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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

名も無き村

作者: 石川覚
掲載日:2026/02/20

 この糞溜めみたいな村で足止めされてから既に三日目。本来なら苛立ちが募ってじっとしてるのも苦痛なはずだが、俺は仄かな違和感を感じながらも何故かのんびりしていた。いつになったら出られるのかよりも、たまにこちらを何か言いたそうに見る女給仕の方が気になるくらいだ。


 しょんべんを水で割ったようなエールも飲み飽きて、村長を締め上げてまともな酒を吐き出させようかと考え始めた頃に朗報が飛び込んできた。朗報はずぶ濡れになったマントを脱ぎすて、エールを持ってくるよう店の奥に向かって怒鳴ると俺の前に座ってニヤついている。


 朝から川の渡場の様子を見に行かせた≪ぶきっちょ≫がこんなに早く戻ってきて、ニタニタしてるって事は、出る準備を始めても良さそうだな。


 「喜べ、≪博徒≫。川の水位が落ちてる。小雨はうっとうしいが、今から出れば野営一回で街道に辿り着けるだろう」


 俺にそう言うと、≪ぶきっちょ≫はジョッキを持ってきた給仕のアルマのケツをつまんで、前掛けの中に銅貨を投げ込み、マントを暖炉の所に干すように言いつけるとエールを口にして褐色の顔をしかめる。


 「良くこんなのをずっと飲んでられるよなぁ、お前は。ここを出る前に村長を締め上げてまともな物を出させるか?」


 「考える事がお前と一緒だなんて、この雨で俺の頭にカビが生えちまったとしか思えん」


 「けっ、誰でも思いつくだろうが。おい、アルマ! このしけた面の野郎に何か食いもんを持ってきてやれ! 見てるとこっちまで暗くなっていけねぇ」


 「えらいご機嫌じゃないか」


 「当たり前だろうが。やっとこの気色悪い村とおさらばできるんだ。中原の天候は俺に合わねぇし、ギルドに戻らねぇとブツも捌けねぇ。何より俺は早くマダム・ジョゼんとこの可愛いバラちゃん達に会いてぇぜ」


 そう言ってからエールを一気に飲み干した≪ぶきっちょ≫は、アルマのケツをもう一掴みすると、上の連中に水位を伝えてくると言い放ち、そのまま奥の階段を上っていった。剣の腕前と女好きにかけてはうちのギルドでもトップクラスの陽気な野郎だが、砂漠の民らしく雨が大の苦手だ。入れ替わるように彼女が俺のところに形容しがたい香りのする骨のブロスを持ってきて目の前に置く。しなびた野菜と、餓死したに違いない何かの骨が申し訳程度にポツンと浮かぶしけたスープで、この村の有様と一緒だ。


 雨と山脈側の雪解けで増水した川にぶつかり、渡場を探して彷徨っていた俺たちが偶然にも村を見つけた時は歓喜したが、辿り着いてみると何とも酷い所だ。フロンティアにありがちと言えばそれまでだが、ここはそれに輪をかけてやがる。


 最初はそれなりの開拓村だったようだが、俺たちが悪態をつきながらも、何とか泥の中から這いずり出ると、しばらく前に襲撃された跡が生々しく浮かんできた。村を囲む策は浮浪者の歯並みに黒ずんでスカスカ。二十数軒あった家の半分は焼け落ち、やせ細った犬の死にそうな鳴き声と共に俺たちを迎えたのは、今にも鎧と槍の重みで倒れそうなジジィ一人。錆びて半分欠けている槍の先を向けられた≪ガリ≫がそれを取り上げて折ってからジジィを持ち上げ、俺たちがハント帰りの冒険者で疲れている事、屋根と酒のある場所に速く案内して欲しい事、それが叶わないと怒りっぽくなる事を分かりやすく伝えた。


 宙ぶらりんのまま、歯の無い口でハムハムするだけで何を言っているのかがさっぱり分からなかったジジィは、≪ベテラン≫に鼻を短剣でくすぐられた途端に萎んで、震える腕で村で一番大きい建物をさした。そのまま中になだれ込んでいくと、異様に生気に溢れた、団子みたいに恰幅の良い男が満面の笑みを浮かべながら転がり出てきた。ジジィが生きているのを確認し、俺たち相手に会話が成立すると踏んだらしい。俺ならもう少し様子を見たがな。泥に塗れ、森から這い出てくる目つきの悪い集団は信用ならん。町ですれ違ったなら財布の無事を確かめずにいられない面構えもだし、うちの死霊術師である≪天使≫なんて、数年前から知ってる俺でも生気のない目を見ただけで寒気が走る。


 ファレスと名乗った団子男は、しかし、俺たちの見た目よりもいくら引き出せるかをばかり気にしているようだった。村で一番デカい建物を宿屋とし、本人が村長と兼任しているとか。今もカウンターの裏で何かコソコソしながらこっちを見ていやがる。俺たちが運び込んだハントの成果、それを狙っているに違いない。そう簡単に奪われるほど俺たちは間抜けじゃないがな。


 俺に睨まれたファレスが視線を落とし、汚いカウンターをそれ以上に汚い布で拭き始める。気にすれべきがファレス一人ならまだ良かったが、昨晩ここに着いた一団も気なる。俺たちと同じ五人組で、傭兵を装っている。村人から見ればちゃんと傭兵に見えるだろうが、俺の目は誤魔化せない。唯一の若い女給仕のアルマのケツを触る奴が一人も居ないんだ。うちの連中は≪天使≫以外の全員が触っていると言うのに。本来は取り合いになると心配するところだが、≪ぶきっちょ≫がアルマの腰に手を回して上の部屋に連れて行く時でさえ一瞥しただけで、五人組は身内で盛り上がりながら酒を飲み続けた。それもいつまで経っても減って無さそうなジョッキを傾けるだけで、唯一の女を見ようともしない。


 何か言いたげにまだ俺の傍から動かないアルマをちらりとみやる。こんな辺境の村にしては上玉だ。風呂に入れて、髪を整え、化粧を施せば美人に見えるだろう。澄み切った秋の空色の目が特に特徴的で、これだけでも王都の女どもが羨むに足りる。しばらく前の襲撃時に頭を強打されたらしく、少しおかしくなってるが、無言で笑っていれば気にもならん。おかしいと言っても一点を見つめたまま涎を垂らして微動だにしないとか、直前までやってたことを忘れるとか、その程度だ。


 うちの連中がバカな上に、高価な戦利品を見張らせる必要もあったから、当初は偽傭兵どもと接触しないように指示は出しておいた。女の取り合いになる懸念も最初はあったからな。今になって思えば俺だけでもそれとなく話を聞きに行けば良かったかもしれない。宿の外は≪天使≫と≪ぶきっちょ≫にまわらせ、≪ガリ≫と≪ベテラン≫には部屋で荷物の監視をさせ、俺は基本的に一階で五人組とファレスに目を光らせていたが、消極的に過ぎた可能性が今になって頭をもたげてきやがる。いよいよ村を離れられるって時に、相手の出方が分からずじまいなのは落ち着かん。従順に指示された事だけやってるアルマに聞いてみたところで、何か知ってるとも思えないが、どうしたものか。


 俺の視線に気づいたアルマがもじもじしだした。二日目に≪ぶきっちょ≫からもらった精巧な骨のブレスレットを弄りながら視線が泳いでいる。奴がそのブレスレット欲しさに、俺たちが今回の依頼で襲撃した集落の族長の娘の腕を斬り落としたと聞いても身に付けているのだろうか、なんて考えがふと過ぎる。


 「なんだ?」

 「あ、あの……≪博徒≫さん達はもう出て行かれるんですか?」

 意を決したアルマが俺をじっと見つめながら聞いてきた。


 さて、どうする。≪ぶきっちょ≫の野郎め、今から出れば野営一回で済む、なんて余計な事を言いやがって。


 「いや、今夜はもう一泊して、明日の朝に出る予定だ」


 本当は昼前に消えるつもりだが、念のためだ。ファレスが五人組と何か喋っていたのも気になる。少しでも足止めや油断に繋がる事はしておくもんだ。賭けに出るような、余計なリスクを取らないのが俺の主義。こんなしけた所で、蛮族の集落を皆殺しにしてまで手に入れた依頼の品、上級デーモンの頭角を奪われる訳にはいかん。


 「ああ、そうだ、アルマ。≪天使≫を呼んで来い。そろそろ広場に戻ってる頃だろう」


 この村を数日は出れないのが分かった時から≪天使≫には何かあった時用の保険を仕込んでもらってる。怪しい五人組が素直に俺たちを行かせればよいが、そうでない時には≪天使≫の出番だ。やつは大体同じものを仕込むが、これも念のために再確認して、土壇場で予期せぬ事が起こらないようにしておかないとな。この村には死臭がこびり付いていると言い張り、いつもの範囲内の生物を狂乱させる<恐怖陣>なら秒で張れるなんて豪語していた≪天使≫はやり過ぎる癖がある。本来の目的を忘れて、可能だからって完全にオーバーキルな物を仕込んでる気がしてならない。


 「あ、あの……≪ぶきっちょ≫さんも行くんですよね?」


 過去の≪天使≫のやり過ぎを思い出してると、突然アルマがそう話しかけてきた。これは驚きだ。あの従順なアルマが俺の言いつけに従う前にまだ何か聞いてくるなんて。


 「俺たち全員で出るに決まってる。それがどうした?」

 

 周りを見渡し、俺の横に少し屈みこむと、アルマは声を落として意外な言葉を発した。


 「私も、その、一緒について行っても良いですか?」


まさかの一言に思わず眉をひそめてじっと見つめてくるアルマの目を覗き込む。俺を怖がってるのか、口を開く事すら珍しいあのアルマだ。それが妙に真剣な表情をして、しつこく話しかけてきやがる。


 返答に困って無言で考えを巡らしている俺の表情から何か察したのか、アルマが早口でまくし立ててきた。


 「私、怖いんです。この村はもうダメなんです。ファレスさんが来てから皆おかしいし、また襲われたらどうしようもないし、傭兵さん達に守ってもらう話だと思ったら全然雰囲気も違くて……」


 ファレスが新参者だと聞いた瞬間、嫌な予感が走る。まだ何かを訴えようとするアルマを咄嗟に黙らせると俺は必死に頭を動かした。俺自身、フロンティアの開拓村の出身だから、新たにやってくる人間がどんな立場になるのかは分かっているつもりだ。そんな俺が三日も滞在しておきながら違和感を見落とすのか?思えばここ数日はずっと考えるのも面倒だった。疲れのせいにしてたが、違った場合はまずい。俺も声を落としてアルマに聞き返す。


 「ファレスがやってきたのはいつだ?」


 「数か月くらい前です。襲撃があって、皆で村を出るべきかって話してて、でも冬だから動けなくて、それでファレスさんが来て。気がついたら村長だって名乗って。誰も何も言わなくて……」


 堰を切ったように早口でまくし立てるアルマを再び黙らせ、さっさと≪天使≫を連れてきて二人で上に来るようにと、わざとファレスに聞こえるように言いつける。頷いて外にかけていくアルマを尻目に俺はゆっくり立ち上がるとファレスの所まで歩いていった。


 「おい、ファレス。うちの≪天使≫が戻ってきたらアルマと一緒に俺たちの部屋に行かせろ。もう一晩泊るってなると掃除をしてもらわんと寝れやしねぇ。テーブルのブロスはテメェで食っとけ」


 そう言って銅貨を数枚カウンターに投げ、朝からの一杯を未だに舐めてる偽傭兵どもを一瞥し、俺は二階の部屋に上がっていった。兵舎のような古びた汗の臭いがこびり付いた階段をのぼりながら、徐々に大きくなる違和感に寒気を覚える。真冬にやってくるのは良いとしても、いくら襲撃の後で皆がまいってるからって、勝手に村長をはって文句を言われないのはおかしい。そもそも、この村の現状を見て村長になりたがるのもおかしな話だ。クソ。なんで今まで何も気にせずに、新たに現れた偽傭兵にだけ注意を払っていたのかが自分でも分からねぇ。アルマの一言で靄が晴れかかったような感覚だ。だいたい、村から出られると分かった瞬間に≪ぶきっちょ≫と二人で戻り、そのまま荷造りをするのが俺だろう。レイド中にどうでも良い考えにふけったり、ダラダラするなど俺らしくない。考えていく内に頭の片隅でサイコロの転がる音が微かにし始めている。


 廊下奥の二部屋を俺たちが使っている。≪ガリ≫と≪ベテラン≫が泊っている方に入ると≪ぶきっちょ≫も居て、三人でサイコロ賭博してやがる。半開きの目でベッドに寝転がってる≪ぶきっちょ≫と似合わないちょび髭を撫でながらニヤニヤしてる≪ベテラン≫の様子から、今日もカモられてるのは、巨躯から想像する通りに鈍い≪ガリ≫で間違いない。いい加減に負けると分かってる勝負を断れば良いものを、次こそ勝てると思い込んでる奴の方がよほど≪博徒≫の名が似合うと思うんだがな。うちのギルド、「バーレンの鷹」は真逆の通り名をつける事で有名だから、仕方ない。と、またしてもどうでも良い思考が巡る。


 「随分と余裕じゃねぇか、テメェら。≪ぶきっちょ≫から水位の事は聞いたんだろ? 荷造りくらい始めろ」


 俺がそう言って動こうとしない≪ぶきっちょ≫の膝を押しのけ、ベッドに腰かけて言葉を続けた。


 「今から≪天使≫とアルマが来る。二人の話を聞いて、作戦を立てたら直ぐにここを離れる。良いな?」


 「作戦? 何の作戦だよ、≪博徒≫? やっぱりファレスを締め上げて酒を出させるのか? そもそも何でアルマの話なんか聞く必要がある?」


 「五体満足にここから消える作戦だ。アルマが気になる事を言い出したし、考えてみると違和感だらけなんだよ。そもそも、≪ぶきっちょ≫、お前はアルマから何も聞いていないのか? ファレスが新参者だとか、村の様子がおかしいだとかよ」


 半開きの目を俺に向けて≪ぶきっちょ≫が肩をすくめる。


 「聞いたかも知らんね。ジギート(戦士)に抱かれた女は寝床で良くしゃべるがよ、戯言にはいちいち付き合ってられん」


 「村の人間がおかしいとか、外回りの時に何か気付かなかったのか?」


 「知るかよ。中原の人間は元から陰気臭ぇし、焼き討ちされた村でこの雨だ」


 頭の中でサイコロの転がる音が大きくなり始める。最初は動くのが面倒で、昨晩は偽傭兵の見張りを優先させて、≪ぶきっちょ≫に外を任せっぱなし、丸投げにしたのは間違いだったかもしれん。斬り合ってない時のコイツは周りの事など気にしちゃいないし、砂漠で女は家畜くらいにしか思われてない。女好きのコイツでさえ気が向けば愛でるが、女の話は鳴き声としか捉えていないんだった。


 「お前らはどうだ? 何か気付いたか?」


 俺にそう聞かれた二人は互いに顔を見合わせ、口々に別に何もないと答える。俺に命じられたままに荷の監視だけやってたなら無理もない。何かあれば俺に報告が来ると思い込んでいたのも俺の油断だな。頭の中でサイコロの音が徐々に大きくなってきやがる。


 扉が開いて≪天使≫とアルマが入ってきた。七人も詰め込まれた部屋が途端に息苦しくなったので≪ガリ≫を外に立たせた俺はまず≪天使≫の話を聞く事にした。


 「川の水位が下がったからこれから村を出るが、仕込みは終わってるんだろ? 今回は何を仕掛けてる? それと、村の中で気になる点はなかったか?」


 体全体を包む黒いローブにくるまりながら、乾いた声で≪天使が≫喋り始めた。


 「仕掛けは終わってますよ、ええ。いつもの<恐怖陣>はもちろん、ここの潤沢な死素を使って、腐敗の加速モノも用意しましたよ、ええ。トリガー調整で生命は一つで足りるようにするのが難しかったですよ。力場構築時に揺蕩う素が外部に引っ張られてますからねぇ。それも妙な周期で。ボイツェル係数の計算だけで丸一日かかり、陣の配置もですね……」


 「ちょっと待て。テメェの小難しい話はさっぱり分からんが、妙な周期ってなんだ?」


 うちの死霊術師、腕は良いが、魔道の事を喋らせると理解が追いつかなくなる。それでも俺はやつの「妙な」って言い方に引っかかった。本来、あやふやな言い方を嫌う男だ。


 「妙な周期は妙な周期ですよ、ええ。自然分散されるはずの素が引っ張られるのも本来はおかしな話で……」


 「結論から、俺らにも分かるように言えって」


 「……誰かが定期的に魔道を発動させ続けてるんですよ、ええ。邪魔で仕方ないですよ、全く」


 それを聞いた俺の頭のサイコロはけたたましく鳴り響き始める。何故それを今まで言わなかったのかと≪天使≫に詰め寄ろうとしたら、急に色々とどうでも良くなる感覚に襲われた。


 「ほら、これですよ。魔道の使い手じゃないと気がつかないでしょうけど、って、おや? 元から知恵に乏しいあなた方の目から更に知性が失われたように見えますよ、ええ。そしてこれは何ですか? 面白い反応ですねぇ」


 そう言いながら≪天使≫が興味深そうに見つめるのは、焦点の合ってない目で虚空を見つめ、口の端から涎を流すアルマだった。


 押し寄せるどうでも良さを振り切り、アルマをビンタして意識を取り戻させると、俺はそのまま≪天使≫にこれまで黙っていた理由を問いただす。


 「なぜ黙っていたのかって、それはですね……うん? 何故でしょうねぇ……計算の邪魔なだけで、大した事では無いと私が感じていたようですよ、ええ。それより、この女性の反応が……」


 「馬鹿野郎が! テメェもしっかりとやられてるじゃねぇか! 急いで出る準備しやがれ!」


 俺の叫びを聞いてもなおキョトンとしてる連中に一言「精神操作だ」と言い放ち、≪ぶきっちょ≫と≪天使≫を自分達の泊まっていた部屋に引きずっていき、急いで荷物を袋に放り始める。≪天使≫の野郎、死霊術にしか興味が無いとはいえ、こんな大事な事を黙っていやがるなんて。疲れてるところに魔道の効果が重なったからって、ザル過ぎるだろ。帰ったら上の連中からも言ってもらわないとダメだ。こいつの自分の魔道以外を軽視する癖はやはりヤバい。無事に帰れたら、の話ではあるが。誰かが俺たちの注意力を魔道で削いでいたのは確実。ファレスを送り込んで村を掌握させ、基地として使っているのだろう。あの五人組は盗賊団か何かで、俺たちが襲ってまで奪う価値のあるものを持っているかを値踏みしてたんだ。きっとそうだ。


 ≪ガリ≫から取り上げた上級デーモンの頭角が入った布を腰に括り付け、雑に物を詰めた袋は廊下に突っ立ってるアルマに渡しておく。


 「昨晩のファレスと五人組の会話内容を教えろ。それと、さっきみたいに意識を飛ばすのはいつから始まってる?」


 今更アルマに聞いても仕方ないとは思うが、念のためだ。頭の傷が原因で精神操作系の魔道に異常な反応を示すのは良くある話。偽傭兵とファレスの会話内容次第で先制するかどうかを決めておきたい。


 「あの、さっきみたいなのはここ数か月前からです。会話はごめんなさい、聞き取れなくて。最初は護衛として雇いたいのかなって思ったんですけど、ファレスさんはなんか後で「これで上手くいく」とかなんとか呟いてて。それで私はもう怖くて。≪ぶきっちょ≫さんがハ何とかにしてやるって言ってて、それでもう出ちゃうと思って勇気を出して……」


 聞いてもいないことまでベラベラと、蓋を開けてみれば想像以上に良くしゃべる女だと思いながらアルマの話を遮る。


 「もう良い、分かった。俺たちは今から出る。戦闘になるかも知れないから邪魔な荷物はお前が持ってついて来い」


 不安そうに頷くアルマにそれ以上構わずに他の連中の荷造りを急がせる。俺は物理的に時間が失われていく感覚と轟音に近い頭の中のサイコロの音に顔をしかめながら、早口で指示を飛ばし、階段の辺りに注意を払うのは忘れない。精神操作系魔道の恐ろしい所は自分でかけられているのに気がつきにくい事だが、分かっていれば抵抗は比較的しやすい。今はとにかく無事に脱出する事だけ考えていれば良い。


 「俺と≪ガリ≫が先頭に立つ。≪ぶきっちょ≫はすぐ後ろからついて来い。≪ベテラン≫、テメェは後方で≪天使≫とアルマの護衛だ。アルマが涎を垂らして意識を飛ばし始めたら俺たちが精神操作魔道に晒されてる証拠だ。気づかない可能性があるから良く見ておけ。始まったら絶対に知らせろ。自分を保つのも忘れるなよ。強い目的意識を呼び起こせば耐えられる」


 「なんでぇ、≪博徒≫、何を焦ってやがる?」


 荷造りを終え、腰に二本のサーベルをぶら下げた≪ぶきっちょ≫がそう聞いてきたからざっくりと考えを教えてやった。ファレスは恐らく盗賊団に送り込まれた人間で、五人組がその仲間であろう事。我々の成果物を狙ってる可能性が高い事。それに気付けなかったのは精神に作用する魔道が使われていたためである事。人数では互角だからかまだ仕掛けてきてないが、雨が上がった以上はいつ仲間が来るか分からない、今すぐに脱出する必要がある事。


 とりあえず納得はさせたが、中原の人間は回りくどいだの、砂漠の民なら欲しくなれば勝手に取るだの、ブツブツと呟いてやがる。北方の出身で基本的に無口な≪ガリ≫とは対照的で、納得しなければ動かない面倒な野郎だ。


 一通り準備が整ったのを確認し、≪天使≫にはいつでも<恐怖陣>を発動させられるようにしておくようにと、≪ベテラン≫にはアルマがおかしな動きをしたら殺すようにギルドのサインで伝え、連中を引き連れて階段に向かう。運が良ければ臨戦態勢にあるこちらを見て向こうも仕掛けるのを断念するかも知れない。勢いでとにかく川まで行ければ何とかなる。


 完全武装で階段を下りてくる俺たちを見つけた瞬間、ファレスが五人組に向かって「逃げちゃいますよ!」と甲高い声で喚き、カウンターの裏に隠れると同時に五人組が一斉に立ち上がってこちらに向かってきやがる。やっぱりグルじゃねぇか。殺るしかねぇ。急いで階段を降りきり、背中に回した左手で「俺の合図で」とサインを送りながら俺が少し前に出る。俺たちを取り囲むにはホールが狭すぎるが、四人が少し広がり始め、リーダーらしき人物が俺の前に立ちはだかった。


 「待たれよ。我が名はマルケロン・デシャス。うぬらには尋ねる事がある。大人しく……」


 やつの言い終わりを待たずに、俺は満面の笑みで言葉を遮り、少し前のめりに前方に踏み出す。喧しかったサイコロの音がピタリと止んでいる。


 「まぁまぁ、そう邪険にするなよ兄弟。俺たちだってこの雨でまいってるんだし、牛は肥えてるんだぜ?」


 俺の言葉の意味を理解できずにリーダー格が眉を寄せ、何かを言おうと再び口を開いた瞬間にその首めがけて長剣を抜き打つ。


 相手は咄嗟に右腕を上げて俺の斬撃を小手で受け、左手を懐に突っ込んで何か取り出そうとするが、左目から≪ぶきっちょ≫の投げナイフを生やして崩れ始める。頬を何かが掠めた俺はそのまま前方に倒れ込みながら回転し、起き上がる所に上から斬りかかってきた偽傭兵の剣をかろうじて受け止めた。


 「てぇんし!!」


 俺が吠えるのと同時に首筋がざわつき、髪が逆立つ。≪天使≫がやっと術を発動させたか。俺たち以外が即座に狂乱するいつもの効果を期待し、無意識に剣が下がりそうになったところで偽傭兵の斬撃を容赦なく浴びせられる。必死に片膝立ちで防いでいると≪ガリ≫の振るう巨大なハンマーが俺の頭上をかすめながら相手を真後ろに吹き飛ばした。


 少し先で≪ぶきっちょ≫が二人を相手に斬り合ってる。俺と≪ガリ≫が駆け付けると一気に形勢は逆転し、あえなく切り伏せる事ができたが、やはりこいつらも明らかに<恐怖陣>が効いていない。五人目の姿を探すと小型のクロスボウを握りしめたまま倒れているのを見つけた。今日の≪ぶきっちょ≫の投擲はいつになく冴えてると思いながら剣を鞘に納める。


 「≪天使≫! どうなってんだよ、おい。テメェの術がちっとも効いてねぇじゃねぇか」


 そう言いながら振り返ると≪ベテラン≫の頭を膝に乗せて座り込んでるアルマと、訝しげに指折りで何かを数えてる≪天使≫の姿が目に入った。≪ベテラン≫は胸からボルトの矢尻が突き出ていて、真っ赤な泡を吹きながら痙攣している。


 「……クソ」


 思わず汚え床に唾を吐き捨てながらぼやいてしまった。あれは肺をやられてるな。もう助からないだろう。俺の頬を掠めたボルトを胸で受け止めるとか、運の無い。こうして見るとまだ若いのが良く分かる。


 「なぁ、≪博徒≫。こいつらは本当に盗賊の類か?お前の初撃を止めてたぞ。この二人も正統派の剣術だったしよ」


 死体を物色してる≪ぶきっちょ≫にそう聞かれると確かに気になる。ハンマーで吹き飛ばされた奴の息がまだあるな。胸を砕かれてるっぽいから、くたばる前に急いで聞き出せるだけ聞いておくか。


 ≪ガリ≫をとりあえず入り口の見張りに向かわせ、俺は呻いてる偽傭兵の傍にしゃがみ込む。俺の姿を認めると奴は咳き込みながら口を開いた。


 「い、いきなり斬りかかる……バカが……げほっ……い、いるかよ。腐れ……ぼ、ぐはっ……冒険者め」


 「盗賊風情が偉そうじゃねぇか。やらなきゃテメェらが仲間を呼んで俺たちを襲ってただろうがよ」


 「バ……バカが……ゲホゲホ……俺たちは……き、教会……実行部……だ。げほっ……デーモンの……感知……ち、調査……」


 それだけ言うと奴は激しく咳き込み、そのまま意識を失った。どうやら俺は派手に判断を誤ったらしい。


 「おい、これを見ろよ!」


 立ち上がって振り返ると≪ぶきっちょ≫がリーダー格の傍でネックレス型のアミュレットを掲げている。


 「これはあれじゃねぇのか? お前らの言う「審問官」が持つ物だろ? 俺たちは「審問官」御一行様をやっちまってるぞ。どうすんだよ、これ?」


 どうするかなんて、俺が聞きてぇよ。やっちまった。本当にやっちまった。教会に知られたら悪魔崇拝者のレッテルを張られて火あぶりだ。いや、それで済めばラッキーな方か。先に仲間の情報を吐き出させるための拷問が待ってる。


 思わず爪を一枚ずつ剝がされる自分を想像して身震いしてしまう。やつらが女に興味を示さないのも、酒をほとんど飲まないのも今なら納得だ。調査に来てるから身分も隠してたってわけかよ、畜生。こんなフロンティアのど真ん中で、名も無い村で「審問官」とかち合うなんて誰が想像できる。


 「おおい! 村人、集まって、立ってるぞ! どうする?」


 今度は入り口から顔を覗かせた≪ガリ≫が指示を仰いできやがる。向こうが何もしてこないならとりあえず中に入れるなとだけ言い放ち、俺は重い足取りで≪ぶきっちょ≫の方へ歩いていった。


 「……確かに「審問官」のだな。まずいな、これは……」


 「まずいったって、どうすんだよ? 先に話を聞くべきだったんじゃねぇの?」


 「あ゙? 俺が悪いってのかよ?」


 「お前が先に抜いたんだろうが!」


 「なんだと、テメェ!? これが本物の盗賊だったら先手必勝だろうがよ! 違うかも知れないって躊躇で死人が出ることだってあるだろ!」


 「その先手必勝で一人を失ってるじゃねぇか! お前が無駄な戦いを仕掛けなきゃこのガキも死なずに済んだ!」


 痛いところを突きやがる。せっかくここまで五人無事に来れたのに、帰り道のいざこざでまんまと一人を失っちゃ、俺の責任が問われる。教会ともめる訳には行かないし、どうすりゃ良いんだ。


 「うるせぇよ≪ぶきっちょ≫! 済んだことを言ってもしょうがねぇだろ! どうするかは今考えてんだよ!」


 苛立ちの捌け口が欲しくて、転がってる「審問官」の死体に蹴りを入れながら何故こうなったのかを考える。そもそも俺がこいつらを完全に敵と認識したのは何故だっけな。思い出した。ファレスの野郎が、俺たちが逃げようとしてるとか何とかって叫んだからだ。あの一声が無かったら俺だっていきなり抜いたりしてねぇ。ファレスだ。奴がなぜ叫んだのか、何を企んでいたのかを聞き出せばまだ何とかできるかも知れない。


 そう思ってカウンターの方を見た俺の目には異様な光景が飛び込んできた。肉団子野郎がカウンターの後ろからこっちを見ながら、ニタニタしてやがる。思わず目を疑う光景だ。目の前に教会の人間を殺し、自分たちも一人やられた冒険者の一団がいるってのに、笑うなんてまともな神経じゃない。


 「……何を笑ってんだ、テメェ?」


 剣を抜きながら俺がゆっくりと近づいていくとファレスは狂気じみた笑顔をさらに広げた。


 「虫けらの運の無さがおかしくてね。教会の人間さえ来なきゃ、生かして返してやろうと思ってたんだぞ? 脳たりんなお前たちは初歩の魔道だけで、我の思惑通りに何にも気がつかずに居たからな。唯一、教会の人間だけはそうもいかぬが、それをご丁寧に片づけてくれるとは、恐れ入る。特に審問官が相手ではこちらの分が悪すぎる。ただの人間相手なら、どうとでもなるがな。慎重さも良いが、この程度の相手だと分かった以上は、お前たちの依頼の成果物も頂戴できるし、栄養の補給にもなる。一石三鳥だな、お前たちの言葉で言えば」


 そこまで言うとファレスはあり得ない大きさに口を開けて吠え、見る見るうちに変貌を遂げる。


 恰幅の良い肉団子男の皮を脱ぎ捨て、俺たちの目の前に現れたのは身の丈3メートルで黒ぬめりした鱗に覆われたデーモンの姿だった。


 ファレスだったモノは一気にカウンターを飛び越え、膝下まで垂れ下がる腕を俺めがけて振りぬく。かろうじて剣で受け止めながらも後ろに吹き飛ばされる俺の横を一陣の風が吹き抜けた。


 吹き飛ばされた先でテーブルをなぎ倒し、何とか立ち上がって、ズキズキする左手首の痛みに顔をしかめながらカウンターの方を見ると≪ぶきっちょ≫が舞っていた。


 二本のサーベルはまるで生き物のように宙を舞い、刃の軌跡が銀の奔流となってデーモンに降り注ぐ。それを受け続ける相手も、もはや目では追いきれない速度で腕を振るい、一匹と一人は一歩も譲らない。外からは奇妙な叫びをかき消す≪ガリ≫の怒号が聞こえる。向こうで何が起きてるかは分からんが、≪ぶきっちょ≫がへばる前にこのデーモンを殺らないと俺たちに明日はねぇ。その為には≪天使≫の術が必要だ。


 急いでアルマたちのところに駆け寄ると、≪天使≫は既に床に何かを大急ぎで書き記していってる。恐怖に目を見開いたアルマが後ずさろうとした時に膝の上から≪ベテラン≫の頭が落ち、痙攣が更に激しくなってる。


 「腐敗なんちゃらを仕込んでんだろ!? まだか!?」


 「うるさいですね! もう仕上がりますよ! それより、トリガーの生命はどうするんですか、ええ!?」


 苛立った≪天使≫の声でハッと思い出す。そうだ、こいつの大掛かりな死霊術は生贄を必要としてるんだった。近くに居るのは俺とアルマだけ。いや……かろうじて≪ベテラン≫の息がまだある。死にかけの生命でも足りるのかが分からねぇ。ここは……


 誰を使うか決めかねているとアルマと目が合った。真っ青な、澄み切った涙目だ。口元は震え、必死に泣き叫ぶのを我慢しているのが分かる。


 「……を使え……」


 「何ですか!? 聞こえませんよ、ええ!」


 「……≪ベテラン≫を使え! 死にかけでも生きてりゃ良いんだろ!? それで間に合わせろ、俺が許可する!」


 俺の声と同時に基礎陣が完成したのか、≪天使≫は手にしていた黒曜石の短剣で素早く≪ベテラン≫の喉を掻っ切り、あふれ出す血で更に模様を足しながらブツブツ呟き始めた。それを見たアルマはやっと自分が殺される一歩手前だった事を悟り、尻餅をついたまま後ずさろうとするのを掴んで止める。


 「お前にも手伝ってもらうぞ。ここで死にたくなかったら何でも良い、あのデーモンの注意を引け。≪ぶきっちょ≫は長く持たねぇ。≪天使≫の術の発動は嫌でもわかる。それに合わせてやれ。良いな!?」


 アルマのシャツを掴んでいた手を離し、俺は再びデーモンに向き直る。彼女が注意を引ければそれで良いし、ダメならダメでしょうがない。期待してなければ賭けじゃねぇ。≪ぶきっちょ≫の舞に巻き込まれない所まで行って、術の発動に合わせて攻撃するだけだ。問題は俺の剣が通用するかどうかだが……とここで依頼品をまだ俺が持ってる事を思い出した。デーモンの鱗は鋼でもほとんど傷つかないなんて言うが、デーモンの角ならいける。これが高額で取引される理由の一つだ。折れたら商品価値は下がるが、それどころじゃねぇ。≪ぶきっちょ≫に斬れない相手を俺がどうにかできる訳もねぇから、一撃で確殺を狙うしかねぇ。


 腰袋から上級デーモンの頭角を取り出し、斬り合ってる二人の所にジリジリと近づいていく。恐らく隙は一瞬だ。腐敗系の死霊術は腐敗させる個所を用意しないと効果が現れない事もある。何が何でもデーモンに傷を負わせなければならない。ヤツは俺たちを逃がしやしないだろ。殺るか殺られるかだ。


 これ以上は踏み込めない所まで近づいた時に、デーモンと人間の一騎打ちの拮抗が崩れた。一瞬、全てがゆっくりになる錯覚に襲われる。


 ≪天使≫の位置から凄まじい墓場の冷気が吹き抜けた刹那、≪ぶきっちょ≫がバランスを崩した。体をよじって横殴りの一撃をかわそうとするが、デーモンの爪が引っかかり、錐もみしながら宙に浮く。赤く光る眼で俺に照準を合わせて、デーモンの体がゆっくりと沈み込み始め、太ももの筋肉が張っていくのが良く見える。急激に蜜のように絡みつき始める空気に抗いながら、俺はデーモンに向かって一歩を踏み出した。体当たりの要領で突き刺せば、後は≪天使≫の術がやってくれる。


 開け放たれたデーモンの口から垂れる涎の糸が切れた瞬間、横から飛んできた黒い何かがデーモンの頭に当たり視界を奪った。まさに俺に向かって飛びかかろうとしていたヤツは一瞬動きが止まり、両腕でそれを引っぺがしにかかる。


 既に一歩目を踏み出していた俺はそのまま体を宙に投げ、頭に絡みついた布を引っぺがしたばかりで両腕がふさがれているデーモンの首に、両腕で握りしめた角を根元まで突き立てた。


 「ぐぼおぉおあぁぁ!!」


 形容しがたい絶叫と共に激しく腕を振り回し始めたデーモンの一撃で俺は再び吹き飛ばされ、何かに頭を打ちつけて一瞬意識を失う。


 気がつくと離れたところでデーモンが徐々に弱っていく悲鳴を上げながらのたうち回っている。首に刺さった角をかきむしる事で、どす黒く変色した傷が更に広がり、ここまで届く腐敗臭をまき散らす。


 何とか立ち上がって倒れて動かない≪ぶきっちょ≫の所に歩いていくと、うめき声と共に奴が上体を起こしてきた。見たところ出血も無いから、少し休めば動けるようになるだろう。


 「耳に心地よい悲鳴から察すると、げほっ、勝ったのか?」


 「ああ、なんとかな。動けるか?」


 「あばらをやられたかも知れんが、何とかなりそうだ」


 そう言いながら胸をさする≪ぶきっちょ≫に手を貸して立ち上がらせると、俺たちは互いに寄りかかりながら静かになったデーモンの死体まで歩いていった。


 「気色悪い光景だな、おい。げほっ。にしても、お前の腕前で良くこんな深く刺せたな」


 確かにあの布が飛んできたからここまで上手くいったと言える。あれが無かったら刺し違えてるだろうな。アルマには期待していなかったが、良い方の驚きが多い。あいつは何を投げたんだろうか。


 気になってデーモンが捨てた布を良く見たら、なんと、それはブロスの器を≪ぶきっちょ≫のマントで包んだものだった。奴がついさっき、暖炉の横にかけさせた物だ。結構機転も効くじゃねぇか。何だかんだで終始アルマの奴に助けられてる気さえしてくる。


 そんなアルマが俺たちに駆け寄って、≪ぶきっちょ≫に手を貸しながら奇跡的になぎ倒されてない椅子に腰かけさせる。髪が乱れ、いつの間についたか分からない擦り傷が頬の赤みを引き立ている。興奮してギラギラさせている目の蒼さも相まって、さながら戦乙女だ。戦乙女が小汚い村娘の恰好で出てくるならばの話だが。人は死の恐怖に直面すると、吹っ切れて生まれ変わることがあると言う。案外、村娘のアルマがそうかも知れない。


 「……≪博徒≫……おおい……」


 すっかり存在を忘れていた≪ガリ≫の声だ。術の反動でゼェゼェ言っている≪天使≫の横を通り、外に出るとシュール過ぎる光景が広がっていた。


 「何やってんだおまえ?」


 異形の姿に変わった村人たちの死骸に囲まれ、座り込んでいる≪ガリ≫はバツが悪そうな顔で自分の太ももを指さし、「ジジィが離れねぇんだよぉ」と訴えかけてきた。あのハムハム言ってたジジィが森林並みに小さな歯を口いっぱいに生やし、≪ガリ≫の足に食らいついている。両腕と両足も≪ガリ≫の巨木のような太ももに巻き付けて、まるで熱い恋人の抱擁だ。ジジィの頭蓋骨が半分失くなってなければ微笑ましくすらある。


 緊張から解放された安堵感と≪ガリ≫の泣きっ面のせいでとめどなく笑いが込み上げてきて、俺は涙が出るくらい爆笑し続けた。笑い過ぎて腹が痛くなってきた頃に中から残りの三人も互いを支えながら出てきた。≪ぶきっちょ≫も情けない仲間の姿を見つけるや否や笑い始め、≪天使≫でさえ唇をゆがめる。アルマだけが何がそんなに面白いのか分からないと言った表情で≪ガリ≫からジジィを引っぺがすのを手伝った。


 ひとしきり笑い終え、≪ガリ≫も解放されたころに≪ぶきっちょ≫がこれからどうするのかと聞いてきた。


 「どうするったってよ。≪ガリ≫の傷は思ったほどじゃないが、まともには歩けない。俺たちも休んだ方が良い。今夜もここで寝泊まりだよ」


 「そうじゃねぇよ。「審問官」やデーモンの事をどうするのかって聞いてんだよ」


 「報告するに決まってんだろ。勇敢なる「審問官」御一行が卑劣極まりないデーモンの罠にかかり、死闘を演じていたところに俺たちが現れ、デーモンを討伐。遺憾ながらも教会部隊はデーモンとの戦いで命を落とした、ってな」


 ペッと唾を吐き捨て、≪ぶきっちょ≫が物は言いようだなと呟く。


 「別にここに泊まらなくても、これだけの死体があれば私の作るゾンビに運んでもらえますよ、街道までね、ええ」


 そう提案してきた≪天使≫にさすがに教会の人間をゾンビにするのは見られたらヤバいからダメで、異形の村人のゾンビはもっとダメだと説く。ふてくされた≪天使≫に「川までなら運んでほしい、ただし、それは明日だ」と伝えるとヤツは機嫌を直し、鼻歌交じりにまた怪しい陣を書き始めた。


 「そう言えば、アルマ、お前はどうする? もう村は存在しないのと一緒だ。一緒に来るか?」


 そうアルマに問いかけると彼女はやっぱりついて行きたいと答えた。


 「お前は俺たちの華麗なデーモン討伐の生き証人でもある。そこんとこ、頼むぞ?」


 「アルマを連れてって、証人として使うのは良いがよ、その後はどうすんだぁ?」


 うるさい野郎だな。何一つ気にしないかと思うと、いちいち何でも知りたがる。


 「何だって良いだろ、別に。受付でもやってもらうさ。生きた精神操作魔道の探知機だ。本物のデーモンのコントロールすら効かないレベルでな。俺たちも滞在が長引けば村人たちみたいになったかも知れないのに、コイツは何か月も無事だったんだ。そこんとこはギルドマスターも文句を言わねぇだろ、流石によ。いつから女の動向を気にするようになったんだ、テメェ?」


 「けっ、棘のある言い方だな、おい。俺のハヌム(正妻)にしてやろうかと思ってよ。受付ならそれでもかまわねぇ。それにしてもよ、蓋を開けてみれば依頼は達成、教会の人間殺しは無かった事になり、ついでにデーモンも討伐して、くたばった奴の代わりまで連れてくるのかよ。明らかに判断を誤ってる割に、終わればプラスじゃねぇのか? 運が良すぎるだろ」


 ムカつく事を言いやがる。運が良すぎるなど、そんな事あるかってんだ。不運が重なり合ったのに、たまたま生きてるだけだ。どれか一つでも何か欠けてりゃ死体かお尋ね者よ。まぁ、フロンティアで生き延びるには運も必要だがな。俺はその場その場で生き延びる方に向かうだけだ。今回は危なかった。疲れや精神操作魔道のせいだけじゃない、俺の判断ミスは思い込みからだな。何とも思ってなかった村でまさかの精神攻撃。傭兵には見えないが、俺が見慣れた威張り腐った狂信者たちにも見えない五人組。フロンティアとは言え、デーモンが村を乗っ取るなど、聞いたことが無い。第一、「審問官」が気付けなかったデーモンに気付けるかってんだ。盗賊と冒険者以外に居ねぇんだよ、ここいらの悪党はな。


 頭を振って言い訳がましい考えを無理矢理振り払う。


  「うるっせぇなぁ、少し休ませろよ」


 まだ何か言ってくる≪ぶきっちょ≫は無視して、俺は目を閉じて壁に寄りかかる。こんな所で教会ともデーモンとも揉めて、まだ昼前なのに疲れちまったよ。代わりを連れてくると言っても≪ベテラン≫がくたばった責任は取らないといけねぇ。厳しいんだよな、うちのマスターは。


 アルマは≪ガリ≫に包帯を巻いてやってるし、≪ぶきっちょ≫は割と元気だ。≪ベテラン≫の遺体は……後で良いか。


 少し休んだら、≪天使≫がやり過ぎないように見とかないといけねぇし。今回は助かったけど、アイツは放っておくと没頭して訳の分からん物を作り始める。ただのゾンビで良いって言ってても。


 依頼の頭角も何とか回収しねぇといけねぇし。今日も元気に冒険者稼業、ってか。自分で考えても気持ち悪い言葉だな。


 帰ったら布に縫い付けてギルドの壁にかけてやるか、スローガンとして。

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