表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄の烙印  作者: XLAR
2/12

英雄の凱旋(続き)

ライオネルは扉を開け、そこに立つイザベラの姿に安堵の息を漏らした。三年の月日は、彼女を少女から、凜とした美しさを備えた女性へと変えていた。


「ライオネル…」


イザベラは彼の無事を確かめるように、一歩近づき、その手に触れた。彼女の手は温かく、ライオネルの冷えきった心に、ようやく血が通うような感覚をもたらした。


「会いたかった、イザベラ」


ライオネルがそう言うと、イザベラは悲しげに微笑んだ。


「私もよ。でも…あなたの顔、疲れているわ。英雄の凱旋とは、こんなにも重いものなのね」


彼女の言葉に、ライオネルは返す言葉がなかった。イザベラは、ライオネルの心の奥底に渦巻く苦悩を、言葉にしなくても理解しているようだった。


「お父様は、もうすぐお帰りになるわ。そして…あなたと、ある話をするつもりよ」


イザベラの言う「お父様」とは、セレスティス王国の有力貴族であり、彼女の父であるロシュフォール伯爵のことだ。彼は、ライオネルを騎士団長に抜擢した人物であり、ライオネルにとって恩人でもあった。


しかし、その言葉の響きは、ライオネルの心をざわつかせた。


「どのような話だ?」


「それは、お父様の口から聞いてほしいわ。ただ…あなたを助けるための話だと信じている。この国の…そしてあなたの未来のためにも」


イザベラはそう言うと、ライオネルの手を握りしめた。彼女の瞳には、かつての幼馴染への純粋な想いと、貴族社会のしがらみに囚われた苦悩が入り混じっていた。


「分かった。君の父上を待とう」


ライオネルがそう答えると、イザベラは安堵の表情を見せた。しかし、彼女の口から出た次の言葉は、ライオネルの心を再び凍りつかせた。


「…ヴァルガスにはもう会った?」


ヴァルガス・デ・ラ・クルス。ライオネルのかつての戦友であり、唯一、心を許せる親友だった。戦争の英雄であるライオネルとは対照的に、彼は戦場で受けた傷が癒えず、今も療養生活を送っている。


「いや、まだだ。彼に会うのは、少し気が引けてな。俺だけが無傷で帰ってきたようなものだから」


ライオネルはそうごまかしたが、本当はヴァルガスと会うのが怖かった。ヴァルガスは、戦場で多くのものを失った。彼の片足は、もう二度と元には戻らない。そして、何よりも、彼の心は深い闇に沈んでいるようだった。


「…彼は、変わってしまったわ」


イザベラは静かに言った。


「以前、お見舞いに行ったの。彼の目を見て、分かったわ。彼は、この国のために戦ったのではなく、ただ、貴族たちが安全な場所で笑っていることに怒りを感じていたのよ」


ライオネルは、イザベラの言葉に息をのんだ。ヴァルガスは、確かにそうだった。戦争の英雄として祭り上げられ、功績を讃えられる自分を、彼はどう思っているのだろうか。


「それに…」


イザベラは、さらに声を潜めた。


「彼は、ロシュフォール家だけではなく、他の貴族たちとも頻繁に会っているらしいわ。…何か、不穏な動きがある」


その言葉は、ライオネルの胸に突き刺さった。


英雄として祭り上げられ、王太子からは不気味な歓迎を受け、そして親友は闇の中で何かに手を伸ばしている。


ライオネルは、自分がこの国の貴族たちの、醜い権力争いの渦中にいることを改めて自覚した。彼が信じていた「平和」は、誰かの策略の上に成り立っている、脆い砂上の楼閣に過ぎないのかもしれない。


その時、従卒が扉を叩いた。


「ライオネル様、ロシュフォール伯爵様がお見えになりました」


運命の歯車が、静かに、しかし確実に動き出したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ