第44話(囮)
それなりの間フリギアたちと一緒だったけど、何の目的で旅みたいなことしてるのか、どうしてお貴族のマンドラさんと仲がいいのか、とか知らないことが多いことに気付いた。
初めて出会った時に、旅人とか商人とか言ってたような記憶がうっすらあるけど…どこから来たとかどこの出身とか、知らないや。
旅人らしさとか商人らしさとかも、見たことないし…そう考えると、フリギアたちって不審者じゃ…?
なんか怖くなって聞いてみると、フリギアは返事の代わりに盛大なため息をくれた。
「シアムよ、さすがに地理は分るな?」
「ううん、分らない」
一瞬だったけど、フリギアは目を見張って、口を閉ざす。
でもって難しい顔をしてるけど、どうしたんだろ? 僕、何か変なこと言った?
「…そうか、知らんのか」
「そうだよ。さっきも言ったけど、一人旅始めたのは割と最近だったし、元々興味なかったし」
「訊いた俺が愚かだったか…ならばよく聴け」
「うん、よく聞くね!」
「………我らが…」
側頭部に手を当てたまま、フリギアは一息ついて説明を始める。なんだか具合悪そうだけど…あ、分かった! フリギア疲れてるんだ!
昨日から吸血鬼との戦闘とか事後処理とか色々あったから疲れて当然だよね、うん。それなのに、説明させてごめん。
「我らが所属しているのは、北のグランカッセ王国。距離にしてグリスから馬で三日ほど」
「うん」
「グランカッセを中心に、グリスを始めとしたこの近辺の町は全て繋がっている…シアムよ、本当に国の名を知らぬのか?」
「うん」
「余程小規模の村か、隠れ里か、記憶力が致命的なのか…兎に角、周辺と比較しても広大な土地と多くの人間、そしてお前が愛して止まない鉱山を抱えている」
「うん」
「……本当に話を聞いているのか?」
「うん。大きな鉱山が沢山あるんでしょ?」
後から聞いた話だけど、この近辺で『国』と言えばその王国を指すらしい。
ふと思い出したけど、よくオッチャンたちから『クニが…』って言葉を聞いた気がする。
なるほど、あれは故郷のことじゃなくて、そのナントカ王国のことだったんだね、ふむふむ。
「本当に、鉱山以外どうでも良さそうだな」
「その鉱山さ、精霊石は採れるの? あと、鉱石の製錬方法は? それから、精錬した物は他の町に流通してる? 面白い武器とかあったりする?」
「全て行けば分かる。ああ、精霊石については採掘されている。質は良いと聞いている」
「本当っ? やったあ!」
精霊石も鉱山も揃ってるなんて…そんな夢のような場所があったなんて信じられない!
後は、採掘される鉱石の質と量の問題があるけど、フリギアが言うぐらいだし、気にする必要はなさそう。
ああ、期待に胸が膨らんでいく…待っててナントカ王国!
強い決意を胸に、フリギアを正面から見据える。
「フリギア! 僕、絶対ついていくからね!」
「喜ぶのは構わん。が、しかし、だな…」
「しかし? どうしたのさ?」
「いや…」
俺の苦労はなんだったんだ、とか良く分らないことを呟くフリギア。だけども、その小さな声は扉が開いた音に掻き消されたり。
やってきたのは、銀色のお盆を持ったマンドラさん。レイスさんを送ってから支度してたのか、お茶の良い匂いが漂ってくる。
「あらまあ、楽しそうねえ。フリギア、難しい話は終わったかしら?」
マンドラさんは僕とフリギアを前に上品に笑って、テーブルの上に茶器を並べ始める。
そういえば、いつもの鉄扇がないけど…どっかにしまったのかな?
「難しい話など……ミノア、どうした」
「ミノア? あ、いつの間に」
ごめんミノア。マンドラさんの背後にいて気付かなかったよ。
微笑むマンドラさんの後ろからひょっこり姿を見せたミノアに目を留め、フリギアが疑問の声を上げる。
なんだろう、と僕も目を向けて、フリギアが何に疑問を持っていたのか理解したり。
「ねえミノアさ、手に持ってるの何?」
「服」
「ふく…ああ」
そういえば服がどうの、って言ってたような。よくよく見れば、ミノアは大事そうに茶色い布を抱えている。
僕ら結構話し込んでたけど、その間ミノアは服をずっと探してたんだね。
「まさかそれ、僕に?」
「うん」
「僕が着て、大丈夫なの? ソレ、マンドラさんのじゃない?」
「うん」
「うん、って」
即答されても、困るんだけど。ミノアったら、よそ様の服を勝手に持ってきちゃあ駄目でしょ!
なのに…
「あらあら、シアム坊たら。気にしなくてもいいのよ。服ぐらい遠慮なく持っていきなさい」
「えっ? でもそれ」
「誰も着ない服よ。沢山あって困っていたところなの」
「誰も?」
「ええ。着る人間がいないから、埃被ってるでしょう? ごめんなさいね」
「い、いいえ!」
少し身を乗り出してみても、埃なんてついてるように見えない。どうみても、新品なんだけど…
そういえば、と気付く。マンドラさんの屋敷には、マンドラさん以外は私兵っぽい人と従者っぽい人しかいない。
旦那さんとか、子どもとか、親戚とか、いないんだよね……遠出してるのかな?
店を出してる間にも、マンドラさんたちの噂は聞いてたけど、親類の話は一切なかったような。
「シアム坊、遠慮しなくて良いのよ?」
「そ、それじゃあ…ねえミノア、ところでその服さ、大きさとか大丈夫? 適当なの持ってきたんじゃ?」
「さっき計った」
「さっき…? っていつさ?」
「さっき」
全然覚えがない。けど、ミノアは自信に満ちた返事をしつつ、僕に服を突き出している。
「さっき、とかドゥールみたいないい加減なこと言わないの」
「でも、さっき計った」
「うん、さっき計ったんだね」
「うん」
「……」
妙な沈黙の中、扉が豪快に開け放たれる。凄い音に振り向くと、なんとそこには、ドゥールの姿。
背中に弓を、装備したドゥールは、手に袋の山を持って……何、ソレ?
「ドゥール、お帰り」
「ただいまあ……はぁ…やれやれ」
「大荷物だけど、それどうしたの?」
どこか不機嫌そうなドゥールは僕らを前に、盛大なため息を吐いてみせる。
細い手で肩を叩いちゃったりして…見た目は意地悪そうな少年なのに、やたら爺臭いよ、ドゥール。
「それがさ、菓子買うのに時間かかって。横槍入りまくって疲れたよ」
「えっ?」
まさか、腕に抱えた袋、全部お菓子…? 相当の量があるんだけど、一体何軒巡ってきたの?
そんな疑問を口に出す前に、フリギアが声をかける。
「ドゥール、ご苦労だった」
「ホントホント、オレご苦労サマだよ。アイツら、オレ見て逃げるぐらいなら寄ってくるんじゃないっての」
「仕方あるまい。向こうも必死だからな」
「必死! お陰で追いかけっこと、かくれんぼさせられたんだけど。年寄りにそういうことさせないで欲しいね、マッタク」
両手一杯にお菓子を持ったドゥールは愚痴を零す。続けて行儀悪く椅子へ飛び乗り、その手の中にある物をテーブル上に広げる。無造作にばら撒かれた袋がテーブルにばら撒かれて、ちょっとした山を築く。
天板の半分以上がお菓子に占拠されるんだけど、どれだけ買ってきたのさ。
それを見て、ミノアがお菓子の山と手に持った服へ交互に視線を動かす。うん、食べたいんだね。
ドゥールは分ってるとばかり、お菓子の山を示す。
「ミノア食べよ。甘味で体力補給しないとやってらんないよ」
「うん」
ドゥールの勧めに、一も二もなく頷くミノア。手に持った服をソファへと丁寧にかけてから椅子に座る。
さっそく、ドゥールがミノアの前に複数のお菓子を置いて、一転して楽しそうに耳を動かす。
「ねえ、ミノア見てよ! コレ、見た目アレだけどオバチャンが自信作だって言うから買っちゃったんだけどさ! あ、コレも中身が面白くてさ!」
「半分ずつ」
「もっちろん! それにさ、ねえこれこれ、生地に…」
ミノアとドゥール、早速お菓子を食べだす。ミノアはいいとして、ドゥールも結構お菓子好きなんだね。嬉しそうに語っちゃってるよ。うん、僕には縁がない世界だ。
二人を何となく見てたら、ドゥールが顔を持ち上げて手に持ったお菓子を振ってみせる。
「オレ寛大だからフリギアたちの分もあるけど、食べれば?」
「…よくもまあ、買うに買ったものだ」
「オレもそうだけど、ミノアいるし、このぐらい当然当然。あ、マンドラもシアムも食べなよ」
「そうねえ、戴こうかしら」
「あ、僕はいいや」
目の前に出されたお菓子を、マンドラさんは受け取り、僕はやんわり押し返す。
まさか僕が断るとは思わなかったのか、首を傾げたドゥールはお菓子としばし睨めっこしてから自分の口に運んでいく。
咀嚼しながら、口を動かす。そうしてみると、本当にどっかの子どもなんだけどね。
「シアムが遠慮するなんて、珍しいじゃん」
「ん、ごめん。マンドラさんから報酬としてもらった銀板さ、早く加工したくて」
「銀板? ああ、マンドラそんなこと言ってたっけ」
ちら、と愛しの銀板を見せると、ドゥールは気が抜けた相槌を返す。な、なんてことを…こんなに純度が高くて器量よしの銀板に、なんたる態度。
「ドゥール、これ、ただの銀板じゃなくて…」
「ふうん。ああっ、フリギア! ソレ、オレがとっといたのに!」
「ん? ああ、悪いな。手元に合ったのでな」
「さすがフリギア。ま、いっか。ミノア、そっちにもう一袋あったはずだから、探してくんない?」
「うん」
「あら、美味しいわね。ドゥール坊、後で店の場所を教えてくれないかしら?」
「これも美味しい」
「たまには外出したら? マンドラ、どうせ外に出てないでしょ」
「そんなことはないわよ」
僕以外の四人は、和やかにお茶会してたり。
なんだかんだ言って、フリギアも普通にお菓子摘んでるのが、少し怖い。あ、気付かれた。
「シアム、何か言いたげだな?」
「な、なんでもゴザイマセン。とにかく、僕は銀板の加工をしたくて…」
「あらあら、後でいいでしょうに」
「どうしても今日中にやっておきたい、からっ?」
マンドラさんに断りつつ立ち上がろうとした途端、足に痺れたような痛みが走る。
そ、そうだった! フリギアのせいで足が、足がっ!
椅子に座りなおし、涙目で足を撫でてるとフリギアが気付いて、お菓子を夢中になって食べているエルフの少年に声をかける。
「ドゥール、悪いがコイツの麻痺を治してくれないか」
「へえ…いいの?」
あれ? ドゥール……?
痛すぎて滲む視界の中で、フリギアが小さくため息を吐く。
「構わん。鉱山があると知ったら途端、食らいついた」
「ナルホドナルホド。そういえば、デカイ山が何個かあったねえ。シシシ」
初めは疑問の表情を浮かべてたドゥールだけど、納得したように笑ってお菓子を口に放り込む。
頷いたフリギアは、僕の足に目を向ける。
「そういうわけだ。頼めるか」
「了解! まっかせといてよ」
「あのさ、フリギア。怪我は治してくれないの?」
麻痺だけって、まだ僕疑われてるの? あれだけちゃんと付いていくって言ったのに? 信じてないの?
なんか裏切られた気分で包帯まみれの足を撫でてると、違う違うとドゥールは首を振る…お菓子銜えながら。
そのまま銜えたお菓子を咀嚼して飲み込んでから、続ける。
「フリギアに薬塗ってもらったでしょ? あれ、結構効くからそのまま放置で大丈夫。傷跡残ったらオレが治すし、安心安心」
「あ、そうなんだ。なら安心だね…って、あれさ、もしかしてドゥールのお手製だったり?」
まさか、と恐る恐る聞いてみれば、ニンマリと笑い返された。
「そ。よく沁みたでしょ?」
「とっても沁みたよ!」




