商人の依頼
からーんとドアについたベルが鳴った。
そして気の弱そうな青年が一人おずおずとその建物の中へ入ってくる。
その青年の名前はハンス・グラウ。どうやら『冥界の扉』に用があるようだった。
「お客様ですね!」
といいながらものすごい勢いで青年の背後へ回り込む箒を持つメイド女が現れた。
「依頼ですねっ!さあさあさあ草むしりから建築まで何でもどうぞ!……マスター、仕事です。チェーンソ男、逃がすなよ」
メイドの格好をした女の言葉の不穏な後半にハンスは一抹の不安を覚える。
「いやあの、僕は」
その時、いつの間にかチェーンソーを持った、そもそも人なのかすらも怪しい外見をした者が無言で、しかも背後に現れていた。
「ひぇっ?!」
ハンスはかなりびびっていたが
「ふふふごめんなさいね。ほらメイドもチェーンソーも驚かせるようなことしちゃだめよ?」
と優しそうな女性の声がするので少し安心してそちらの方を見ると、
「……」
頭から地を流して倒れる草刈り鎌装備の男の上に座ってハンマーを肩に担いでいる女がいた。横には釘バットの先端を床につけて持っている少女と身にまとう服のあらゆるポケットからマッチがとびだしている男が立っている。
ハンスは思考停止状態になっていると、気がついたら椅子に座らせられていた。
「それでお客様、ご用件は?」
どうぞ、とお茶を勧められたが怖くて手が出せないハンスにメイド女は用件を切り出した。
「……あっ、えっとですね、今西の森を通り抜けなくなっていてどうにかしていただけないかなっと思いまして……。あははは……」
もう何が何やら。ハンスは半笑いで用件を伝える。
「なんでそんなことをウチに?確かに何でも屋だが、そういうのは普通全部冒険者ギルドに流れていくぞ?」
どうやら復活したらしい草刈り鎌男が訪ねてきた。
ハンスは
「実はもう冒険者ギルドに依頼を出して、冒険者の方がこの前いらっしゃったんですが……」
「ダメだった、と」
「そもそもなんで通り抜けられなくなったんですか?」
メイドは箒をおいてハンスの向かい側に座りながら聞いた。
「それは」
「それはだね、森に入ると気がついたら入り口に戻ってきているらしい」
「おそらく幻覚みたいな精神作用系の魔術……」
ハンスが言いかけたところでマッチ男、釘バット女が言った。
「冒険者が手こずり、かつ、森に何らかの幻覚魔術ですか……」
うーんと悩むようにうなるメイド女。
ハンスはひかえめに
「その、引き受けていただけるでしょうか?」
と言う。
「うーん、そうですね~」
「よし、その依頼受けよう」
突然どこからか現れた青年がそう言った。
「マスターっ!───いたんですね」
「さっき呼んだのお前だろ。話は聞いた。どうやら失敗した冒険者達も迷子になっただけみたいだし、血みどろな展開じゃなさそうだ。いいんじゃね」
マスターと呼ばれた青年は納得しながら言った。
だが、
「あの」
非常に言いにくいんですが、とハンスは続けた。
「その依頼を受けて、森に入っていった冒険者パーティーは全身が血まみれで見つかったそうです」
「ちょ」
マスターはフラッとなって倒れかけてそのまま足を机にぶつけ
ゴキッ!
「ぎゃぁぁぁぁああっ!!」
「は?」
軽く机に足をぶつけたはずなのにまるで骨がおれたかのような音がした。
あまりのことにハンスは呆然としていると
「ああ大丈夫ですよ、マスターはちょっと虚弱体質であんなふうにすぐ怪我するんです。そのかわり回復力があるので全然問題ありません」
「血を見るのは苦手だけどな」
とメイド女と草刈り鎌男は口々に言った。
本当に大丈夫なのかなここ、とハンスは思った。
「依頼主、商人ギルド所属ハンス・グラウ……。はいっ、依頼を受理しました!」
「ハンス・グラウ……」
「釘バット女どうした?」
「なんでもない……」
「ところで他のギルド構成員は?」
ハンスは不思議そうにマスターに聞く。
マスターは
「ん、これだけだぞ。俺ことマスターに、箒を持ってるのがメイド女。草刈り鎌持ってるのが草刈り鎌男。ハンマーを持ってるのがハンマー女で、釘バット引きずってるのが釘バット女。ポケットからマッチ飛び出してるのがマッチ男で最後にチェーンソー持ってるのがチェーンソー(性別不明)だ。それとたまに友情出演」
「そのままじゃないですか?!ちゃんとした名前とかは?!」
「俺たちは名前を知られちゃいけないんだ。昔からそう決まってる」
マスターは腕を組んでやたら偉そうに答えた。
「はあ?」
「とにかく知らなくても呼べるニックネームさえあれば問題ないだろ」
「意味がわかりません……」
ハンスは納得できない顔をしていたが、それにメイド女は
「そういうものなんです、気にしないでくださいね」
と、諭すように言った。
「はあ……」
「さて、じゃあお前達頑張ってこいよ。俺はここで待ってるから」
マスターは偉そうにそう言った。
しかし、
「なに言っているのマスター……」
「マスター行くんだよおら」
と、当然行くことは決定しているようだった。
マスターはやはりイヤなのか、
「嫌だよ、だって血まみれだぞ?俺、自分以外の血苦手だから無理」
と言ったがハンマー女はにっこりと笑い、
「大丈夫よマスター。血まみれになるのはマスターだから」
「全く大丈夫じゃないだろ?」
だだをこねるマスターに
「じゃあハンスさんも連れていきますから」
「へっ?ちょっ、僕は冒険者じゃなくてただの商人なんですがっ!」
「それを言うなら俺達も冒険者じゃなくてただの土木作業員だ」
「あなた達何でも屋ギルドですよね?!」
いきなり自らを土木作業員といい始めることにハンスはつっこみどころしか浮かばない。
それにマスターは
「いやー、稼ぎの良い仕事って限られてさ。大抵建築とかのアルバイトでしのいでるんだよ」
「三食もやし生活……」
「それに野草採りに行ったりとかですね」
「そ、そうなんですか」
ハンスはなんだかとてもこのギルドが儲かっていないことだけは理解できた。
「よし、西の森だから馬車を使えば二時間くらいでいけるな、全員速攻で支度だっ」
「一番支度終わってないのはマスターですよ」
「なんですと」
「はいはい、そこの二人。漫才してる暇があるなら野草山菜が詰めれる袋の用意をしておきなさい。それと鹿とかに遭遇できた時のためのナイフもよ」
「そんなもん俺の草刈鎌で十分ぐふっ」
「ハンマー、振り回すのよくない……」
「釘バット引きずってる君も人のこと言えないと思うけどねぇ」
ばたばたとギルドが騒がしくなる中、ハンスはチェーンソー(性別不明)と壁に寄り添って立っていた。
「……」
「……」
ハンスはこの見た目がヤバい未確認生物と二人っきりでの無言に耐えきれなくなり、
「……あの」
と声をかけてみる。
チェーンソー(性別不明)はちらっとハンスを見る。
しかしハンスはそれに続く言葉を考えていなかったため、焦った結果、
「そ、そのマスク似合ってますね!」
(何言ってんだ僕は?!)
と微妙なことを口走ってしまった。
「……」
チェーンソー(性別不明)は相変わらず黙っている。
(まずい、とにかくまずいっ)
とハンスはさらに焦った。
チェーンソー(性別不明)は静かに手を動かす。
それに連動してハンスはビクッとする。
「……」
チェーンソー(性別不明)は顔をポリポリと掻いた後
グッとサムズアップをしてきた。
どうやら純粋に誉められて嬉しかったようだった。
チェーンソー(性別不明)は「ちぇーんそーかっこせいべつふめいかっことじ」と読みます