第49話(囮)
フリギアたちグリスの街を出立して、かなりの時間が経過し。日が落ち始め一面橙に染まった街道を、馬車が走り続ける。
夜が近い時間帯ではあるが、街道を行き交う人は多い。
とはいえ魔物の襲撃に備え、各々帯剣し、魔法の心得がある者は杖を握りしめている。
そんな中、荷馬車とすれ違い、街道を歩く人々を避けつつ馬車を走らせているフリギア。
「何事もなく辿り着ければよいが」
前方を注視しつつも、ちら、と隣にいるエルフの少年を見下ろす。
後頭部で腕を組み、幌に背を預けていたドゥールはフリギアの言葉を受け、怖い怖い、と耳を動かし肩を震わせる。
「そんな何か起こる、みたいな言い方。オレ緊張してきて胃が痛くなってきたんだけど」
大げさに腹部を押さえてみせるドゥール。
明らかな演技を前にしても、けれどフリギアは表情を変えることなく口を開く。
「万が一の場合、頼りにしている」
「んっ? あれれえ? もしかして根拠あったりすんの?」
予想外の発言だったのか、呻く演技を止め、軽く目を見張るドゥール。
対してフリギアは首を振り、そのまま背後にある、妙に静かな幌へと目を向ける。正確には、その中にいる人間へと目を向ける。
「アイツを渡すまいと、刺客を放たれそうな気がしたのでな」
「シシシ! 刺客だって? シアム監視してた人間は全部見つけて、全部殺したけど? 誰がオレたちのこと報告できるって? キャハハハハ!」
天気の話でもするかのような軽い口調。そして面白い冗談を聞いたという顔でドゥールは笑う。
フリギアは笑いすぎたせいか、目尻の涙を拭うエルフに目を向けるが、やはりその表情が変わることはない。
「変わらず、人間には容赦がない」
「オレエルフだからね! 人間に優しくする理由ないし?」
「そうだな…」
監視との連絡が途切れたことに、何日で気付くか。
その間に、どこまで進むことができ、どこまで起こるはずの事態に対処できるか。
フリギアは思考する。
押し黙り、前を見据えるフリギアにかかるのは、どこか馬鹿にしたような笑い声。
「オレが作った時間、有効に使ってよ?」
「ああ。とはいえ、当面は国を目指すだけだ」
「まぁね。元々の目的も達したことだし、さっさと帰らないと。オレもう怒られたくないし?」
「すれば、お前たちともお別れ、か」
珍しく茶化すような口調に、ドゥールは腕を組んだまま肩をすくめる。
「道中予想外なコトあったけど結構楽しかったし。オレはよかったと思うよ?」
「楽しい、か」
呆れた様子のフリギアへ、ドゥールは心外とばかり口元を歪める。
「人間の数十倍も生きてるからさ、オレ退屈なの。普通の刺激じゃ足りないんだよねえ。困った困った」
「自然と同化することを第一に考える種族がエルフ、と聞いていたが?」
「イヤだなフリギア。まさかそんな古臭い言い伝え信じてるって? シシシ」
「全く。エルフに有るまじき思考だな……まあよい。ミノアはどう思っているのだろうな」
ふと漏れたフリギアの言葉に、ドゥールはなんとなしに目を後方へと向ける。
先ほどから沈黙を保ったままの幌。静か過ぎるソレを確認し、エルフの少年は口を開く。
「シアムっていう玩具がやってきたし、結構満足してるんじゃない? ってオレ思うけどね」
「玩具、か」
「そ。人形である自分によくしてくれる玩具。なぁんてね、シシシ」
今まで飄々としていたドゥールの目に、仄暗い光が灯る。
「ウシシシ。さあて、フリギアはシアムをどうしちゃうのかね?」
「何を突然」
困惑するフリギアと、小さく肩を揺らすドゥール。
「人間っていつもそうさ。シアム、あれだけの力あるってのに世間知らないようだし、自分たちの色に染めること、簡単でしょ?」
「…そういう考えはない」
「怖い怖い! 魔物より、よほど人間がおっかない! キャハハハ!」
どこか濁った目のまま笑うドゥール。フリギアはその言葉に険しい、決意の表情を浮かべる。
「国の後ろ盾をそれとなくもらうだけだ。従属させるつもりはない」
「ま、頑張ってくれたまえ。ミノアみたいにしないようにねえ?」
「ミノアがどうしたという」
脈絡もなく出てきた名前に、フリギアは眉を寄せる。
他方、エルフの少年は伸びをしながら目を細める。
「アレは『出来損ない』て言われてる。知ってる?」
「ああ。だが、俺は出来損ないだと、欠陥だと全く思わん。戦場を冷静に分析し、自分がすべきことを瞬時に理解し実行してみせる。ミノアは優れた魔法師だ」
頷きつつもそう評価するフリギアへ、ドゥールは軽く手を振ってみせる。
「言うねえ。でもオレにしてみれば、アレは魔力だけは馬鹿デカイ、使えない人形ね」
「ドゥール」
あまりの言い草に、フリギアはドゥールを嗜める。が、鼻で笑われるだけ。
「あのさ分かってる? ミノア攻撃魔法しか使えないってこと。前にシアムにかけた昏睡魔法あるでしょ、あれ人間殺すための魔法ね」
「……」
「オレら以上の魔力あるのに。あれだけ魔力あれば、何でもできるってのに残念残念」
「……」
「でもま、兵器として考えれば命令に素直に従うし、自己防衛もできて便利? だからオレらにミノアが付けられた」
おっそろしい! と自らの肩を抱いたドゥール。そこに含まれた侮蔑の響き。フリギアの表情が険しくなる。
「ミノアを付けたのは、実験とでも…?」
「違う違う! 国に力を貸すのは、高貴なる者の義務ね?」
「…信じられんな」
「皆そう思ってるじゃん?」
クスクス、と笑う。
不快を示すように、フリギアの眉間に皺が寄る。
「皆とは誰か知らんが…少なくとも、俺とシアムはそう考えてはいない」
「そうそう、それだよソレ! さっすがフリギア!」
「それ、とはどういうことだ」
突然指を指され、今度は困惑で眉を顰めるフリギア。
一転し、ドゥールは偉そうに頷いてみせる。そこには先ほどまで見せていた歪みや暗さは存在しない。
「フリギア、腐って欲しくないんだよねえ。オレ結局エルフだし、人間じゃないし? ミノアは見栄えだけする人形扱い」
自身を指差し、幌に目を向け、その尖った耳を動かす。
「最近、下らないコト考えてる人間多くて困る困る。フリギアと腹黒騎士には期待してるの」
「腹黒? カーライルのことか?」
「そうそう」
自身と対で名を呼ばれる男の顔を思い出し、フリギアはドゥールへ目を向ける。
楽しそうにフリギアの顔を見上げ、エルフの少年は馴れ馴れしくその肩を叩く。
「オレがいなくなっても頑張ってよ?」
「不吉なことを言うな」
「仕方ないじゃん。オレはアレを確認してこいって言われたから、下りてきただけ」
所詮は他人事と、ドゥールは関係ないとばかり大きく伸びをする。
「ならば、何故忠告じみたことを」
「フリギア、いつでも落ち着いて行動してるようだけど、結構周囲見えてないし、知らないこと多いし?」
「む」
「ウシシシシ。とっつき難見た目だけど、意外と素直だったりするんだよねえ」
「………」
「キャハハハ!」
突然の指摘に、言われた当人は口ごもり、沈黙する。
間髪を容れずその反応を笑われ、憮然とした表情を浮かべる。
「オレからすればフリギアなんて青い青い!」
「…そうだな」
「そうそう! あ、とっても真面目に見えてそこそこ人望ある人間、ヤバいこと考えてたりするから気をつけてね?」
「おい待てドゥール。まさか何か知っているのか」
「なぁんにも知らないけど? しいて言えばオレの経験、とマンドラの忠告かな? では、悶々と悩みたまえ、若者よ。悶々と、ね」
悩みすぎて人轢かないでよ? と笑い、ドゥールは幌の中へ入っていく。
「全く。軽く言ってくれる」
今まで沈黙を保っていたのが嘘のように、賑やかになった幌へと眼を向け。
フリギアは一人、盛大なため息を吐いた。
お待たせしました。そしてお疲れ様でした。ここまで目を通して下さった方々、有難うございます。
圧倒的な描写不足に加え、言い回しがおかしい部分等ある「小説のような何か」でしたが、ここまで続けることができて良かったと思います。
ほぼ自己満足の垂れ流しのようなモノでしたが、それでも目を通してくれた方がいたこと、嬉しく思います。更新を楽しみに待っていた方など…いたら、最後の最後で更新遅れて申し訳ないです。
惰性でもなんでも、初めからここまで目を通してくれた多数の方々へ。
本当に、有難うございました。
と、「これで最後」的な演出をしておきながら続きを掲載しました。
引き続き、忍耐力や根性といったものが有り余っている方、いらっしゃいましたらお付き合い願います。




