第23話(囮)
「貴族様っ?」
白髪が多いけど艶がある褐色の髪や、微笑むと出来る笑い皺、落ち着いた佇まい。
なんだかとっても上品なご婦人だなあ、と思ってたら、まさかの当主サマ。
それも、街を治めるって…どれだけの人なのさっ?
「す、すいませんっ! そ、その! えっと!」
慌てて立ち上がり、頭を下げさせていただきます!
みんな、知ってたなら先に言ってよ!
「そんな畏まらないで頂戴。ここでの私は『ミノアの伯母さん』よ?」
「ええと」
けど、そんな僕に対してマンドラさんは朗らかに笑うだけ。近くに来たミノアの頭を撫でて、見た目は機嫌が良さそう。
冷や汗垂らす僕へ柔らかい眼差しを向け、わざとらしく僕が今まで座ってたソファを示す。
「まだ具合が悪いのでしょう。遠慮しないで頂戴」
「は、はいっ!」
恐る恐る、腰を下ろしなおす。心臓がバクバク言うし、さっきとは違った意味で頭が痛んでくる。
うわぁ、貴族様なんて初めてみたよ…
「……」
貴族なんて僕には縁がないと思ってたし、これにしたって、無理矢理会わされたような気もするけど。
そんな貴族様と仲が良さそうなフリギアたち、本当に何者?
…商人じゃないってことだけは断言できるけど。
横目で確認すると、ドゥールにしてもフリギアにしても、マンドラさんを前に緊張しているようには見えない。
ホント、一体なんなの。
「……っと」
いけない、いけない!
余計なことに……もうどっぷり浸かってる気もするけど……首を突っ込んじゃダメだ!
もう遅い気がするけど、僕は平穏な生活が欲しいのです!
貴族様と繋がりをもって出世、なんて有り得ないのです!
自分でも理解できない緊張で鯱張ってると、少しは元気になったらしいドゥールが僕を指差して笑ってくる。
「キャハハハ! シアム緊張しすぎ! マンドラでそれって、大丈夫?」
「ねえドゥール、ひどくない…?」
「お前でも畏まることがあるのだな」
「フリギアまでそう言う! 僕を棺桶に入れた挙句それって酷いよ!」
フリギアまで容赦なく笑い出すし!
失礼な二人は放置して、姿勢を正す。まだ笑う失礼な二人から意識を逸らし、マンドラさんを上から下から観察。
「どうかしたのかしら?」
「シアム、マンドラは止めた方がいいって」
「止めた方がいいって、それ、何の話?」
「え? シアム、マンドラっぽいのがいいんでしょ? 違うの?」
「………」
最後に、一番気になってた無骨な扇子を観察観察…
じろじろ見てるにも関わらず、マンドラさんは人が良さそうな笑みを浮かべるだけ。
ううむ……ここは思い切って。
「あの、一つよろしいでしょうか?」
「なにかしら?」
「そのですね、貴方様が持ってらっしゃるその扇子ですけど…見せていただいても構いませんか?」
「これのこと? ええ、どうぞ」
あっさり承諾し、けれどマンドラさんは軽く目を見張って僕に扇子を渡す。
身を乗り出し机越しに受け取った瞬間、貴族様が使う扇子とは思えないほど、ずっしりとした重みが手にかかる。
「ああ、やっぱり…」
「どしたの、シアム?」
「いや、ちょっとね」
扇子を畳んだ状態で、一番外側となる親骨。そこに嵌まった石を確認してから、恐る恐る広げてみる。
重なっていた複数の黒い短冊が、大した抵抗もなく広がる。綺麗に広がった短冊の一枚一枚に、花型の穴が開いている。
天井の明かりに透かし、隅々まで眺めてから、扇子と貴婦人の顔を見比べる。
「やっぱりそうだ。これ、鉄扇、ですよね?」
「あら」
嬉しそうに微笑むマンドラさん。その慈愛に満ちた笑みからは想像つかないけど…予想は大当たりっぽい。
「やっぱそうだったんだ…」
この重さと材質。マンドラさんが持っていたのは風を送るための扇子じゃなく、護身用として良く使われている鉄扇。
短冊の装飾も、錆びないようにするためのものだし、ね。
「それにこの石だってそうだよ。貴族様が使うような代物じゃあ」
親骨の石を示せば、マンドラさんは笑みを深める。それはどちらかというと、不敵な笑みといった感じで…
「まあ、よく気付いたわね」
「…一体誰が作ったの? こんなの、普通作らない…」
誰だか知らないけど、世の中には凄い技術を持った変わった人がいるもんだ。
感心八割、呆れ二割で鉄扇の観察を続ける。
「そんなに驚いてどしたの? ソレ、単なる趣味が悪い扇子じゃん。シアムったら、ソレが欲しいの?」
なんか失敬な発言をしたドゥールが疑問の表情を浮かべる。何も言わないけど、フリギアもたかが扇子だろう? 的な視線を向けてくる。
ミノアだけは興味ないのか、無反応。杖をぐるぐる回して、一人で遊んでます。
と言うわけで、前者二人に向けて鉄扇を広げてみせる。
「ただの扇子じゃないよ、これ。こんな宝玉を埋め込んだ、杖代わりで…武器代わりの鉄扇、普通は作らない」
「ふうん。それ、武器なんだ。へえ」
「なるほど。武器には見えんが…」
ほら、と広げた鉄扇を見せ付けても、二人の反応は鈍い。
ああもう! この驚きが通じないなんて、信じられない!
理解してくれない二人から、意味深な笑みを浮かべたマンドラさんへ顔を戻す。
「ふうん、じゃないって! マンドラ様、貴方様は一体何者ですか?」
「あらやだ。扇子一つで驚かれるなんて、困っちゃうわ。シアム坊、それは最先端のおしゃれよ」
「いやいや、ご冗談を……その、お返しします…有難うございました…」
全身から、嫌な汗が吹き出てくる。そのまま畳んだ鉄扇をマンドラさんにお返しして、額を拭う。
「どういたしまして」
受け取った彼女はそれを広げて、優雅に扇ぎ始める。その状態でどこか遠い目を僕の斜め後ろ、つまり窓へと向け、口を開く。
「昔からこの街は物騒で、いつ何時襲われるか分かったものじゃなくて。ですから私のようなか弱い貴族はこういった、武器に見えない武器が必要なの」
「か弱い? あ、いや、護衛の人がいるじゃないですか?」
そう。別に上品なご婦人であるマンドラさんが鉄扇を、武器を振るう必要はない…と思うんだけど。
という僕の考えはお見通し、とばかり彼女は目を細める。
「シアム坊は平和な場所にいたのね。この街ではその護衛が平然と裏切るのよ」
「え」
「大体がお金に負けてしまうのだけど。本当に困ったものよねえ」
護衛が裏切る? だって護衛だよ? そんなこと、あるの?
答えを探してドゥールを見ると、彼は楽しそうに笑い、フリギアを見れば肯定の頷きを見せる。
…そう、なんだ。
軽く衝撃を受ける僕へ、マンドラさんは穏やかに続ける。
「この屋敷にいるのも、私に殺されても構わないと言える人間だけ」
「……すいません」
立ち入ったことを聞いた、と謝れば、マンドラさんは片目を瞑ってみせる。
「物騒だけれど、この街ではそれが当たり前なの。だから私は見た目はおばちゃんでも、油断しては駄目よ」
「い、いや! そ、そんな、油断だなんて!」
「残念だけど、ただではやられてあげませんよ」
冗談のつもりなんだろうけど、その鉄扇を見ていると冗談に見えない…そもそも、僕は挑む気なんてないけど。
そこでミノアが動きを止めて、ぽつりと呟く。
「伯母様はとても強いの」
「そりゃあ強いだろうよ…うん」
だってあの鉄扇、手入れされてたけど先端が血塗れでしたし。
元々防具として、護身用として使われるはずなのに、完全に武器として使われてましたし。
この見た目で、あの鉄扇。ホント、信じられません。
「ほほほ、シアム坊を怖がらせてしまったかしら。少なくとも私の屋敷は安全だから、心配しなくていいのよ」
「いえ、こちらが無知でした…すいません」
「あらあら。その話は終わりにしましょう。ですが、この扇子のこと、よく気付きましたね」
「普通、気付くと思いますが」
褒められても嬉しくない。思わず額を拭っちゃうほど嬉しくない。
と、ミノアが遊んでいた杖で僕を指し示す。やっぱり杖を向けられるのね。
「シアムは鍛冶」
「あらそうだったの。だからコレに気付いたのかしら」
「ええまあ…」
ミノアは続けて、僕に向けてた杖を抱きしめる。
「調整してくれたの」
「あら……あら、その杖を調整したのね?」
「い、いや、調整だなんて!」
「はい」
「有難う、ミノア」
ミノアは素早い理解を示したマンドラさんへ、嬉しそうに杖を差し出す。
さっそく受け取った杖をしげしげと観察し始めるマンドラさん。楽しそうです。
「そ、そんなじっくり見るものじゃないですから!」
「シアム、謙遜する必要はないぞ。マンドラ様」
彼女を見て、僕を見たフリギア。どこかで見た悪魔の笑みを浮かべて口を開く。
「彼は相当な腕前でして。私も先日…」
「ちょっ? わーわー!」
ニヤリと笑ったドゥールも追従して、いつの間にか抱えていた弓を持ち上げる。
「オレの弓もさ…」
「ドゥールっ? ちょ、ちょっと黙って!」
「さっすがシアムって感じでさ、オレも」
「あーあーあー!」
余計なことを言わせないよう、必死に声を上げる。なんで僕、こんなことしてるんだろ?
「お願いだから、二人とも黙って!」
「あら、そうなの」
やけくそ気味に二人の妨害をしていたけど…けど、黙って杖を観察してたマンドラさんの眼が鋭く光ったのは…見逃さない。
「な、なんか嫌な感じがするんだけど?」
ここ最近、連続して遭遇した碌でもない出来事。そのせいで、精度が格段に向上した『嫌な予感』が全身を駆け巡る。
マズイぞ僕! 危険だ僕! 逃げろ僕!
「シアム坊、貴方、素晴らしい腕を持っているのね」
「いいえ全く素晴らしくないデス。あ、あはははは」
「遠慮しなくてもいいのよ。若いのに、素晴らしいこと」
「お、お褒めイタダキ恐縮デス」
絶対、絶対に! マンドラさん良からぬことを考えてるっ!
冷や汗だらだらで、マンドラさんの視線を必死に避ける僕を他所に…彼女は小さく頷いた。
そのまま観察を終えた杖をミノアへ返し。
「ねえフリギア。長旅で疲れているとは思うけど、少し聞いて欲しい話があるの」
言い、マンドラさんはフリギアへ貴族の笑みを、裏が読めない笑みを浮かべてみせた。
相変わらずの内容にも関わらず、お気に入り登録有難うございます。
登録していただけるほど、この「小説のような何か」を気に入って下さる方がいると思うと、とても嬉しくなります、ハイ。