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第一話

架空戦記を読むのは好きですが、書いたのはこれが初めてです。


よろしくお願いします。

僕は、ある出版社に勤めている新米記者だ。


昨年、昭和十六年、皇紀二千六百一年、(西暦千九百四十一年)、十二月八日、我が大日本帝国は、アメリカ合衆国・大英帝国・オランダ王国に宣戦布告し、大東亜戦争が開戦となった。


アメリカ合衆国(以降は米国と記す)は、昭和十五年九月に我が日本の工業力を削ぐために、我が国に対する工作機械・航空燃料・鉄鉱・屑鉄・銅の輸出を禁止した。


我が国は、精密工作機械・大型工作機械のほとんどを米国からの輸入に頼っており、さらに米国から輸入される鉄鉱や屑鉄が製鋼材料として重要な位置を占めていた。


そのため、この輸出禁止措置は、我が国の工業力発展への致命的な阻害要因となった。


また航空燃料の輸出禁止により、石油精製技術に劣る我が国では良質な航空燃料の取得が困難となり、我が日本軍航空部隊の燃料事情を悪化させた。


この上、米国が一般の石油燃料や重要な工業機材および原材料の輸出停止に踏み切れば、我が日本の工業生産が崩壊するだけでなく、我が日本軍の行動が不可能になる恐れすらあった。


我が国は、米国の輸入禁止措置が拡大する前に戦略物資の米国からの輸入と備蓄を促進すると共に、消費量の抑制を行う措置をとった。


しかし、昭和十六年七月末、ついに米国は日本に対する石油の輸出禁止と米国内の日本資産の凍結を決定した。


我が大日本帝国は、この状況を打破すべく米国を相手とする戦争を決意した。


不足する資源を獲得するために、オランダ領東インドなどの南方侵攻作戦が計画され、海軍の実戦部隊を率いる連合艦隊司令部では、連合艦隊司令長官山本五十六大将により前代未聞の作戦が立てられていた。


それは日本帝国海軍の保有する全ての正規空母六隻、「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」「翔鶴」「瑞鶴」を集中運用する第一航空艦隊を使い、開戦劈頭に米海軍太平洋艦隊の本拠地であるハワイ諸島、オアフ島真珠湾を奇襲攻撃することであった。


山本五十六長官がこの作戦を提案した時には、各方面から反対の声が上がった。


「日本本土からハワイ沖までの長大な距離を第一航空艦隊が移動している間に、米側に発見されないということがありうるのか?」


「仮にハワイ沖まで発見されなかったとしても、肝心の米太平洋艦隊の主力戦艦群が演習などで真珠湾を留守にしていた場合、完全な空振りになってしまう」


そういった反対意見には、山本長官は不退転の決意で臨んだ。


ハワイ作戦は、山本長官の深い信念により実行されることになった。


開戦と同時に、南雲忠一中将を艦隊司令長官とする第一航空艦隊は、空母艦載機により真珠湾を空襲し、見事に敵主力戦艦群を壊滅状態にした。


奇襲成功を知らせる電文「トラトラトラ」は、本土で待機していた連合艦隊旗艦戦艦「長門」に座乗する山本長官の下にも届いた。


陸海軍協同で行われた南方侵攻作戦も大成功を収め、今年すなわち昭和十七年三月に所期の目的を達成して終結した。


南方資源地帯の攻略により、我が大日本帝国は長期持久の体制を構築したのであった。


と……いうようなことは、開戦以来の新聞・雑誌・ラジオによる報道に普通に接していれば誰でも知ってることだ。


今まで僕が書いていたこの文章も報道された他人の書いた記事の内容を適当に並べただけの物だ。


僕は雑誌記者として、この戦争がこの国になにをもたらすのか記事として書きたいと思っている。


そのためには、従軍記者になって前線の実相を知りたい。


だけど従軍記者は長年の経験があり熟達した先輩記者の仕事だ。


新米の僕に、その仕事が回ってくることは無いと、思っていたのだが……。


「えっ!?僕が軍艦に乗れるんですか?」


昭和十七年の五月のある日、僕は編集長に呼ばれた。


「そうだ。お前、従軍記者になって前線を見たがっていたろう?良い機会だぞ?行ってみないか?」


「もちろん!行きます!」


僕は勢い込んで、すぐ編集長に返事をした。


「ところで、編集長。僕が乗る軍艦は、何ですか?まさか『長門』とか?」


僕が期待を込めた声と表情をしているのを見て、編集長は呆れた顔になった。


「おい、おい。『長門』と言えば連合艦隊の旗艦だそ。一見さんお断わりの超高級料亭のようなものだ。新米記者のお前には格が高過ぎる」


「では、『陸奥』ですか?」


編集長は苦笑した。


「おい。『長門』と『陸奥』は同型の戦艦なんだぞ。連合艦隊旗艦を二隻の長門型戦艦が交代で務めてきたんだ栄光の艦なんだ。『長門と陸奥は日本の誇り』なんて言葉は子供でも知ってるだろう?」


「それでは、僕が乗る艦は?」


編集長は、ハンカチから鳩を出す手品師のように手を振って、僕の待ちかねた言葉を口にした。


「第一航空艦隊の艦だ」


僕の顔が喜びで一杯になるのが、自分でも分かった。


「じゃあ。僕が乗るのは『赤城』なんですね?」


航空母艦「赤城」、言わずとしれた第一航空艦隊の旗艦だ。


「違う」


編集長は否定した。


「なら、『加賀』ですか?」


「それも違う」


僕は続けて「蒼龍」「飛龍」「翔鶴」「瑞鶴」と、第一航空艦隊の全ての空母の艦名を口にしたが、編集長は首を横に振った。


そして、さんざん焦らした後で、お正月にお年玉をくれた親戚のおじさんのように、もったいぶって正解を口にした。


「第一防空戦隊の戦隊旗艦『比叡』だ」


第一防空戦隊。開戦以来の第一航空艦隊に関する新聞・雑誌・ラジオによる報道に接していれば、同然誰もが知っている。


六隻の空母と供に活躍した四隻の戦艦のことだ。


予備艦状態だった金剛型戦艦四隻、「金剛」「比叡」「榛名」「霧島」を現役復帰させて編制されたのが、第一防空戦隊だ。


第一防空戦隊の役割は、第一航空艦隊の「盾」である。


「槍」はもちろん六隻の空母に搭載された艦載機だ。


敵の戦艦の主砲の射程距離の遥か外から、空母は艦載機を発艦させる。


零式艦上戦闘機は敵艦隊上空の敵戦闘機を掃討し、九九式艦上爆撃機は急降下爆撃で敵艦に損傷を与え、九七式艦上攻撃機が航空魚雷で止めを刺す。


このように空母艦載機は、長大で威力のある「槍」なのである。


しかし、艦載機を運用する航空母艦自体は、敵の航空爆弾を飛行甲板に被弾すれば、艦載機の運用が不能になるほど脆弱である。


敵の航空攻撃から、その強力な対空砲火で空母を守る「盾」となるのが、防空戦艦となった金剛型戦艦四隻の役割なのだ。






と……いうような経過で、僕は今、防空戦艦比叡の艦上にいる。


艦は作戦のために出港しており、日本本土は遥か彼方だ。


艦内にある会議室には、第一防空戦隊司令官とその参謀たち、そして僕がいる。


会議室の空気は重い。


そうなった原因を作ってしまったのは僕なのだけど……。


少し前の出来事を思い出した。


比叡に乗艦して、すぐに第一防空戦隊司令官と参謀たち、比叡の艦長さんに僕は従軍記者として紹介された。


ほとんどの海軍軍人さんたちの反応は、僕を歓迎はしていないが邪険にもしていなかった。


僕は正直ホッとした。軍人には、軍人以外の人間を下に見る人も多く、軍に関わる取材では嫌な思いをしたこともあるからだ。


「我が戦隊は、ある作戦に参加することになっている。作戦場所は軍事機密につきここでは、教えられないが……」


参謀の一人の言葉に、僕は何も考えずに反射的に言葉を口にしていた。


「ミッドウェーですね?」


僕の言葉に会議室の空気が重くなった。


参謀たちが僕をにらみつけたので、僕は少し怖くて不安になった。


「何故、知っている?」


第一防空戦艦司令官は、僕に対して詰問するのではなく、歯をむき出しにして笑って面白そうに尋ねた。


その司令官の態度に、僕は少し気持ちが楽になった。


「この艦に乗る前に、『髪が伸びたなー』と思ったので、軍港の近くの床屋さんに行ったんです。そこのオヤジさんが『海軍さん。次はミッドウェーだってね』って言ってたんです」


参謀たちの雰囲気はますます重くなったが、第一防空戦隊司令官は声を出して笑った。


「まったく頼もしいことだな、我が海軍の機密を保持する能力は!」


後から知ったことだが、作戦場所が「ミッドウェー」ということが漏洩したのは、某海軍士官が酒の席で、どこかの芸者に喋ってしまったのが原因という噂が流れていた。


「ところで、『大和』『武蔵』は知っているか?」


第一防空戦隊司令官……長いので、ここからは単に司令官と書くが、司令官は何の脈絡も無く僕に尋ねた。

参謀たちは、今度は僕ではなく、司令官をとがめるような目つきで見た。



「もちろん。知っています」


参謀たちの空気が、また重くなった。


しかし、この時の僕は「大和」「武蔵」という単語が、軍事機密に関係しているとは思っておらず。参謀たちの態度の意味が分からず。気楽に司令官の質問に答えた。


「ほう。『大和』『武蔵』とは、何だ?」


「大和は日本の古い呼び方で、武蔵は二刀流の剣豪の宮本武蔵のことてしょう?」


参謀たちがホッとした表情になった。


何故、参謀たちがホッとしたのか、この時の僕には分からなかった。


司令官は声を出して笑った。


「まったく、我が海軍は機密保持の優先順位を間違えているんじゃないか?」


ひとしきり司令官は笑った後、また僕に質問した。


「では、今現在、我が日本帝国海軍が保有している戦艦は何隻だ?」


「六隻……。いえ、金剛型四隻が現役復帰したから十隻ですね」


「その内訳は?」


「長門型戦艦の『長門』『陸奥』、土佐型戦艦『土佐』『天城』『紀伊』『尾張』、そして金剛型戦艦の『金剛』『比叡』『榛名』『霧島』です」


「土佐型は、どんな艦だ?」


「艦名だけ聞くと、八八艦隊計画の戦艦のようですが、それとはまったく別の艦です。海軍軍縮条約の特例条項を利用して建造された戦艦です。扶桑型戦艦二隻と伊勢型戦艦二隻を廃艦にすることと、金剛型四隻を予備艦にすることで建造が認められました」


僕が答えたことは、普通に報道されていることで、機密でも何でもない。


「結構!結構!」


司令官は、教室で教師の出した問題に答えられた生徒のように僕を誉めた。


「記者くん。君は、この第一防空戦隊で取材するのにふさわしい人のようだ」


これが、長いつき合いになる僕と司令官の出会いだった。

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