第22話(囮)
目の前で立ち上がった貴婦人に抱きつくミノア。無表情だけど、嬉しいんだろうね。
杖、持ったままだけど、嬉しいんだろうね。
「伯母様」
「あらあら、ミノア! まあ、可愛くなって」
「そう?」
「ええ。背も伸びて…あの頃から随分時間が経ったのね。会えて嬉しいわ」
「魔法も上手くなったの」
「そうなの? 後で見せてもらおうかしら」
「うん」
そこだけ見れば、感動の再開って感じだけど。
「……」
まさか、彼女が僕を殺しかけた人間だとは誰も思わないだろう。僕だって思いたくない。
でも頭がズキズキ痛む。視界がチカチカ点滅中。全身がガチガチに固まってるんだけど!
これ、全部ミノアのせい。
絶不調な僕は壁に手をついて、護衛みたいに直立しているフリギアを見つける。
「フリギア? ねえ、僕、怨むからね?」
口から出る声も、我ながら力ない。けど、言わないとやってられない。
僕の心底からの怨みを受けたフリギアは………視線を逸らしたよ!
「お前の怨みなどしれているが……その、なんだ。彼女の件は申し訳ないとは思っている」
「ドゥールに起こされたら一面花まみれだし、棺桶だし、ミノアが抱きついてるし、見覚えがない部屋だし…」
半分泣きが入ってます。気持ちを切り替えようと首を振ると、その振動が何倍にも増幅されて目眩発生。
立っているのがつらいです。ちょっと気を抜くと、床に顔面衝突しそうです。
そんな僕を見て、救世主ドゥールがソファから疲労が濃い顔を持ち上げる。
「シアム、適当に座っちゃいなよ。当分調子戻らないでしょ?」
「そうする…」
重い身体を引きずるようにして一番近いソファーへ腰を下ろし、テーブルへ突っ伏す。
「うう…気持ち悪い…目眩がする…頭痛い…身体痛い…フリギア……怨んでやる…」
「ごめんシアム。治しきれなかった」
「いいよ…精一杯やってくれたの、分かってるから…」
そう。ドゥールはミノアを説得してくれた。ただ、相手がミノアだったから、最後にはフリギア連れて力技で解決したっぽいけど。
ううう……本当に、気分が悪い……こんな貴重でもない体験、したくないんだけど……
「あら、棺桶の君。大変具合が悪そうね」
「尋常じゃなく悪いです…」
労わるような声に顔だけ上げると、どこかの上流階級っぽいご婦人が近づいてくる。で、この人、誰?
全く見覚えがないご婦人は笑顔で僕の頭にぽん、と手を乗せる。
やたら親密な動作だけど……髪を通して冷たい感触が伝わってくる。なんかちょっと、痛む頭には気持ちいい。
「おまじないよ。それから、ミノア」
そのまま、ご婦人は彼女に引っ付いていたミノアへ顔を向ける。
「魔法の腕が上がったのは良いことだけど、ちゃんと周りのことを考えて使いましょうね?」
「私、死ぬ寸前で止めた」
反省の色って何色? みたいなミノアが怖いです。
「それ、死ぬから…ん?」
あれ? ちょっと頭痛いの治った?
しかも、ガチガチに固まってた身体も、なんか解れてきたような?
「ほら、棺桶の君もこう言ってるでしょう?」
「棺桶じゃないです……シアムです…」
おお? もしかして、触れられた所から、痛みが引いていってない?
おまじない、凄い!
その効果に感動していると、ご婦人の少し厳しい声が耳に入る。
「貴方は人様を治療できないのですから、こういうところはしっかり調整しましょうね」
「私、した」
「今回の調整とは、ドゥール坊が治せる程度よ。それでも調整した、と言えるのかしら?」
「ごめんなさい」
「その反省、しっかり次に生かすのよ。さあシアム坊、具合はどうかしら?」
謝罪はしたものの、反省したかは分からないミノアの声。
けど、ご婦人は満足そうに頷いて僕の頭から手を離し、ミノアの頭を撫でる。
「大分、良くなりマシタ…」
時折目眩はするものの、数分前よりかなりマシになった。身体を持ち上げても、軽い倦怠感だけで済んでるし。
お陰で、ようやく貴婦人様の顔をじっくり眺めることができます。
人が良さそうで、品も良さそうなご婦人がそこにはいた。微笑むその姿は、ドゥールに続いて二人目の救世主。
「それは良かったわ」
「ありがとうございます…」
ご婦人は朗らかに笑って、定位置っぽい場所に戻る。
頭を振っても、目眩はしない。ようやく安心して頭を振れるや。
「本当に助かった……助かったって言えば、そういえば、死者の河を見たような気がしたんだよね。夢だと思うけど」
「アハハ、それ、本当に見てたよ。いい経験したジャン?」
疲れてるにも関わらず、ドゥールは楽しそうに笑って僕を見てくる。
「え、まさか」
「ホントホント。馬車で輸送中、オレらシアムのこと一切関知してないし?」
「えっ?」
「だからさ、多分、本当に死に掛けてたんだと思うね、オレは」
ドゥールの衝撃発言に背筋が凍る。
「ちょ、ちょっと! なんで放置するのっ? 扱い酷くないっ? 僕、物じゃないんだけど!」
反射的に、フリギアへ向けて抗議していた。
けど、フリギアはあらぬほうを見ていて。そのままぽつりと。
「ミノアが楽しそうだったものでな。つい」
「つい、じゃないよ! それで僕死に掛けたんだけど! ミノアもミノアだよ!」
今度は諸悪の根源っぽいミノアへ振り返ると、彼女は不思議そうに見つめ返してくる。
その顔には反省とか、後悔とか、謝罪とか全く含まれてない。
「ミノア、罪悪感零って感じだけど」
つい刺々しい口調になるけど、彼女は気にすることなく杖を僕に押し付けてくる。
それを手で押しのける僕。
「杖作って」
「他に言うこと、あると思うんだけど」
「髪伸ばして」
「違うでしょ! 髪の毛ってなにさっ?」
「違うの?」
違います。どうやら、杖となぜか髪だけが彼女の言うべきこと、だったらしい。
僕の叫びに、彼女は小さく首を傾げて数秒動きを止める。
「他に、あるの?」
「あると……あると僕は信じてる」
「あるの?」
「そう例えば……あれ?」
あれ? もしかしてミノアの言うことが正しいんじゃないか?
だって、別にミノアは悪いわけじゃない……そう、そもそも諸悪の根源はフリギアじゃないか!
そうだ、ミノアはフリギアの指示に従ってただけで、ただそれに嫌々加担しただけで、悪くない。
「なるほど……」
脳内で結論を出し、ミノアを見つめる。
「うん、分かった。全部フリギアが悪いんだ!」
「そう」
「おいミノアっ?」
何故かミノアを凝視するフリギア。今度はフリギアを見上げるミノア。
そんな僕らに向けて、ご婦人が上品な笑い声を響かせる。
「あらまあ、仲が良いこと」
「そうそう。オレらとっても仲イイんだよ?」
「どこをどう見たら、そのような判断になるのですか」
「仲良かったら、拉致されたり、棺桶に入れられたりしないと思う……って、貴方はどなたでしょうか?」
今更の問いかけに、ドゥールとフリギアが口を開く前に、ミノアが小さな手でご婦人を示す。
僕には散々武器である杖を向けてたのに…この扱いの差って何?
「マンドラ伯母様」
なるほど。伯母様。
で?
「……」
「……」
次の説明を待っても待っても、続きが無い。
十数秒して、恐る恐る訊ねる。
「…えっと。ミノア、それだけ?」
「うん」
さすがミノア。それだけ説明すれば十分ってことですか。
何の事情も知らされ……なくてもいいんだけど、最早商人でも何でもなさそうな彼女たちに拉致された挙句、この扱い。
ちょっぴり泣いてもいいよね?
僕が目元へ手を当てる前に、微笑むご婦人が口を開く。
「あらあら、ミノア、それでは説明が足りませんよ。シアム坊、私はグリスの街を治める三家の一つ、ディーゼの当主、マンドラよ」
「へえ。それはどうもどうも…え?」
街を治める……当主っ?
目を丸くして動けなくなった僕を見て、貴婦人は扇子を広げて軽やかに笑い声を響かせた。