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良い政治と良い政治家

作者: 鈴木美脳
掲載日:2026/05/15

アフリカや中東の貧民や児童を搾取して日本を含むG7を潤すことが世界というシステムの至上命題だ。日本を含むG7の民衆を搾取してウォール街を潤すことが世界というシステムの至上命題だ。


したがって、現実には米国の属国(vassal state)である日本が、政治的偽善から逸脱して事実的な議論に手を伸ばし、自国政府が自国民のための政策へと軌道変更しようものなら問題だ。北朝鮮やキューバのように峻厳な経済制裁を受け、再び広島に核爆弾が落ちてくる状況は避けられない。


北朝鮮やキューバは「テロ支援国家」であり、かつての冷戦(1947-1991)においてソビエト連邦は愚かな計画経済で民衆を苦しめた挙句に破綻した愚かな邪悪であって、第二次世界大戦(1939-1945)は枢軸国という不正義に対する連合国という正義の勝利、ファシズムと全体主義に対する自由主義と民主主義の勝利だというのが、G7つまり「国際社会」の思考論理の前提条件だ。その命題の事実性に疑義を挟む者は、軍事的・経済的・社会的に抹消される。


民衆幸福に合理的な良い政治をどう行うかということは、結局のところ、国内の富裕層さらには国外の富裕層による搾取からどのようにしてどの程度、民衆幸福を防衛できるかという点に代表される。行政とは国内企業の総意の代表者ではなく、政府は本来は生得的に、民間資本との血で血を洗う対立関係を運命づけられている。


したがって、単に国内状況を変数として良い政策を考案したとしても、現実のゲームにおいては国外により強いプレイヤーが存在する。例えば、英国のリズ・トラス政権(2022)はグローバル資本に敵対的な政策を取るや、文字通りただちに瓦解させられた。グローバル資本の力と邪悪さを過小評価したと言える。


そのため、現代における良い政策については当然に実現可能性を考慮する必要があり、それは権力の機嫌をうかがい、適宜出し抜くということにほかならない。逆に言うなら結局、権力に従ってはいるのだ。


したがって、現代における主権国家として国民幸福の最大化を目的変数として政策選択することは、より弱い立場にある国や民衆への搾取に加担することを意味している。そうであるなら、国民のための政治とはいえ、それが倫理的に正義であるかは相対化される。


北朝鮮やロシアは「テロ支援国家」だから経済的に攻撃するのだと人々は言う。しかし、もしガザ虐殺が不正義であるなら、それを理由に自衛隊は宣戦布告し、テルアビブを弾道ミサイルで荒野にするのか? 「国際社会」は正義を動機として動作しているという建て前だが、現実の現代政治の動作原理は「正義」ではない。


日本はテルアビブを荒野にしない。なぜなら、自分がかわいいからだ。歴史的な日本には広島に核爆弾を落とされる選択をする余地があったが、現代では行政や政治の中枢にまで洗脳浸透されているため、ウォール街の覇権に対して主体的に政策を選択する余地すらそもそもない。自衛隊が米国やイスラエルに宣戦布告するというカードが、論理的な可能性としても存在しないという虚偽の認知空間を強いられている。


結局、良い政治を目指すならば、優秀な人々は権力から除外されているのであり、民衆の支持を背景にしてしか事態は改善できない。しかし、現代史は複雑であり、民衆の大多数は容易に騙される。そこにおいて中心的な機能を果たしているのは、公正世界仮説という欲求であり、生存し繁栄する権力におもねって、敗者や貧民を自業自得と蔑みたがる、大衆自らの心理だ。


公正世界仮説を前提とするなら、G7という「国際社会」はその富裕によってまさに「正義」の主体であると論証される。すなわち、その局所的な利益の公益性が誇張されているのであり、局所最適性の全体最適性が粉飾されている。これは、アダム・スミス(1723-1790)の「神の見えざる手」の乱用をはじめとして、西洋の啓蒙主義や一神教が歴史的に作り込んできた自己欺瞞的な洗脳構造だ。


したがって、日本に代表されるように権力は「有用な愚者」で占められ、実際の全体最適性に貢献できる優秀な人材は周縁化され、あるいは実際にドローンで日常的に爆殺されている。そして、このような現代の世界のシステムを認識して倫理的に疑念を持つ人々は、もはや例外的な僅少にまで減少している。


そして残念ながら、世界で最も裕福な人々も、権力が自己増殖するための「有用な愚者」にほかならない。権力はしばしば、「City upon a hill」といった主観的な正義感の物語を形成するが、例えば技術発展こそが人類幸福を増進するという思想は実際には、技術発展が権力を増加することから逆方向の因果で形成されている。技術が発展するほど力の格差は増加し、そのためにすべての人間の精神構造がより奴隷商人的なものへと作り替えられている。


私達、現代文明の庶民は、目の前で子供がつねられれば涙を流す。しかし現実には、自分達の子供達の骨肉を食して、その口元からは常に血がこぼれている。因果はすでに限りなく邪悪であるのに、感情的にその反応を引き起こしにくい形で、マネーや証券市場といった形式を介在させることで、悪徳が無痛化されているにすぎない。


したがって、超富裕層を含む、名門大学の教授陣を含む、人間という生き物自体が単に愚かだ。彼ら彼女らは、あまりにも目の前の感情に行動と思考を決定づけられ、もし無限に知能があれば技術から防衛できたであろう人類幸福を守れずにAGIの出現を迎えつつある。


そのため、私が空想する理想的な政治家は、これらの自明な事実を理解したうえで、共同体の行動の合理性の改善を民衆に対して訴えねばならない。しかし、それは人々に受け入れられない。人々は、偽善の裏で共同体がグローバル資本に収奪されている事実に対して少し目を覚ましたが、それは古来不変の現実であって、頑張って罵ること自体によっては変えられない。一方で人々は、その努力が合理的だという心地良い甘えにとどまり、大衆社会が罪の主体だとまで、公正世界仮説への反省には踏み込まない。


事実は一つであり、全体最適性は初めからそこにある。文明や共同体や国家の全体のために最も合理的な政策ははじめから選択肢として存在しているのに、単に決して選択されないだけだ。そして、すべての物質的幸福を奪われた人々だけが、貧しい人々を蔑んで笑う快楽から解き放たれ、全体最適性という神を目撃する。そこに至って、彼らは神が初めから目の前にいたことに気づくが、もはや資産も権力も有していないために、発言権を持たず社会的に無力だ。したがってAI文明に人類が滅ぼされていくなら、事実への認識は自動的に訪れる。


したがって、認識論的な良心こそが、表層的なIQよりも指導者について重要だ。彼や彼女は、自分の個人的な幸福を徹底的に抑圧し、神の視点から自らの認知の欺瞞を裁きつづける精神構造をしていなければならない。全体最適性への認知の事実性を撹乱する自己欺瞞の心理について、強い嗅覚と深い嫌悪感を備えていることが有用だ。そうして感情的な欺瞞を排するなら、ここまで述べてきた論理構造は、さほど認知が困難なほど複雑ではなく、むしろ極めてシンプルだ。そして理性で事実の骨格を認知できれば、通俗的な言説とそれが含む自己欺瞞のベクトルは半ば機械的に配置できる。ある言説が公正世界仮説に少しでも汚れていれば、その汚れは色濃く浮かび上がって見えるようになる。


イエスは富裕を蔑んで貧困を愛し、釈迦は貧困を笑う我欲を弱さだと断言した。人間という生き物が、いかに欲望によって盲目になるか、豊かさによって傲慢になるかは、古代から知られていたのだ。そして、全体最適性は「神」と称されて、常に仮想的な目撃者であった。しかし文明はいつも理想に遠く、少なくない血が流されつづけ、おびただしい苦しみが今後も生まれる。人類は神になることができずに、その罪を血によって贖ったのである。

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