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第35話(囮)

 完全に、三人が遊ばれている。

 フリギアは無言で剣を振り、ミノアは無表情で雷撃を召喚し、レイスさんは殺意を全面に出しながらも冷静に双剣を振るう。

 なのに、ユトは涼しげな表情でそのどれもを危うげなくかわしてみせる。


「おっと。危ない危ない」

「余裕そうだな」

「そんなことはない。私は必死だよ」

「そうか」


 一対三なのに、その顔には余裕の笑みが張り付いてたり。

 おかくない? ユトってただのお貴族様……のはず、だよね?


「あのさ、もしかして、もしかしてだけどさ、ドゥールもマンドラさんも、何か隠してない?」

「えっ? キャハハハ! オレらが隠し事だって? やっだなあ!」

「おほほほほ、隠し事だなんて」


 降って沸いてきた疑問に返ってきたのは、いっそ清々しい気分になれるほど盛大な誤魔化し笑い。

 二人とも、絶対に何か隠してる。


「良く分からないけど、きっと大事な情報なんだよね? どうして誤魔化すのさ」

「シアムったらヒドイなあ。オレはなぁんにも隠してないのに」

「ドゥールぅ…」


 ちょっと怒ってみても、ドゥールは後頭部で手を組み、飄々と嘯いてくれる素敵さを見せてくれる。


「シアム坊、貴方と一緒よ」

「僕、と? ってわわ!」


 一方、マンドラさんは微笑んで僕の背後を鉄扇で指す。

 血まみれのソレが突然視界に入って驚くので、ヤメテクダサイ。心臓に悪すぎマス。


「隠していた方が不意をつけるというものよ」

「え」


 さらりと言われ、一瞬理解できなかった。

 思わず、マンドラさんの顔を凝視しちゃうぐらい、理解できなかった。


「そうでしょう?」

「な、なんでっ? どうして気付いたのさっ?」


 慌てて背後と足元に視線を走らせて、傍目には何の異常もないことを確認する。

 そう、だよね、うん。異常なんてあるはずがないのに。なのに。

 僕が『何か』やってることを見抜いたマンドラさんを再度、マジマジ見つめる。


「そんなに見つめて。嫌だわ、恥ずかしい」


 これが…これがお貴族様と一小市民との違いってやつなの?

 僕の小細工程度、見破ることが出来て当然って?


「ううむ…」

「驚くほどでもないでしょうに」

「さすが、お貴族様だ」


 気付いて当然、なんて目を返されても困るんだけども、きっとお貴族様ならそれぐらいの技術を持ってるんだろう、うん。

 対して、ただのエルフっぽいドゥールは僕のささやかな小細工に気付いていない。

 だからか、置いてけぼりを食らうのが嫌らしく、僕の袖を掴んで引っ張る。


「ねねシアム、オレ置いて、何の話?」

「僕が…」

「シアム坊が、私のお婿さんになりたいみたいで」

「言ってなぁいっ!」


 間髪容れず嘘を付くマンドラさんに、間髪容れず叫び返す。


「あう」


 突然叫んだからか、一瞬で血の気が引いて目眩がしたんだけど。

 眉間を押さえて目眩が落ち着くのを待ってから、恐る恐る確認すると。

 僕が全力で否定したはずなのに、隣のエルフは。


「シアム」


 かつてないほど、真剣な表情を浮かべていたり。


「えっと…な、なに?」


 標準装備してるニヤニヤ笑いが引っ込んだその顔は、思わず後ずさるほどの迫力だけど。

 って、違うから! 性質が悪い冗談を本気にしないでよ!


「シアム、止めた方がいいよ」

「なんで本気にするのさ! ねえドゥール、マンドラさんの冗談だよ? 冗談だって…」

「オレ、真面目に忠告するから。シアムさ、マンドラと結婚とか、人生捨てる気?」

「あのさ! あのね! だからね! 僕の話を」

「君たち、本当に賑やかだねえ」


 うるさい取り込み中! と抗議しようと振り向くと、三人の攻撃を避けていたユトが、感心した様子で僕らを見ていたり。


「あ」


 そういえば、そういう状況だったっけ。


 慌ててフリギアたちは、と三人の姿を探すと、幸い僕らの話など耳に入れる余裕がなかった様子で、一心にユトを狙っていた。

 あ、危ない危ない…万一フリギアの耳に入れば、何が起こってもおかしくない。

 真面目にやらんか! とか言って、手に持った剣を投擲してきてもおかしくない。


「ご、ごめんなさい!」

「あら、私との婚約をなかったことに?」

「違うって! もう、その話は終わり!」


 思わず頭を下げると、マンドラさんのからかい混じりの声がしてきて、泣きたい気分です。


「姉さんと彼らはともかく、マンドラ、君等は何をしに来たのか分からないな」


 ごほん…ええとユトサマったら、視線を外しているというのに全ての攻撃を避けてらっしゃいますね。

 今の台詞も、目も向けずレイスさんの刺突を回避しながら放たれてたし。

 ユトからの疑問に対して、僕らは顔を見合わせて数秒沈黙。


「弓じゃフリギアたちの邪魔になるだけじゃん?」

「僕、ただの鍛冶だから戦闘とか無理だし」

「私、歩き疲れたのよ」


 僕らの返答を聞き、ユトは周囲を凍り付かせるような凄みのある笑顔を浮かべる。


「やれやれ、どこまでも私を馬鹿にするつもりか」

「バカになんてしてないじゃん」

「ええ、その通り」

「まったく…危機感、というものが欠如しているな」


 その瞬間、ユトが浮かべていた笑顔が殺意混じりであることを察知し、背筋に悪寒が走る。

 フリギアもその笑顔から危険を察知したのか、詠唱中のミノアを荷物のように抱き上げて後退し。

 レイスさんは引くか進むか迷いをみせたものの、覚悟の表情で弟へ向けて走る。


「あらあら」


 散々疲れたとか言ってたはずのマンドラさんが、逃げ腰の僕と飄々としてるドゥールの前に立つ。

 何をするのかと思えば、血塗れの鉄扇が、そこに嵌め込まれた宝玉が主人の意を受けて発光し始める。


 …そうだ! レイスさん!


「レイスさん! 剣で防御して! 何かされてもその剣なら大丈夫だから!」

「っ? は、はい!」

「さて、と」


 今まで動き回っていたユトがぴたり、と立ち止まる。そのまま、どこを見るでもなくつま先で床を軽く叩く。

 普段なら見向きもしない、何気ない動作…だけど。


 ユトが叩いた場所を中心として床が捲り上がっていく。地面の土が露出し、槍状となって彼の四方へと一気に突き上がる。

 轟音と共に地面が波打ち、土の槍となって僕らへと襲い掛かってくる。

 ユトが『可愛い飼い犬』と言ってた屍骸を土の槍が貫き、ソレらは串刺しになって宙に浮く。


「な、な、な…」


 あまりの壮絶な光景に、口を開いても言葉が出てこない。

 僕とは逆に、隣のエルフは両手を握り締め、それこと見た目相応に興奮している。


「うっわぁ! ねね、戦いづらくなったね!」

「そ、そそそういう問題っ? なにこれっ、これなにっ? 魔法の詠唱もなかったんだけど!」

「坊やも器用なことをするわねえ」

「ありがとうございます…マンドラさん」


 幸い、マンドラさんが速攻で盾の魔法を展開してくれたから、僕ら三人は無事。役目を終え、砕け散った盾が硝子のように輝きながら虚空へと吸い込まれていく。

 さすがお貴族様、魔法の威力も段違いだ。

 なんて感心してみせても、僕の心臓は過労死しそうなほど働いてたり。色んな人に先立つウンたら、と謝ってた僕は全身の震えが止まらないけど。

 

 僅か数秒で景色が変わった部屋。僕の身長ほどもある円錐状の土塊に支配された部屋。

 視線を動かすと、奥の方でフリギアっぽい人が立ってるのを確認。

 どうやら腕に抱えていたミノアの魔法で槍を折ったみたいで、無事そう。残骸が周囲に散らばっている。


「レイスさん、レイスさんはっ?」

「無事です!」

「よ、よかったぁ…」


 土の槍で視界が遮られていて分からないけど、最後の一人、レイスさんのしっかりとした声も聞こえ、無事そうだ。


「みんな無事でよかったけどさ…」

「だよねえ。皆無事なのはいいけどさあ、これじゃあ足場悪すぎるんだけど」

「いや、そうじゃないでしょ!」


 恐怖心とか持ち合わせてなさそうなドゥールが、戦いもしないのに文句をいう。


「ドゥール坊が言う通り、少し邪魔ねえ」

「だから、マンドラさんも…」


 うんうん、とマンドラさんも同意し、虫でも追い払うように鉄扇を振る。

 ただ、それだけの動作だ。


「え? ええっ?」


 なのに、土の槍が崩れて砂になっていく。

 滝が流れるような音を立てて、あっという間に槍地獄が大量の砂へと。

 砂埃が舞う中、部屋は数秒前の姿を強制的に取り戻す。マンドラさん、ユトの魔法に干渉したみたいだけど…


「皆、無事か」

「無事なの」


 開けた視界では、フリギアがミノアを地面に下ろし、剣を構え直す姿が確認でき。


「レイス姉さんまで無事だとは」

「ユト…いつの間に魔法など」


 ユトと対峙するレイスさんは、猜疑の視線を弟へと送っていた。

 展開が速すぎて付いていけないけど、これつまり全員無事ってことでいいんだよね?


「はぁ…よかったぁ」

「これでいいかしら」


 胸元で扇を動かすマンドラさんへ、ドゥールが楽しそうに大きく頷いてみせる。


「さっすがマンドラ! やるじゃん」

「おほほほほ」


 他人の魔法に干渉して、強制的に解除する、というトンデモナイことをやってのけたマンドラさん。

 もっと褒めなさい、とばかり鉄扇で風を送っている。ううむ、領主様、お貴族様、というより女帝にしか見えない。

 他方、誰一人仕留めることができなかったユトは、不快さを隠そうともせず眉を顰める。


「マンドラならまだしも、ただの人間共に防がれるとは」


 その呟きを耳に入れたらしく、間合いを計っていたレイスさんが反応する。


「人間…? ユト、何を言って…?」

「おや? レイス姉さんこそ何を言っているのやら。まさか、まだ気付いていない、と?」

「気付、く?」

「ああ、本当に気付いていなかったか…まあ、それも当然か」


 楽しいことを見つけたとばかり、嫌な笑みを貼り付けたユトは口元を手で覆う。

 同時に何かが空気を切り裂く音がして、ユトの背に巨大な影が現れる。


「やはり、か」


 青い剣を構えたフリギアは苦々しい表情で、ソレに険しい視線を向け。


「黒いの」


 ミノアは淡々と、杖でソレを指し示す。


 …ユトの背に生えた、漆黒に濡れた翼を。

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