬉しそうな声が脳内で再生される。
値段、か…
「よっし。まずは値段、決めちゃおう」
悲しいことに、僕には拒否権なんてないらしい。それならマンドラさんの言う通り、好きなようにさせていただきます。
気合を入れ、店内をぐるりと見回す。適当に見えた武器についたタグは、全部白紙。
精神的に疲弊した身体を動かして、まずは武器の一つ一つを確認していく。
「ふうん…」
不本意だけど、他人が作った武器を見て、手にしていると、誰かさんたちによってささくれ立った気分が落ち着いてくる。
なるほど、良く見ればどれもすぐさま実戦で使える、それも長く使えるものばかり。
「そこそこいい鍛冶から買い取ったっぽい。ん、こんなものかな」
質としては中の上から中。フリギアが興味を示していた壷に入った剣たちは、完全に練習、訓練用。
黙々と値札を埋めてる作業をしていると、どこからか音が聞こえてきた。カラン、とベルの音が。
…そういえば、入り口の扉にベルが付いてたっけ。まさかお客ってことはないだろうから…
「ドゥールったら、さっそく冷やか…あれっ?」
ドゥールが僕をからかいに来たのかと振り向けば、見知らぬ顔が一つ。
誰、この厳ついオッチャン? やたら筋肉質で、やたら重装備なオッチャンだけど?
「なんだ? まだ開いてないのか?」
「へっ?」
オッチャンと僕の視線が合う。オッチャンの厳つい顔に疑問符が浮かぶ。僕も頭が疑問符だらけ。
ええと……どちら様、でしょうか?
オッチャンはぐるりと店内を見回し、しゃがみ込んでいた僕へ視線を戻す。
「他に人はいないか。なあ兄ちゃん、兄ちゃんがここの店主か?」
「う、うん。一応、だけどね」
まさかのお客、ですか?
「そうか…その様子だとまだ開店前だったか? 邪魔したな」
「えっと! まだ武器を並べてて値段も空のが多いけど、店はやってるから!」
咄嗟の誤魔化しを聞いて、背を見せかけたオッチャンの顔が綻ぶ。
そして大げさに店内を見回し、満足そうに何度も頷く。
「そうかそうか! 冷やかしに来たんだが、結構良いモンが揃ってるじゃないか。兄ちゃんが作ったのか?」
直線の視線に耐えられず、僕は白紙の値札へ視線を動かす。
「…少しだけ、ね。ほとんどは師匠のを、こう、卸して売る感じで」
「若いのに、色々作れるんだな! ほう…」
「いや……少しだけ、だって…僕はそんなに…」
「ほう…なかなかの…」
気さくなオッチャンは僕の説明をほとんど聞かずに斧を一つ手に取ってしげしげ眺める。
早速お客とか、聞いてないんだけど。
でもまあ、開店しかけた店の武器なんて買うわけないだろう、うん。
「さて、と」
僕が店主かあ…ううむ……店主、かあ…
結構、いい響き?
「………むふふ」
でも、武器は僕が作ったものじゃない。
オッチャン、早く帰って他の店に行った方がいいよ、と心の中から広い背中へ声をかけて、値札を埋める作業を続けていく。
「兄ちゃん、この斧いくらだい?」
だから、呼ばれてることに気付かなかった。
「……」
「おい兄ちゃん?」
トントン、と肩を叩かれ、初めて呼ばれていたことに気付く。
「は、はいっ?」
振り返ると、売り物の斧を持ったオッチャンの姿。いや、まさかね…
オッチャンはその値札を持って、ひらひらさせていた。
「この斧だけどよ、値が付いてなくてさ。いくらだい?」
「値段? ええっと…」
それなりの値段を提示する。こっちは売れても売れなくてもいいから、多少吹っかけても僕は全然困らない。
けど、僕の提示した値段を聞いたオッチャン、ニヤリと笑みを浮かべちゃって。
「よし、買った!」
「はいっ?」
買ったって聞こえましたけど? ええっ?
ちょっとオッチャン、即決すぎだって!
思わず立ち上がって、首を傾げたオッチャンを、その斧を指差す。
「どうしたよ?」
「ほ、本当にいいのっ?」
だって、自分の身を守る武器だよ! なのに、こんな誰が作ったか分からない武器でいいのっ?
思わずそう訊ねると、オッチャンはそりゃもうイイ笑顔で頷くし。
「何言ってんだ! 兄ちゃん、もっと自信もっていいぞ! オレが保証してやる!」
「はあ…あ、ありがとう、ございます…?」
「なんだなんだ、急に堅苦しくなりやがって」
いやだって、まさかこんな怪しげな店でモノ買うなんて思わなかったし…
とは言えないし。
「初めての客がオッチャンだったから、つい」
「そっか! オレが初めての客か! そりゃいいこと聞いたわ!」
「そ、そう…」
「ほら、会計頼むぞ。そっか初めての客か!」
「う、うん」
そして斧と共に上機嫌なオッチャンが店から出て行く。ガランガラン、と盛大な音を立てて閉まった扉を、気付けば数十秒見つめていた。
…嵐のようなオッチャンだった。
静かになった店内。斧が置かれてた場所を見て、自然とため息が漏れる。
「街外れ、じゃなかったっけ? 人気がない、はずだよね?」
最初はマンドラさん辺りが差し向けたサクラかと疑ったけど、本当にお客だったようで。
まあ、オッチャンみたいな物好きはそういないだろうし、これで当分は、お客なんて来ないだろう。
「…うん。確か奥の部屋に在庫があったような…」
取りに向かおうと反転すると、カランカラン。
「へ?」
慌てて音がしたほうを見れば、男女二人が物珍しそうに…
「失礼しちゃうわよ」
「お、なんだ、開いてるじゃねえか」
「勇気出して入ってみて正解だったわね」
「い、いらっしゃい…」
人気がない場所だといっても、街外れだといっても、このグリスの街は中規模都市。元々の人口が多い。
そして、中継地点となっているらしく、行き交う人の数も相当数。
「ああ良かった! 店、開いてた!」
「い、いらっしゃい…」
「アンタが店主かい? 使ってる武器にガタがきちまってね」
「…これ?」
「そうさ。代わりになりそうな、いい武器あるかい?」
「えっと…」
さらに入ってきた女性の対応をして、ふと疑問が頭を過ぎる。
「あれ? 確か…」
この武器屋、確かに看板は立ててあったけど、何を売ってるか示すようなものは置いてなかったハズ…
「あれっ?」
「どうかしたのかい?」
「いや。この武器使ってたなら、これとかどう? 少し軽いけど、扱いやすいと思うよ」
「ふうん……」
けど、この人たちは武器屋と知って来てるっぽい。
「…どゆこと?」
「へえ…中々の品揃えだな……」
「い、いらっしゃいませ」
さらに入店してきた冒険者風の男性を見て、首は傾くばかり。