再会、血に濡れた月夜
ライオネルの復讐劇が始まってから、数ヶ月の月日が流れた。王都は、貴族たちの内紛によって、かつての活気と秩序を失いつつあった。不正を告発する匿名の書簡が飛び交い、民衆の不満は日に日に高まっていた。王太子レオンハルトは、権力基盤が揺らぐことに苛立ち、猜疑心にかられ、次々と貴族を粛清していった。
その日の夜、ライオネルはロシュフォール伯爵の屋敷に忍び込んでいた。ライオネルの脅迫によって、伯爵は、王太子への忠誠を装いながら、裏ではライオネルの意のままに動かされていた。その夜も、ライオネルは伯爵に新たな指示を出すために、秘密の通路を使って屋敷に入った。
しかし、そこで彼を待っていたのは、伯爵ではなく、イザベラだった。
彼女は、ライオネルの姿を認めると、安堵と悲しみが入り混じった表情を浮かべた。
「ライオネル…やはりあなただったのね」
イザベラの声は震えていた。
「どうしてここに…」
ライオネルは、警戒しながら尋ねた。
「お父様が、毎晩のように誰かと秘密裏に会っているのを知ったわ。そして、その相手があなただと気づいたの」
イザベラは、ライオネルに一歩近づき、彼の顔に触れた。
「ライオネル…なぜ、こんなことを? あなたは、平和を望んだはずなのに」
ライオネルは、イザベラの手を振り払うことはしなかった。しかし、その瞳には、もはやかつてのような温かさはなかった。
「俺が望んだ平和は、偽りだった。貴族たちの策略で、ヴァルガスは殺された。俺は、彼に代わって、この国の腐敗を正さなければならない」
「でも、これは…まるで、復讐じゃない。お父様を脅して、この国を混乱させて…あなたは、一体、誰のために戦っているの?」
イザベラの言葉は、ライオネルの心の最も脆い部分を突いた。ライオネルは、言葉に詰まった。彼は、正義のため、ヴァルガスのため、そして何よりも、自分自身のために、この復讐を正当化しようとしていた。
「これは、正義だ。血を流さずに、この国の膿を出すための…」
その時、背後から物音がした。ライオネルとイザベラが振り返ると、そこには、血相を変えたロシュフォール伯爵が立っていた。
「ライオネル…! 何をしている! イザベラ、お前はなぜここにいる!」
伯爵の顔は、恐怖に歪んでいた。その時、ライオネルは、伯爵の背後から、王太子の護衛兵たちが、静かに忍び寄ってきていることに気づいた。
「伯爵様…まさか…」
ライオネルは、伯爵が自分を裏切ったことを悟った。伯爵は、ライオネルの脅迫に耐えかね、王太子にすべてを密告したのだ。
「お前は、私を脅迫し、私を破滅させようとした! 王太子殿下は、お前を捕らえ、この国の平穏を取り戻してくださる!」
伯爵は、狂ったように叫んだ。その言葉を聞き、ライオネルはヴァルガスとの再会を思い出した。あの時も、ロシュフォール伯爵の裏切りによって、ヴァルガスは死んだ。そして、今回も…
「…父上、なぜ! ライオネルは、この国を変えようとしているのよ!」
イザベラは、伯爵に駆け寄り、懇願した。
「黙れ、イザベラ! この男は、お前の父を脅迫し、一族を破滅させようとした悪党だ!」
その言葉に、ライオネルは剣に手をかけた。彼は、もはや誰を信じていいのか分からなかった。信じていた恩人に裏切られ、愛する女性の父に命を狙われる。彼の心は、完全に闇に沈んでいった。
その時、護衛兵の一人が、ライオネルに斬りかかってきた。ライオネルは、反射的にその剣を弾き、相手の喉元に剣を突きつけた。
「ライオネル…!」
イザベラの悲鳴が、部屋に響く。ライオネルは、イザベラをちらりと見た。彼女は、恐怖に震えながらも、彼を止めようと、手を伸ばしていた。
しかし、ライオネルは、もう引き返すことはできない。彼は、この復讐の道を選んだのだ。
「…イザベラ、俺は…もう、かつての俺ではない」
そう言い残すと、ライオネルは護衛兵を斬り捨て、伯爵に剣を向けた。
「伯爵様…あなたもまた、ヴァルガスを殺した共犯者だ。その罪を、償っていただきます」
ライオネルの瞳には、もはや、わずかな光も残されていなかった。