第41話(囮)
「び、びっくりしたあ」
どうしてフリギアは、二人が扉の外にいたこと気付いたのさ? 僕、全然気付かなかったんだけど。
なんかもう、フリギアが色んな場面で高性能過ぎて、本当に人間なのかと疑いたくなる。
…実は人間じゃないって言われても、僕は驚かないからね、フリギア。
「マンドラ様、レイス様との話し合いは」
「終わりました。フリギア、本当にご苦労様」
「いえ。私は当然のことをしたまでです」
「相変わらず、私には堅苦しい態度ね」
驚く僕を他所に三人…というか、マンドラさんとフリギアは平然と会話し始めるし。
マンドラさんは血糊を落としてない鉄扇を扇ぎながら、フリギアは畏まって…って、マンドラさん、お願いですから武器の手入れはしっかりやってください。
血糊が固まった鉄扇を冷や汗流しながら見てると、頭越しに声をかけられた。
「すいませんシアム様。足の怪我は…」
「んっと」
声の主は二人の脇で気まずそうにしてたレイスさん。どこか身を縮こまらせて、あの時燃えるように靡いてた髪も、強い意思を見せた目も、消沈気味だ。
戸惑いを見せる青い目を僕の足に向けて…ってあれ? 僕、シアム様、だなんて言われてなかった?
なんか引っかかるけど、レイスさんなんだか不安そうだから、先に答えちゃおう。
「フリギアが余計なことしたから、酷くなって…」
「ああ、コイツの怪我ですか。無用心に歩き回ったせいで、完治するのに相当な時間がかかる状態です」
後先考えないどうしようも無いやつで申し訳ない、と付け加えるフリギア。あのねえ!
「ちょっと! フリギアが傷口抉ったから酷くなったんでしょ!」
「抉った? 何を言っている?」
「ちょっと待ってよ! 忘れたなんて言わせないし! さっきまでフリギア、嬉しそうに足の傷抉ってたじゃないか!」
「それこそ待て。シアムよ、いつの話をしているのだ?」
「え、うそ。ちょっと待ってよフリギア…」
他人事なフリギアは、本気で自分のせいじゃないって思ってるんだけど。
それってつまりさ、嬉しそうに足の傷抉るのはフリギアにとって当然のことで、普通のことってことになるんだけど…
それいいの? ねえ、本当にいいの、フリギアさん……?
フリギアを見ても、当人は首を傾げたまま。怖い、本気でフリギア怖い。
「………」
「シアム?」
「わ、私が乱暴に拘束した時に怪我したのでしょうか」
「あ、いえ。それは関係ないでしょう。コイツが後先考えず行動したことが全ての原因なので」
「そう、ですか…?」
「ほとんどフリギアのせいだし、レイスさんは気にしなくていいよ」
正直言うと、少しはあると思うけど。思い出したけど、最初拘束された時のアレも結構怖くて痛かった。押し潰されるかと思ったし。
「あらあら、三人とも楽しそうねえ」
僕らのやりとりを見ていたマンドラさん、微笑みながら空いている手を後ろに回して……
「なにはともあれ、被害は最小限で済みました。シアム坊、ご苦労様」
「あっ? ああああっ? マンドラさんそれ銀っ? 銀板っ? うそっ! 本当にっ?」
目を細めたマンドラさんが取り出したのは、まばゆい輝きを放つ銀色の板。冷たい光沢が内面の気高さを表して…なんて素晴らしい銀板なんだ!
いてもたってもいられず、愛しの銀板を迎えるために駆け寄る。
「ああ夢にまでみた銀板!」
「おい、歩けんと言ったのは誰だ」
「これ報酬だよね! 僕のものだよね! ねえ!」
「ええそうよ」
「やったぁっ! 有難う、マンドラさん、有難う!」
光を反射する、滑らかな銀板に手を這わせる。予想以上の感触に、嬉しすぎて泣きそう。
マンドラさんは笑いながら僕に手渡す。精錬済みの銀板を受け取って、その重さ、厚みを堪能して。
「ああ、幸せ……とっても幸せ……はぁ…」
「あらあら、シアム坊ったら。ここまで喜んでくれて、私も嬉しいわ」
「マンドラさん、本当に有難う! ああ、やったぁ! 純度も高いし、何作ろう!」
銀板を抱きしめ、その表面に頬ずりする。
椅子に戻っても、冷たい光沢を出す銀板に抱きついて撫でて、撫でて、撫でて……
「あの…シアム様?」
「この金属馬鹿めが…マンドラ様、レイス様、見苦しいものをお見せしました」
「あらあら、私は可愛いと思うわよ」
「い、いえ…」
「なに作ろっかな、なに作ろっかな!」
フリギアは席についたマンドラさんとレイスさんの前に、自らも腰を下ろす。
あのね、僕の銀板を物欲しそうに見てため息ついてみせたって、あげないから! これ全部僕のだから!
「…今回の事態ですが。ヴァンパイアが関わっている、ということで国へ報告する必要が出てきました。申し訳ありませんが協力をお願いします」
「ええ、勿論。レイス嬢もいいわね?」
「はい」
「今回のこともあるし、銀だし、ヴァンパイアキラーでも作ろうかなあ。この大きさなら、二振りはいけるだろうし…」
「では、まず…」
色々大変だったけど、ホント頑張ったかいがあった! 囮やって良かった!
銀板を撫でる手が止まらない。僕の銀板! 僕の銀板!
「……あの場所はディーゼ家へ譲渡することに決めました。また、ベモールは潰さず、私、レイス=ベモールを当主とすることでディーゼ、ハーフェの両家の許可を得ました」
「ハーフェ家…そういえば、いつの間に連絡をつけていたのですか?」
フリギアの視線が僕からマンドラさんに動く。
鉄扇を閉じたマンドラさんは、上品な微笑を浮かべて小さく頷く。
「あの私兵はハーフェとディーゼの混合部隊。この問題は、早い段階でハーフェから相談を受けていたのよ」
「なるほど、そういうことですか。それから…そうですね、鍛冶たちのへの対応は?」
「それに関しては、ベモールが責任をもって賠償いたします」
「レイス嬢がそう言っているにも関わらず、皆さん何もいらない、だなんて言い張って」
「それどころか、私を庇うような…私は、私はそのような人間ではないというのに…」
「黒幕はヴァンパイアで、レイス嬢は肉親を人質にされてどうしようもなかった。そうでしょう?」
「………」
「そのヴァンパイア、結局、何のために鍛冶を拉致など」
「野良ヴァンパイアの考えることなんて、案外単純よ。長い命の暇つぶしに、人間同士を襲わせて高笑い、程度。人間にも同族にも相手にされず、退屈で仕方がない坊やが考えそうなことでしょう?」
「迷惑極まりないですね。分かりました、国にはそのように伝えておきます」
なんか難しい顔をして、難しそうな意見交換をしてる三人。でも僕には全く関係ないし、思う存分銀板に抱きついて撫でておく。
今のうちから愛情を込めておかないと、素直に育ってくれないからね!
「むふふふ……幸せ…いい武器になるんだよ……むふふ…」
メイスやフレイルのような打撃武器でもいいかもしれない…柄から先端まで、純銀に輝くメイスっていうのも、いい。
「夢が膨らんで仕方ない……ううむ、迷う、迷う…けど幸せ」
「シアム」
ああでも、やっぱ剣がいいよね。柄に装飾つけたヴァンパイアキラーなんて、想像しただけでも笑いがこみ上げてくる。
「むっふふふふ…」
「シアム、戻って来い」
「よし決めた! やっぱ剣にしよう! それで二振り作ろう!」
「おい」
「ん? なに?」
「この金属馬鹿め。先ほどから声をかけているというのに」
ようやく方針を固めて横を見たら、フリギアに肩を揺さぶられてた。
容赦ない揺さぶりで銀板を落としそうになって、血の気引いたし!
「ちょっとフリギア、止めてよ! この子が床に落ちて傷ついたらどうするのさ!」
「…ああ、そうか。やはり話を聞いてなかったか」
「話? 話って何さ?」
聞き返すと、フリギアの腕がぴたりと止まる。でもって肩落としてため息ついたフリギアは、疲れた目をレイスさんに向ける。
「…レイス様が、お前に詫びたいという話だ」
「僕にお詫び? レイスさんが? 謝られるようなこと、されてないのに?」
むしろ銀板をもらえて、これ以上ないほど幸せだし。
ね? と銀板に声をかける僕を見て、どうしようもないやつだ、と首をふられる。
フリギアがさっきからヘンだけど、どうしたんだろ?
「つまり、シアムはこういう男なのです。武器と武器の原料があれば、全て良しとする男で」
「え? 当然でしょ? 僕鍛冶だし」
「………」
「あらあら! まあまあ!」
当然のことを言ったのに、フリギアは口を閉じて黙るし。マンドラさんは楽しそうに笑うし。
そして、レイスさんは僕を見て…頭を下げる。
「シアム様、申し訳ありませんでした」
「へ?」
「この街となんら関係ない貴方にまで、貴方にまで危害を加えてしまったこと、私はどう償えば…」
「き、危害? 危害って、それ、だって囮になれって言ったの、そこの二人だし」
レイスさんが僕に謝る必要は全くないんだけどなあ…
「人に責任を押し付けるな。全てはお前の不運さが招いた出来事だろうが」
「囮だなんて。私は療養所を貸してあげただけよ」
「………」
『そこの二人』は心外だとばかりに一笑する。フリギアはもう仕方ないとしても、マンドラさん、酷くない? その療養所の中身用意したの、マンドラさんなんだけど。
あまりにも堂々としすぎた二人に、僕が言い返せるわけがない。黙るしかない僕へ、レイスさんは真剣な表情で続ける。
「それに、シアム様からは私の、この剣を戴きました。これがなければ、私は弟を、ヴァンパイアを滅ぼせたか…」
「確かにさ、僕はレイスさんの剣を調整したけど、ヴァンパイアを滅ぼしたのはレイスさんの意思が出した結果だよ。だから、僕に感謝したり謝ったりする必要はないよ、うん」
「いえ! そんなことは…!」
今回は非常時ということで、ディーゼの家に剣を下げているレイスさん。
僕が調整した双剣を押さえ、再度、頭を下げる。
「…本当に、本当にシアム様、貴方には感謝してもしきれません」
「そんな畏まられても、大したことしてないし、僕」
「何かお礼をしたいのですが、聞くところによれば、シアム様はすぐにでもこのグリスを発つとのこと」
「………………え?」
なに、それ。




