第46話(囮)
「………んん?」
扉を叩く音で目が覚めた。
最初は小さくて控え目だったのに、段々乱暴になってきてるんだけど。扉が壊れそう。
まだ寝てたいんですけど…
「シアム! いい加減起きんか!」
「ほ…へ……ぼく…おきて…ぐぅ……」
寝ようと思ってから、まだそんなに時間は経ってないはず。
頭がぼうっとしてるけど、誰かさんによって扉が壊される前に、と重い瞼を持ち上げて現状確認。
まず目についたのは完成したヴァンパイアキラー。僕はそれを抱きしめたまま床で寝てたわけで。
冷たい感触を伝えてくる銀の剣を抱き直してから身体を起こし、床に腰を下ろす。
なんだか足がずきずき痛むなあ、なんて目を向けて…そういえば、怪我してたっけ。
「シアム!」
「ふぁぁい…もすこし……まっ…ぐぅ……」
扉の向こう側にいる人はどうやら心が狭いらしく、僕の言葉を無視して扉を叩き続ける。
というか、音的に扉を蹴ってるような気がするけどまさか、ね。そこまで外にいる人は野蛮じゃないと思うし。
「おい!」
この騒音を収めるには眼前の扉を開けてあげるのが一番早い…んだけど、動きたくない。
「どっこい…しょ」
しばらく床に座ってたけど、また床に身体を横たわらせる。うん、冷たくて気持ち良い。
「……おやすみ…ふぁぁ……」
とっても眠んだよ、僕。囮もやって、ヴァンパイアキラーも作って、結構頑張ったから、まだ寝てもいいよね?
「……おい」
二度寝しようとした僕を遮るように、扉が勝手に開いてくれた。
おお、なんかスゴイ! 鍵掛けてあったはずなのに…って、もしかして、掛けてなかった? どっちだっけ?
「かけて……ううん」
「やはりか」
「あ…フリギアだ……おはよ…?」
「ああ、そうだな」
そこには険しい顔をしてるものの、呆れた様子のフリギアが立っていた。いつも通り、身なりはきちんとしている。性格が出てるね。
服装も普通に革の鎧だし。商人とか聞いたような気がするけど、もう隠すつもりもないんだなあ…だなんて漫然とフリギアを上から下から見てると、欠伸が止まらない。
結局、なにしても眠い。寝たい。
「……おはよ……ふぁ…」
「すぐ着替えろ。出発するぞ」
「しゅっぱつ?」
出発、という言葉を聞いて、なんとなく窓に目を向ける。
外、まだ暗いじゃん。まだ夜だよ、フリギア。
「まだくらい……ねむい……」
「時刻は既に早朝だ。寝るなら馬車に棺桶があるではないか。そこで思う存分寝ろ」
「…うん…ねる……」
「おい! ここで寝るな馬鹿者!」
「わかってる…かんおけでしょ? わかってるよ……」
かんおけ…そういえばあの棺桶、かなり寝心地が良かったような気がする。
花が散らされてて匂いが凄かった気がするけど、寝心地だけは良かったような気がする。
とにかく、僕は棺桶で寝ればいいんだね? 良く分からないけど、分かったよ。
うんうん頷いてると、腕を引っ張られて身体を無理矢理起こされた。酷い。
「なんで?」
「とっとと着がえろ」
「うん…きがえる……ふあぁあ…かんおけ…ねる…」
「早くしろ」
仕方ない。フリギア怖いし早速着替えよう…でも服、どこにやったっけ?
「ふく…ふく……」
床に手を伸ばして、服を探す。まだ眠いからか、体がゆらゆら揺れる。
必死に服を探す僕を、ただただ見下ろすだけのフリギア。
「…ふく…どこ?」
「……」
「あ」
そういえば、下敷きにしてたような……ああ、あったあった。
ずるずる、と床からミノアが用意してくれた服を拾い上げる。なんか服見つかっただけで満足。
「あったよ…むふふ…」
「シアムよ…お前、本当に着替えることが出来るのか?」
「ひど…それぐらい…よゆ…う…」
相変わらず酷い言い方するフリギアに言い返し。
服を広げて、早速着替えを……
「…前後逆だな」
「ぎゃく? あれぇ?」
確かに、なんか動きづらい。でも、ちゃんと僕、着替えたよ?
なんとなくフリギアを見上げると、がっくりと肩を落とした姿が。なんか珍しい。
「いくらなんでも、弛み過ぎだ。お前は一体どういう生活をしていたのだ」
「…きがえ……ひとりで…できた…」
「出来とらん。全く、何故、俺がコイツの手伝いをせねばならぬのか」
「フリギア……? てつだうの…?」
「これほど弛んだ男なぞ、見たことがない」
「えへへ…」
「喜ぶな!」
ぶつくさ文句言いながらも手伝ってくれたフリギア、とってもいい人。
頑張って着替えてるうちに、少しだけ目が覚めた。
序でに、これから何をするのか、何をしないといけないのかも思い出す。
「けん、剣…」
「今のお前では他人を刺し殺すな。俺が持つ」
「そんなことしないって。でも持ってくれるっていうならさ、フリギアコレとコレお願い。あと、精霊石もお願いね」
「おい、この剣の鞘はどうした」
「それはまだ未完成だし、剥き身でも怪我はしないから平気だよ」
「ならば良いが」
なんかフリギアが好意を見せてくれたので、大剣と未完成の剣を渡す。前者は腐食の大剣、後者は余った銀板で作ろうとしている銀の剣。
更に端が欠けた黒の精霊石も一緒に持ってもらうと、フリギアは眉を寄せる。
「精霊石? 待て、シアム。この黒…黒の精霊石だと?」
「うん、精霊石だよ。えっと僕はコレと…」
フリギアが何に驚いてるのか、良く分からない。
僕は僕で、昨日から丹精込めて作り上げ、さっきまで抱いてたヴァンパイアキラー、その完成品を持つ。
「むふふ……この輝き、最高」
部屋の明かりを反射した刀身が、美しすぎて怖い。愛情込めてやってきた甲斐があったよ、うん。
「その剣も渡せ。今のお前に刃物など、危険過ぎる」
「やだ。ねえフリギア、マンドラさんはどこ?」
途端、フリギアの目つきが険しくなる。あ、怒ってる?
「…下で待っている。待たせている」
「そっか、下にいるんだ。じゃあ早く行かないとね」
「誰のせいで…」
部屋に何も残ってないことを確認して、廊下に出る。
眠いのと足が痛いのとで、のたり、のたり、と歩く僕。ぶつくさ言ってるフリギアは、しっかりとした足取りで前を歩く。
「コイツをこの状態で出すとは…まったく…」
「眠い、眠いよ…」
欠伸が止まらず、涙で視界が滲む滲む。
ゆっくり階段を下りれば、そこは玄関…というには広すぎる場所が広がる。
その隅で豪華な衣装のお貴族様、マンドラさんが優雅に鉄扇で風を送っていた。
マンドラさんも、早朝だというのに身支度しっかり。僕らに気付いてソファから立ち上がり。
「あら……あら」
僕らを見て柔らかく、僕が手にした剣を見て少し険しい声を上げる。
「遅くなりまして申し訳ありません。この問題児が」
フリギアが頭を下げようとするのを制して、マンドラさんは上品に微笑む。
「いいのよ。シアム坊はレイス嬢のために剣を作っていたのでしょう?」
「…そうなのか?」
初めて聞いたとばかり、目を軽く見張るフリギアに、頷く。
「そうだよ。マンドラさん、僕はもう行かなきゃならないから、これ、レイスさんに…お願いします」
「ええ。分かっているわ」
欠伸を噛み殺して、光輝く銀の剣をマンドラさんへ渡す。
目を細めたマンドラさんは鉄扇を畳んで懐に仕舞ってから、丁寧にヴァンパイアキラーを受け取ってくれる。
そして、銀で作られた退魔の剣を、隅から隅まで、じっくり観察し始める。
「…素晴らしい出来ね。まるで鏡のよう」
「色々細工もしてあるんで、実体のない魔物にも使えまっふ…」
柄の細工をつぶさに観察し、輝く刃の端から端に目を向けるマンドラさん。凄く真剣な表情。
お貴族様ならもっと質がいい武器を目にする機会もあるだろうし、ヴァンパイアキラー自体は別に珍しい物でもないと思うけど…?
しばらくして、満足げに頷いたマンドラさん。僕を見て微笑む。
「確かに渡しておくわ。ところでフリギア、シアム坊と二人で話したいのだけど時間は平気かしら?」
問われたフリギアが、僕をちらと見て、不承不承頷く。
「…はい。マンドラ様、コイツが粗相をしでかしたら、すぐに私を呼んで下さい」
「えっ? 酷くない?」
「なれば、その態度を改めろ。それでは、私は外に居りますので」
「ええ。フリギア、よろしく言っておいて頂戴」
「はい」
僕に猜疑の視線を向けてから、フリギアは外へと向かう。
毎回思うけど、僕は何もしてないのに、こういう所信用されてない。なんで?
悩んでる間に入り口の扉が静かに閉まる。
「さて…シアム坊」
「はい……へっ?」
次の瞬間、マンドラさんが呟くと同時にその眼が急速に赤く染まり始め、強く輝きだす。
血のように赤に染まった眼。その中央に位置している真紅の瞳孔が、僕を捕らえて大きく開かれる。




