第96話 新看板娘登場
不穏な雰囲気のカウラの『スカイラインGTR』を降りた誠は、隣りに停められた高級外車から降りるかえでとリンの方を気にしながら月島屋を目指した。
「神前、なんか言えよ」
隣を喫煙禁止区域だと言うのにすでにタバコに火をつけているかなめは誠に向けて不機嫌そうにそう言った。
「じゃあ、言います。西園寺さん。ここ喫煙禁止区域ですよ。それと何度も言いますがタバコは身体に悪いです」
誠はそれとなくかなめに注意を入れた。
「お姉さまにそんなことを言っても無駄だよ。それにこの国の法律は自由の国を守るには少し窮屈すぎる。野外で愛し合うことを禁じるなんてなんて無粋なんだろう。醜いもの同士が絡み合うのは僕も見たくないが、僕がリンと愛し合っていたら警察官に注意された。こんな不合理なことが許されていいのかね」
かえでの脳内では東和は『どんな変態行為も許される自由の国』ということになっているのだと誠は改めて思った。
「黙れ露出狂!オメエの変態行為とアタシの喫煙を一緒にするんじゃねえ!それと神前!アタシの肺は交換可能だ!アタシはサイボーグなんだ。臓器なんて作り物で全部交換可能だ!それとお前のやってることは全て猥褻物陳列罪という懲役刑まで用意されている犯罪だ!犯罪者と一緒にするな!」
かなめはとんでもないことを言い出すかえでを怒鳴りつけた。
「馬鹿は置いておいて入るぞ」
カウラはそう言うといつもの縄暖簾をくぐった。
「いらっしゃい!」
その店内に響いた声は聴きなれないようなどこかで聴いた事が有るような若い女性の声だった。
誠が店内に入るとそこに居たのはお蔦だった。
「お蔦さん……なんで?」
誠はまるでスナックのホステスの様に慣れた調子でテーブル客の隣に座って酌をしているお蔦に向けて声をかけた。客は日本髪の二十歳前後の絶世の美女に酌をされている事実に酔って呆然と酒を飲んでいた。
「お蔦さん。お酌なんてしなくていいのよ。ああ、皆さん来たのね。今日から店の切り盛りはお蔦さんがすることになったからよろしくね」
カウンターの奥では熱燗をつけていた春子が誠達に向けてそう言ってきた。
あまりの出来事に誠は状況が読み取れず立ち尽くしていた。
「春子さん、本当に良いの?お蔦ちゃんはあの隊長と……」
アメリアはそう言いながらカウンターに腰を下ろした。かえではその隙を突いてリンと組んで誠を挟むようにその隣に腰を落ち着けた。
「ああ、今日からお蔦さんには店を手伝ってもらうことになったから。小夏の代わり。小夏も今度は高校生でしょ?ちゃんと大学ぐらい行かせてあげたい……と言うか小夏自身は東和国防大学校に行くつもりらしいから。あそこって偏差値高いんでしょ?」
春子はかえでに無理やり横に座られたことに照れている誠に向けてそう言った。
「ええ、まあ。あそこは入学すると学費無料どころか特別公務員扱いで給料が出るから倍率が高いんですよ。でも、良いんですか?あそこって東和の軍に入らないと給料と学費を卒業時に返還しなきゃならなくなりますよ」
誠はすり寄ってくるかえでとリンに挟まれて顔を真っ赤にしながらそう答えた。
「小夏の夢は東和宇宙軍に入って電子戦対応の飛行戦車のパイロットになること。だからいいのよ……それにしても、お蔦さんが居ることに誰もツッコまないのね」
春子はそう言ってにこやかに笑いかけた。
「はい、突き出し。アタシもね、新さんをお世話してる皆さんのお手伝いをしたいと思ってさ。それで昨日春子さんに頼み込んでここで働かせてもらうことにしたのさ。ちょいと、そこの人!この時間は『特殊な部隊』の貸しきりの時間だよ!とっとと出な!甲武一の太夫にただで酌をしてもらったんだ!ありがたく思うんだね!もしこれが甲武だったらそのサービスだけで20万は下らないよ!サービスしてあげたんだからでてったでてった!」
お蔦は強い口調でそれまで笑顔を向けていたサラリーマン風の客を怒鳴りつけた。客はお蔦の剣幕とかなめの銃を目にしてすごすごとレジに向った。
「これは……うちの隊の誰かが毎日ここに通わなきゃならなくなるんじゃないかな……お蔦さんの顔を見るたびにあの駄目な隊長を思い出すことになる。先行き不安だよ」
誠は不安を感じながら突き出しのフキの煮つけに箸を伸ばした。