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砂の都が眠る夜に  作者: たかのふ


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1/5


 数台の馬車が、荒野をひた走っていた。

 大半が古い幌馬車でできた車列の中ほどに、一台だけ豪奢な造りの箱馬車が異彩を放っていた。

 馬車を守る騎馬たちも、箱馬車の周りだけは揃いのマントを翻していた。


 遠い山々の稜線に夕日が落ちかかる頃、先頭の馬車が速度を緩めた。 周囲を守っていた騎馬が一騎、後続の馬車に向かって駆けていく。

 やがて全ての馬車が止まり、その場に陣を組んだ。

 数十人程の一団の大半は、造りの粗末な革鎧を身に着けた屈強そうな男たちだ。 幌馬車に詰め込まれていた数人の奴隷が、男たちに小突かれながら野営の準備を進める。

 焚き火の明かりが辺りを照らす中、若い男が従者の手を借りて箱馬車から降りた。

 野卑な風貌の男たちとは一線を画した、貴族的な顔立ちをしている。 整えられた金髪に涼し気な緑眼。 華美な衣装は砂塵に塗れて薄汚れていたが、幾つもの指輪を嵌めた手に傷はない。

 野営の指揮をしていた巨漢が護衛を従えて、同じく護衛に囲まれた若い男に近づいた。 見事な禿頭を光らせ、革鎧の上に黒い毛皮を羽織っている。

 巨漢は自らをグロスと名乗った。

 グロスの一味は長い間どの国にも属さず放置されていたこの荒野に、数年前から住み着いていた。

 商隊の護衛や魔獣の討伐、時には野盗や人拐いなど、金になることならば何でもこなす。


 今回彼らを雇ったのは、とある貴族の若さまだ。

 彼は『ルシ』と、いかにもな偽名を名乗り、グロスの一味に目的地までの案内と旅の護衛を依頼した。

 前金だ、と渡された金袋の重さに目を眩ませて、一味はルシさまに一時の忠誠を誓ったのだ。

 伏せた大樽を机代わりに、若者が巻紙を広げた。 傷みの目立つ羊皮紙に描かれた文字と図は、インクが掠れ所々虫に喰われている。

 若者はグロスを呼びつけ、次に向かう進路を指示した。


「……まだ奥まで進むんですかい? これ以上行くと、帰りの分の水と食料が間に合わなくなりそうなんですがね」

「……その時は、奴隷を捨てて帰れば良いだろう?」


 こともなげに応える若者に首を竦め、グロスは毛皮をひるがえし野営の指揮に戻っていった。

 奴隷たちを怒鳴りつける怒声に入れ替わるように若者に近づいてきたのは、金のゴブレットを手にした壮年の従者だ。


「坊ちゃま」

「坊ちゃまは止めろ、爺」

「未だ、坊ちゃまは正式な後継ではありませぬゆえ」

「……」


 ぬけぬけと答える半白髪の従者から目を逸らし、若者は渡されたゴブレットを勢いよく煽った。


 ――リュシアン・ド・マルヴァン。 それが彼の本名だ。

 由緒ある伯爵家の三男に生まれた彼だが、二人いる兄には、年が離れていることもあり幼い頃から軽んじられてきた。

 彼の家は、今は無き帝国皇家の傍系だったと伝えられている。

 家には古い書物や記録が沢山残されていて、リュシアンはそれらに囲まれて育った。

 祖先の日記によれば、その昔大陸の殆どを支配していた帝国は、なぜか一夜にしてその大半を失ったらしい。

 皇都を始めとする幾つもの街や広がる農地、緑したたる森も全て枯れ果て、不毛の荒野と化した。 そこに住んでいた人間や動物のほとんども、土地と共に死に絶えたという。

 何かの咎めを受けて辺境に封じられていた先祖は、それゆえに大陸を蝕んだ呪いの被害を免れた。

 一時は皇家の血を掲げて復権に乗り出そうとしたようだが、それを成すには中央の被害が甚大すぎた。

 その後数十年の記録は、数冊にわたって先祖の無念と恨み言が書き連ねられたものだった――


 精霊の呪いと称されるその事象の影響は、数百年経った今でも残っている。

 枯れた土地は何を植えても根付かず、人も家畜も子をなさない。 魔獣と呼ばれる生き物だけが荒野に住み着き、頻繁に周辺の集落を襲った。

 帝国だった土地は切れ切れに分かれたまま、幾つかの小国となった。 嘗ての国土に手を伸ばすのはおろか、点在する国々を結ぶ道すらも未だ整備できずにいる。


(誰も手をつけていないのならば)


 リュシアンは、満天の星空を振り仰ぐ。


(皇家の宝物は、俺が手にしても良い筈だ)


 埃を被った書庫で見つけた帝国全土の古地図は、少年の冒険心を大いに刺激した。 夢物語と兄たちに嘲笑われながらも、古代語で書かれた地図を必死で解読したのだ。


 最近になって、長兄が事業で失策を犯した。 金銭的な損失は軽微に収まったが、家の面目は大いに潰れた。

 この失態を重く見、父は後継を見直すことにしたのだ。

 千載一遇の好機に、次兄とリュシアンが奮い立ったのは言うまでもない。 次兄は早々と隣領に領地戦を持ちかけ、新たな領土を切り取ろうと試みている。

 そして、リュシアンはここまで来た。

 皇家の宝物を持ち帰れば、自分は跡継ぎとして認められる――あの兄たちを見返すことができる。

 皇家の宝冠を戴く己の姿を幻視し、リュシアンの口元が歪む。

 獣の爪のように細い月が、静かに火明かりを見下ろしていた。


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