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第十三話

それでは、今回はあまりにも有名なミッドウェー海戦の悲劇について書くことにしよう。


この悲劇については、映画やテレビドラマ・小説・回想録・戦記漫画などで何度も描写されているので、読者の皆さんは退屈かもしれないが、従軍記者として戦場にいた僕の視点から書かせてもらおう。






防空戦艦「比叡」の防空指揮所にいた僕は、特等席で昼間の花火大会でも見ているかのような気分でいた。


「昼間の花火大会」なんて物は実際に無いが、僕は見せ物でも見物しているような気分でいたのだ。


我が大日本帝国海軍が誇る第一航空艦隊の空母・戦艦・巡洋艦・駆逐艦から海面から空に向かって激しい対空砲火が、敵の航空機を何機も撃墜していた。


空中で敵機が撃墜される度に、僕は「たまやー!かぎやー!」と心の中だけで叫んでいた。


もちろん。不謹慎なので声には出さなかった。


墜落していく敵機にはアメリカ人が乗っていて、そこで人が死んでいるのは頭では理解していた。


戦時中のスローガン「鬼畜米英」を頭から信じ込んでいて、アメリカ人を「鬼畜」だと思い込んでいたわけでもない。


戦争が始まる前は、映画館で輸入されたアメリカ映画が上映されていたし、アメリカの作家が書いた小説の日本語訳も読んだことがある。


そこで描かれているアメリカ人は色々と異なる所もあるが、我々日本人と同じ「人間」だった。


人間が大勢死んでいっていることは、頭では分かっているのに気持ちが伴っていなかった。


後から、この時の自分を思い出してゾッとしたものだった。


その時の戦闘の状況は、敵機との防空戦をしている味方の戦闘機、零式艦上戦闘機はほとんどの機体が低空に舞い降りていた。


敵の空母から発艦したと思われる米海軍の雷撃機が、低空から我が艦隊に向けて進撃しているからだ。


明らかに航空魚雷による攻撃を狙っていた。


航空魚雷とは言うまでもなく、航空機から海中に投下されて敵艦の水線下で爆発する物だ。


水線下が破壊されれば、そこから海水が侵入してくる。


水に浮かんでいる艦船にとっては、魚雷による浸水はもっとも厄介な物である。


例えば艦の右舷側が浸水すれば、隔壁で浸水を一定量で食い止められたとしても、右舷に艦が傾くことになる。


最悪の場合は、転覆して沈没してしまうこともある。


それを避けるために、反対側の左舷側に海水を注入して、艦を水平に戻すのだ。


これで取りあえずの転覆の危険は避けられるが、水の重さで艦の速力は低下するから、敵からの攻撃は当たりやすくなってしまう。


そこに魚雷攻撃を受ければ、ますます浸水することになり、沈没することになってしまう。


魚雷による攻撃は沈没につながるから、零戦が敵雷撃機の撃破を優先しているのは、もっともなことに僕には思えた。


「何だと!?」


怒鳴り声がした。


周囲は砲声が鳴り響いているのに、その怒鳴り声は不思議とよく聞こえた。


怒鳴り声がした方向に顔を向けると、声の主は第一防空戦隊司令官だった。


「無線・手旗信号・発行信号、あらゆる通信手段を使って一航艦司令部に要請するんだ!少数でいいから零戦の指揮権をこちらによこすようにと!」


司令官の怒鳴り声を初めて聞いた僕は驚いた。


司令官の命令を受けて、周囲の軍人さんたちが忙しく動き始めた。


司令官は怒っているような、焦っているような視線を防空指揮所の外に向けていた。


司令官の視線の先を見ると、そこには第一航空艦隊の旗艦である空母「赤城」がいた。


「何があったのですか?」


司令官に直接聞ける雰囲気ではなかったので、僕は水兵さんの一人に尋ねた。


「一航艦さまは、こっちなんぞに戦闘機を渡したくないんだとさ!」


水兵さんは忌々しそうに答えた。


詳しく説明を聞くと、こういうことだった。


一航艦(第一航空艦隊の略称)の司令部は、艦隊防空のための戦闘機隊の指揮権を第一防空戦隊に譲ることに同意しなかった。


第一航空艦隊司令官である南雲提督が同意しなかったと言うより、参謀の一人が強硬に反対したらしい。


元々の専門が水雷であり、航空機については素人である南雲提督は、航空機については参謀の意見をそのまま入れるしかなかった。


そのためミッドウェー海戦における我が艦隊の防空戦においては、艦艇の配置や対空砲火については防空戦艦「比叡」の艦内にある「防空指揮調整所」で事実上指揮していたが、戦闘機については一航艦司令部が直接指揮するという変則的な体制になっていた。


ここでは一つの大きな問題があった。


「比叡」の防空指揮調整所では、第一航空艦隊に所属する各艦が探知した敵機に関する情報を集約し、整理された情報にもとづいて判断して、各艦に指示を出すという仕組みになっている。


しかし、「赤城」の方は、そのような仕組みにはなってはいないのだ。


防空指揮調整所のような物は無く、通信室に集まった情報は伝令が艦橋の司令部に報告する。


情報を整理するのは、司令長官や参謀たちの頭の中なのだ。


砲撃戦や魚雷戦が海戦のすべてだった頃は、それで良かったが、航空戦は戦闘の展開する速度は格段に速くなっている。


司令官は、それに対応するために金剛型防空戦艦四隻に防空指揮調整所を設置したのだった。


司令官は「赤城」にも防空指揮調整所を設置するように提案したが、受け入れられなかった。


その結果、「比叡」の防空指揮調整所には上空を飛んでいる零戦と直接連絡をする方法があるのだが、「赤城」の艦橋には無いのだ。


つまり、第一航空艦隊で防空戦をしている零戦隊は、次のような仕組みで戦っている。


各艦の電探や見張り員が探知した敵航空機の情報は、「比叡」の防空指揮調整所に集められる。


その情報は「赤城」の通信室に報告されてから、艦橋の第一航空艦隊司令官に届けられる。


そして南雲提督や参謀さんたちが判断してから、命令が「比叡」の防空指揮調整所に届けられる。


そして、防空指揮調整所から上空の零戦隊に命令が伝わるのだ。


はっきり言えば二度手間であり、防空指揮調整所が直接防空戦を指揮するよりも対応速度が、かなり遅くなっていた。


……と、まで細かい事情を僕が知ったのは戦後のことで、この時僕が水兵さんに質問して分かったのは「南雲司令部は上空にいる零戦を全機、低空にいる雷撃隊に向かわせている」とのことだった。


元々は水雷が専門である南雲提督は、一撃で頑丈な戦艦にさえ損害を与える敵の魚雷による攻撃を最も警戒していた。


そのため零戦全機を低空を飛んでいる敵雷撃機に向かわせたのだ。


「比叡」の防空指揮調整所としては、新たな敵機が出現した場合に備えて少数の零戦を予備隊にしておきたかったが、その進言は第一航空艦隊司令部に却下された。


防空戦が今まで味方にとって順調だったのが、判断の根拠の一つになっていたらしい。


しかし、それがこれから訪れる悲劇の原因になった。


「何だと!?高い高度に、敵機を探知?状況から考えて、急降下爆撃機の可能性が大きいだと!?」


司令官は、この時「比叡」の艦内にある防空指揮調整所と直接話していた。


「零戦隊の一部を上昇させるように、第一航艦(第一航空艦隊司令部)に進言……、すでにした!?返答が無い!?」


司令官は周囲を見回した。


僕も周囲を見回したが、低空を飛んでいる零戦で上昇しようとする機体は無かった。


司令官は一瞬迷うような表情をした後、命令を下した。


「一航艦の命令を待つ必要は無い!零戦隊を一部、敵急降下爆撃機の対応に回せ!越権行為になる!?構わん!全責任は私が取る!」


僕の目には、数機の零戦が上昇して行くのが見えた。

その少し後、一人の水兵さんが慌てた感じで司令官のところに走ってきた。


水兵さんは持っていた紙片を読み上げた。


「司令官!一航艦から抗議の電文です。『貴官の行為は越権であり、帰国後に査問もしくは軍法会議になることを覚悟されたし……』」


「頭の上に気をつけろ!」


司令官は通信文を読み上げる水兵さんの言葉をさえぎるように叫んだ。


「来るぞ!敵の急降下爆撃機だ!」


急降下爆撃機は、投下する爆弾の命中率は高いが威力は小さい。


戦艦の装甲を突き破ることは不可能であるが、空母の飛行甲板に命中すれば航空機の発着艦は不可能になる。


上空に顔を向けた僕の目にも、敵の急降下爆撃機が降下してくるのが見えた。


敵機は第一航空艦隊の旗艦である空母「赤城」を明らかに狙っていた。


それに対する「赤城」の動きは、素人の僕の目から見ても見事なものだった。


その巨体からは信じられないほど機敏な動きで、敵機の投下する爆弾を次々と回避していった。


一説によると、この時「赤城」を操艦していたのは「赤城」の艦長ではなく、南雲提督だとも言われている。


二発の命中弾を除いては、「赤城」は全ての爆弾の回避に成功した。


一発は飛行甲板に命中した。


もしも、この時に「赤城」の飛行甲板や格納庫で攻撃隊の準備をしていたとしたら、魚雷や爆弾に誘爆してガソリンに引火して、猛烈な火災が発生していただろうが、敵機の探知が早く、防空戦に専念していたため、そのようなことは無かった。


被弾した飛行甲板も損害は軽く、短時間の応急修理で航空機の発着艦が可能になっている。


つまり「赤城」は、空母の何よりも重要な機能である航空機の運用能力は失わないで済んだのだ。


零戦隊の迎撃が間に合ったため、「赤城」以外は攻撃を受けなかった。


ミッドウェー海戦に参加した空母四隻「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」は、この時点では戦線から一隻も離脱していなかった。


第一航空艦隊司令部が、零戦隊の指揮権を最後まで「比叡」の防空指揮調整所に渡さなかったことは、戦後になっても謎だった。


南雲提督自身は渡してもよいと考えていたのだが、参謀の一人が強硬に反対したのだと言う話もある。


なんでも、その参謀は司令官と航空機の運用について、過去意見が対立したことがあり、それが尾を引いていて、このような事態になったという説を唱える人もいる。


僕としては、お国のために命をかけて戦っている海軍軍人さんが公私混同はしないと信じている。


しかし、このことは永遠の謎になってしまった。


なぜなら、「赤城」に命中した二発の爆弾の内、一発は飛行甲板に命中したが、もう一発は艦橋に命中してしまい南雲提督以下第一航空艦隊司令部が全滅してしまったのだ。


これ以降、第一航空艦隊の航空戦の指揮は、「飛龍」に座乗する山口多聞提督が執ることになった。

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