西の森、ショルンシュタインバルト
ガタガタと揺れる馬車には八人もの人が乗っていた。
しかもその馬車は明らかに人が乗るには適していない。
なぜならばこの馬車は『冥界の扉』のご近所さんの農家をやっているおじさんの貨物用の馬車だからだ。
そんな中、
「内臓ごと吐きそう」
「吐いたら蹴り出しますからね」
いつも通り、マスターは虚弱体質だった。
「ハンス・グラウはどうしてわざわざうちのギルドにきたの……?」
マスターとメイド女がギャーギャー騒いでいる中、その他のメンバーは和やかに話をしていた。
「それはですね、冒険者ギルドから依頼の失敗を通達された後、ここの町の支部長って方から直々に紹介されまして」
胡散臭い変わった人だったなと思いつつ、釘バッド女の質問にハンスは丁寧に答えた。
すると草刈り鎌男は眉間にしわを寄せて、吐き捨てるように言う。
「ちっ、よりにもよってアイツかよ」
「お知り合いですか?」
「知り合いつーか、まさに商売敵だよ。たまに自分たちじゃ解決できなかった、これまたビミョーなクエストを俺たちに押しつけて帰っていく嫌みな奴さ」
「はぁ」
「お前もあの性悪には気をつけとけ」
そこでハンスは前から少し思っていた疑問を口に出した。
「そういえば何でみなさんは冒険者ギルドに入らなかったんですか?七人いるならパーティー組めますよね」
それにマスターは時に口を押さえながら答えた。
「ウチは俺の先祖が作った集まりで、昔は……そこそこ人数いたんだよ…うっ」
「昔って?」
「100年前」
「思いのほか昔ですね!」
それにマッチ男が付け加える。
「ついでに言っておくと、同名の悪名高い『冥界の扉』だと間違えて入って速攻で出てくのも極たまにいるねえ」
「ていうか何でみなさんのギルド名も『冥界の扉』なんですか……?」
むしろその名前が依頼が来にくい理由なんじゃ……とハンスは内心思った。
「だって私達が本家本元ですもん」
「へっ」
「だーかーら、昔もともと『冥界の扉』っていう一つのギルドだったんだけど、一部の奴がこんなのやってられるかー、俺達は農家じゃねーんだよ、名前負けし過ぎなんだよこのギルドとか言いつつ離れていって同じ名前のギルドが二つできたというわけなんです」
「ギルド名で入会決めたわりと危ない人結構いたんですね」
「まあ『冥界の扉』っていかにもって感じだもんな。気持ちはわからんでもない」
ハンスの言葉に草刈り鎌男が同意し、マスターは続いて言った。
「だいたいさ、うっぷ、俺の先祖が趣味で始めたようなもんなのにーーー」
その馬車が急停車した。マスターはその衝撃で馬車内を転がり、そのまま外に飛び出して全身を強く打つ。
「ごふっ」
相変わらずすさまじい何かが折れる音やつぶれる音に加え、鼻と額から血がダラダラと出ており、ハンスは驚く。
「大丈夫ですか?!」
「虚弱体質も楽じゃない……ぜ」
「気にしちゃいけませんよー?ハンスさん、さすがにそろそろなれないと後が大変です」
マスターの発言を一蹴しメイド女はハンスに忠告した。
そこでハンマー女は
「マスター放置はいいとして、なんで馬車が止まったのかしら」
と言った。
「何か音がする……」
「おーい、どうしたんだ?」
草刈り鎌男は前の方に大きな声で聞いた。
すると馬車の運転手が後ろに来て、
「すまんねにーちゃん達、急に馬が動かなくなったものでな。なんかすごい帰りたがってるように見えるんだ」
そして
「もうショルンシュタインバルトは目と鼻の先だからここまでいいか?そのかわり、あんたらには収穫の時は世話になってるしタダでいいから」
「え、でも毎回お世話になってますし」
「ははは、別に今日は俺も暇だったし。まっ、いつもの礼だ。メイドちゃん、気にすんな」
じゃ、と馬と運転手が引き返し、遠ざかっていく。
ショルンシュタインバルト、生息する高い木々がまるで煙突のように見える森。その様から煙突の森と呼ばれる。
「ここが入り口ですか」
その入り口前で『冥界の扉』たるメンバー7人+1人が集まっていた。
「どうする……?」
と釘バット女の言葉に、
「マッチ男がマッチ擦って目印になれば?」
とマスターが返し、
「気がついたら森が全焼してそうですねー」
とメイド女が答えた。
そしてマスターは
「まあまあとりあえずは言って見ようぜ」
「と言いつつなぜ私の後ろに隠れているんですか、マスター?」
「レディファーストという言葉を知らんのか」
「じゃああえて私はその権利を返上して何か現れたらマスターを盾にしますね」
「えー、でもメイド女の方が強いし」
「この箒の一番堅いところで叩かれたいのはこの足ですか?」
「やめて足やられたら逃げられなくなっちゃう」
「あなたたち、その辺にしておきなさい」
このまま放っておくと彼らのやりとりはいつまでも続きそうなので、ハンマー女が仲裁に入った。
そしていざ森に入るぞ!という状態になったため、各々が順番について言い始めた。
「先頭は俺が務めるぜ!草刈り鎌の有効活用だっ」
「殿はあたし……」
「草刈、私、チェーンソー、メイド、マスター、依頼主さん、マッチ、釘バットの順でいいわね?」
最後にハンマー女が纏めたのに、ハンスは
「僕、マスターさんの後ろですか」
と、不安な声色で言った。
それにマッチ男は何やら嬉しそうにポケットに手をつっこんで、
「何かあったら後ろ僕がマッチで火を放つから安心だ、ひひひ」
「マッチでですか……」
「今君しょぼいと思ったろ?!しかーし!この僕のぐふっ」
変にテンションの上がった彼に、釘バット女が後ろから殴りつけて黙らせる。
そうしてようやく一行は森に入っていったのだった。
鬱蒼と茂る森。
その中をひたすら一行は歩いていく。
ハンスは何か現れるのでは……、と多少怖がっていたものの、そのようなことは起きなかった。強いて言うなれば横から飛び出してきたウサギに『冥界の扉』のメンバー全員が襲いかかったことくらいだろうか。
「普通ならこのルートを使えば40分程度でこの森を抜けられるんだよな?」
「そろそろ40分経ちますね」
雑談をしているうちに先頭の草刈り鎌男から声がかかる。
「おっと、前の方が明るいぞ。出口みたいだな」
「なーんだ全然平気」
それにマスターは嬉しそうに、言いかけたところで、
「入り口に戻ってきたぞ」
「平気じゃなかった!騙された!」
と、怒りを露わにした。
またやってきた入り口の多少開けたところでハンマー女が集合をかける。
「本当に戻ってきちゃいましたね」
メイド女はマスターを抱えているチェーンソー(性別不明)にお疲れさまと言いつつ、呆れたように言った。
「でもウサギが手に入った。しかも大きめなのが三匹……」
釘バット女が嬉しそうにウサギを持ち上げる。
「日持ちするように後で加工しましょう」
「そうね……」
それはさておき、もう一回森に入ろうということになり、彼らは次はどうやって調査しようと言う話になった。
「ハンスさんは前にこの道を通ったことがあるんですか?」
「はい、ちょうど一ヶ月くらい前かな、まだその時は通れたんです。でもその後くらいからここを通り抜けられなくなったって話が商人ギルドに入るようになりまして」
ハンスは苦笑しながら返答した。
マスターは
「一ヶ月前か……、とりあえずもう一回、今度はいろいろ調べながら歩いてみて、今夜は近くの町の一番安いところで宿取るか」
と言った。それにハンスは思いついたようにこう言った。
「あそこの町なら、中心部からちょっと離れた宿屋が穴場で一番安いですよ」
「おおっ、さすが商人」
「実は僕そこの町の出身ですから。そこそこ詳しいんです」
マスターは腕を組み、偉そうに言った。
「やっぱこいつ連れてきた甲斐があったなー」
「そもそもなぜ僕は連れてこられたんでしょうか」
ハンスのまっとうな疑問に提案した張本人であるメイド女は
「釘バットちゃんが、ハンスさんを気に入ったみたいだったのでつい」
てへっ、と効果音がつきそうな勢いで言った。
ハンスは思わず釘バット女の方に視線を移す。
すると釘バット女は
「……ハンス・グラウ」
と、ハンスに話しかけた。
「な、なんでしょうか」
ハンスは彼女の持つ寡黙な雰囲気に緊張する。
しかし、釘バット女は怒っているようではなく、普通に質問をした。
「あなたが森を通り抜けた少し後くらいからダメになったのよね……?」
「ダメになったって……、えっと、まあ」
戸惑いながらもハンスは答える。
「何かいつもと違う点などはあった……?」
「特にないですねー、あっ、でも馬の様子が少しおかしかったです」
「どんなふうに……」
「なんだかビクビクしているような感じでした」
ハンスの言葉に耳を傾けつつ、釘バット女はさらに続けて質問する。
「そう、他は?例えば今まで森であった不思議なこととか……」
「そういえば、さっき話したとおり僕ここの近くの町の出身なんですが、幼い頃七日間行方不明になって、この森の中で見つかったそうです。……覚えてないけど」
と、ハンスは思い出したように言った。
「いや、それ早く言えよ」
「というかその行方不明の話といい、ハンスさんが通った後から通り抜け不可とか、なんかハンス関係ありそうですよね?!」
マスターとメイド女が一斉につっこむ。
ちなみにこの会話に参加していない人々はウサギをどう食べるかで議論をしていた。
「あっ、やっぱり?」
「やっぱり、じゃねーよ!あっ、大きな声で叫んだら喉が」
呆れたようにため息をついて、釘バット女は
「二回目はハンスを前から二番目にしてマッピングしながらいこう……」
と言ったのだった。
再び森に入った一行は検流計のような怪しい物体を持って進み、一回目と同じように入り口に戻ってきた。
ハンスはその謎の物体がなにを調べているのか良く分からなかったが、この人たちのことだからなー、とすでにこの奇人集団への理解を深めていた。むろん悪い意味で。
その後彼らは近くの町、まで移動し、ハンスおすすめの宿で宿を取り、夕食のため近くの定食屋に行った。
「ハンスって普通よりは体力あるんだな」
マスターは注文したジャガイモ料理をつつきつつ呟いた。
「あははは……、短い間ですが依然兵士だったのでそれなりの訓練はしましたから。その後商人になったんです」
対し、マスターは思い出すように言った。
「兵隊か……、ウチはたまに憲兵隊が監視しにくるからまめで大変だなーとは思うが」
「憲兵隊が監視にくるんですか、大変ですね」
「いやいや、たまに違法な方から嫌がらせ受けるのを助けてくれる。うちの扉の前に置かれた『拾ってください』と書かれた箱に入ってる子犬引き取ってくれたりとか」
「わぁお……」
(犯罪組織何やってんの)
「おそらく私たちに子犬を養わせることにより経済的負担を重くして潰そうとしたんですね~」
呆れているハンスにのんきな声で嫌がらせ解説を行ったメイド女は近くにあった草刈り鎌男のビールをイッキ飲みしようとしてチェーンソー(性別不明)が必死になって止めた。
ハンスはああ、この人お酒飲んだら酷いことになるんだな、と察したのだった。
───その夕食後、釘バット女は近くの町の冒険者ギルドの支部をマッチ男を連れて訪ねにいった。
「……やっぱり失敗した冒険者達の怪我は火傷ね」
「ああ、そういえばハンス・グラウから漂う『悪魔』の気配にみんな気がついているかな?」
「さすがにそれは当たり前でしょ……、だからメイドは無理矢理にでも依頼主を連れてきたわけだし……」
「それに冒険者ギルドの支部長も薄々感づいてこっちに回したようだ」
「そうね……、さっきでの冒険者ギルドもイス支部からの連絡があったとか言って、やたら協力的だった……」
「全く、面倒な人だ」