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●第39話(囮)

 レイスさんに抱えられ、夜が明けきった外に出て。

 そりゃもう、なんでか傷ついた装備のマンドラさんご一行を前にして、不思議に思わない人なんていない。

 なんでかレイスさんに抱えられた僕を前にして、疑問に思わない人なんて…いるわけがない。


「マンドラ様? レイス…様?」

「あらあら、今日も良い天気ですねえ。おほほほ」

「レイス様、兄チャン抱えてどうなさったんで?」

「こちらの方は、私のせいで足を負傷してしまいまして」

「………」


 どういう道を辿って公開処刑されたか覚えてないぐらい、道行く人の視線と声が凄まじかった。マンドラさんたち、人望あるんだ…あるんだ、ね。

 マンドラさんも、レイスさんも、掛けられた声に対して適当に答えてたっぽいけど、僕は知らない。

 どうやってこの危機を乗り越えようかと、必死に言い訳考えてた僕は、知らない。


 …気付いたら、マンドラさんの家の一室で椅子に座ってたし。


「親子連れに指差されて、オッチャンたちに嫉妬されて、お姉さんたちに笑われた…」

「そうか」

「僕の矜持とか、沽券があ!」

「お前には無いものだな」


 興味を持った様子はないのに、最後だけは勢いよく切り捨ててくれるフリギア。

 僕にも当然男の沽券とかあるのっていうのに…相変わらずの対応で、泣けてくる。


「シアム楽しそう」

「楽しくないよ…痛いだけだよ…」

「死ぬの?」

「うん、死にそう」

「馬鹿言うな。この程度の傷で」


 フリギアの横では、ミノアが大人用の椅子に座って足をぶらぶらさせている。杖は横にして、両手で支えて。

 そんなミノアは鉄壁の無表情だけど、心なしか、本当に心なしか楽しそうなのは僕の気のせいでしょうか?


「フリギアひどい。いたい」

「お前の矜持や沽券など、存在せんものの心配をするより、傷の心配をしろ」


 ぬるま湯を入れた盥に無理矢理僕の足を浸し、血糊や土を落としていたフリギア。


「存在しないって…」

「足の傷は予想以上に深いぞ。ここなど、特に」


 言いながら、突然足の甲にできた傷をなぞる…っていうか抉ってきた。


「いった! フリギア! なにするのさ!」


 全身に染み渡る痛さで、涙が滲む。

 僕の苦情も右から左へ、フリギアは淡々と傷の具合を確認していく。


「ふむ…」

「フリギア! もう少し優しぃぃっ?」

「ここもか。まったく擦り傷だらけだな。足元に注意を払わんヤツめ」

「ちょっ? いたいから! フリギア! もういいから! 触らない! 自分でやる!」

「そうか」

「話聞いてないでしょっ?」


 僕の足を観察しながら、血糊を落としてくれるけど。

 傷を見つけるたびに爪先を突っ込むのは、どうみてもわざとですよね! 

 何箇所か傷を抉ってくれたフリギア。ふいに立ち上がると、泥水となった盥をミノアへ渡す。


「ミノア、代えてくれ」

「うん」


 杖を椅子に立てかけたミノアは小さな手で盥を持って……窓から中身、捨ててるんだけど。

 それまずくない? 一階だから、窓から捨てていいってものじゃないと思うんだけど?


「ええと、ミノア…?」


 何をするのかと思えば、ミノアは空になった盥を床へ戻す。

 そして杖を手に取り、小さく呪文を唱えればあら不思議。


「おおっ」


 銀色の盥には、ぬるま湯がなみなみと湛えられているじゃないか!


 …うん。


「助かる」

「うん」

「いたい」


 ちなみに、マンドラさんはレイスさんと今後の打ち合わせ中。結局あんなことになっちゃったし、色々大変だろうね。


 でもってドゥールは、オレ用事あるから! と出かけて不在。

 当人は『重大な用事』とか言ってたけど、マンドラさんから菓子屋の場所聞いてたし、きっと、多分、絶対、そういうことだと思われマス。

 何はともあれ、回復魔法を使えるドゥールがいない。怪我の度合いだけは綺麗にしておこう、と今の状況らしいです。


 全然覚えてない。思い出すのは、道行く人たちの同情や好奇に満ちた眼差しだけです。


 と、ここでフリギア、僕の足を持ち上げて、今度は裏側を確かめだす。最早、嫌な予感しかしない。


「裏側も相当なものだな」

「やっぱ靴履いとけば良かった」

「ふむ。ここが一番抉れてるな」


 僕も分かった。見なくても、分かった。

 なにせ、フリギアの指が抉れた場所を、更に抉ってくれたから。


「ったぁあっ? 何っ? なにすんのフリギア!」

「お前、今まで気付かなかったのか?」

「気付かなかった? じゃなくて! 痛いんだって!」

「ああ、悪いな」


 悪いな、じゃない! 何度目かの正直。傷口に指を突っ込まれて、とうとう涙零れた。


「ううう…もうやだ、痛い、痛い…酷い…フリギアの鬼…悪魔…」

「軟弱者が」

「怨んでやる…そうだ、全部フリギアが悪い…」

「シアム、髪」


 こんなにも酷い目に合ってるのに、フリギアはまるで僕が悪いような言い方してくる。

 加えて、ミノアなんて見てるだけで飽きてきたのか、僕の頭っていうか髪の毛、引っ張り始めてくるし。


「ねえミノア。そういう状況じゃあないと思うんだけどさ」

「櫛とってくる」

「ええと、あの、僕の話…」


 聞く気もないミノア。髪から手を離すと、己の目的の為に部屋から出て行く。


 パタン、と静かに閉まる扉。


「……」

「よし。まあ、こんなものか」

「全然ありがたくないけど、アリガトウゴザイマス」

「ああ。見てみろ」


 僕が自分で足を持ち上げられないのを知ってか、フリギアが盥から足を出し、布で拭いてくれる。

 袖で目元を拭って、改めて土と血を落とした自分の足を確認する…


 …って、うわぁ…見なきゃよかった…


 実際に傷を目にした途端、嫌な痛みが全身を駆け巡る。


「…足痛くなってきたし、血が出てるし…本当に痛い。どうして気付かなかったんだろ?」

「非常時だからな。よくあることだ」

「よくあるって。その、フリギアと一緒にされても困るけど」


 ドゥールに治療してもらうなら、このまま包帯でも巻いておけばいいか。

 なんて思ってたら、目の前のフリギアはどこからか小さな容器を取り出し、中身を傷口に塗りつけ、て、いく…って!


「痛いっ!」

「お前、それしか言えんのか」


 それがまた、痛いのなんのって!

 経験したことないトンデモナイ痛みに、握りしめた手の平から汗が。


「だってフリギア! 痛い! 本当に痛いんだよ!」

「仕方あるまい。化膿されても困るのでな」

「軟膏だよね、ソレ! なんか、とんでもなく沁みるんですけど!」

「そうか」

「そうか、じゃなぁぁいっ!」


 やっぱり僕の話を聞き流すフリギア。容赦なく傷口に深緑色の薬を塗りこんでいく。

 痛みで反射的に足が持ち上がりそうになるけど、フリギアが無理矢理抑えてくれる。


「なんでソレ、そんなに沁みるのさっ?」


 折角終わったと思ったのに! 

 さすがに遠慮したいと、フリギアの腕を離そうと手を伸ばしてみても、びくともしないんですけど!


「気のせいだ。少しは根性見せろ」


 そう言い放ったフリギアの顔は。


 満面の笑顔だった。


「いやいやそういうのいいですからぁあぁぁっ!」





 今回は話が長いため、大まかな区切りとして黒丸「●」表記をサブタイトルに入れました。適当な目印にでもしてくださいませ。

 …「第○話」だけが並ぶ状態よりは、見易さ、改善されたかと思います。

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