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●第29話(囮)

 ぐいぐい。

 と、誰かに身体を揺さぶられる感覚で意識が浮上していく。


「むむむ……なに……? 用……?」


 もう朝? フリギア、朝っぱらからなんか用でもあるの? 

 ぐいぐいぐい。


「だから、何…?」


 無言のまま容赦なくぐいぐいされ、朝ぐらいはゆっくりさせてよ、と文句言おうと嫌々目を開けてみれば…


「ふああぁ? ふおぁっ?」


 見たこともない部屋が広がってました…って!


「へっ? えっ?」


 目の前に広がるのは隅々まで華美な装飾が施された部屋。頬に当たっていたのは、布団じゃなくて深紅の絨毯。

 見覚えのない光景に、頭が混乱する。

 寝る前までは僕の…マンドラさんが用意してた店にいて、起きたらこれって。


「……ゆめ?」


 マンドラさん辺りのイタズラかと一瞬思ったけど、違う。

 顔を上げると、見たこともないお貴族様っぽい男性が立ってたから違う…よね?

 違う、んだよね?


「だ、誰…? あの、その……?」


 最後に、僕の横でしゃがんでいた女性に気付く。赤の長髪を一つにくくっている。

 感情を映さないけど鋭い目が僕を射抜いている。何も悪いことしてないのに、何故か責められてる気分デス。


 どうも僕をぐいぐいしてたのは、この女性らしいけど……えっと…どちら様?


「その……えっと、まさか…」


 と、ここで今まで固まってた感情が動き出す。

 嬉しくないけど完全に目が覚めた。そりゃもう、一生経験したくなかった早さで意識が覚醒した。


「まさかっ? 嘘でしょっ? て、どこここっ?」


 こ、これが…これが、フリギアが楽しそうに言ってた拉致! 本当に、目が覚めたら違う場所にいるし! 

 形容し難い感動が背筋から這い上がり、それに冷や汗と涙が足される。止めとばかり、全身が強張っていくのが分かる。


「な、な、なっ? あれっ?」


 取りあえず、目下の危機である女性から距離を取ろうとしても、腕が、足が動かない。動かないことに、今気付いた。

 原因は何っ? と反射的に視線を下げてみれば、縄でがっちり拘束されてる、という事実が発覚。


「はいっ?」


 どうしてこんな状態になってるのさ! 誰か説明オネガイシマス!


「………」


 混乱極まる僕。

 それを断ち切るかのように重量感がある音がしたと思えば、くすんだ赤髪の男性が足元に立っていたり。

 恐る恐る確認すると、端整な顔に人を小馬鹿にした笑みを浮かべている。

 けど、そこはかとなく気品が漂っているのは育ちの違いってやつだろう、多分。


「……」


 なんにせよ、怖いことに変わりない。状況は、僕でも分かるぐらい何も変わってない。

 無理に顔を上げていた僕を、珍しい虫でも見たような目が迎える。そこに歓迎の色は、ない。


「毎回毎回、君たちは同じことを聞いてくる。ここがどこだろうと、まあ、私が誰であろうと、君たちには関係ないだろうに」


 やれやれ、と大仰に肩をすくめた彼から感じるのは、どこか…底が知れない恐怖。 

 完全に視界を、顔を彼から外し、空回りしかけている頭を、震える唇を動かす。


「君、たち?」


 あ、なるほど。ここが例の鍛冶たちが捕まってる場所ってこと、だね。なるほど、なるほど。

 ようやく頭が動き出す。


「………」


 どうやら、フリギアが予測した通りになったっぽい。つまり、哀れな囮である僕は賊とやらに拉致された。

 拉致された後は、ここでしばらくキリキリ働かされる、というわけだ。


「……うん」


 フリギアさ、貴重な体験とか笑いながら言ってたけど、これホント洒落にならない…

 今更後悔しても遅いってことは分かってるけど、分かってるけどさあ!


「レイス、部屋へ案内してあげて」


 悶々と左右に小さく転がっていると、嘆息が聞こえてきた。


「はい」


 続いて男性が軽く手を叩けば、傍らにいた女性が僕の拘束を手早く解き始める。

 拘束が解かれたことで、腕と足が痛みを主張し始める。頭を振り、ゆっくり身体を起こすと耳元で声が囁く。


「逃げようとしないで。大人しく」

「え?」


 今、なんて?


「ユト様に武器を献上するのが貴方の仕事。抵抗は許しません。さあ早く立ちなさい」

「いたっ?」


 折角拘束が解かれたのに、すぐさま無理矢理立たされ。しかも両手を後ろに組まされ、背中を突き出すように押される。

 開放感に浸る余裕もくれない。

 目の前に見えるのは、これまた豪華な扉。なんか危険な香りしかしない存在感。

 慌てて首を後ろに、女性へ向ける。


「わ、ちょっと! い、一体どういうことっ? 突然こんな場所に連れてきて…」

「黙りなさい」

「ぐぅ……」


 反射的に抗議したら、横っ腹に結構痛い一撃を食らった。

 涙出そうなほど痛い。実際、目の端に何かが滲んできた。


「失礼します」


 僕を扉の前に立たせたまま、女性は背後の青年へだろう、頭を下げる。青年が鼻で笑うのが聞こえる。


「疑うわけではないけどさ、彼、本当に鍛冶?」

「はい。こちらで確認は取れております」


 確認が取れてる? 僕、一度も鍛冶っぽいことなんてしてない、けど…?

 思わぬ事態に、内心首をかしげていると。


「そう」


 空気が凍った。本当に、そう思った。僕の両腕を取っている女性の動きが止まる。

 思った、ではない、実際に室内の温度が降下していくのが分かる。

 血の気が引き、いつの間にか握りしめていた手のひらが、湿っていた。


「しばらくの間、私に協力してくれよ? なあに、私の目的が達成できれば君たちは自由の身だ」


 彼の顔を見ずに済んで良かったと、そう思った。


「………」

「そうやって君たちは大人しく、協力していれば良い」


 小さく笑いながらの発言。

 当然この人、事が終わったら生きて帰すつもりないよね?

 嫌な沈黙が数秒続き、腕を掴んでいた女性がようやく動き始める。


「ユト様、失礼いたします」

「ああ。レイス、後は頼んだよ」

「お任せください」

「………」


 恐怖で胃が縮こまった僕を部屋から押し出し、女性は扉を閉める。彼の姿が、存在がなくなり、拉致されてるにも関わらず安心する。

 目の前に広がるのは、室内と違い薄暗く素っ気ない通路。部屋の外には護衛の一人もいない。


「さあ、行きましょう」


 なんとなくそのことに違和感を覚えていると、背後から若干柔らかい声がかかる。

 振り向くと、どこか冴えない表情の女性が床を見ていた。


「ねえ、君さ、さっきの言葉」

「抵抗しないで下さい」

「……うん」


 まだ話せないのか、もう話すことはないのか。

 レイスと呼ばれた女性は沈黙を保ったまま、僕の背中を押し出す。








 ここに書くのもどうかと思いますが…

 R15は保険ではありませんので悪しからず。

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