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第40話(囮)

 神妙な顔をしてるくせに、口元が笑ってたりするフリギア。

 あのさ、絶対に僕が痛がって嫌がってるのを楽しんでるよね?


「何か言ったか?」

「……なんでもないし」


 どうみても身体に悪そうな色と臭いがする軟膏を、何層にも塗りたくる。

 本当に僕のことを思ってやってるのか、単なるフリギアの趣味なのか疑問に思い始めた頃、静かに扉が開けられる。

 

 痛みで滲んだ視界で確認すると、ミノアが飴色の櫛と透明な液体が入った瓶のようなものを持ってたり。完全に、僕の髪の毛をどうこうする気だ。

 小首を傾げたミノアは泣いてる僕と、楽しそうなフリギアに近づいてくる。

 そして。


「楽しそう」

「なんでそうなるのっ? フリギアは楽しいだろうけど僕は楽しくない! 痛いだけ!」

「シアム、動くな。それに俺も楽しくはない」

「嘘っ! 笑ってるじゃん! っていうか動くなとか無茶言わない!」

「髪なおすの」

「それ後にしよったぁっ? フリギア! 痛いって何度言えば分かるのさ!」

「だから動くなと忠告しただろうが」

「あいったぁっ?」


 痛がってる僕を前にして、髪の毛の心配だけしてくれるミノア。相変わらず我が道を行って、楽しそう。僕は全然楽しくないのに…

 なんでか泣けてきた僕の頭に水がかかる感触。ミノアが背伸びをして小さな指で、一所懸命に髪を湿らせてる。

 

 …あの、それ、今やらないと駄目なんでしょうか?


「よし。シアム、包帯を巻くぞ」

「や、やっと終わったぁ…」

「なんだ? まさかお前…泣いていたのか?」

「当たり前でしょ! 痛かったんだって!」

「ああそうか」


 本日何度目かの、心底どうでもよさそうな返事をして、フリギアは慣れた手つきで僕の足を包帯まみれにしていく。

 それは有り難いし、僕の怪我を気にしてくれるのも嬉しいんだけど。


「ああそうか、じゃなくて! フリギアさ、いい加減、僕に何か言うことあると思うんだけど?」

「そうだな。シアムよ、囮ご苦労」


 一瞬だけ顔を上げたフリギアはそれだけ言って、作業に戻る。後は、何もない。


「…そうなんだけどさ。そうじゃない…」

「下向くの」

「ワカリマシタ…」


 頭に櫛が入る感触。僕が椅子に座っていても身長差があってやり辛いだろうに、ミノアは生き生きと櫛を動かしている…気がする。

 下を向かされているし髪の毛いじられてるから、やることもないわけで。フリギアが包帯を巻いていく様子をぼうと眺める。

 見事に白くなった両足。作業を終えたフリギアは立ち上がると、僕を見下ろす。


「終わったな。足は動かせるか?」

「ちょっと待って…あいたっ?」


 訊ねられて、床に足を置いて力を入れると、足の皮膚全部が引っ張られるような痛みが走って、思わず足を持ち上げる。


「無理そうだな」

「多分無理。歩いたら傷が開きそうな気がする」


 フリギアは僕から離れ、これみよがしに盛大なため息を吐く。


「だろうな。だから下がれと言っただろうが」

「だって、気になったんだもん」

「お前は子どもか。そのぐらいの分別はつくと思っていたのだがな…」

「あのさ、それ言い過…」


 呆れたものだ、と慨嘆するフリギアに抗議しようと顔を上げる。と、髪の毛を引っ張られた。


「いった!」

「左向くの」

「ミ、ミノア…?」

「左向くの」

「は、はい…」

「…右向くの」

「あ、はい…」


 言われた方向を向いてるのに、ミノアは強引に頭を動かす。首が痛いデス。

 しばらくして、手が僕の頭と髪の毛から離れていく。どうやらミノアサンが満足してくれたっぽい。

 恐る恐る首を回し、そこにいたミノアへ声をかける。


「ねえミノア。もしかして終わった?」

「うん」

「…有難う」

「うん」


 ミノアは片手で道具を持って、もう一方の手で満足そうに僕の頭を撫で始める。嬉しそうなそんな姿に、文句なんか言えるはずがない…

 と、窓の方から水を流す音がしたと思えば、ミノアに倣ってか、盥の水を窓から捨てていたフリギアがいた。

 ふと思いつき、フリギアの後姿に問いかける。


「そういえばドゥールはいつ戻ってくるのさ?」

「ドゥールか。さて、いつだろうな」

「…なんか嫌ぁな予感」


 僕の呟きが耳に入っているはずなのに、フリギアは反応しない。そのまま空になった盥を持って視線を上へ下へと動かす。


「…お前、着替えはどうした」

「着替え?」


 突然何を言うのかと思って自分の服装を確認して……あ、そっか。


「僕寝巻きだったんだ! そういえば寝巻きで拉致されたんだっけ。忘れてた!」

「そうか、既に忘れかけてるのか、この頭は…」

「でもいいよ、このままで。今更着替えるの面倒だし」


 所々汚れてるけど、別に気にならないし。足に比べたら、どうってことないし。

 僕の返事を聞いて、そうかもな、と同意するフリギア。の横で、ミノアの眼が釣りあがってたり。

 ミノアが表情を表に出すなんて、珍しいけど…これってもしかして怒ってる?


「駄目」

「い、いいって。今日はこのまま寝るよ。色々あって疲れたし、もう着替える気力もないって」

「駄目」

「本当に疲れてるから、もう寝たいんだけど…」


 ぺたぺた、と小さな手が僕の身体を触る。何をしたいのかよく分からないけど、されるがままになっておく。

 …これで機嫌悪くされて魔法でも撃たれたら、確実に死んじゃうし。怖い、ミノア怒ってたら怖い。


「ね、ねえフリギア。ミノア何してるの?」

「俺に聞くな」

「あのさ、もしかして、怒ってる? 僕、謝った方がいい?」

「いや。そうではない…少なくとも怒りはしてない」


 フリギアもミノアの豹変に、戸惑ってるっぽい。

 そんな中、僕から手を離したミノアは微笑む。けどさ、なんか、とっても危険な微笑みなんだけど。


「待ってて」

「う、うん…」


 僕の返事を聞く前に、ミノアは小走りでもう一度部屋から出て行く。


「なんだろ? 服の心当たりでもあるのかな」

「あるだろう」

「えっ? あるの?」


 意外な言葉に、フリギアは当然だろうという顔で僕を見下ろす。


「ミノアは一時期、ここに住んでいたからな」

「へえ、そっかあ! ここに住んでたんだ。あ、そういえばマンドラさんのこと『伯母様』って言って、た、もん、ね…」


 あれ? 今、なんか嫌な情報耳にしなかった?

 そういえば、どうしてこの街に来たんだっけ? そもそも、何の理由があってフリギアたちと一緒に行動してたんだっけ?


 あれれ? 思い出せないんだけど?


「………」

「どうしたシアム」


 恐ろしい予感を払おうとして頭を振ってると、フリギアが口角を吊り上げて笑ってるのが見えた。


「な、なんでもないし!」


 反射的にフリギアから逃げようと立ち上がって。ほぼ同時に、足を治療してたことを思い出した。


 思い出したけど、立ち上がろうとする動きは止まらない。


 両足に力を入れると皮膚が引っ張られ、傷口が開く感触が生々しい。足だけじゃなくて背中、そして頭に素早く駆け上がって全身が痛みを訴える。

 そりゃもう、尋常じゃない痛さで動けなくなる。ついでに、涙もでてくる。


「………」


 立ち上がりかけた、無理な中腰体勢で数秒。落ち着け落ち着け、とゆっくり椅子に戻る。

 涙を拭いて、肩を震わせて今にも笑い出しそうなフリギアに報告。


「立てない、歩けない、いたい」

「全く、この軟弱者めが。と言いたいところだが、今回は仕方あるまい…」

「とっても痛い。今までないほど痛い」

「…逃亡の恐れもないしな」


 フリギアは薄気味悪い笑みを浮かべて、小声で何かを呟く。さらに含み笑いなんかしながら、扉に向かう。

 完全に何か企んでる姿なんだけど、大丈夫…?


「フリギア? どうしたのさ?」


 用事でもあって外出するのかな、と見てればフリギアは黙って扉を開く。開いてから、一転して普段の険しい表情に戻ったフリギアは、横に身体をずらす。

 フリギアの身体がどいた、その先には…


「あらあら、フリギア有難う」

「いえ」

「え? ええっ?」

「…失礼、します」


 なんと、そこにいたのは血塗れの鉄扇……じゃなくて、マンドラさんとレイスさん。









 ここまできてなんですが…続きは考えているのですが、先を見たいという奇特な方(失礼)、いらっしゃいますかね?

 絶讃以下略(囮)は後数話で完結になります。とはいえ「俺たちの冒険はこれからだ!」的な打ち切りエンドになりますが。


 こちらの意欲が続けば掲載します。が…今現在は「多分、恐らく、きっと」続きを上げる「かもしれない」、という程度です。 

 とはいえ、続きを上げる場合には前回同様、再度キーワードの変更をいたしますので、そこはそれと察してくださいませ。


 追伸。

 後書きが「後ろ向き」「根暗っぽい」と思われる方、それは気のせいでございます。

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