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第48話(囮)

「うわぁ」


 マンドラさんからもらった赤黒い石を手に持ったまま、思わず声をあげる。

 なんせ、マンドラさんの家っていうか完全にお屋敷…から出てみれば。


「あっ、シアムじゃん。オレ待ちくたびれて寝そうになっちゃったじゃん」

「あれ? ドゥールどこいる…ってえ。ええぇっ?」

「どしたの? なんか驚くことあった?」

「え、だって、なんでドゥールそんなところに」


 今まで見たことがないぐらい立派な馬車が僕の前にあったら驚くじゃん。しかも、その馭者台にドゥールが座ってるんだけど!

 見間違えかと思って何度見返してみても、馭者台で手綱を握ってたのは間違いなくエルフの少年。

 信じられなくて凝視してる僕に気付いて、ドゥールは僕が何を言いたかったのか理解したように頷く。


「そんな驚くことじゃないし? オレが手綱握ってんの意外?」


 意外だよ。とっても驚いたよ。驚いたけど眠いよ。そういえば足痛いけど、眠いよ。


「あ、うん。てっきりフリギアか、他から人を雇うのかと思ってたから」


 まさかドゥールが馬車を動かすとは思わなくて、と言えば、エルフの少年は左手の空席を軽く叩く。


「フリギアと交代で走らせる予定だよ。言っとくけど、この街まで馬車走らせてたの、オレとフリギアだからね?」

「そうなんだ…凄いやドゥール! 何でも出来るんだね!」


 弓の腕も凄いし、回復魔法も使えて馬車も操れるだなんて。なんかとっても感動した。

 僕の言葉を受けて、ドゥールは楽しそうに胸を張ってみせる。


「シシシ、もっと褒めてくれたまえ…っていうのは置いといて。ところでかなり時間掛かったけど、マンドラに説教でも食らった?」


 一転して疑問に首を傾げるドゥール……て、何で説教?

 よく分からないけど、首を振って否定しておく。


「ううん、違うよ。マンドラさんに色々聞きたいことがあって。あ、そういえば、道中気をつけてってさ」


 意味深な笑みと一緒に言われたけど、アレ本当になんだろう?

 ただの社交辞令ってわけじゃなさそうなんだけど…


「ふうん。マンドラがオレらの心配? するわけないのに?」

「えっと…心配はしてくれてると思うけど…」

「まっさか! あのマンドラだよ? オレたちの心配とか、有り得ないから」


 疑問に思ったのは僕だけじゃなくて、ドゥールもらしい。

 というか、ドゥールは完全に疑ってるし。なんか前にあったのかな?


「騒がしいと思えば…シアムか」

「あ、フリギア」


 何か準備をしていたらしいフリギアがやってきて、僕に気付いて眉を持ち上げる。

 そのまま僕が手にした石を見て怪訝そうに眉を顰めたものの、それについては特に何も言わない。


「マンドラ様への用事は済んだか」

「うん。待たせてごめんね」

「構わん。シアムも来たことだし、出発するぞ」

「了解了解」


 フリギアの声に、ドゥールは軽く笑う。ミノアがいないけど、既に馬車の中なんだろうね。


「ふぁぁ…」


 と、今更ながら眠気が押し寄せてくる。ヴァンパイアキラーを作ったから全然寝てないし、中途半端な時間に起こされたから、尚更眠い…ぐう。


「ねむくなってきた……」


 目を擦ってると、馭者台に腰を下ろしたフリギアが後方に向けて手を振る。


「安心しろ。寝床も用意してある。存分に寝ていろ」

「ありがとフリギア…」

「礼を言うな。冗談だぞ」

「うん…」


 小さな欠伸を連発しながら、中に入る。途中で寝床ってまさか…っていうドゥールの声が聞こえてきたり。


 日が遮られた薄暗い幌の中。フリギアたちが買い込んだのか、麻袋が増えてる。

 加えて、僕が作り上げた二本の剣…漆黒の大剣と、作りかけの銀剣が置かれている。


 そこそこの荷物に囲まれた中、尋常じゃない存在感を主張しているのが…真紅に塗られた箱。真紅の、棺桶。

 艶がある蓋が少しずらされているものの、僕の位置からは何も見えない。なにせ、半開きにされた棺桶を抱くようにして、蓋を撫でてるお方がいるもので。


 うん、もんのすごい存在感。


「……」


 ところでミノア、そんな一生懸命に棺桶の蓋を撫でなくてもいいと思うんだ。

 どうみても、中身入ってるようにしか見えないし。まさか、中身を調達してないよね?


 薄ら寒さを感じて、思わず腕をさする。と、馬車の前方から大きな音と振動が伝わってくる。


「ミノア、シアム、出発する。何か物に掴まっておけ」

「うん」

「あ、はぁい」


 外から聞こえてきたフリギアの声に、一先ず腰を下ろして手近にあった出っ張りを握りしめる。

 しばらくして、馬車が音をたてて動き出す。最初はゆっくりと、徐々に速度を上げて。

 一定の速度に達して安定した途端、棺桶大好きミノアが僕に感情が読めない目を向けてくる。


「髪」


 そして僕の頭を指すミノア。髪がどうしたっていうんだろう?

 聞き返したい気持ちもあるけど、眠気がそろそろ限界で、構ってあげられそうにない。


「今さっき起きたばっかだから、ごめんね……ふあぁぁ」


 止まらない欠伸を噛み殺しつつ、ミノアにどいてもらって棺桶の蓋を床に下ろす。

 幸いなことに、隙間なく敷き詰められてた白と赤の花は一掃されてて、手触りのよい緩衝材だけが目の前に広がっていた。


 …良かった、中身が空で。


「ちょっと武器作っててさ、眠くて。だから寝るね…」

「寝るの」

「…うん」


 靴をぬいで、文字通り棺桶に片足を突っ込む。足が痛いけど、もう寝たいから我慢する。

 とはいえ、一応凹凸が無いかを確認してから、ゆっくり身体を横たわらせる…ああ、やっぱり寝心地いい。


 ミノアは杖を抱きつつ棺桶の傍らに腰を下ろし、不思議そうに僕が身体を横たえるのを見守っている。


「これで…よし…」


 完全に身体を横たえれば、少し窮屈だけど心地よい感触に囲まれて満足。


「じゃ、お休み…」


 最後に、外からの光を遮るために、棺桶の蓋を手繰り寄せようとしたら、ミノアの小さな手が僕の手を握り締める。


「どしたの…?」


 顔を持ち上げるのも億劫で、棺桶の壁に向かって声を出す。今更寝ないで、とか言わないでね。


「閉めないの」

「……うん」


 どうやら、寝ることに反対はしてない様子。

 生返事をしつつ、そのまま目を閉じればすぐさま意識が遠のいていく。

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