伯爵の罪、獅子の慟哭
ライオネルの剣が、ロシュフォール伯爵の喉元に突きつけられた。その刃は、イザベラの悲鳴と、護衛兵たちの怒号を映し、青白く輝いていた。
「伯爵様…あなたもまた、ヴァルガスを殺した共犯者だ。その罪を、償っていただきます」
ライオネルの声は、静かだったが、そこには、もはや慈悲のかけらもなかった。彼の瞳は、燃え盛る復讐の炎に照らされ、虚無を宿していた。
「ライオネル…待って! お父様を殺さないで!」
イザベラが、ライオネルの腕にすがりついた。彼女の顔は、涙と恐怖で歪んでいる。
「イザベラ…どいてくれ。これは、俺の…」
その言葉を遮るように、伯爵が、震える声で言った。
「…イザベラ。下がりなさい」
伯爵は、ライオネルの剣を見据え、その瞳に、不思議なほどの静けさを宿していた。
「ライオネル…お前は、この剣で、私を殺すだろう。そして、お前は、正義を成し遂げたと思い込む。…だが、それは違う。お前は、ヴァルガスと同じ、憎しみと復讐の鎖に囚われるだけだ」
ライオネルは、伯爵の言葉に動揺した。その言葉は、ヴァルガスが彼に語った言葉と、あまりにも似ていたからだ。
「私がしたことは、全て、ロシュフォール家、そしてこの国の未来のためだった。王太子殿下に忠誠を誓い、お前の力を利用し、旧貴族派閥を排除しようとした。…それは、血を流さずに、この国を真の平和へと導く、唯一の道だと信じていたからだ」
伯爵の言葉は、言い訳のように聞こえたが、その瞳には、嘘がないように見えた。彼は、ライオネルが信じていた「真の平和」への道を、自分なりのやり方で進もうとしていたのだ。
「しかし、私のやり方は、お前とヴァルガスの怒りを買った。私は、王太子に裏切られ、お前に命を狙われる。…これが、私の選んだ道、そして、その結末だ」
伯爵は、静かに目を閉じた。
「ライオネル。私の命は、お前にくれてやる。しかし…お願いだ。イザベラだけは、この泥沼から遠ざけてやってくれ。彼女は…何も知らなかったのだから」
ライオネルの剣を持つ手が、わずかに震えた。彼は、この男の命を奪うことで、復讐を成し遂げることができる。しかし、それは同時に、愛するイザベラから、父親を奪うことにもなる。
その時、王太子の護衛兵たちが、一斉にライオネルに斬りかかってきた。ライオネルは、伯爵への剣を下ろし、護衛兵たちと対峙した。しかし、多勢に無勢、ライオネルは次第に追い詰められていく。
その瞬間、ロシュフォール伯爵が、懐から短剣を取り出し、自らの心臓を刺し貫いた。
「お父様…!」
イザベラの悲痛な叫びが響き渡る。
「ライオネル…生きなさい…」
伯爵は、そう言い残すと、その場に崩れ落ちた。
ライオネルは、その光景に言葉を失った。伯爵は、自ら命を絶つことで、ライオネルの復讐を止めたのだ。そして、王太子の護衛兵たちに、これ以上、ライオネルを追う口実を与えなかった。
伯爵の死は、王太子への最後の抵抗であり、そして、ライオネルへの、最後の慈悲だった。
ライオネルは、血まみれの短剣を握りしめ、その場を立ち去った。彼は、何のために戦っていたのか、もはや分からなくなっていた。彼の選んだ復讐の道は、愛する女性の父親を死に追いやるという、あまりにも重い代償を払わせた。
彼は、孤独な復讐者として、闇の中を歩み始めた。