エピローグ
あれから、長い年月が流れた。
内乱が収束した後のセレスティス王国は、混乱の渦中にあった。王太子レオンハルトの死後、貴族たちは互いに権力を争い、国は分裂寸前まで追い込まれた。しかし、意外なことに、その混乱を収めたのは、ライオネルの復讐によって力を失った、かつての旧貴族たちだった。
彼らは、血を流し、地位と財産を失ったことで、初めて自らの罪を悟った。そして、ライオネルが残した「真実」の書簡を元に、不正を正し、民衆のための新しい国づくりを始めたのだ。
イザベラは、その中心にいた。
彼女は、父ロシュフォール伯爵の死後、彼の遺志を継ぎ、新国王となった人物を支えた。彼女は、ライオネルが望んだ「血を流さない平和」を、父の死という代償を払い、自らの手で実現しようとしていた。
ライオネルは、そのすべてを知らない。
彼は、名を捨て、故郷を捨て、ただ放浪の旅を続けていた。行く先々で、彼は、ヴァルガスと同じように、社会から見捨てられた者たちと出会う。彼らに、かつての自分を見た。そして、彼らが抱える怒りや悲しみが、再び憎しみへと変わらぬよう、静かに見守り続けた。
ある日、ライオネルは、小さな村の酒場で、一人の吟遊詩人の歌を耳にした。
その歌は、『灰色の獅子』という英雄の物語だった。英雄は、王都の腐敗を正し、国に平和をもたらしたが、最後にはすべてを捨てて、孤独な旅に出たという。
ライオネルは、それが自分の物語だと悟ったが、何も語らなかった。ただ、静かに酒を飲んだ。
吟遊詩人が歌い終えると、一人の村人が言った。
「英雄様は、なぜ孤独な旅に出られたのだろうか」
吟遊詩人は、首を振った。
「英雄は、正義を貫き、すべてを勝ち取った。だが、その代償として、信じる友を失い、愛する人を傷つけた。彼の心には、決して癒えることのない傷が残ったのだ」
ライオネルは、静かに酒場を出た。
彼の選んだ道は、正しかったのか。それとも、間違っていたのか。答えは、誰にも分からない。
ただ、一つだけ確かなことは、彼が、憎しみの連鎖を断ち切り、この世界に、かすかな希望の光を灯したということだ。
灰色の獅子の物語は、誰にも知られることなく、人々の間で静かに語り継がれていく。そして、彼は、その物語の結末を、遠い故郷の空の下で見守り続けるのだった。